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検索対象: 新・水滸伝 二
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1. 新・水滸伝 二

『じゃあ御免なさいまし。 ・ : お邪魔をいたしました』 と、銀歯を見せて笑った。 せむし よしごろう あざみあだな と、傴僂のような背中を見せて、挨拶していた。 薊と綽名のある遊び人の芳五郎だった。 悪い奴に、と山 『誰か知らぬが、虫のすかねえ奴がいる。人の密談を盗み聞き岡屋は眉をひそめて、 ぜいたく などしやがって : : : 油断も隙もなりやしねえ』 『煙草の火なら、贅沢を云わずに起きて来たらどうだ』 あんどん 行燈の下においてある煙草入を取って、ばんと筒を鳴らし、 『そうさなあ。 : ・も、つ . 朝、か』 ふすま よなか 梯子段を下りかけようとすると、襖の閉まっている次の暗い部『馬鹿を云え。夜半だ』 屋で、 『夜半に、何の客だ、今帰えったなあ』 あざみ ああよく寝た』 『薊』 ふいに誰か、不遠慮な欠伸をしていた。 『む ? とうしんがんくび と、行燈の燈芯へ雁首を入れて、 四 いやに怖い顔をするじゃあねえか。何だい ? 』 山岡屋は、恟っとして、足を竦めた。 『おめえは、今の話を、聞いていたな』 さず まるで、天から授かり物のような今夜の使の話なのである。 夢かと思っていたが、じゃあ 『そう云われて思い出した。 ひそひそ 有卦に入るというのはこんなことだろうと独りで悦に入ってい 今ここで、密々云っていた二人の話はあれあほんとの事か』 たのだ。 『それよりも、おめえは一体何だって、こんな所に寝ていたん 所が、もう梯子段で、誰か、盗み聞きしていた奴がある。そだ』 れにさえ、しまったと思っていると、この二階には、まだ他に『大きなお世話だろうぜ。おれはここのお可久の情夫だもの』 寝ていた人間があったのだ。 『ふウム : ・・ : そ , つか』 最初から、こういう話と知っていたなら、充分に注意をする と、まあ自分だけで己惚れているのさ。だが、今の話を のだったし、雨などは厭わず一尸外へも出たのにと、今になっ聞いたからって、こいつあ何も俺が盗み聞きしたわけじゃね まくらもと しゃべ て、後悔された。 え。おめえの方から、俺の枕元へやって来て、勝手に喋舌りち たばこばん 使 の : いけねえ、煙草盆の火が消えていやがる、おい、誰かそらしたんだから、此先とも、何う事が成り行こうと、俺の罪 ら こにいるらしいが、行燈の火を、ちょっとここへ貸してくれ』 じゃねえぜ。それだけは断っておくよ』 ふすま たん 世襖の中からそんな声がした。 山岡屋が開けてみると、丹薊の銀歯はセセラ笑いながら、暗に何ものかを挑戦してい はらば のぜん 彼前を被って、腹這いになっている男が寝杲け眼をあげ、 た。男ぶりから云っても、悪事の腕にかけても、山岡屋の才助 『おう、山岡屋か』 は、一歩の負け目をこの男には感じずに居られない。 よ 0 あくび すく - 一のさき うめば まぶ 231

