インタビュー 人民は少しも豊かにならなかった。 第一一次世界大戦後、先進国が手打 竹田青嗣 ( 哲学者 ) ちをして、経済的に「ゼロサムゲ 1 ム」にならない経済体制を作る方向 に向かった。生産性を上げて武力に 金融のゼロサムゲーム化が危機を生匿 注ぎ込むことをやめた結果、先進国 で大衆社会が現れた。 石油の発見と電気革命が相まっ 資本主義は人間に自由をもたらした一方で、競争原理の下で格差を拡大さ せたと、哲学者の竹田氏は警鐘を鳴らす。 ( 聞き手 = 大堀達也 / 谷口健・編集部 ) て、資本主義の歯車が回り始めた。 戦争をしなくても共存できる状態が 資本主義をどう捉えているか が持っている職業選択の自由、思想、、資本主義を否定することは不可能であった。欧州は特に、市場競争にお ■一つには、生産性を持続的に上げ、信仰などの自由、移動の自由あるというのが私の考えだ。 いて皆で定めたル 1 ルを守れば「ウ ていくよ、つな独自のシステムと一言えなどもなく「隷属状態」だった。 しかし、資本主義は設計図こそよ インウインゲ 1 ム」で資本主義経済 る。国、つまり生産単位でさまざま 個々人が自由を持っことができるかったが、さまざまな矛盾を引き起を回すことができると、知識人の影 な商品を作り、流通させる。私はこ社会として、民主主義の考え方を作こしてしまう面がある。 響を受けた各国首脳が考え始め、欧ト ったのは、ロック、ルソ 1 、ヘ 1 ゲ れを「普遍交換」と呼んでいる。 ス 州連合 (ææ) 構想も出てきた。 ところか、 1980 年代 ~ 、らいか 普遍交換によって、それぞれの生ルといった哲学者であり、人民を自武力から金融の競争に 産拠点で競争が起き、市場システム由にする唯一の希望が自由経済にあ ら、そうした状況が変わってきた。 全体が「競争の経済」となり、社会ると『国富で説いたのが経済学 資本主義の矛盾とは。 新興国に生産拠点が移り、電気美叩工 全体の生産性が上がっていく。 者のアダム・スミスだ。 0 一番大きいのは格差を広げ、金融も一定の飽和に達し、先進国の経済 もつ一つは、民主主義と切り離せ 世界人口が増え続けるなか、生産危機を引き起こすことだ。今の資本成長率がどんどん落ちてきた。 ないものであること。社会全体の生性が上がらなければ、いつまでも資主義が非常に問題だということに 経済を成長させようと、武力の代 産性が上がることによって、個々人源の希少性が問題になり、絶対支配は、大きな合意があるのではないか。わりに金融による競争が始まった。 が自由であり得る条件が整う。政治体制が覆せない。近代になって資本資本主義によって社会運営のル 1 金融で資本を集め、自国の景気を上 的なル 1 ルによって、うまく配分し主義経済が動き出したことで生産性ルを全員が決める形に近づいたが、 げる政策を英国や米国が始めた。英 て初めて自由な国家が可能になる。 が上がり、初めて絶対支配体制から、実際は、そうした社会になったこと国は「サッチャリズム」、米国は「レ 資本主義が登場する近代以前の社 社会運営のル 1 ルを全員が対等な権は一度もない。 1 ガノミクス」によって、「小さい政 会は「絶対支配体制」だった。東洋限で決める方向に近づいた。 というのも、一つ一つの国家には府」の下で自由化が進んだ。そこで と西洋では少し形態は違うが、一つ 資本主義は今までで最善のシステ 常に経済成長を最大にする要請がか は上手に資本を集めた者が勝つ。 一つの王国は絶対支配体制になり、 ムであり、今のところ、これに代わかっている。近代の資本主義では、 戦後、ウインウインの競争ル 1 ル どの国でも支配層がだいたい % 、 るものはないと考えている。資本主経済的に立ち遅れると、武力によるを皆で決めたはずなのに、米英が新 被支配層は新 % だった。被支配層は、義を放棄すれば、必ずまたパイの奪資源と市場の奪い合いになった。大しいル 1 ルの下で、われ先に競争を 自由がほとんどなかった。今、我々 い合いになってしきつ。したがって国主義どうしの闘争の時代になり、始めた。一つの国が始めると、ほか
