自然地理学 - みる会図書館


検索対象: 科学 2016年7月号
131件見つかりました。

1. 科学 2016年7月号

境問題への関与 ( ァンガージュマン ) をまとめた本に 『 Active Geography たたかう地理学』 3 というタイ トルをつけたのはそのためです。しかし , そこに は , とりわけ 3. 1 1 以後の状況が大きく関わって いました。 なぜ「たたかう自然地理学」が必要なのか ? 3. 11 の原発事故は , これまでの科学と社会の ありかたに決定的な疑問をつきつけました。国会 事故調は , 原発事故の根源的な要因は , 原発の審 査に関わる組織的・制度的問題であり , 本来は原 発を規制すべき当局が , 規制されるべき電力会社 の「虜」になっていたという逆転関係を指摘しま した。原子力工学など原発を推進したい分野にと どまらす , 活断層や地震などに関わる地球科学も 「虜」になっていたのです。とくに , 原発の立地 , 安全性を左右する原発周辺の活断層については , それを少しでも短く , できればないものとしたい 電力会社側の要請があり , 審査会のメンバーに対 してそのような働きかけが行われ , それに応じた 地球科学者がいたことが明らかにされています 4 。 たとえば活断層の認定に関する問題では , 日本 列島の活断層を初めて組織的に研究し , 全国を網 羅する活断層分布図を作り上げたのは自然地理学 , とくに変動地形学の研究者たちであったにもかか わらす , 原子力安全委員会の耐震指針検討分科会 には一人の変動地形学者も入っていませんでした。 治水をめぐる河川審議会と同じように , こでも 自然地理学は討議のアリーナから排除されていた のです。 代わりに委員になっていたのは地質学者でした。 しかし地質学の分野では , 空中写真に現れた直線 状の構造 ( リニアメント ) だけが活断層であるとする 旧態依然の考え方が残っており , 委員もそれだけ で活断層の認定を行っていました。まともな研究 者であれば , 他分野の研究成果だからといって見 過ごすことはありえないでしよう。ましてその審 議中に , 変動地形学研究者によって島根原発に近 い場所でトレンチが掘られ , 変動地形学方法で認 0636 KAGAKU Jul. 2016 VOL86 N07 定された場所に活断層が見出されたにもかかわら ず , 分科会はそれらの成果を取り入れようとしな かったのです 5 。これは学会ではありえないこと でしよう。さらに重大な問題は , そこに利益相反 の疑いもあることです。原発の安全性の審査に関 わりながら , 一方では蔭で電力会社に「指導」を 行い , 謝礼を受け取るという行為は , 許されるこ とではありません。こうした利益相反の疑いがも たれる研究者は , 委員の一人であった衣笠善博氏 だけではないともいわれています % 自然地理学は , 本来 , 地球を俯瞰する独自の視 点をもっています。地質学があくまで地層そのも のにこだわるのに対し , 地形学では , 地層だけで なく , 地層の堆積・侵食によってできる地形にも 目を向け , 両者を矛盾なく説明することが求めら れます。たとえば肉眼で見ることができない海底 の地層については音波探査が用いられますが , 音 波探査で見える範囲の地層が切れていなければ , 地質学的には断層はないという結論になります。 しかし , たとえ地層が切れていなくても , その付 近の海底にゆるやかな崖のような地形が見つかれ ば , 自然地理学者は , この崖はどうしてできたの かとまず考えるのです。そうしてあらためて地層 を見ると , 確かに地層は切れていないが , そのあ たりで撓んでいるということに気づきます。この 撓みはなぜできたのだろうと考えると , 音波探査 の及ばない深い位置に活断層があって , それが上 にのる比較的軟らかい地層を撓ませてきたのでは ないか , と疑わざるを得ないのです。実際 , 島根 原発の近くでは , 陸上でそのような地形が見つか ったものの断層露頭がなく , では掘って確かめよ うと掘削した結果 , 予測したとおりの場所で地下 に活断層が見出されたのでした / 。このような検 証が陸上ですでにいくつもなされている以上 , 海 底に関しても , 同様の疑いがもたれるところでは 深部に活断層の存在を推定することが原発の安全 性の検討では当然ではないでしようか 現代の日本 , とりわけ 3. 1 1 以降の日本は , れまで以上に , 「たたかう自然地理学」を必要と しているのです。

