盧 - みる会図書館


検索対象: 新・水滸伝 二
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1. 新・水滸伝 二

くらまえ 『ですが、ご主人』 や旅の必需品をつんで、盧家の倉前から西南へ立って行った。 えんせい 傳と、燕青もまた、黙ってはいられぬように、ロをひらいた。 ときに、盧の細君の賈氏が、その遠ざかる馬車の上を見送 と 滸『巽とはまた、方角が悪いじゃありませんか。泰安州へ行くに って、ふと、ばろりとして、あわてて奥へひっこんだ。 S ・よう早一んばく は、どうしたって、梁山泊のそばを通ることになる』 水 いうことなど、もとより盧の大旦那は何も知っていない。 『はははは。噂のたかい梁山泊か。世間は恐れているらしい あとにのこって、一夜はなお、何かと、家事の始末など留守 新 みずのほとかえる が、わしからみれば程の知れた草賊だよ。ま、水滸りの蛙も同の者にいいつけ、そして翌朝は早くから、先祖のまつりなどし 然さ』 て、さて、旅衣さわやかに、腰には、彼が得意としてほこる棒 ろしゅん びようぶ そこへ、楚々と、盧俊儀の妻の賈氏が、屏風を巡ってあらわ術の一棒を横たえ、 えんせい れた。李固や燕青と共に「ーーーそんな遠出の旅は、思いとまっ 『では、行って来るからな。火の用心と、体だけを、気をつけ ていただきたい」と、すがるばかりに止めるのだった。 ろよ』・ 嫁いでき・てまだ五年たらず、二十四、五の美人であった。 と、妻の賈氏へ言い残した。 だが盧の大旦那は、この妻のいさめにさえ、意をひるがえす『あなたこそ : : : 』と、妻は打ち萎れて『旅では、食べ物に 色はない。また燕青はしきりに、旅先の方角が気になって仕方も、お気をつけてくださいね。そして一日もおはやく』 まな、らしく、「では、ぜひもございません。が、供人には、 『うむ、百日もたてば、帰って来る。 : おう燕青、おまえに ぜひこの燕青を連れて行ってください」と、執こく頼んだ。け も、たのんでおくそ』 れど、これもまた、 『はい。 ~ 打ってらっしゃいまし。どうも早や、こうなっては、 『あきないは、李固でなければわからない。おまえは留守してお留守の御安心を願うしかございません。お心丈夫に』 おれ』 『などといっても、おまえは元来諸所方々でちともてすぎる。 いろまちおんな と、一言の下に、しりぞけられてしまった。 うつかり色街の妓などにはまりこむなよ』 ところが、選ばれた番頭の李固とくると、どうも彼は、旅の 『これは、なさけないおことば。・ とうして、ご主人の留守にそ 供をよろこんでいる風ではない。主人の身よりは、自分の都合んなことを』 かつけ : じつは、このところ、ちと脚気の気味で : : : 」など 『いや冗談だよ。何よりみんな仲よく機嫌よく暮らしていろ ろしゅんだいかっ と渋り出したものである。そこでついには、盧俊儀の大喝を食よ』 ちち って、急に縮み上がり、否やもなくなったようなわけだった。 彼は馬に乗った。そして馬の上から、さすがあとに残す妻の ともあれ、それから三日後。 姿をふりむいた。賈氏も燕青も、その人が見えなくなるまで手 りよう 十数輛の馬車と人夫と、そして先発の李固とが、貨物の商品を振っている。しかし賈氏のひとみには、前日、先発した馬車 とっ たつみ しつ しお