さらに、共同体を作り維持してい でも他の人のためにお金を使う方が親や子供、配偶者を大切にする。こ 雑誌『サイエンス』に載った。 学生たちを朝に集めて、一つのグ幸福になる。これが資本主義の幻想れが「利他的な資本、王義」を作る一くためのリ 1 ダ 1 シップ教育も必要 ルー。フ」 4 十 60 ド、 だ。現在注目されているのは「サ 1 である。もっとモノが欲しいとい、つ歩になるのではないだろうか ( 2 ルもつ一つのグル 1 ノト・リ・ 1 ダ 1 シップ」という、 日本で認知症になる人は、 202 プには 5 ドルを与えた。さらに、その幻想が誘惑となり、その誘惑に人が 5 年には 700 万人、年には最大 2 グル 1 プを一一つに分けて、それぞ負ける。幻想が悪循環になっていく。 丿ーダ 1 が共同体のビジョンを明確 れ、自分のためにそのお金をっグ ここで重要となる概念に「エウダ 1100 万人と推計される。認知症し、 1 人 1 人のメンバ 1 がビジョン に貢献できるよ、つにサ 1 バント ( 奉 ループ、他の人のためにそのお金をイモニア」 ( キ 1 ワ 1 ド ) がある。共のある人が自由な市場取引をできな いとすると、「市場が万能」とは一言え仕者 ) として支援するリ 1 ダ 1 シッ 使うグル 1 プに分けた。それでタ方同体への貢献から来る充実感を指 に帰ってきて、幸福度が上がるかをす。エウダイモニアは人間が本来持ない状況となる。しかし、家族などプである。「俺について来い」という 調べた。結果は、他の人のために使っているもので、「他性」とも関連の共同体がセ 1 フティーネットにな支配型リーダ 1 シップとは異なる。 サ 1 バント・リ 1 ダ 1 の主要な仕 ったグループの幸福度が上がり、 5 する。利他性とは、自分のことと同る可能性もある。 長期的に新しい共同体を作り上げ事は、メンバ 1 の能力や興味を傾聴 ド、ドルかは関係なかった。この実じよ、つに他の人の幸福を願うことで ていくためのもつ一つの鍵が教育でして、適材適所に仕事を振り分ける 験が優れているのは、同じ大学の別ある。共同体を大切にするためには、 あろう。大阪大学の大竹文雄教授らこととなる。リ 1 ダ 1 にカリスマ性 の学生たちを集めて、この四つのグこの利他性が必要になる。 ル 1 プのなかで、どのグル 1 プに入利他性の反対語が、自分だけの利の研究で、小さい頃にグル 1 プ学習が必要とされないので、利他的に奉ト ったら一番幸福度が上がるかを聞い益をはかる「利己性」である。個人をした人は、大人になれば利他性も仕の心を持った人なら誰でもリ 1 ダス 1 になることかでき、リーダノノ たこと。その答えは、「ドルもらってレベルでの利己主義を克服して、共応報性が上がるという結果が出てい 自分のために俾つ」だった ( 図 ) 。 同体ができてきても、共同体は個人る。つまり、教育にグループ学習をプ教育によって、多くのリ 1 ダ 1 をコ 育てることが可能である。 よりも強力であるだけに、共同体レ取り入れるなども効果的だろう。 つまり、この二つの実験結果は、 共同体を作り直すことは、ゼロ成 ベルの利己主義は個人レベ 我々が「より多くのお金をもらって、 長を認めることになるかもしれな ルでの利己主義よりも大き 我自分のためにっこと」が幸せにな い。ただ、成長の計り方をだ ると思っているのに、実際は、少額な悪影響を与える可能性が 主 けにすると、物質的なものだけに偏 あるので注意が必要であろ感 る。今はすでに物質主義的な価値観 本 例 ドルた からシフトする時代の転換期に入っ 異実 ており、だけにこだわるのは 最小の共同体は家族で 実州 よくない。何より、高度成長はもっ 来ないことが明白なのに、無理に成 ではどうすればよいのと の 長を目指す方が危険度を高めている ン か。最優先課題は、共同体想砌分う分 ・自使自う とも言える。国民も政治家もメディ を作り直すことだろう。例 成 マ 々 ス えば、共同体の最小単位で人 アも、資本主義の幻想と限界を知っ ルめ 集 ある家族を大切にする。共 て、共同体の再構築を目指さなけれ 2 た ジ 所 出 同体の一番の基本が家族。 ばいけないのではないだろうか。 共同体を作り直せるか 一番幸福度が上、実際に幸福度 がると思われてが上がった 2 グループ いたグループ クループ B グループロ ル 5 2017.5.9