2. 新・水滸伝 二

『ばかいえ。あの刀は、鋼卸しから研ぎ上まで、おれの手で鍛ちがうんですってね』 えたのだ』 『それはそうでしようが、浅右衛門の手にかかって、斬れ味の清人は涙もろい。お次からそう聞くうちに、もう両腕に顔を わけ よかった理を知っていますか』 埋めて、彼女の方へ背中を向け、しやくり上げて泣いているの 。こっこ 0 「おれの腕が確かだからよ』 『そうではないでしよう。極月の二十七日の晩、お師匠様はお『 : : : まあ、又泣いてしまって。清人さん、お師匠様の心が分 留守でしたろ』 ったら、泣かないでも、それを、胆に銘じておいて、いっか御 ししゃありませんか。 『遊びに出かけて、翌日の昼間、頭の重い顔して、帰っておい 恩返しをすればい : : お師匠様も、きょ でなすった。酒のことま、、 。しくら云っても無駄だから、もう御うは、去年からかかって、一、いに鍛ち上げたお刀を持って、佐 久間先生とやらのお屋敷へお出かけだし : : : さ、泣かないで 意見は云わない事にした』 うぐいす 『何を云っているんです。 : あの晩、お師匠様は、清人さんよ。ね、清人さん、鶯が笑っています』 の刀が見事斬れるか斬れないか、それを心配する余り、家へ帰裏庭の梅花はもう綻びかけていた。 らなかったんですよ』 『えつ、神信、いにでも行って下すったのか』 たた 『いいえ。お帰りになってから、私が、着物を畳んで上げる 不滅の国瓊 しびと と、何ともいえない嫌な匂いがするのでーーーオヤ、死人臭い と迂つかり云ったら、お師匠様が、きっと私を見て、黙っ ていろ、と恐い眼をしてこう仰っしやったんですよ』 『ど、どう云ったんだ』 『ーーー浅右衛門の胴試しに会って、もし、清人の刀が、斬れな長州訛の侍、薩摩弁の侍、柳河藩の、荘内藩の誰ーーと、 木挽町の西洋学者の門を出入する志士風の者はかなり頻繁であ かったら、あいつの一生涯は、浮かばれない事になるから、 塚っ原の非人に金をくれて、試しにかける死骸を借り、明け方った。 国 清麿も、その一人だった。 まで抱いて寝て、死骸の肌を温めておいたんですって』 の 彼が贈った一作は、いつも、象山の座右に置かれていた。 「 : : : えつ、師匠が、死骸を抱いて寝たんだって』 滅 不『わたしは、初めて聞きましたが、凍っている死骸を斬るの そこで、幾多の志士と、清麿は知り合 0 た。若い志士たちの と、人肌に温もっている死骸を斬るのとでは、まるで斬れ味が理想や議論をだまって聞いていた。 はがねおろ うめ ′、に ~ ま 6 ひんばん

3. 新・水滸伝 二

ものをその間に抱き合わずに来た夫婦である。 そに、一すじの涙がわれ知らず流れていた。 『於丹、母上はどちらか』 『ーー武士の妻が』 『いま、お昼寝を遊ばしていらっしゃいます』 と、身に云い聞かせて、彼女はあわてて、家の中へかくれ 『挈」 , つか 小袖、割羽織、脚絆など、旅用のもの、そこへ 揃えてくれい』 四 『お旅立でございますか』 『ウむむ。 : : : 急にの、お国許まで』 この日から、京都はおろか日本中が、江戸城中に起っていた 『幸右衛門をお連れ遊ばしますか。それとも、お供はやはり若稀有な大変事のうわさに持ちきっていた。 とう きらけ あさのたくみのかみ 党の佐平を』 浅野内匠頭の切腹も、忽ち伝わった。吉良家の混乱ぶりがな 『そうだな ? 』と、ふと考えこむふうであったが 『佐平にお話題になる。とりわけて、この後、浅野家の遺臣が、どうす じもく しよう。 : : : 幸右衛門をこれへ呼んでくれい』 るか、赤穂城が、どうなるか、世間の耳目は、挙げてその動向 にそそがれていた。 旅支度をすました所へ、幸右衛門が来た。その幸右衛門へ まこと も、妻の丹女へも、 『お宅様でも、どんなにお驚きなすったことかと、寔にはや、 『留守をたのむぞ。ーーー仔細は追々と、また便りするであろう』胆がつぶれました。旦那様にも、即日、赤穂へお立ちとやら と、云ったのみである。 御内儀様の御心痛のほども、ほんとに、、いから、お察し やりひとすじ よろい・よう きがえかたびら 着更の帷子一枚、鎗一筋、鎧一領ーーそれだけを、供にわ申しておりまする』 せて、十内は、もういちど老母の部屋を窺ってみた。 訪う人ごとに、留守の丹女は、こう見舞われた。 ほほえ 『よくおやすみらしい』 が、彼女は、客へ微笑みをわすれなかった。と云うて、 ふすま つぶやきながら、十内は、襖の外に坐って、両手をつかえ強いて気づよい振をしてみせるのでもない。 おおやけ た。そして、 『平素から公の事は、何も云わない良人でございますから、 『行って参りまする』 此度もいつもの通りに国許までというただけで、立って参りま と、礼儀をして立った。高齢九十の老母は何も知らず熟睡しした。あとで人様から告げられて、さては、そういう事だった ていた。 かと思い合せ、いまは良人の身ひとつに限らず、どうか御家臣 実に、不意も不意。 御一統さま、総てが、よい御処置をあそばすように、それだけ すがすが 鎗一筋、鎧一領を携えて、いかにも清々と立ってゆく良人のを祈っているだけでございまする』 たたず 影を、門辺に佇んで見送りながら、丹女の頬には春の世間をよ然しーーーそうは答えても、決して、いは平静であり得なかった きやはん わか 学 ) 0