2. 新・水滸伝 二

大どかな貴人の相とはくらべものにならぬ。第二には、私はもに諮った。 傳と小役人の出身で罪を犯して逃亡のあげく自然ここに身をよせ『このうえは、天意に訊いてみようではないか。あくまで盧大 ふしよう 滸ているに過ぎない人間。然るにあなたは北京府の富家に生れ、員を主座に仰ぐべきか、不肖、どうしても私がよいのか』 てんゅう 水かさねがさねの天祐を蒙っている。天運おのずから衆に超えて『天意。それはまた、どうなさるので』 いるものです。ーー第三には、私は浅学、あなたは学古今に通『ここからひがしに、東昌府、東平府の二城市がある。ゆたか 新 ひいで , たカ、かってわれらもそこだけは侵したことがない』 じておられる。のみならずじっさいの武技もあり智略勇胆に秀な城街 お ています。すべてその才徳は大器というもの。あなたを措いて『なるほど』 じよう・一 よくど 誰がここの上座にすわる者がありましようか』 『城戸の民はみな沃土と物産にめぐまれ、官民和楽してよく暮 らしていると聞いていたからだった。ところが近年、奉行が変 『ああ、迷惑です。御過賞に過ぎる』 わいろ 『いや、ここの者共も、生涯この儘ではいられません。いずれってからはひどく苛烈な税をとりたて、賄賂悪徳の風が幅をき 時あればおかみに帰順して、世に功業を捧げねばならぬ。罪ほ かして、ために良民は汗に痩せ、無頼のやからと小役人だけ ; かんしやく ろばしの善を地に植え、時により官爵を帯ぶる身となるやも知肥え、一般は以てのほかな困窮だという』 れぬ。だが私はすでににあらずとかたく腹はきめているので『そこで ? 』 そうこう す。どうか山寨一同の願いを入れて、いまはおききとどけ下さ と、呉用は宋江の面を見つめた。 ぜにかて れたい』 『二府へたいして、銭糧を借りたいと申し込む』 然し、盧はついに、椅子を降りて、身を下に置いてしまっ 『もちろん先は断りましような』 『知れている。だがそれは口実。それを名分にうたって二途二 『どのように仰っしやられても、それだけはお受けできませ軍勢で同時に二つの城市へ攻めてゆく。つまり一方の首将には そ ん。死すともできません』 盧大人になっていただき、一方の指揮には私があたる。 、み、や s ・ようギ一んばく あとは座中、私語騒然と、思い思いな声や囁きになってしましてどちらでも先に相手の府を降伏させた方を梁山泊のあるじ とするのだ。この案はどうであろうか』 そうこう 『さあ、それもよいでしようが ? 』 要するに、ほとんどの者の本、いは、やはり宋江に主席となっ ていて貰いたいのだった。軍師呉用からしてそうらしい色に見と、呉用は盧俊儀のほうばかり見て、可否をいわない。当の える。人情、、い服、信頼感、そして盧よりも古い一つ釜の飯。盧俊儀もまた、ひとえにそれは逃げて、うんという気色もなか どうにも理屈ではなかったのである。 これはいけないと見たか、宋江がここに一案を提出してみな で、せつかくな一案もお流れに終って、現状そのまま、つい ろ す ろ ろしゅん ! や と 6

3. 新・水滸伝 二

ついに、流刑の断をくだしたのである。さきは終身刑のみが への心づけがだいぶ要る。しかしおさまらないのは、あくる とうちょうせつば しやもんとう 送られる滄州沙門島の大流刑地。護送役の董超、薜覇という一一 日、顔をみせた李固であった。 たんこう りんちゅう 『まあ、李固さんよ、そうふくれなさんな。明け方、盧をねむ名は、これまた、かって林冲を都から差立てたことのある端公 ぶくも ちゅう 1 一くはん らしちまおうと思って、獄飯の中へ一服盛ってると、急に、中だ。あれ以後、林冲が逃げた滄州事件のとばッちりから高大臣 ほっけい させん この北京へ左遷されていた者たちである。 書さまの御意向が違うッてんで、大まごっきさ。どうも長官閣の不興をかい るけいにん 下か、まわりの者か、そこは知らねえが、盧をころす迄の腹しかし流刑人送りの練達者として、この二人の端公の腕は、 じゃあねえらしいんだな。ひとつ、そっちの方を運動しなせたしかに抜群だったものだろう。管領庁でも彼らが付いて行く からにはと万々途中は安心と公文その他一切の手順もすすめら え、こっちはいつでも、やれるんだから』 李固はてんてこ舞いした。色と欲、生涯のわかれめだ。ここれた。 で老舗の財産半分をつかっても、元はひとの物、安い物、そん 首かせは篏められ、二本の水火棍に小突き立てられ、行 かんりようりようちゅうしょ りし・つけ・れ くて三千里の道へ、盧は素はだしで歩かせられた。 な料簡からに違いない。その日まず、管領の梁中書の公邸に めしゅうど 木賃宿の朝夕、端公は囚人を、奴僕のようにこきっかう。こ ちかづいてから、連日、あらゆる手をつくして暗躍にかかった と ところが一方、副官や与力の張は、蔡福から少からぬ袖の下れらはやさしい事である。四、五日も旅するうちには、すでに せんえん うをおさめていた。で、何やかやと判決は遷延してゆく。それは盧俊儀その人の面影はどこにもない。飢え疲れきッた無力の奴 ろしゅん をいいが自然、北京府内では、おもしろからぬ噂も立つ。盧俊儀隷、いやいや、そんな形容ではまだ足りない とう - 一う 董公。ちょっくら、こいつの腰鎖を代って持っててく 主その人への日ごろの人望やら同情なども抑さえ難い。で、梁中『おい。 れ』 て書も考えた。 せつこう 『なんだよ薜公。こんな山ん中で』 把ここで読者は、この梁中書について過去の一事件を思い出さ を れているであろう。かって、都の蔡大臣の許へ、その誕生祝と『生き物だもの仕方はねえ。用達しがしたくなったんだよ』 『ぜいたくを吐ざいてやがる。垂れ流しに歩き歩きさせたがし して、夫人の名義で、時価十万貫にものばる金銀珠玉を送り出 せいめんじゅうようし 、じゃねえか』 にさせたあの大官である。そのときの輸送使が、かの青面獣楊志 めしゅうど 上 であったのだ。ゆらい梁山泊とは宿怨浅からぬ官憲の大物とい 『囚人じゃねえッてばさ。おれがするんだよ、おれが』 樹 しんちょう 『はははは、おめえが催したのか。それ、やって来ねえ』 ってよい。それだけに彼は、盧の処分には慎重をきわめたの ・一しぐ寺、り・ ほっ、 燕だ。盧に同情のつよい北京において、万が一にも、ばろを出し 腰鎖をうけとって、ばんやり立っていると、彼方へ行ってか とう・一う がみこんでいた董公がギャッと一ト声叫んでころがり伏した。 浪ては、はなはだまずい あ といったと思、つと、これ 『そうだ、千里の先なら、耳の外だし、風まかせ』 驚いた薜覇が、上を見て、呀ッ りよう早 - 人ばく ろ せつば ろ めばく こん 〃 7