3 』 代新 店 QJ る 七東 政 中 七 政 気日 中 授 元 者 教 著 を 学 去学 芸 頁る 0 の 成を 助国木 本 の大楠 日 政芸 者 一 1 ロ 稼ぐ力の源泉には大別して一一つあオポチュ一一ティ 1 企業が表舞台に出 る。一つは外部環境がもたらすオポてくる。 チュニティ 1 ( 機会 ) 、もつ一つは企 しかし、成長期は永続しない。経 業が自ら内部でつくる価値のクオリ 済が成熟するにつれて、稼ぐ力の源 ティ 1 ( 質 ) である。どちらに軸足泉は、企部でつくり込む独自価 を置くかでオポチュニティ 1 企業と - 値へとシフトしていく。立ち位置を クオリティ 1 企業に分かれる。 明確に設定し、一貫した戦略スト 1 オポチュ一一ティ 1 企業は、外部環 リーを持ち、竸合他社と差別化した 境から生まれる商機をいかに早く強独自の顧客価値を創出するクオリテ い握力で捉えるかが勝負になる。高イ 1 企業が主役となる。 4 の - つか 中川政七商店は 300 年続いた奈 度成長を謳歌している新興国では、 なかがわ・まさしち ( 中川淳 ) 1974 年奈良県生まれ。京都大学法学部卒 業後、富士通入社。 2002 年に中川 政七商店に入社し、 08 年社長に就 任。 1 6 年 1 1 月、同社創業 300 周年 を機に十三代中川政七を襲名した。 B 0 0 k R e v i e 授 教 学 大 し↑ 広様 も多就 点の陳 焦業 の→橘 析ロ者 分グ評 1990 年代を境にして、、「国際業だけではない。ゲ 1 ム産業の国際 化」に代わって「グローバル化」と的なサプライチェ 1 ン、キッコーマ いう言葉が、「多国籍企業」に代わっ ンの対米進出、新潟県の岩塚製菓の ワンワン て「グロ 1 バル企業」という言葉が、】技術供与先である台湾・旺旺集団ので 多用されるようになった。本書は、〔中国市場での成功にも目を向ける。価 現代の主役に躍り出たグロ 1 バル企奎あ特徴は多挧にあるが、そ本 業に対して、経営史的な視角から多れは、分析対象の幅が広いというこ 面的な光を当てている。 とに限られない。何に注目するのかの 取り上げるのは、アップル、ユ一一という分析の焦点もまた、さまざま書 、ゼネラル・エレクトリックなのである。 1 ノ ( (-bß-@) などの代表的なグロ 1 バル企 アップルやについては、製品書 『グローバル企業 国際化・グローバル化の歴史的展望』 編著者安部悦生 ( 明治大学経営学部教授 ) 文眞堂 2800 円 コノミスト 2
ず、翻訳はすべて他言語による解説かなかったろう、だから神はそんな一ず、個々のムスリムが自ら信じると と位置づけた。神が著者とされるが話はしなかったのだ、とムスリムは ころに従う多挧がある程度まで認「神は困難を求めない」 言うのだが。 ゆえの『コ 1 ラン』の特質である。 められることになる。 いずれにしろ、ムスリムにとって さて、『コ 1 ラン』は神が万物の創 多数派のスンニ ( 現地語ではスン ところで、前述のごとく『コ 1 ラン』 造主・支配者であることを強調して、神の言葉そのものである『コ 1 ラン』ナ ) 派が支配する聖地メッカ ( 現地は断片的な神の言葉の記録でしかな 人間に神への絶対服従 ( イスラム ) に、何も書かれていない問題や語ではマッカ ) を少数派のシーア派いために、相当な読書家でも一気に を呼びかけている。この世には終末の分かれる文言が存在する以上、服 が問題なく巡礼できるのも、両者が通読することは難しい。このため、 が訪れ、人間は審判にかけられるが、従すべき神の〈哭下をめぐる論争が信互いに同じムスリムと認め合ってい 多くのムスリムは 1 日 5 回の礼拝の この最後の審判に備える唯一の道は徒の間に湧き起こったのは当然であればこそ、つまりは、一方を「正統」、際にアラビア語で唱えなければなら 神の命令に服従することなのであった。とはいえ、教義をめぐる信徒もつ一方を「異端」と決めつける宗ない」の 1 ハーといくつかの有名な る。審判の結果、天国で永遠の至福間の対立はイスラムに限った話では教会議が存在しないがための現象と章節だけを心にとどめ、折々に任意 えいごう の生活を送れるか、地獄で永劫の罰ない。キリスト教もローマ帝国の国一言えるだろう。 の章を読み進める形で『コ 1 ラン』 を受けることになるかは、ひとえに教となった後で、教義を 各人の現世での生き方にかかって いめぐる激しい論争を繰り る え 迷 る。もっとも、従うべき神の〈哭下は広げ、各地の政治指導者 み 往々にして必ずしも明確ではない。 や神学者などの合議 ( 公 そもそも西暦 7 世紀の初めにアラ会議 ) を経て、ようやく ビア半島で下された『コ 1 ラン』に正統教義を確立した経緯 は、当然ながら量的・地理的・時代 がある。こうした体制は 的な制約があり、何もかもすべてがその後も受け継がれ、カ 0 言及されているわけではない。