2. 科学 2016年7月号

な現地調査を行いました。 ラグーンの湖口に位置する村では , 大水害後激 しい海岸侵食が発生しましたが , 今後海面上昇に よってますます厳しい状況になると予測されます。 そのためすでに , 行政によって別の場所に , 村の 集団移転地が造成されています。ところが住民は , 危険な状況であるにもかかわらす , ラグーンでの 漁業を継続したいために , 移転はなかなか進んで いません 4 。適応策として , 住居の移転だけでは 不十分で , 住民の生業の継続 , あるいは創出と関 連づけられなければ , うまく機能しないというこ とです。 また海岸砂丘地帯では , 海面上昇や海岸侵食に よって , 砂丘地下の淡水レンズが縮小すると予測 されます。しかし , 砂丘上では 2003 年以降大規 模な工ビの養殖が始まり , すでに地下水の大量取 水や養殖での汚染水問題など , 淡水レンズへの人 為的な影響が問題となっています 4 。 これらの事例のように , 将来の海面上昇の影響 予測や適応策の検討に際しては , 地形や生態系と いう自然環境そのものだけでなく , 住民が地域の 自然資源をどのように利用・依存しているのか , また環境の変動をいかに認識し , 行動しようとし ているのか , などを踏まえなくてはなりません。 すなわち , それぞれの地域における人と自然のか かわりについて , フィールドでの詳細な調査にも とづき十分に把握した上で , 適応策を地域の住民 と共同して検討する必要があります。 地域をダイナミックに捉える すでに発生している海岸での様々な環境問題に 対し , 例えば砂浜での侵食対策や , 河口部におけ る塩水遡上対策など , 個別の課題への緊急的な対 応が実施されています。しかし , 今後の中・長期 的な海面上昇の影響予測や , 適応策の検討におい こに述べたように , 対象とする特定の場 ては , 所や課題だけに注目するのではなく , それを含む ある程度のまとまりをもった地域全体を俯瞰し , 計画・立案する事が重要と考えます。 また , その地域における人間活動の把握と評価 も必要です。その際 , そこに住む人々と自然との 関係は , 固定的なものでなく , 時間の経過ととも に常に変化しています。地域の実情を把握すると は , 既存の統計的データを分析することではなく , その地域で , 最も特徴的ないくつかの事象に焦点 を当て , それらを相互に関連づけて , 人と自然と のかかわりをダイナミックに捉えることだと考え ます。 そのような意味から , フィールドワークをベー スとした地理学・地域研究者 , とくに自然と人と のかかわりをテーマとしてきた自然地理学研究者 の役割は , 小さくないと思います。 文献 1 ー平井幸弘・チャルチャイタナヴッド : ソンクラー湖海面上 昇影響予測地形分類図 , 地図 , 40 ( 3 ) , 13 ( 2002 ) 2 ー海津正倫・平井幸弘編 : 海面上昇とアジアの海岸 , 古今書院 ( 2001 ) 3 ー - Y. Hirai et al.: Assessment Of impacts Of sea v 引 rise on Tam Giang-Cau HaiIagoon area based on a geomorphological survey map. 地域学研究 , 21 , 1 ( 2008 ) 4 ー平井幸弘 : ベトナム・フェラグーンをめぐる環境誌ー一気 候変動・エビ養殖・ツーリズム , 古今書院 ( 2015 ) 高浜原発 ] , 2 号機の安易な運転延長は すべきでない 井野博満 東京大学名誉教授 高浜原発 1 号機・ 2 号機の 40 年超運転延長認 可 ( 経過措置によって新規制基準施行から 3 年後の今年 7 月 7 日が期限 ) が目前に迫っている。本誌 5 月号に「経 年劣化した高浜原発 1 号機は 40 年で廃炉にすべ きだーー・ - 信頼性の低い日本電気協会の破壊靭性評 価法」 1 と題して執筆したばかりだが , その後 , 明らかになった事実や事態の進展について述べ , この老朽化原発の運転延長への危機感を改めて共 有したい。 関西電力は , 3 月 15 日の規制委員会に , 「高浜 発電所 1 , 2 号炉劣化状況評価 ( 原子炉容器の中性子 科学通信科学 0643 いのひろみつ