4. 新・水滸伝 二

がくそう 笛、板 ( 一種のカスタネット ) などの奇妙な楽奏の音に、はっと たような汗になってしまった。 いやそれはまだしも。ーー彼がその一ト汗を拭くべく小高い耳を醒まされていた。 どら 気がついてみれば、自分はせまい一渓路に立っており、渓流 丘へ馳けのばって行くと、すぐかなたなる山坂道を、銅鑼の音 きんらんがみ一 すずり ジャンジャン囃しながら遠ざかって行く一群の賊の手下があをへだてた彼方、硯の如き絶壁の中層には、紅羅の金襴傘を中 、いに、一座百人以上な人影が立ちならんでいて、上には、 り、その中には、自分の供の李固も人夫も、十二輛の貨車も、 てんにかわりてみちをおこなう 引ッ立てられているのが見えた。 替天行道 めいべり と四大字を書いた繍縁の大旗がひるがえってみえるではない 『や、や、や ? 』 『ゃあ、賊共待てッ』 かなた ろ ちゅう ようてん 仰天する彼の姿を、彼方では笑うかのように。 盧は、宙を飛んで、先の一群を追ツかけた。 くるま じゅす ろいんがい 数珠つなぎの人と馬とそして貨車とを追い立てていたのは、 『盧員外 ( 盧は大員外トモ呼パレテイタ ) どの、盧員外どの。お変 らいお・つ びぜんこう りもありませんか』 挿翅虎の雷横であり、また美髯公の朱同であった。 そう - 一う こう言ったのは、羅傘の下に見える人物。すなわち宋江であ 二人とも、盧を目前に見ると、呵々と大笑して。 - : っそんしよう って、右がわに公孫勝、ひだりには呉用。 の『御用か。御用とあれば、もつけの幸。この車にお召しあっ しゅん 芦ては如何なもので』 この呉用へ、ヒタと眸をすえた盧俊儀は、いまや自分がなぜ いきどお 待『だまれつ。罪もない召使や雇い人夫。そこへおいて去れ。去ここに居るかも分らぬような夢幻感と憤りの中に燃えた。 にせえきしやだんてんこう 『ゃあ、そこにおるのは、先頃の偽易者、談天ロとかいう奴だ 待らぬとあらば』 え ったか。おのれ、よくも ! 』 『ど、つなさる ? ・』 亠ま お『、ツ 『だましたと、お怒りか。わはははよ ・カ』 たにこだま と、彼方の笑い声は、谷谺に大きく響いて。 歌と、盧は心火を燃やした。理のほかだ。力で見せ、血で物を 『いまは実を申上げる。お伺いした偽易者、まことは水滸の一 の解らせるしか、意志のとどく相手ではないと思った。だからこ * 一いしゅ ぜっ 舟 の一刹那からの彼のまさに名にしおう河北の三絶 ( 傑物ノコト ) 人智多星呉用です。これにおられる寨主宋公明には、久しくあ りよう早、んばく した ぎよっきりん 玉麒麟その者の本相だった。日ごろ秘していた武芸と剛胆とをなたを慕っておられ、梁山泊一同協議のうえ、あなたを仲間に らいおう にその姿に極限まで描いて雷横、朱同の二人を相手に火花をちらお迎えしようものと、すなわち、呉用が一策を用いた次第でし あしからずあしからず といっても、それはまたっかの間で、彼はいっか当た。ーーー不悪、不悪』 工した。 いたずら しようげんてつ 面の敵も手下の群も見失い、どこか高い所でする簫、紘、鉄『ばか気た夢ツ、悪戯もほどほどにしろ。山野に巣食う栗鼠や そうし・一 か はや ろ かか さいわい てき はん らさん - 一うら りす 707