飲酒トリックでは今も口 1 マ を例にとれば、ワインこそ明確に禁法王を頂点とする宗教会 じられているものの、日本酒や焼酎議が教義を定めている。 た」 は『コ 1 ラン』のどこにも出てこな けれども、間近でカト れ 9 一 力あ あ い。に核兵器などの大量破壊兵 リックの体制を目にしな ヒみ御 え 称 徒ラの を 0 。 ) 器や原発にも一切言及はなり = 0 がら、どうした = とかイ ため、こうした科学技術が禁じられスラムはついに自前の宗 ているのかどうか、『コーラン』から教会議を持たなかった。 直接、神の意思をうかがい知ること結果としてイスラムにあ はできないのである。 1400 年前っては、従うべき神の命 のアラブに日本酒や核兵器・原発に 令とは何かという最も重→ ついて語ったところで、聞いた方は要な問いに関する答えが ~ 防す気羽な 0 何を言われているのか皆目見当もっ必ずしも一つに落ち着か 英バーミンガム大学図書館で発見された世界最古のコーラン。 年代測定によると 5685645 年の間に書かれたもの 士冗 , 一三ロ 「 S ( 注 ) 訳文は - 「日亜対訳・注解聖クルアーン」 ( 日本ムスリム協会 ) による 3 工コノミスト 1 物要珮
工女京を造る。しかし、国家財政がの文武天皇に、元明天皇は孫の聖武 譜 持たないので、「民は疲弊していて、天皇に位を譲りたいと考えていた。 巨鎌 理由は、子供が早く死んだからだ。 都や戦争に飽き飽きしています」と で ま 部下が進言して、桓武天皇は遠征も持統天皇は嫡子の草壁皇子が早く亡 都造りもやめた。北掵びしすぎたのくなったため、孫に譲らざるを得な 謙 かった。元明天皇は嫡子の文武天皇 で、光女京は造る必要はなかった。 ます 皇示略 『日本書紀』も同じように物びしが歳で死んだので、孫の聖武天皇 天を省成 か 謙順部作 皇 が育つまで、間に娘の元正天皇を挟 孝の一部ているので、結局、全部作れなかっ は位は集 天 号即譜編 た。それでも「紀」の部分をびんだ。 番の系 ) 天 そういう政治状況の中で、自分た 駐仙して作ったのは、唐が怖かったから ちがやっていることは、もともと天 だ。いかに唐を意識していたかは、 子に座っていた。日本はこれも採用僚の藤原不比等だった。これは当時藤原京から遷都した平城京の名則を皇家の先祖であるアマテラスが孫に とう考えても「六位を譲ったことと同じで、何もおか した。また、唐の律令制をまねて 7 の大唐世界帝国を仕切っていた武則考えればいい。・ てきじんけっ しいことではないとい、つことを正当 天とその有能な幕僚である狄仁傑をの都」と読めない。 01 年に大宝律令を作った。 そして、国書である「日本書」を口 1 ルモデルにしたものだ。 化するために『日本書紀』の中にそト のことを記した。持統天皇と不比等ス 作ろうとした。中国の国書は『史記』 『日本書紀』の漢文をコンピュ 1 タ自分たちの姿を神話に は、自分たちが行っていることを神 1 で分析した本 ( 森博達著『日本書 の後、『漢書』『後漢書』と続く。中 実は、「平城」は北魏の最初の都の話にしたのだ。 国の正規の歴史書は、皇帝の記録で紀の謎を解く』 ) を見ると、著者の一 ある「紀」、臣下の記録である「伝」、人は帰化した中国人である。中国人名則である。つまり、北魏、隋、唐鹿鳴館政策は、基本的に天武天皇工 地方の記録である「志」、そして災に見せるために中国人に格好いい漢はすべて前述した拓跋部が作った王と持統天皇が始めた。しかし、天武 文を書いてもらったのである。 朝だった。この拓跋部が大唐世界帝天皇の政策はほとんど全て持統天皇 という構造になっている。 また、最近劉打された『平安京は国を造ったということを日本人はよの政策だった。旦那が病弱で奥さん これをまねして「日」を作ろ く知っていた。つまり日本人は、平が優秀で賢かったらそうなるのは当 いらなかった』 ( 桃崎有一郎著 ) によ うとしたので、材料が必要となる。 たり前で、それは唐の高宗と武則天 城京という名前は唐の祖先が造った ると、なせ平安京のメインストリ 1 「志」を作ろうと思ったら、地方の記 トである朱雀大路が、幅約制もあ都と同じであることを示して見えをの関係と全く同一である。『日本書 録を集めなければならない。これが 紀』は「度量が広くて果てしなく思 ったのかが分かる。それは、唐や新張ったのだ。 『風土起となった。 ・ほっかい ところで『日奔紀』には鹿鳴館索を巡らすことができる」と持統天 しかし、こうい、 2 並派なものを作羅や渤海など、外国から使節が来た 政策以外にもつ一つ注目すべき仕掛皇を評価し、自己正当化した。 ろうとしたが、 十分な国力がないのときに広い道路のある都を持ってい その後、唐が乱れ、唐の脅威が薄 で、「日奔」は完成できず「紀」のることを見せるためだった。都は天けがある。天皇家の先祖であるアマ まると、 894 年に遣唐使をやめた。 部分だけが完成した。それで『日本皇の威信財であり、天皇はこんな広テラスは、孫のニニギに位を譲った びをする必要はなくなり、国風 い道を持っ都に住んでいることを外と記した。 書・紀』となった。 これは当時の一一つの政治状況と一一文化が華開くのである。 こうした鹿鳴館政策を指導したの国に見せたかったのである。 うののさらら は、鶸野讃良 ( 持統天皇 ) と少壮官桓武天皇の時代に、蝦夷と戦争し、重写しになっている。持統天皇は孫 : 4 の 6 持統天 ( 鷓野讃良 原比 : 42 長娥子 武天 を 46 , えみし 2017.5.9
長期にわたって年率 6 % 最近は地政学リスクと め込むが、多少リスクを抱者は定常的に中国経済の実 か、有事の円買いとか、本 え込みすぎたと思えば円に態に比して、市場の認識は強で推移してきた鉱工業生 退屈な景気回復期 来は簡単には説明できない 戻して返済することにな低めで推移していると感じ産の伸び率は、最近になっ 世界景気が回復している る。前半は円安要因、後半ている。このことは、中国て久々に 8 % を超えてき 市場の動きを合理化するた に関してはまだポジテイプた。 は円高要因である 一言で言い切る表現ことが共通認識となってか 一ばっこ 生産の伸びを支えている が跋扈している。 昨今は、アメリカ経済がサプライズがあることを意 ら、逆に市場のリスク選好 思ったほど強くないことに味している 一刀両断ほど複雑余地は高まっている。俗な 品目は、設備投資用の機器、 食品、医薬品、電子機器お 図 1 は発表されたばかり な市場に似つかわしくない 言い方をすれば、景気回復気づいた市場が、その巻き ものはない。棗や日本海期の市場は投機筋にとって 戻しをしているところであの中国の鉱工業生産の方向よびその生産設備、集積回 ではミサイルはこれまでも は退屈でしかなく、良いも り、世界的に株安、金利低感をグラフにしたもので、路、産業用ロポット、携帯 飛び交っていたし、円が安悪いもさまざまなシナリオ下が見られている。しかし、末端は 3 月である。このグ通復器、電力、天然ガス などであり、必すしも輸出 ラフは、季節調整値グラフ 全資産であるとの解説にも をばらまいては、退屈でなそれは大規模な景気シナリ 筆者は納得したことがな い相場を作ろうとする勢力オの見直しとは一一一口えない程の上を 3 カ月区間の幅を持用の産品ではない。 3 月は が現れる。国際政治は、そ度のものであり、落ち着け った「そり」を滑らせるよ輸出が前年同月比で・ 4 うした勢力にとって一つのばまたリスク選好度は回復うなイメ 1 ジで、それぞれ % 伸びたと報道されている その日の相場を説明する してくるのではないかと筆の月における鉱工業生産のが、香港向けを除いた季節 言い訳が必要になって作り話題の提供元に過ぎない。 し調整べースでは、これまで 値の直近の変化率を計算 上げられるこれらの表現 景気が安定してリスクが者は思っている。 は、ある日また説明もない 取れるようになると、円の その一つの起爆剤となりて年率表示したものであと同様の緩慢な伸びを示し ているだけである り、車のスピ 1 ドメ 1 タ 1 まま別の表現に取って代わような低金利通貨で資金を 得るのが中国経済である。 従って、生産の増加は引 られる運命にあると言え調達してそれを他通貨に転今では中国崩壊論はさすがのように指標の足元の変化 る。 き続いて多分に内需主導で に聞かれなくなったが、筆率を表小する 換して世界のあちこちには 、冫 中国経済は市場の認識より強い 輸出・公共投資から内需にシフト 第をを もたにしゅんすけ 藻谷俊介 ( スフィンクス・インベストメント・リサーチ代表取締役 ) 工コノミスト 2017.5.9