3. 科学 2016年7月号

に , 自然地理学と環境防災教育の重要性について 述べたいと思います。 気象学と気候学 はじめに , わたしの専門分野である気象学と気 候学がいったいどのような学問分野なのか , それ ぞれのキーワードを使って紹介します。気象と気 候は似ていますが意味は異なります。気象とは , 。時々刻々と変化する大気の現象 " という意味で あり , 身近な例としては , 台風や竜巻 , 温帯低気 圧などがあります。気候とは , 気象の統計のこと で , 「〇〇地域は , 気温が高い」とか , 「ロロ地域 では , 雨がよく降る」といった , " 天気や気象の 平均的な特徴 " や , 「△△地域では , ( ほかの地域にく らべると ) 豪雨や強風が発生しやすい」といった “頻度や強さなど統計があらわすさまざまな特徴” を含みます。気象学は , 大気の現象の理解を目指 す学問であり , 地球物理学の一部として発展して きました。気候学の発展に対しても , 気候変動や 気候システムの理解と予測という点で , 地球物理 学の貢献は大変大きいと言えます。ただ , 気候学 の場合 , よく知られているケッペンの気候区分の ように , 地域の特徴を記述する自然地理学の一部 として発展してきたという歴史も同時に持ってい ます。 都市気候研究に対する自然地理学の 歴史的な役割 わたしは「都市気候」の研究をライフワークと しています。都市気候とは , 都市が生み出す ( 都市 特有の ) 気候のことです。都市の気温がその周囲よ りも高くなり , 等温線を引くとまるで島の等高線 のように見えるということから名付けられた「ヒ ートアイランド現象 ( 熱の島現象 ) 」は , 都市で発生 する代表的な大気現象として広く知られています。 ヒートアイランドの研究は , イギリスのアマチュ ア気象学者ルーク・ハワードによるロンドンのヒ ートアイランドの発見から始まったと言われてい 0640 KAGAKU JuI. 2016 VOL86 N07 ます。ロンドンのヒートアイランドは , 1833 年 に彼の著書『ロンドンの気候』で紹介されていま す。ちなみに , ハワードは , 巻雲 , 層雲 , 積雲 , 積乱雲といった現在の十種雲形のもとになる雲の 分類と命名をした研究者として , 気象学分野でも よく知られています。 日本でも , 1930 年代に福井英一郎らは旧東京 市で気温の観測を行い , ヒートアイランドの存在 を確認しています ( 福井・和田 , 1941 ) 。その後も , 自然地理学分野の気候学者たちによって , 日本の さまざまな都市でヒートアイランドが確認され , ヒートアイランドが寒候期の夜間から早朝にかけ て明瞭に現れること , 風の弱い穏やかな晴天日に よく現れるといった , 基本的な特徴が明らかにさ れていきました。 1970 年代からはヒートアイラ ンドの成因を調べる目的で , 1990 年代頃からは ヒートアイランドの対策を目的として , 数値シミ ュレーションが行われるようになりました。おそ らく , 他の研究分野でもそうだと思うのですが , 少なくとも , ヒートアイランド研究では , はじめ に , ある都市の気候の現状を把握し , その特徴を 記述することから始まり , その後 , 成因を調べ , 対策をするという方向に研究は進んでいきました 成因論や対策に対して , 気象学分野や , 建築工学 分野 , 土木工学分野 , エネルギーエ学分野の役割 が徐々に大きくなっていきましたが , 日本におけ るヒートアイランド研究の歴史において , とりわ けその黎明期において , 自然地理学分野はとても 大きな役割を果たしてきたと言ってよいでしよう。 自然地理学の俯瞰的な見方の重要性 ヒートアイランド研究における自然地理学的な ものの見方と方法論は , 現状把握や記述だけでな く , 成因論や緩和策と適応策の策定においても重 要です。なぜならば , ヒートアイランドが純粋な 自然現象ではなく人間が作り出した現象だからで す。ヒートアイランドは , 緑地や水辺が少なくな り , 地表面が建物や道路に覆われることで日中に 熱がより多く蓄えられるようになり , さらには人