4. 新・水滸伝 二

運んだり、表へ来る借金取りの云い訳に、手をついていたりし 『出来たか。どれ見せろ』 清麿が欣んでくれたので、清人は、行燈を片手に、白鞘に仕 ひとふり 『もし , ん ? ・ : ちょっと伺いますが』 立てたばかりの一口を持って来て、差出した。 のぞ 清麿は、鞘を払って、凝と、眉をよせていたが、ずかっと起と、小粋な中年増が、門を覗いて云った。 『こちらは、山浦清麿さんのお住居ですってね』 ち上るなり、 『ええ、そうです』 呵だめだ。こんな物 ! 』 しきいすき 閾の隙に突っ込んで、ヘシ曲げてしまうと、がらりと、庭先『あなたは、御新造さんですかえ ? 』 女の眼は、妙に鋭く燃えているので、お次はすこし脅えなが へ投げ捨ててしまった。 ら、 『あっ : ・・ : 師匠っ』 『いいえ・ : ・ : 』と、答えると、 清人が、泣き声を出すと、 ほか くわかじ 『何だ、惜しそうに。あんな物なら鍬鍛冶でも鍛つ。小手先で『ホホホホ。そうでしようねえ。此の家に、他に御新造様な たまき あめ どがいてたまるもんじゃないからね。どこに居るんです環さん もへシ曲がるような飴細工を、清麿の弟子の刀といわれては、 おれの名折れだ』 ・ : そんなお方は』 『環さん ? ・ : 済みません』 いえさ、今の清麿さんの昔名前さ。わたしゃあ、あの人に、 『刀とは、こうして作るものだ。仕事場へ来いっ』 おもて もう、そう云った時の顔つきから、清麿の面には、ここ久し用があるんです。ちょっと、そう云って下さいよ』 やしゃ く出なかった、仕事への凄まじい情熱ーー・ーあの夜叉にも似た血『今は、お取次ぎができませぬ』 みな 『ど、つしてさ』 相が漲っていた。 『叱られます』 べっしょ 四 しいから、そう云ってお出でなさい別所のお寿々が来まし かわや その夜から師も、弟子も、厠にゆく時のほかは、鍛冶小屋をたといえば、何を打ッちゃっても、飛んで出て来なけれやあな 柱 らない義理合いがあるんだから』 離れなかった。 ふいごうな 『 : ・・ : でも、それは、御無理でございましよう。会わないと仰 氷夜半も、鞴が唸り、鉄敷の響きが洩れ、冬の月へ、凍て返っ どなた っしやっている時は、誰方が、何といおうが』 『会わせないというのかえ。 あ、あれは、鍛冶小屋の音だ 火幾日も、幾夜もつづいた。 。自分で勝手 帰るにも帰られずーーお次は母屋にいて、そこへ、握り飯をね。お前さんなんぞの取次ぎは待たないからいい かなしき じっ おもや おび