表現した。 ここからは一つのだ。ち足りることのない永遠の地獄であ ただし、答えは一つには限定でき 「白熱教室」 ( 2014 年 1 月川日放る。 ない。実際に、この作品はインタ 1 どんな人も、ささやかな生活を支ネット上で『メキシコ人漁師の物語 「太陽を享受する」という幸福送 ) で紹介されていた幸福学の知見 によれば、年収 7 万 5000 トル ( 約える収入を必要としている。家族を (The story of the Mexican 太陽に輝く海ーー。それを未来の 800 万円 ) 程度までは収入と幸福養い子供に教育を受けさせる経済力 Fisherman) 』の題名で拡散してい 利潤の手段とするならば、この「今」度が比例するという。だが、それ以も必要だろう。だが、それ以上の富る。登場人物も米国人投資家とメキ から美しい輝きは失われてしまう。上の収入増は幸福度の上昇につながは幸福に直結しない。なぜなら、幸シコ人漁師に変わっている。その中 もちろんべルも経動自体を否定りにくい。仮に自家用車のランクが福は、今ここで輝く太陽を享受する には金銭的成功がもたらす余裕を評 していたわけではない。彼は多くの上がっても、満足できるのは、わずところにあるからだ。花が咲き、子価する逆転した結末も現れているよ 作品で都市の人々の生活を描き続け かな間だけだろう。そのクルマにも供たちが笑う。その喜びをともにすうだ。 た。本作の漁師にも、そのなりわい 飽きてしまい、次のクルマのために、 ることなく、いつまでも来ない明日経済と幸福をめぐる議論は、原作 がある。つまり、問題はどの程度のさらなる収入増を求めることにな のために今日を犠牲にする社会は永者ベルの意図を超えて、今も沸騰し 富が必要なのかということだ。 ている。 る。果てしない経済成長の追求は満遠に↑である。 強化すれば、さらに景気が悪化しかト ねない。この一方で、国境を超えるス 経鬻動は、これまで課税を免れて きたか、十分な税負担を行っていなコ い。こうした理由から、新たな課税工 対象として、国境を超える経済活動 「グローバル税」か再分配を促す に着目されるよ、つになった。 このことを明白にしたのが、 20 16 年 4 月に公開された「パナマ文 ~ もとろみとおる 書」 ( キ 1 ワ 1 ド ) だった。富裕層向 各国政府は 1980 年代から、課税の重点を消費税や社一 ( 諸官田一徹 会保険料へシフトさせた。一その結果、所得再分配機能が ( 京都大学え学院経済学研究科教授 ) けにビジネスを行うスイスの銀行が 失われた。 租税回避ビジネスを行っていること も有名で、いまや、顧客としての富 裕層の争奪合戦を、世界各地で繰り ロ 1 バルタックス」が、注るが、複数の国家が共同で課税した背景には、一国国内で必要となる財広げている。 「グ 目を浴びてきている。グロり、将来的には、欧州連合 (ß>) 源を十分に調達することができない 企業も租税回避に余念がない。多 1 バルタックスとは、国境を超えるのような超国家機関 ( 政府 ) が課税という事情がある。特に先進各国は、国籍企業は各国市場を相手にビジネ 経済活動に対して課す税のことだ。する時代が来るかもしれない。 リ 1 マン・ショック後に税収が落ちスを展開し、本社こそ本国に置いて ある国家が単独で課税することもあ グロ 1 バルタックスが検討される込んだが、疲弊した国内経済に課税いるが、その拠点は世界に広がって 2017.5.9
ワイド インタビュー いつごろから変わったのです える」。これこそ、「クローズアップ 四年間の「クローズア によって採択された ( 持続 現代」が目指し、私自身がキャスタ か。第 2 次安倍政権がスタートした ップ現代」を振り返り、本にまとめ可能な開発目標 ) です。この 1 として目指し、実践しよ、つとした 2012 年末以降ですか ようとした心境を が登場した背景には、地球の機能 ことだと思いました。 国谷だんだんと・ : 国谷昨年夏、最後の放送の翌日に が急速に破壊され、人類の生命を維 菅義偉官房長官に、集団的自開いてもらった送別会で紹介された持することが限界に近づいていると 第について繰り返し雋したこと番組ゲストのメッセ 1 ジをもの認識の広がりがあります。しかし 特定秘密保護法案 については、官邸から国谷さんに直 、つ一度見ました。糸井重里さん、内日本ではまだこの認識や、その結果 「クローズアップ現代」の終接の抗議があったのですか 橋克人さん、是枝裕和さん、重松清生まれたがあまり知られて 盤、の報道姿勢に変化を感じ国谷私は何も言われていません。さんらが語る「クロ 1 ズアップ現いません。私になにができるか手探 たようですね。 菅長官もインタビュー後、特に不快代。