5. 新・水滸伝 二

ろしゅん 『来るものかよ、盧俊儀と知れば 『もうおそし 気がつくのが遅すぎらあ』 傳広言でなく、これは彼の自信だった。水滸の草賊、北京での 『うごくな、食わせ者』 滸噂も高いが、心ではつねに嗤っていたのである。 棒が唸っこ。 オ二丁斧の一丁がカンと鳴る。 水然しその朝いらい、彼は家伝の一刀を腰に横たえ、棒は手に とたんに、両者の戦う影に、ちぎれた草が舞い、稍の葉が雨 持って、ここを出た。そしてます一日は無事だったが次の日のと散る。だが、ヒラッと黒旋風は次の一瞬に逃げ出していた。 新 うすごろも こと。青い海へでも入ったような原始林の道へかかると、怪鳥それを追って行くとさらに又、一方の木蔭から黒い薄法衣を体 の啼き声を思わすような口笛がどこかで聞えた。 に巻いた大坊主が現われて、 わがはい ろちしん 『そらツ、出て来たツ』 『待「た。吾輩は花和尚の魯智深。せめて、吾輩の挨携はうけ よしゃ と、馭者や人夫らはみな車をとび降りて車の下にい込んでてもらいたい』 ぞうにん ぜんじよう しまう。元々、賃雇いで連れて来たこれらの雑人はぜひもな と、鉄の禅杖をつきつけて道をはばめた。 ふる い。だが、李固までが車の下でワナワナ慄えているざまに盧は 『なに、あいさつだと』 腹立たしげにどなりつけた。 『そうだ。じつあ、お歴々な山の兄貴たちからいいっかり、お 『たわけめ。きさまは主人がどんな人間かをこの年まで知らずめえさんを迎えにここまで出ばって来たんだ。おとなしく吾輩 よっきりんろしゅん とりで に仕えて来たのか。何が出て来ようと、ここに玉麒麟の盧俊儀と共に水滸の寨まで来てくれまいか』 がおる ! わしが相手を斬り伏せ叩き伏せたら、きさまは人夫『ばかなツ ろ を督して、それらの賊共を片ッ端から車の上に積んでしまえ ! 叱りとばすや否、盧は棒術の秘をあらわして跳びかかった。 たいざんもう 泰山詣での土産として、北京府の官へ突き出してくれようわ花和尚は逆にその下をくぐって振向きざま一颯するどく風を起 ろしゅん し』 す。せつなに、棒は砕け飛び、そして盧俊儀が抜打ちにい すると、ことばの終らぬまに、ザ、ザ、サ、ザッと、躍り出刀は、花和尚のころもの袖を切っていた。 ちょうおの てきた者がある。手に二丁芹をひらめかせた黒人猿のような男『おッと、あぶねえ、和尚は退け』 ようじゃぶしよう 、、こっこ 0 又、違った声である。これなん、行者武松である。戦い戦 ほっわ、 ろ 『とうとう、おいでなすったネ、北京の旦那 ! 』 まずい 密林の奥へつり込まれた。 と感じて盧はひ っ りゅうとうなの ぼっしやらん 『やっ、うぬは何日そやの』 ッ返す。すると、こんどは、赤髪鬼の劉唐と名告る者。没遮爛 うらないしゃ おしちご まくてんちょうりおう 『おおさ。旅の売ト者について、お宅へ顔を見せた唖の童僕だの穆弘と喚く者。また我れは援天鵰の李応なりと、みずから言 こくせんふう よ。ジツの名、黒旋風の李逵だ』 う者。あとからあとから彼を試みるように出ては挑みかかり、 『、ては何か ? ・』 戦ってはまた隠れ去る始末に、さすがの盧も、全身、水をあび みやげ ちんやと ら ろ ばっこうおめ おの さっ あ つ 706