5. 新・水滸伝 二

りよう、んばく しようさい おうわいこ そうせい 議な縁のもとこ、、 レしつかこの梁山泊には、やがてもう百人ちか その後ろ山に置かれた小寨の守備は、王矮虎、一丈青、曹正。 てんこうせい ちさっせいおとこども 傳い天星星、地熬星の漢共が、集まっていた。 みぎの小山にも、朱武、陳達、楊春。ーー以上があらましの配 % 滸ちょうど、その全部の名が、忠義堂の壁に貼り出された事、置であった。 が、この軍に配する軍需や、庶務、主計などの人選も、おろ 水いまその全簿名を、ここに写しておくのもムダではあるまい そうこうめ ごがっきゅう どうしこうそんしよう 主席、宋公明。ーー次席、軍師呉学究、第三、道士の公孫勝そかではない。 新 し、 ` うじよう まず、忠義堂の内の、文書課では、蕭譲が主任にあげられ、 以下ーーすなわち次のような順位だった。 しんめい はいせん きんたいけん りよほう 第四、花栄。第五、秦明、第六が呂方、第七、郭盛。 そのしたに賞罰係りの裴宣、印鑑信書の部に金大堅。ーーまた すいさ、 とりで しようけ、 以上が、船つきの水寨を挾んだ、右がわの山の砦の一軍。 勘定方に蒋敬がおかれている。 ちゅうぞう 大砲の鋳造から指揮訓練の主任。 そして、左の関門には。 りゅうとう りようしん りんちゅう とせんそうまん これは、凌振以外に当る者はない。 林冲をかしらに、劉唐、史進、楊雄、石秀、杜選、宋万。 もう・一う しようちょう 正面の木戸の守りは。 造船廠ノ長は、孟康。 ぞうへきちく たいそう ほ、つ - : っ こえんしやく 呼延灼を一番に、一一番朱同、三番戴宗、以下順にーーー穆弘、 衣服、旗、兵甲などの縫工は、すべて侯健の係り。造壁、築 ぞう とうそうおう おうほうばくしゅん 李逵、鵬、穆春など。 造の任は、陶宗旺。 りおう ろちしん りうん さらに。二ノ木戸には李応あり、徐寧あり、魯智深あり、武雑事、家具、李雲。 ようし とうりゆ、フ ばりんしおん 松あり、楊志、馬麟、施恩あり という堅め。 鍛冶一切のかかり湯隆。 そうせい えんしじよう しゅふ 宛子城直下には、なお、 酒や酢のかかりに朱富。それと縁のある宴会の主事は宋清。 まくしようと - 一う かんとう とうひ み、いしん なんどやく 柴進、孫立、黄信、韓、足、鄧飛、薜永。 什器、つまり納一尸役は勝と杜興のふたりだ。いやそのほかに ふなぐら このほか、水軍のとりでや、船庫の備えもあって、その船手まだ対岸には四カ所の見張り茶店がある。ーー古顔の朱貴を筆 げん ち上うおう げん じせんがくわ には。ーー李俊、阮小二、阮小五、阮小七。ーーーそれに張横、頭に、顧のおばさん、孫新、李立、時遷、楽和、張青、孫の妻 かつば 張順、童威、童猛といったような、大江の河童にひとしい面々などが、それらの事はやっている。 が得意の持場にあたっている。 なにしろ驚くべき組織の大世帯ではあった。このまま一小国 のろしだい しようカー べつに〃山上大隊″と称する遊軍だの烽火台の哨戒隊などもを為しうるといってもよい が、それでもなお足らぬ物は うるし らいおう は人ずい から とうみつ あって雷横、樊瑞、解珍、解宝があり、またその搦め手の守りある。油、漆、皮革、薬剤、砂鉄、糖蜜、またいくらあっても こうじゅ・つりこん だんけい は、項充と李袞のふたりだった。 欲しい馬匹など。 それらの買入れには、楊林、石勇、段景 なお、ずっと離れて。 住らが旅商人に化けて各地へ派出されることになった。 ・一うりよう きんさたん えんじゅんてい 、いしゅ 金沙灘のとりでに燕順、鄭天寿、孔明、孔亮の四将がいる。 『新しき寨主を迎えてーー』 げん しゅどう じよねい せつえい ばっ - 一う じゅ - つき じゅう す いんかん しょむ - 一うけん そ