打ち合わせ室やスタジオでのやりしながら取り組んでいます。 国谷従来は、個々のニュ 1 スや番な顔をされたわけでもありませんでりとりの思い出がくつきりと浮かん 客観的な事実や真実よりも、 組の中で異なる見解を常に並列的にした。 できました。同時に、視聴者からの感情的な訴え掛けの方が人々に影響 提示するのではなく、の放送 を与えてしまう、「ポスト・トウル 全体で多角的な意見を視聴者に伝え ース」が世論形成に影響しています ていくという理解でした。「ニュ 1 ス 国谷インタ 1 ネットで情報を得るト 「わかりやすさや感情に で政府の方針を中心に伝えていれ 人が多くなり、感情的に共感しやすス ば、クロ 1 ズアップ現代では、別の いものだけに接する傾向は強まって 訴え掛ける手法は、言論 角度から掘り下げる」といった具合 いるよ、つに思います。テレビにも視コ です。両論並記にばかりこだわると、 聴者の情緒や人々の風向きに寄り添工 の多様化を脅かしかねない」 かえって分の番組では何を伝えよ ってしまい、感情の一体化を促す危 うとするのか、ばやけてしまいます。 うさがあります。その結果、違う意 ところが、一つの番組内でバラン 1 月に上梓した『キャスターとお手紙も読み返しました。そうした見が言いづらくなり、異質なものに スをとることが、あたかも公平公正 いう仕事』 ( 岩波新書 ) は、 3 月末皆さんの思いに触発されるようにし触れる機会が減ることで、全体を ふかん かのような風が吹いてきました。そ までに 4 刷、 8 万部を売るベストて、私自身も年間を振り返ろうと俯瞰したり、物事の後ろに隠されて のことと関係があるのでしようか、 セラーとなった。キャスターとし筆を執りました。 いる事実に気づきにくくなり、それ 大きな議論を呼んでいるテーマがむ ての駆け出し時代から「クローズ 現在の活動は。 が社会の分断を促進してしまう。こ しろ扱われなくなってきました。 アップ現代」の四年間が熱くつづ国谷キャスタ 1 時代には、お招き 、つした時代だからこそ、私はこれま 社会的に大きな議論を呼んだ特定 られている。担当した岩波書店のを受けてもほとんどできなかった講でのキャスターの仕事を通して学ん 秘密保護法案も、第で取り上げず 永沼浩一新書編集長は「独特の文演やシンポジウムへの参茄もするよできた「言葉の持っ力」を信じて、 じまいでした。戦後の安全保障政策体で、読者に自分の思いを伝んようになりました。「クロ 1 ズアップ現事象の持っ豊かさ、深さ、そして全 の大転換と言われた安保関連法案 うとする熱量がすごい原稿でし 代」時代よりも忙しくなったかもし体像を俯瞰して伝えることに今後も は、参議院を通過した後に一度取り た」と振り返る。 れません。いま、私が大切にしてい こだわり続けていきたいのです。 上げただけに終わりました。 るテ 1 マは、おととし国連全加盟国 5
の奴隷であるのが特徴だ」 んでいるところを古代ギリシャの最の妻ヘレネを同じように連れ去る と述べた。一方で、「ヨーロ 高神ゼウスに見初められると、クレと、ギリシャ人たちは 1186 隻の ッパは法の前で平等であ タ島に連れ去られてそこで神の子供軍船に、川万以上の兵を率いてトロ り、これこそかアジアに勝 ィアに遠征。川年にもおよぶトロイ を出産する ( 「エウロべの略奪」 ) 。 る理由だ」と説明している この女性の名前が同時にギリシャア戦争が幕を開けることになった。 が 一ださらに著述家ストラボン のエ 1 ゲ海西岸を指す地名として用これが『イリアス』の舞台の前提と ン ( 紀元後 1 世紀 ) もまた、「自 いられ、紀元前 6 世紀ごろまでにはして語られることになるのである テ由、しかも法によって支え と、ここまではギリシャ側の語る ギリシャ本土全土を指す単語に拡大 られた自由がヨ 1 ロッパと された。そして「エウロべ」は半島ところだが、紀元前 5 世紀、最古の の シアジアとの違いである」と。 にもかかわらず、常にアジアの西に歴史書『歴史』を記した古代ギリシ 0 利さらに医学の祖ヒボクラテ ヤの歴史家へロドトスは、アジア側 ある大陸であるかのように描かれる えスが書いたとされる論文に ことになった。こうして現在に至るであるべルシャ人の言い分について 「ヨ 1 ロッパ」大陸の概念、そしてョ全く異なる話を記している 。第白も「アジア人の住む地域は、 - 気候が極端に暑くもなく、 いわく、「我々 ( アジア側 ) はギリ ーロッパとアジアの境界線が定めら 寒くもなく、さほど変化がト れたのである。 