6. 新・水滸伝 二

て、今夜はまあゆるゆる楽におやすみ遊ばしては』 者めが、先にわが家を訪れたときに、稀、、書きおいてまいった 傳妻の賈氏もいそいそすすめ、李固も何かともてなすので、盧もので』 しんっ 滸は自分の小心を辱じ、その晩はわれから機嫌を直して寝に就い すると後ろで李固が、へへへへと、声をころすようなわざと 笑いをもらしていた。 水た じようは S ・ : 大旦那え。お白洲は浄玻璃の鏡。もうそんなム ところが、真夜中の頃、盧家のおもて門と裏門から二三百人『旦那え。 新 あらがい の捕手がとっぜん土足でなだれ込んだ。事すでにただ事でなダな抗言はおよしなすって、神妙にちっとでも罪を軽くしてい ろ ゃなり 一瞬の屋鳴がやむと、はや主人の盧は縄付きとされ、家ただきなすった方がおよろしいんじやございませんか』 かんりようちょう じゅう大乱脈の中を、深夜、管領庁へと引ッ立てられて行っ 妻の賈氏もまた、尾について。 『あなた : わ、わたくしはもう、あきらめました。もし りようちゅうしょ ほっけい 北京の長官、梁中書は、あくる日、白洲にひきすえられたや、罪九族におよぶなどというお申し渡しにでもなったらどう ぜんび 彼を見た。 しましようそ。後生です、お願いです、前非を悔いて、素直に かみ 呼び出された賈氏、李固の両人も、やや離れて、平伏し洗いざらい、お上へ、ほんとのこと仰っしやってくださいま ている。 し。せめてそれが』 ろしゅん ろがくぜん 『盧俊儀 ! 』と、中書はやがて、声あららげて。『そのほう、 よよと、泣きみだれる彼女の態に、盧は愕然と 1 伸びあがっ りようざんばく 北京に住むこと五代の由緒ある良民にてありながら、梁山泊のて、どなった。 『なにを言うか、そなた迄が。 ・ : 逆上したのか、女房っ』 賊徒と通じ、不逞を謀むのよし聞えあるが、言い開きはあるま しかし、庁上庁下、居ならぶ役人の目ばしいところには、す ろしゅん 『あっ、もしツ・ : 』と、盧俊儀はさけぶーー・『覚えなき事にでに李固から廻した鼻ぐすりが効いていたこと。機をすかさ ちょう にせうらないしゃ ございまする。身の不覚より、偽売ト者にたばかられ、一時はず、与力の張が、次にわめいた。 ちゅうしょ 足を入れましたものの』 『中書閣下、これは一ト筋繩ではいけますまい』 『通らん。さような言い訳は通るまい。賊と密盟なきものな 『ウむ。打てッ』 うめ 一うもん せいさん ら、何で百余日も梁山泊にとどまり居よう。又、賊が解き放す おきまりの拷問となった。忽ちに唸きの下、凄惨、目もくら しらす ぜっきよう はずもない。すでに、なんじの女房と番頭の李固から夙に訴状むばかりな鮮血が白洲を染め、絶叫がつづく。そしてついに、 も出ており、かつまた、なんじの書斎より常々反逆の意をふく 心にもなきロ書が取られ、そのタすぐ死刑囚の大牢へ送りこま れた。 む一詩も見つけ出されてある』 、、いふく 『あいや、仰せですが、それはてまえの作った詩でなく、偽易 この大牢の牢屋預かり兼首斬り役には、蔡福、蔡慶といっ つう ふてい たく ゆいしょ しらす っと 0 けん しらす たまたま