6. 新・水滸伝 二

てもそんな心になる折もあるのかと疑った。またそれをかりに 『とんでもねえこッた』 ぶべっ も行為の上に出さずに来た人間の心がけによる美しい姿という 巻彼は彼自身を侮蔑して平気だった。 すいきよう 水「絵なぞ描けるくらいなら、何も粋狂に、こんな山ん中で泥棒ものを初めて知 0 た。寺の木像は割 0 て薪にしても、今の悔恨 山なんそしている奴があるもんか、このがさつ者の不器用者とはしないけれど、この人を一度でも裸にして脅した罪は怖ろ しいと思われてきた。 にや、とても、とてもよ』 人 : この蕭照にでも』 『じゃあ、こんな年をした : 『そんな事はない』 ろうえし 云いかけるうちに、彼の気もちは、二十年も前の少年に似た 老画師は、真面目である。そして云うには、人間の本能のう ちには、盗み心だの、残忍性だの、あらゆる悪魔的なものも、素朴な在り方に似たものとなっていた。その口から、あらため カカ 当人が自覚するとしないとに関わらす潜んでいるが、その反対て弟子入を乞うことばが、われともなく迸り出ていた。 なもの、善真なもの、たとえば絵心のごときでも、実は誰にで『よいとも、身を入れて、教えよう。好きな道じゃ、わしには も必ずある筈のものなのだ。それを、描けるとか描けないと何の荷にもなりはせん』 か、まず後天的な智恵を以て自分を批判し去ってしまうから描老画師は、彼の師たることを約した。 もしほんとに師弟となって後、蕭照は初めて、老画師の名を知った。李 くべき性能を出し得ないまでのものである。 りてん とうあ、なきこ しようじん しい、かっては書院の巨匠朱鋭とか李辿などと 眠っているよい本能をゆり起して、素直にそれを現わす精進を唐、字は晞古と、 するならば、反対な悪の本能をよびさますように、それも必ず並び称されたほどな画人であった。 おそ 磨き出されずには、よ、。 悪をふるい起すほどな善性の屈伏カ蕭照は、この人を知ることの遅かったのを悔いた。彼は初め へんりん よくし を以て、善のために悪を抑止するの忍耐をもったならーーもちからこの老画師に害意はもたなかったものの、また好意の片鱗 ろんその理性の堅持はやさしくはないが、ひとり画道にかぎらも持たなかった。むしろ宣和書院の一員と聞いたときは、むか つば と と、唾でも吐きかけてやりたいような衝動すらあった。それと ず何らか人生の明るい彼岸に達しられないはずはない。 きそう にゆうじゃく ふろ いうのが、こういう柔弱な文化人共が、徽宗皇帝をとり巻い わしはそう思うがと、老画師はいちど語を切って、静に、風炉 て、皇帝をしてまるで一箇の画家か美術の保護者みたいなもの の上の瓶から茶を注いで、蕭照にも与え、 『実をいえばな、こう見えるわしにだって、折々には、決してに仕立て上げてしまったからこそ、ついに北宋を亡ばしたので ・ようけん よい料簡ばかりが起りはせぬ。この年になっても、旅路に飢えある、そして自分たちにいたる迄、こんな流亡の憂目をみるに ぞうお たときにでもなると、ふとおぬしと同じような人間になる一瞬至ったのだという日頃の憎悪を以て、この李唐をも、頭から軽 蔑していたからであった。 もある』 が、いまその非を覚った彼は、その日から師の李唐の側 蕭照はそういう老画師の面を穴のあくほど見た。この人にし かめ けんじ っ ひととき しようどう 、つキ一め