4. 科学 2016年7月号

間活動によって発生した熱が大気中に排出される ために生じます。したがって , ヒートアイランド を正しく理解するためには , 地球物理学的なもの の見方のほかに , 土地利用や人間活動まで含めた 地理学的な総合的 , 俯瞰的なものの見方が必要と なります。さらには , ヒートアイランドをどうや って緩和するのか , つまり , 「より快適な街作り をするためにどうすればよいのか ? 」といった問 いに答えるためにも , 自然地理学がもつ俯瞰的な 見方が必要となります。最近 , わたしたちが取り 組んでいるスーパーコンピュータと数値モデルを 用いた都市気候の再現と将来予測を行う上でも , 過去から将来までの土地利用変化や人間活動の情 報が必要不可欠であり , 自然地理学的な見方と手 法が重要となっています。自然地理学 , 地球物理 学 , 計算科学がそろって初めて , 信頼性のある都 市気候の将来予測と緩和策・適応策の策定が可能 となるのです。 ヒートアイランドを自然地理学と 環境防災教育の題材に ヒートアイランドは , 温度計さえあれば観測す ることができます。温度計を持って移動しながら 温度分布を調査する移動観測という方法を用いた り , 温度計を都市の内外に設置することで , 一人 でも調査することができます。しかも , ヒートア イランドは , 人間活動が気候を変えるという点に おいて地球環境問題の縮図でもあります。ヒート アイランドが熱中症患者数を増加させているとい う点では , 熱汚染とも言えますし , 暑熱災害と言 えなくもありません。大学生はもちろんのこと , 中高生にとっても , ヒートアイランドは , 自然地 理学と環境防災教育のよい題材となるでしよう。 先生方の授業に取り入れていただけたらとても嬉 しく思います。 海面上昇の影響予測と適応策 平井幸弘 ひらいゆきひろ 駒沢大学文学部 気候変動への対応としての適応策 2015 年冬にパリで開かれた国連気候変動枠組 み条約の締約国会議 ( C01)21) では , 地球温暖化へ の対策として , 温室効果ガスを削減する「緩和 策」とともに , 温暖化による影響や被害を軽減す るための「適応策」の重要性があらためて取り上 げられました。 ーこでの適応策とは , 気候システ リレーエッセイ地球を俯瞰する自然地理学 これまで国際社会の対応は , し実施していくことです。 害を少しでも和らげるために , 適切な方策を検討 よる海岸の侵食などに対して , ムの変化による豪雨や干ばっ , 海面上昇や高潮に 主に緩和策をめぐ これらの影響や被 因による環境問題に関わってきました。近年は , 呼ばれる海とつながる湖での , 様々な人為的な要 筆者はこれまで , 主に国内の海跡湖 ( ラグーン ) と ラグーンでの海面上昇の影響予測 ります。 地域の実情をしつかりと把握することが必要とな 計画・立案し実施するためには , まずそれぞれの るということです。そのため , 効果的な適応策を 対応 , すなわちきわめて地域的な対応が要求され て , それぞれの場所で個々の課題に対する適切な この場合重要なことは , 適応策は緩和策と違っ ってきたのです。 難であるという認識から , 適応策の必要性が高ま 策だけでは , 将来の温暖化の影響を防ぐことが困 思われる深刻な被害が顕在化し , また現状の緩和 でに多くの国々や地域において , 温暖化の影響と って様々な議論がなされてきました。しかし , す タイ南部マレー半島東岸のソンクラー湖や , 科学通信 科学 ベト 0641