7. 新・水滸伝 二

あいかわちず、鳥を射、川魚を採って、露命をつないでいた しやがる ! てめえは身投げをする気でいたのとは違うのか』 ろしゅんぎ つるや せつな が、ある日夕、小屋へ帰ってみると、盧俊儀の姿がみえな 『おじさん』と刹那に、若者の方も、落着いたらしく、弦の矢 ろうぜき はずは あたりは狼藉、血しおまでこばれている。さてはと仰天し筈を外ずして。『ごめんなさい。おじさん達は、旅の衆だね。 えん ほっけいふ とりかた て、燕は夢中で追っかけた。けれど時すでに遅しーーー。盧は馬北京府の捕方じゃあなかったんだね』 の背にくくられ、二百人からの土民や捕吏の手で麓へ引ッ立て 『ゃ。おめえの言葉は北京語だが、そう一言う所をみると、もし えんこ ろいんかい られて行く途中だった。 やめえは、盧員外 ( 俊儀のこと ) の縁故の者じゃあねえのか りよう一んばく 『↓つくしょ , っツ。 ええ、どうしたら ? 』 い。いや、安心しねえ。おれたちは、梁山泊の者だからよ』 然し、どうすることも早やできない。彼は泣、た。天を恨ん『ほんとかいー おじさんたち』 びようかん べんめい せきしゅう 断崖から谷へとびこんで死んでやろうか。死んでどうな 『なにを隠そう。おれは扮命三郎の石秀。ここにいるのは病関 ようゆう しようせんぶうさいしん る ? 索の楊雄だ。 仲間の一人、小旋風柴進からの知らせで、こ しらじらあ 事 ・茲に。夜の白々明けのこと。 れから盧員外をどうして助け出すか。その下探りに出かけて来 る しまきやはん はんようがみ、 わき早、し れ范陽笠に、縞脚絆、腰に銀巻き作りの脇差という身がるな姿。た途中なのさ』 きんらんこしあて だんびら えんせい またもう一名は、古物だが、錦襴の腰帯に、おなじく大刀を燕青はこれを聞くと、わっと声をあげて泣きだした。「遅か あさぐっ 出たい った ! 間に合わない、間に合わない ! 」と言っては、地だん 見帯し、麻沓の足もかろげに、どっちもまず、伊達な男ツ振りと - 一も′一も リいえる旅の二人が、何か、笑い声を交わしながら峠を北へ降りだをふんでまた泣いた。楊雄と石秀とは驚いて、交、ゝにその理 禁かけて来た。 由をただした。 ろうしえんせい 広『オヤ。あれ見や兄哥。へんな野郎が、谷へむかって、泣いて そしてこれが盧家の小僕、浪子燕青と聞いて、さらに驚きを しかし盧の再度の大難が、ここでわかったの 警いやがるぜ』 がきくせ 一『ほ。まだ餓鬼臭え若造じゃねえか。まさか身を投げて死ぬ気は、まだまだ、天の加護として、よろこんだ。そこで楊雄は俄 ほっけいふ 蒲でもあるめえに』 に方針を更え、燕青を連れて、梁山泊へ引っ返し、北京府へ 『いや何とも知れねえよ。声をかけたら飛び込んでしまうかも は、石秀がただ一人で入り込むことになった。 しめ 降 しれねえ。そっと行って抱き止めてやろうか』 もちろん以後の連絡をかたく諜し合せてである。ところが、 諒然し、彼方の岩頭に腰かけていた若者は、すぐ気づいて、気これがまた第二の奇禍と、次の大波瀾とを招く逆の転機となっ しせんきゅう づくや否、隠し持っていた四川弓 ( 半弓 ) に・ハシッと矢をつがてしまった。 伝えて、こっちを睨まえた。 やおもて 『あっ 』と、二人は矢面から飛び別れて。『小僧ツ、何を あにを - と ふもと か なかま したみ一ぐ 〃 9