7. 新・水滸伝 二

る確信は充分にあった。 不意に、思い出したように、角三郎は又、二、三歩戻って、 ただ、もう彼女に対して、何も飾る必要を感じなくなった角 『お悦 : 。おいっ : : : お悦っ : : ・・返辞をせんかっ : 三郎のそれはほんとの自分を見せたに過ぎない舌打ちなのであ る。 『御鷹部屋は、閉めて来たか』 な。陽が暮れてくる、中風の白翁は、娘自慢、どうした かと、縁先から首をのばしているだろうから早く戻ってやれ、 それでも、公儀の御役は有難いものだ。鳥見組頭という家格が 『御鷹 ? そう云われて、お悦は、自分の肩を , ー、、背をーー・見まわしあればこそ、近いうちに、おれのようなよい観が入る。 が、観だなどと、云って、待遇が悪いと居てやらないぞ』 朱い房は、襟元にかか 0 ていたが、鷹のすがたは、何処で離疎林の下はもうほの暗か 0 た。白骨のならんでいるような樹 屋敷を駈け出す時までは、自分の肩に止樹の肌を見ると、お脱は、地獄の八寒をさまよっている気がし れたのだろうか。 まっていたように覚えていたが ? ーーお悦、吹雪の 『そう、あいつは、こっちへ貰っておこう。 御鷹小屋の戸は閉めて来たかと訊く 『何を見ているのだ。 脚に結いつけてあった手紙、おれによこせ』 のだ』 無言で、帯の間に、皺になっているそれを角三郎の手へわた 「何、閉めて来ない ? 』 すと、 『吹雪は、私の肩に乗っていたのですが』 『も一つのほうも』 『持って出たのか』 『これだけでした』 ま、・に、もう一通、 これだけなものか 「将軍家の御鷹。近いうちに、御野駈におっかいになるあの吹『これだけ ? ちょこ早 - い 弁馬の奴からよこした猪ロ才な果し状も、紙捻のように縒っ 雪。ーー何処へおいた、それを』 て、結いつけておいたのだ。ーー彼奴が、お脱は、自分の子を 『 : : : 探して参ります。まだそこらに』 かいにん 懐妊しているのだと、それには広言して書いてあるから、おま 裾を踏んで、よろめきながら、お悦が起ちかけると えに見せる為わざとそれと共に結いつけておいたのだ』 『女に、鷹が呼べるかっ、間抜けな』 『・ : ・ : 見ませぬ』 舌打ちしたが、然し、彼には、飼い馴らしている多年の自信 と , っしたのか』 と、逃げても、姿さえ見出せば、空から自分の拳へ呼びもどせ『見なければ、・ まめ こぶし しわ きやっ 279