5. 科学 2016年7月号

結果によりますと , 最近の数十年 , 特に 20 世紀 末以来 , 地球規模で温暖化がはっきりしています。 30 年の平均気温は高くなってきています。地球 平均では確かですし , 日本国内のほとんどの地点 ( 非常に狭い地域 ) でも温暖化しています。だからと 言って , 図 1 の線を右上にどこまでも外挿して 地質時代の温暖な時代まで延ばしてよいとは言え ません。最近 , 地球温暖化は , 人間活動によって 排出される二酸化炭素が原因であるとする説に反 対する " 懐疑論 " がでていますが , その多くは時 空間スケールが異なる現象を持ち出して , 議論し ている場合がよくあります。時空間スケールを考 慮し , 同じスケールの現象を取り上げて議論する 必要があります。長い時間スケールで広地域につ いて温暖化する気候でも , 短い時間スケールで局 地的には寒冷な気候が出現することがあります。 人間の生活にはこの寒冷が重大な影響をもっ場合 があります。 風土とは何か 英和辞典で climate をひくと , 「気候」「風土」 とあります。また , 和辻哲郎の名著『風土』の英 訳書の書名も「 CIimate 」です。では , 気候と風 土は同義語でしようか ( 吉野 , 1978b ) 3 さらに疑問があります。『古事記』・『古風土記』 の時代は古代日本において文化の花が開いた奈良 時代です。この場合 , 古ー風土記は「こ一ふどき」 と読み , 内容は現代の言葉では「地誌」です。 の読み方や内容は江戸時代まで続きました。一方 , 和辻哲郎を始め , 昨今使われている「風土」は 「ふうど」と読み , 意味・内容が少し異なります。 和辻は「人間存在の契機」と提えました。 一般的には「人間活動を取り巻く背景・基盤な どの自然 / 人間環境のすべて」を言います。もち ろん , 大気環境も含まれています。したがって , “綴り方風土記”・ " 人物風土記 " ・ " 経済風土記”な どと使われます。 たくさんある風土 ( ふうど ) の定義で注目される のは , フランス文学者で詩人でもあった片山敏彦 による「風土とは人間の心の受け入れ態勢であ る」という定義です。つまり , 「気候」は人間不 在でも成立しますが , 「風土」は人間が主体とな って受け入れなければ , 成立しないという定義で す。 結論を言えば , 風土は人間次第で極端化するこ とが起こりえます。 文献 1- 吉野正敏 : 気候学 , 大明堂 ( 1978a ) 2 ー吉野正敏 : 世界の風・日本の風 , 成山堂 ( 2008 ) 3 ー吉野正敏 : 風土と気候とクライメイト , 山田英世編「風土論 序説』 , 図書刊行会 ( 1978b ) pp. 9 ~ 30 都市気候研究における 自然地理学の役割 日下博幸 くさかひろゆき 筑波大学・計算科学研究センター 計算科学研究センターで自然地理学の研究 ? わたしの所属を見て , 「なぜ , 計算機センター の人が自然地理学をテーマに記事を書いているの だろうか ? 」と思った読者は少なからずいると思 います。わたしが所属する計算科学研究センター は , ( 理論 , 実験に次ぐ第三の科学の手法と呼ばれている ) 計 算科学の手法を用いて , さまざまな研究をするセ ンターであり , 計算機を管理している学術情報セ ンターではありません。わたしは , このセンター で , スーパーコンピュータと数値モデル ( シミュレ ーションモデル ) を用いて , 気象学と気候学の研究を 行っています。計算科学の手法を用いながら研究 をしていますが , その研究対象は , 都市気候 ( ヒー トアイランドなど ) や局地風 ( ある地域で吹く風 ) などであ り , 自然地理学の小気候学分野で取り扱ってきた ものがほとんどです。わたしにとって , 自然地理 学はとても大切な学問分野です。そこで , 本稿で は , わたしが専門としている都市気候研究を題材 科学通信科学 0639 リレーエッセイ地球を俯瞰する自然地理学

6. 科学 2016年7月号

政策決定のアリーナに入れない自然地理学 たたかう自然地理学 こうした現実に気づかされたのは , 1990 年 , 小野有五 おのゆうこ 当時 , 河川をめぐるもっとも大規模な公共事業で 北星学園大学教授 . 北海道大学名誉教授 あった千歳川放水路計画の問題に関わるようにな ったときでした。そのとき初めて , 日本における 「現実離れ」してしまった地理学 河川のあり方を決めているのは河川工学であり , 河川地形や流出現象を広く研究してきたはずの自 然地理学は , 治水事業を検討する場 ( アリーナ ) には 自然地理学は二重の意味で排除されてきた科学 入ることすらできない , という現実を知ったので といえるかもしれません。 ーっには地理学の講座が文学部に属しているこ 確かに , 放水路や堤防やダムを設計するのは河 とが多いため , その一部である自然地理学は , 理 川工学でしよう。しかし降雨に始まり , 斜面から 系の研究者からまっとうな自然科学とはみなされ 河川への流出 , 河川での侵食や砂礫の運搬・堆積 てこなかったという事情もあるでしよう。また , 作用 , さらには沖積低地における自然堤防や後背 そもそも地理学があまりに広い分野を扱うために 湿地の形成 , そこでの集落の形態 , 農業や防災へ 専門化の著しい自然科学の世界では , 時代遅れの の人々の関わりをもっとも俯瞰的に研究してきた 博物学のようにみなされがちなためでもあります。 のは自然地理学なのです。ところが , 現実の治水 もちろん , 地理学の側の責任もあるでしよう。 をどうするかという問題になると , 自然地理学に 伝統的な地理学は , 世界の様々な事象を記述し , は発言権すらなく , 行政機関や国の審議会は , 工 分析するだけでよしとしてきました。自然の成り 学の 1 分野にすぎない河川工学によってすべて 立ちを研究すると同時に , そこに住む人間との関 仕切られていたというわけです。 わりを研究することを目的とする地理学は , まさ 河川工学から出された放水路計画に疑問をもち に環境学そのものであると言われながら , 現実に 発言しようとした者は , ますそのようなアリーナ 起きる環境問題にはまったく関与しようとせず , のなかに割って入るために , アリーナを仕切って むしろそれに触れることを避けてきたからです 1 。 いた利権者たちと「たたかう」必要がありました。 そういう地理学のなかにあって , 自然地理学は , 放水路問題についていえば , 10 年にわたって自 自然科学の細分化の流れにのって , 地形学 , 気候 然地理学的な発想を提示し続け , 放水路計画を中 学 , 水文学などに専門化し発展してきたのですけ 止させ , 今の言葉でいえば , 洪水への適応策 ( ad - れども , 多くの場合 , それは自然そのものを研究 ap ⅷ。 n ) ともいえる遊水地の造成などによる総合 するだけにとどまり , 本来もっていたはずの広い 的な治水対策に変えさせたのです。四半世紀にわ 視野 , このシリーズの言葉でいえば「俯瞰的」な たる , このような自然地理学的研究を通じての環 視野をもたないままにきてしまったのです。 科学通信科学 06 ” リレーエッセイ地球を俯瞰する自然地理学