8. 新・水滸伝 二

かつば 欲でもない と、河童のような頭が船尾にぬッと見え、そしてその声も終 りようざんばく 梁山泊の上段に らぬうちに、はや小舟は引っくり覆っていた。淡い星影の下に ぎよっきりん すえて見たさの玉麒麟 舟底は仰向いてしまい、青ぐろい渦紋のほかは、もう何も見え つづいて又も同じような一艘が漕ぎ寄せて来た。盧はギョッ なくなっていた。 として見廻すばかり : 何のことはない、三そう三ッ巴に、 からから・一 あんばい こっちの舟へ絡み絡み漕ぎめぐっている按配 ろうしえんせい 『おい、船頭。早くやってくれ、早く』 浪子燕青、樹上に四川弓 『船頭だと。へへへへ、旦那え。 ・ : 船頭にはちがいねえが、 しゅ 俺を一体何だと思いなさる。上は青空、下は大江、オギャアと を把って、主を奪うこと じんよう・一う うぶゅ - 一ん - 一うめ・ゅうり・ 泣いたときから、潯陽江の水を産湯に男となった混江竜の李 しゅん りようギ - んばく 俊、いやさ今では梁山泊のお一人だ。これほどまでにみんなが 手をつくして仲間入りをすすめているのに、まだいやだと仰っ昏々、一夜は過ぎている。翌日の夕方だったに違いない。気 ろ としやるならぜひもねえ』 づいてみると、盧は丁重に寝かされていた。 肌着衣服、すべて かん う『ど、つする ? 』 真新らしい。ロ中には神気薫ばしい薬の香が頻りにする。 奪 『しれた事。命を貰うだけのもんだ』 『盧員外どの。御気分はどうです』 を 主『なにをッ』 『ほ。あんたは ? 』 ろ しんこうたいほうたいそう てせつなの一剣は、盧の体まかせに、相手のみずおちを見事突『神行太保の戴宗です。御用意ができておりますが』 はや 力とたんに李俊のからだ 『ご用亠思とは』 把いたかと見えたほどな迅さだった。 ; 、 をは、とんばを打って水中に隠れ、舟は飛沫の中に傾斜し、剣は 『とにかく、あれにお乗りくださいませぬか。ここでは一切、 空を突いていた。 何のお話もできませんので』 四 かっ 『や、や、や ? ちいツ、しまった』 すすめられたのは轎である。前後八人の子分が舁ぐ。いう迄 からまわ 樹彼は不思議な水の渦を見た。舟は独楽みたいに空廻りし初めもなくここはすでに梁山泊下の一寨であったのだ。 とうろう おばろかなた ている。のみならず、艫端に人間の腕だけが見える。盧は北京 うねうね登って行くほどに、紅紗の燈籠一一三十基が朧に彼方 えんし 燕育ち、泳ぎを知らない。然るにそのとき、 へ見え出してくる。おそらくは宛子鹹の大手か。外門を入る 浪『旦那え。ご案内に来ましたよ。水底へさ。 と、音楽がきこえ、一群の騎馬列が照らし出されている。近づ ろうりはくちょう そうこう こうそんしよう の面も覚えておきなせえ。浪裏白跳の張順だ ! 』 けば、それは宋江、呉用、公孫勝らの出迎えであった。さらに ろばた 0 どもえ ろいんがい こんこん レ」 かえ し ん き ゆ う しき

9. 新・水滸伝 二

むじな ろ 貉の分際で』 『冗談ではない 』と、盧は言った。『命あっての物種だろ いけん 傳『いや、野には遺賢だらけだ。あなたもこの旗の座に来てくだ うではないか。どこか無事な所へ着いて、ひとます宿をとりた おこな 滸さい。天に代って共に道を行いましよう』 いのだが』 くそでもくらえ』 『そいつは生憎だ。ここらには旅籠もねえ。本街道へ出る迄に 水『盗賊の道をかー 『仰っしやったな。花栄、客人はまだお目が醒めぬらしい。一しても、三十里は軽くあらあ』 新 ト矢、御馳走申せ』 『駄賃はいくらでも出そう。舟で渡してくれないか。灯のある しようりこう そばにいた小李広の花栄は、これを聞くと、手馴れの弓に矢岸まで』 をつがえて、はツしと放った。花栄の神技、狙いはあやまた 『乗ンなせえ。その代り銭十貫、銀でも、 しい、前払いで貰おう ろしゅん筆 らしやがさひぶさ ず、盧俊儀が被っていた羅紗笠の緋纓をプンと射切った。 これには盧も大いに驚いて、足は無意識に逃げ走っていた。 盧はほっとした。過分な礼を見たせいか、船頭の櫓は気持ち ふる あしす すると突如、山が震い鳴った。鼓声、鬨の声である。 そしよく水を切る。たちまち芦の洲を幾めぐり、水上十数町も漕ぎ みち ひょうしとう りんちゅうへきれつか てなお逃げまどう先々の途でも、豹子頭の林冲、霹靂火の秦去り漕ぎ来たったと思われる頃ーーふと、べつな小舟が行くて きんそうしゅじよねし みずざお 明、金鎗手の徐寧などが入りかわり立ちかわり、彼のまえに立に見えてーーー上には二ツの人影、ひとりは長い水竿を手に唄っ ちあらわれて「見参っ」と叫び、また「御挨拶ーー」と呼びかていた。 け、各自が一芸一芸の武技を以て彼をさんざんに悩ませた。ど 本は嫌いで うも、ひどい御挨拶もあったもの。 詩も知らず びよう あし とまれ、いっか彼は渺たる水と芦のほとりへ出ていた。それ 虎のさし身に おうしたん や水滸の泊に近い鴨嘴灘とは知るよしもない。微かな星、ほの 茶わん酒 あ かな月、ト ′道をかきわけ掻きわけ、茫と、いちめんな芦の花に 飽きりや水滸で くじらっ 行き暮れていると、 鯨釣る 「旅の衆。道に迷ったのかね』 美い声なので凄味があった。わけもなく盧はハッとした。い ろおと あしむら と、一そうの小舟の櫓音、そして、小舟の上からその漁師がや何を思うひまもない。芦の叢から又も一舟が漕ぎすすんで来 なおも言う。 る。そしてそれにも二人の男がみえ、ひとりの男がこう唄う。 『 : : : 迷ったものなら仕方ねえが、何だってこんな所にばんや おまえ待ち待ち りしていなさるのかい。 ここらは名うてな盗人の巣だ。それと 芦の花 も命の捨て場にでも困っているのかね』 色香はないが とき かす しん だちん いろか すごみ ろ