8. 新・水滸伝 二

よろい 『そうです。時節がら、鎧でも打たせておいでなさるとみえ る』 かたなかじ 『刀鍛冶じゃ』 1 一ちょうほう 『ほ。ーーー御邸内に、刀鍛冶がおるとは御重宝な』 みどころ 『そう、重宝でもない。見所のある者故、物置小屋を直して、 鍛冶小屋に与えてはおるが、若いし、容貌はよし、天才肌な男 なので、女に好かれて困る』 一片の紹介状を持って、山浦内蔵助が、ここの門を叩いたの 『はははは。そう三拍子揃ったのも、厄介かも知れぬ。何と申は、もうすでに六、七年前になる。 す者で』 ( 働いてみい ) たまき 『信濃の産で、山浦内蔵助、環ともいし 刀銘には、そのほか 窪田清音が、彼に与えた仕事は、ここの足軽奉公だった。 ま、、ゆき ちゅうげん 正行などとも彫っておるが』 仲間仕事を、二年やった。 『お一于・訐に、作刀が、こさりましよ、つ』 ( 書生に取立ててつかわす ) 『ござる。見てやってください』 次の一年は、玄関の取次番に坐り、朝夕、雑巾をつかんだ。 窪田清音は、立って、床脇から、彼の鍛った一振を取ってそ 三年目に、初めて、 のぞみ れへ差出した。 ( 何が希望だ ) - 一も′一も 鍛ちおろしの中身を一見して、二人は、交、、に、驚嘆した。 と、訊いてくれたのである。 ほうふ 殊に、加藤宅馬は、鑑刀の眼もきくし、愛刀家といわれていた 内蔵助は、抱負を話した。 そんしよく が、これは、古刀の名だたる銘作と比較しても、遜色のない物 ( では、見せて遣わす物がある、尾いて来い ) とまでーーーロを極めて賞めた。 土蔵へ伴なわれた。 『そうかなあ』 ( 毎日、ここへ籠って、当分、勉強いたすがいい ) 窪田清音は、にやにや笑った。 と、清音は云った。 めキ一キ一 かたなながもち へ 彼自身も、刀には眼利と、人にゆるされておりながら、そう 刀長持の中には、古今の銘刀が何十振とあった。相州物、備 置 物云うのだった。そして、欣しそうな容子がつつめなかった。 前物、肥前その他、彼がまだ接したことのない稀な名匠の作も 二体、こんな名刀が、どうして、お宅の物置小屋などに、埋あった。 上れているとい「ては失礼ですが、世間にも知られずに居るので彼は毎日、土蔵の中で、その作品作風を見て、自己の工夫を すか』 凝した。そして今ーー・初めて松代の長国寺内でやった自分の行 なかご うれ やっかい ひとふり 二人は、数年前の、兵学の弟子だったが、今度の出府に、挨 拶に来たものだった。 だが、今の一刀を見ると、もう他の話は忘れて、熱、いに、膝 をのり出した。 こら ほか っ ぞうきん まれ ひざ

9. 新・水滸伝 二

ろうにんぼわ ( 浪人骨のぶとい奴 ) と、内匠頭は呼びよせて、杯を与えようとしたが、数右衛門 っ・ら、か′、 人 と、よく云うのである。 はすっかり面を膨らせて、何か、不平そうに固くなった儘、手 数右衛門がそれだし、彼の親の岡野治太夫が又それだった。 を出さないのである。 - ハ・一一うほうふき 豪放不覊な質だったのであろう、もう十数年前に、浅野家を浪 『何とした ? がん ろう - 一う 人して、頑として、陋巷に貧乏を通して死んだ。 内匠頭が云うと、 とまちょうい べつに、罪科があっての浪人ではないから、その子の数右衛『今日限り、おを頂戴いたします』と云うのだった。 門は又、元の浅野藩の家へ養子に貰われて来た。しかし、親ほ 彼の理山には当然なところがあった。自分の武芸は、一朝君 ど浪人骨がぶといとは、養家でも思わなかったに違いな、。 家に何事かあった場合に役立たせる為のもので、こんな座興に みが ところが、数右衛門の浪人骨は、親の治太夫以上にぶといも供する為に研いているのではない。 けれどもし厭だといえ のだった。 ば臆したと嗤われるであろうし、君命にも反く。そしてもし、 しそん 今でも、国元の者のあいだに、 為損じれば、男として腹を切らなければならないからーー・・武家 あや あやっ や 『何せい、殿様を謝まらせたのは、彼奴ばかりだからのう』 つらつら 奉公というものがこんなものなら廃めたほうがいい。 おくめん と、話柄に残っている事がある。 父治太夫が浪人した気持もわかると、臆面もなく云って退けた それは、或る夏だった。 のである。 赤穂城に近い千種川で川狩が催された時である。舟中の宴の 『悪かった。数右衛門、わしが悪かった』 早、きよう たくみのかみながのり 座興に、内匠守長矩がふと云い出した。 それ以後、内匠頭は、家臣へ向って、そういう座興めい つばめ 「誰そ、あの飛び交う燕を斬り落してみい』と。 そして近た事を強いた例はまったくなかった。 じゅう 習の中に交じっていた数右衛門に、眼が止まった。 だが、数右衛門のぶとい浪人骨は、少しも細くなって居な 『そちに申し付ける』 数右衛門はだまってお辞儀をした。お断りするだろうと皆思 この夏 ( 元禄七年であった ) —ー・彼が、国許から転役を命じ づめ っていると、彼は小舟を放して、川の中ほどへ行き、刀を抜いられて、江戸詰に廻されて来た理由も、そのごっい浪人骨が因 て撓めていた。 を為していた。 ちゅう するどい声と共に、彼の体と刃どが、宙へ閃めいて、伸び上国家老の大野九郎兵衛から、在府の殿の手へ届いている人事 ったと思うと、水面に片羽を切られた燕が一羽、浮いて流れて上の文書には、 ふらち 一打った。 ( 数右衛門不埓の事 ) 『よ、つした』 として、三つの箇条が書上げられてあった。その三箇条とい きん 276