7. 科学 2016年7月号

最大クラスではない日本海「最大クラス」の津波 664 750 671 647 643 641 639 637 温暖イヒする気候と生活ーー風土は極端化するか・・ 635 672 690 732 686 682 665 661 734 649 連載 726 653 ・一一過ちを糾さないままでは「想定外」の災害が再生産される・・・・島崎邦彦 島事故 5 年後の原子力安全規制 : 現状と将来の課題勝田忠広 がんは治る 0 PD-I 治療の今後の課題・・・本庶佑 くりこみ理論誕生のころーーーー研究者の回想 0 Dyson 論文前後・ 3.1 1 以後の科学リテラシーの牧野淳一郎 バラサイトの惑星一地球生命系をあやなす寄生生物たち⑨ 何が植物を枯らすのかーーーグローバル化とパラサイト ( 1 ) ・・ 小澤祥司 亀淵迪 深読み ! 『せいめいのれきし改訂版』の・真鍋真 鳥学キッチン①心広ければ体胖なり・・・・川上和人 ちびっこチンバンジーと仲間たち@アマゾンの新世界ザル・・ 広辞苑を 3 倍楽しむ⑩さくらそう・・・大澤良 動く大地に住まう人間の場所の人間の場所・・・・中谷礼仁 [ 科学通信 ] くリレーエッセイ〉地球を俯瞰する自然地理学 くリレーエッセイ〉地球を俯瞰する自然地理学 くリレーエッセイ〉地球を俯瞰する自然地理学 くリレーエッセイ〉地球を俯瞰する自然地理学 たたかう自然地理学・・ 松沢哲郎 小野有五 吉野正敏 都市気候研究における自然地理学の役割・・・日下博幸 海面上昇の影響予測と適応策・・・平井幸弘 高浜原発 ] , 2 号機の安易な運転延長はすべきでない・・・井野博満 試験管の中に現れた原初ホタルの亡霊・・・大場裕一 50 年前には 75 年前には 次号予告 表紙イラスト = 高野文子表紙デザイン = 佐藤篤司本文イラスト = 山下正人飯箸薫画像 = 695 ページ参照。 電力マネーと原発プロバガンダ→本間龍氏の科学時評参照。 ・今月の表紙掲載記事について