10. 新・水滸伝 二

ほうそ 彭祖ながいき がんかい 傳顔回わかじに 滸 みんな人物ひとかどの者 みんな一生同じでない まもなく、あたふたと、戻うて来た番頭が。 水 はつけみ かねもちびんばう運のつる 『大旦那。八卦見をよんで参りました』 新 しり 明日が知りたくお座らぬか すぐうしろから、つづいて入って来た呉用も、李逵を後え 金一両はお安いもの に、一礼して。 しんえき さあさ神易にお問いなされ 『お招きは、こちら様でございますかな』 しきんたいがい おおみせ ろ ここに紫金大街で一番の大店舗、質、物産屋の招児も古い廬『おうわたくしです。ひとつ、わたしの運勢を占ってもらおう ばんとうでっち 家の内では、折しも盧の大旦那ーーー綽名玉麒麟がーーー番頭丁稚と思いましてね』 ちょうあい ろしゅんぎ をさしずしてしきりに質流れの倉出し物と倉帳との帳合をやっ 盧俊儀は言った。 じろッと、呉用のひとみ、盧の眼光。 ていたが、そのうちにふと、 何か、どっちもどっち。言外に、人を観ている 「 , つるさいな』 が、盧はさりげなく、 ろしゅん と、大旦那の盧俊儀が、舌打ちして、番頭のひとりへ言っ 『ここはみせさき。先生、どうそこちらへ』 すだれはい が・ : つ、 物ノトっ と、一方の簾を排して、客間の鵝項椅 ( 鵝鳥の首の付いた椅子 ) しよう 『なんだい、外のあの騒ぎは ? 』 へ呉用を請じ、そして、いんぎんに訊ね出した。 『子供ですよ。いやもう、さっきからたいへんなんで』 『御旅装と拝しますが、先生、ご郷里はどちらですか』 だんてんこう 「ふうむ ? 子供が何をやってるんだね』 『山東です。姓は張、名は用。談天ロとも号していますが売ト じゅ しいえ、風変りな占い者が、鈴を振り振り歌って来るのを真は本業ではありません。郷里では儒の寺小屋をひらいており、 ぜいばく 似て、ゾロゾロ尾いて歩いているんです。へい : ・それ、聞稀ミ遊歴の旅費かせぎに、好きな筮トをとって、特にお望み えるじやございませんか』 の方だけに見て上げておるような次第でして』 がんかい ばいまくしゃ 『なるほど。甘羅、子牙、顔回など、史上の人物を並べて、生『そうですか。さすがどこか、街の売ド者などとは、どこか御 意気なことを言ってるらしいな。ひとっ呼び入れて、からかっ風采も異るものがあると思いました。ところで、私の運勢をみ てやろうか』 ていただけましょ , つか』 だんな がっぴ 『およしなさい旦那。見料は金一両だなんて、とんでもない法『まず、お生れ年と、月日を』 いつじゅう てい ! う 螺を吹いてますぜ』 『本年三十二歳、甲子ノ年、乙丑ノ月、丙寅ノ日、丁ノ時刻 ら かんら うらなしゃ しち しち あだなぎよっきりん くらちょう かんばん ま たまたま 『まあいい。物は試し。連れて来い、連れて来い』 ろ ことな どし ため うらな 0 ろ す 70 り