10. 新・水滸伝 二

たみやんざえもん 『てめえ位、猫ッ被りはねえぞ。屋根を修繕さねえうちは家賃そう考えると、お高は急に、不女になった。民谷銀左衛門に おやこ 守はやれねえからそう思ってくれ』 新之助という浪人者の父子の家である。その父子の住んでいる どな かきはまばし ひなし 呶鳴りつける者もままあるが、それに対しても、エヘラ笑い浪宅は、つい近所の蠣浜橋の向うなので、日済金あつめのいち 甲 と、御尤さまであった。 ばん仕舞いに寄る事が例だった。 - 島むすめ 『もしゃ又 ? 養女のお高は、夕方、父の帰りのおそいのが何より心配だっ 鍋 格子を閉めて、お高は、涼みながら蠣浜橋を渡って行った。 ( 今にあいっ奴、きっと、碌な死にざまはしねえぜ ) 途中でも会わなかった。橋向うの材木屋の裏長屋に、民谷父子 は住んでいた。 などと世間の声が、自然彼女の耳へも入るからであった。 蚊が顔へぶつかってくるような露地だった。案のじようそこ かどぐち へ入ると、薄ぐらい明りのさす門ロで、養父の声がしていた。 夏祭りの宵である。杉の森神社の御輿が、汗のにおう町の中『弱りましたな、御都合は百も二百も御尤でございますが、手 で揉んでいる。 前のほうも、渡世でして、そうはお待ちができません。ーー証 まつりちょうちんとも あすか ′一とうーりめぬき お高の家だけが、歯の抜けたように、祭礼の提灯が燈ってい書の表どおり、お預りしてある後藤彫の目貫は、他へ売払いに つき なかった。養父の彦兵衛は、そんな費用も惜しんで、町内の交出しますから、どうかおふくみ願いたいもので』 際を断っていた。 決して怒ったことのない彦兵衛であった。こういう最後へ来 格子の外に出て、お高は近所の軒の灯を見ていた。お高は美ても、顔いろや声に感情を出してはいない。 よれよれ しい着物を着ていたが、 手をつかえているのは、人品はいやしくないが、縒々になっ まえざし かたびら ( こんばんはーー ) た帷子を着て、貧しげな前差一本を帯びた浪人で、彦兵衛より と と、ことばをかけて通る者もなかった。むしろ、彼女の美は年もずっと老っている民谷銀左衛門であった。 じゅそ 貌までが、養父の蓄めている金と共に、呪阻の的に見られてい 『あれを売られては困り入る。せめて、もう二月ほどの御猶予 を』 : どうしたのだろ ? 』 『でも証文の表には、期限までに返済しない時には、何時でも 世間の中の淋しさには馴れていたが、家の中の淋しさには絶お払い下されてさしつかえないとありますが』 えかねるらしい。お高は、帰りのおそい養父を、しきりに待ち『実は : : : 実はその : : : 申し難いがあれは他人の品で、その方 わびていた。 の推挙に依って、近いうちに、仕官のはうの話も纒まろうと成 たみや せがれ 『民谷さんの家で手間をとっているかもしれない ? っているところ、伜新之助も、唯今ちょうどそのお宅へ伺って も ねこかぶ め さび てま ろく のき ち なお とちゅう か すいきょ ち ′ - ゅうよ っ