8. 科学 2016年7月号

影響を総合的に予測する確立した手法はなく , 予 ナム中部フェの海岸平野にあるタムジャンラグー 測に使える定量的なデータも限られています。そ ンなど , 東南アジアの海跡湖を対象に , 大規模な こで筆者は , ます対象とする地域の自然と社会・ 洪水災害や , 深刻な海岸侵食などについて調査を 経済の実情を , 総合的に把握するための地図を作 行ってきました。これらの湖の湖岸を歩いてみる 成することにしました。 と , 洪水や海岸侵食のみならず , 湖と海とを隔て タイのソンクラー湖では , 湖岸や海岸だけでな ている砂州の決壊 , 湖水の塩分濃度の上昇 , 地下 く , 湖の流域を含めた地形分類を行い , そこに特 水への塩水侵入などによって , 人々の暮らしや生 徴的な土地利用や植生を加えた地図を作成しまし 業に様々な影響が出ていることに気づかされます。 た 1 。これをベースに , フィールドワークで収集 そのような海跡湖における急激な環境変化は , した情報と合わせて , 海面上昇の影響を予測し , 近年加速している地球温暖化による海面上昇が影 潜在的な危険や被害を評価しようと考えたのです。 響していると考えられます。日本国内の海跡湖で 地を分類図に 00 、ては , すでにこ 0 リレー、 , セ は , 湖岸に堤防が築かれ , また人為的に海とのつ イても紹介されたように , 洪水や火山のハザード ながりが絶たれた湖も多く , 私たちは海面上昇の マップや , 地盤液状化の予測などのべースマップ 影響についてほとんど気づきません。しかし , ま として活用されています。その地形分類という手 だ自然状態に近い東南アジアの湖では , 上記のよ 法を , 将来の海面上昇の影響予測のべースとして うな様々な問題が発生しています。今後の地球温 利用しようと考えたわけです。したがって , 作成 暖化・海面上昇によって , これらの湖ではさらに した地図はある種の「海面上昇ハザードマップ」 厳しい状況になることが懸念されます。そのため , と言えるかもしれません。 このような地域では , 海面上昇による影響につい タイのソンクラー湖では , 内陸側の湖岸低地で , て科学的に予測し , その対応としての適応策を早 広範囲の浸水と洪水の激化が予測されました 2 。 急に検討し実施することが , 緊急の課題となって これは , 海面上昇の影響に加え , 湖に流入する河 います。 川上流域で , 熱帯雨林が伐採され , ゴムのプラン 以下では , 筆者が関わったタイとベトナムの 2 テーションが拡大していることも , 大きな要因に つの海跡湖での , 海面上昇の影響予測と適応策の なると推定されました。すなわち , 海面上昇の影 検討について紹介しましよう。 響予測では , 標高の低い海岸や湖岸の低地に注目 するだけでなく , 少なくとも流域を広く俯瞰し , : ム域を俯瞰した海面上昇の影響予測 そこでの自然や人為的要因も視野に入れる事が重 海面上昇の影響予測といっても , 筆者は , 低地 要です。 の水没や海岸の侵食などを , コンピューターなど 住民と自然とのかかわりを踏まえた適応策 を使用してシミュレーションするのではありませ ん。現実の海岸や湖岸で , それぞれの地域に特有 一方ベトナム中部のタムジャンラグーンでは , の砂浜 , 湿地 , マングロープ林 , サンゴ礁などの 1999 年 11 月の大水害をきっかけに , 将来の水害 地形や生態系に対して , 具体的にどのような影響 の軽減と海面上昇の影響を予測するため , 先の事 が生じるのか , 主にフィールドワークを通して検 例と同様に , 地形分類をベースにした海面上昇影 討しようという立場です。また , これらの土地に 響評価図を作成しました 3 。そして , 海面上昇へ 居住している人の住み方や土地利用 , 生業など , の具体的な適応策を検討するために , 2012 年に 地域の社会・経済への影響も考慮する必要があり 1 年間フェの農林大学に滞在し , 今後の海面上昇 ます。 で大きな影響を受けると予測される地区で , 詳細 ところが現在のところ , そのような海面上昇の ′月し 0642 KAGAKU Jul. 2016 VOL86 N07

9. 科学 2016年7月号

私の「気候」の定義は「地球上で , 1 年を周期 文献 1 ー / 」、野有五 : E-Jounal GEO, 1 , 89 ー 108 , https://www.jstage.jst. として繰り返す , 大気の平均状態」というもので go. jp/article/ejge0/1/2/1 2 89/—article/-char/ja/ す ( 吉野 , 1978a 戸。目下のところ , この定義に大き 2 ー小野有五 : 科学 , 69 , 1003 ー 1012 ( 1999 ) 3 ーー小野有五 : Active Geography たたかう地理学 , 古今書院 , な反論はないようです。しかし , 少し詳しく考え 392 p. ( 2013 ) ると , 疑問がいくっかすぐにでてきます。 ( 1) 地 4 一石橋克彦 : 科学 , 83 , 439-444 ( 2013 ) 球上といっても , 地球全体なのか , アジア・ヨー 5 一石橋克彦 : 科学 , 76 , 963 ー 964 ( 2006 ) ; 小野有五 : 第四紀研究 , 55 , 71 ー 91 ( 2016 ) ロッパなどという地域なのでしようか , 関東地 6 ー明石昇ニ郎 : 原発崩壊・増補版 , 金曜日 , 232 p. ( 2011 ) 方・東京都などの地域なのでしようか。 ( 2 ) 公 7 ー中田高 : 科学 , 79 , 167 ー 174 ( 2009 ) ; 鈴木康弘 : 原発と活断層 , 岩波科学ライプラリー , 114P. ( 2013 ) ; 添田孝史 : 原発と大津波 園・家屋内なども含まれると理解してよいのでし 警告を葬った人々 , 岩波新書 , 204 p. ( 2014 ) ようか。 ( 3 ) 極端に狭い空間ですが , 就寝中のべ ッドの中の気候も , この定義でよいのでしようか ( 4 ) “ 1 年を周期として”という表現は温帯・寒帯 ではよいが , 1 年中 , 高温な熱帯でもこれでよい のでしようか。 ( 5 ) 熱帯では雨季・乾季がありま す。卓越する風向の変化もあります。「大気の平 よしのまさとし 均状態」にこのような季節現象も含まれるのでし 筑波大学名誉教授 ようか。 ( 6 ) 平均状態をどう捉え , どう表現した ら , よいのでしようか。 30 年平均値を「平年 気候とは 値」として , これで「平均状態」としてよいので しようか 「気候」とは何か。「気候」の定義ほどさまざま 気候現象の時間一空間スケール で , 曖味なものはありません。ノルウェイ気象学 派の重鎮で世界的な気候学者であったイヨットシ ュケ (). L. G0dske) は 1966 年に世界気象機関 ( WMO ) 以上のような問題を整理し , 定義を補完するの の気候委員会報告の出だしで , いみじくもこう述 が時空間スケールです。ごく大まかには大気候 べています。 ( 地球全体 , 南北の半球 , 大陸規模 ) ・中気候 ( 地方 , 地域規 「気候」の定義の数は気候学者の数より多い。 模 ) ・小気候 ( 局地規模 ) ・微気候 ( 微地域 , 微細空間規模 ) なぜならば , 気候を研究する気候学者・気象 の 4 気候スケールに分類されます。表 1 は数値 学者・地理学者ばかりでなく , 地質学・地形 でそれぞれの空間スケール ( 水平距離 , 高さ ) と , 現 学・水文学・建築学・土木学など理工学関係 象の寿命時間 ( 発生してから消滅するまでの時間 ) を示し の研究者や , 作物学・林学関係の農学研究者 , ています。また , それぞれのスケールの気候を形 さらには , 心理学・衛生学などの医学研究者 , 成する大気現象 , 影響する地形の代表例を示しま 哲学・倫理学・歴史学などの文学研究者など , す。 たくさんの分野の研究者がそれぞれ「気候」 このような時間一空間スケールで分類される大 の定義をするからである。 気現象だという背景を知っていれば , 上述の定義 この指摘はちょうど 50 年前のものですが , 現 で共通の理解は可能でしよう。 在でも通用します。いや , 昨今の環境科学の発展 さらにもう少し詳しく時間一空間スケールを風 で , 経済学・政治学などの分野も活発な研究を行 の場合で説明します。図 1 は横軸に水平距離を , ない , 気候の定義が不明療という問題はさらに深 縦軸に時間をとり , 各種スケールの風の現象をプ 刻になっているように思います。 ロットしたものです ( 吉野 , 2008 ) 2 。両対数目盛り 科学通信科学 0637 リレーエッセイ地球を俯瞰する自然地理学 温暖化する気候と生活 ーー風土は極端化するか 吉野正敏

10. 科学 2016年7月号

」 ul.2016 Science 」 ournal KAGAKCJ VOI. 86 No.7 特集 地球温暖化をめぐる〈力学〉 創刊 1931 年 「想定外」を繰り返すな 過小評価された日本海「最大クラス」の津波と地震動 たたかう自然地理学」 原子力安全規制の現状と将来の課題 ( 電力マネーと原発プロバガンダ「 0-0-—治療の今後の課題「 徳市立文聿 = 般 ー 160965994