シャ人に女性が奪われたことを恨み ないのは、彼らの心が脆弱で臆病でス なったからである はしなかった。それなのにギリシャ 今の私たちにとってもョ 1 ロッパ しかし、神話上のアジアとの人種あることの原因である」と : ・ とアジアの境界線はボスポラス海峡人は、一人の女性のために大軍を率 こういった比較は古代人の偏見だコ いてアジアに侵攻し、トロイアを滅的、政治的、文化的つながりは、後 だが、これは数千年前のギリシャ神 と思われるかもしれないしかし、 ばした。それ以来、ギリシャはアジの世代にとって邪魔なものへと変化 話の時代にすでに定められていて、 もし今後トルコや中東諸国が欧州連アの敵となった。憎しみのもとを作していく。紀元後 1 世紀までに、ロ現代に至るまで、自由、民主主義、 1 マ人はアジアの人々への不信を募秩序などの文明的概念の多くがヨ 1 合 ( ) に加入したとしても、変わったのはヨ 1 ロッパ側なのだ」と ( ヘロドトス『歴当第 1 巻 4 節、一らせていたし、自分たちの人種的、ロッパ起源、ひいては古代ギリシャ ることがない境界線といえるだろう。 一一一口語的、文化的特徴を主張したいと起源だと考えられていたのも事実な もつ一つ、ギリシャ神話の時代か部改 ) 憎しみの元を作ったのは果たして強く思、つようになった。結果、アジのである。 ら変わらないものは、ヨ 1 ロッパと 一方で、古代ギリシャを西洋の発 アジアの対立と憎しみである。前述どちらかギリシャ側とアジア側とア起源を否定するよ、つな神話か新た 祥だと考えるのは幻想ではないかと に作られていったのである。 の「エウロべの略奪」はアジアからの意見に対立はあれど、共通してい いう疑問も現在では投げかけられて ョ 1 ロッパ側に女性を拉致された神るのは、「ヨ 1 ロッパ ( エウロペ ) は いる 話であるが、アジア側はこの屈辱をアジア起源だ」ということだった。 漂白された神殿と彫像 例えば 1987 年、・ハ 1 ナル 忘れはしなかった。当時の神話は現現在のヨ 1 ロッパの基盤を作った古 は、『黒いアテナ』にてギリシャ文明 一一つの大陸の間の憎悪は、神話か 代の我々にとっての近現代史のよう代ローマ人もまた、自分たちの祖先 がエジプト文明に端を発し、古代ギ はアジアだと思っていた。トロイアら歴史にも受け継がれた。ヘロドト に、歴史的な重みがあったのである へきがん リシャの女神アテナは金髪碧眼の白 報復の連鎖が続き、後にトロイア人の略奪後、トロイア人であった英雄スは、「アジアは法律がなく君主の気 い女神ではなく黒人だったのではな まぐれで物事が決まり、民衆は君主 ( アジア側 ) がギリシャのスパルタ王アイネイアスがローマの建国の祖と 亠「 BIoomberg ぜいじゃく 8
学済」 済 賀研ま経 滋学科花経 炸済商地海 授。院小門と 教ま学年専ム 科生大。以 学県学長 済媛大学学→ 経愛都済知し 部年京事「な 学年士理に ) 四博ら書版 進学、業石。ャ 地方経済の研究なき地方創生 大む卒修 6 学シ へ斗部程済 実物経済の状況は地域ごとに大きく異なる。地方創生には非常に丁寧な実証研究が不可欠だ。 頭学課認経ナ ・エが経博教地著 、冫 0 え学科助編 べノミクスの「実験」が始ま住む北海道では、・ 2 % 増である。析した上で政策が行われているとは ったのに対して、 000 + は「官邸ト って、すでに 5 年が経過しょ完全失十は平均で、北海道思えない。金融緩和で市場に投入さ主導の雇用創出政策に乗り、地方のス うとしている。その効果を巡る議論の前年比 0 ・ 2 % 増に対して、全国れた資金の流れすら各地域で異な雇用を創出して新卒者を地方にとど り、ましてや実物経済の状況は大幅める」ためのものであった。 000 コ は、日本経済全体としては賛否両論は 0 ・ 3 % 減である。 に違う。それを無視して、マクロ指 + に採択された大学や専門学校は、エ だが、少なくとも富裕層が豊かにな「異次元」の量的緩和を続けてきた はずの金融でさえ、預貸率 ( 預金に標だけを見ながら全国一律の政策を 5 年間で地元就職率川 % 増が数値目 ることで恩恵が低皙層にも及ぶト リクルダウンが起きていないことだ対する貸し出しの割合 ) はほとんど実施するのは本質的に無理がある。標とされ、べンチャ 1 企業の創業も その中に含まれている。 けは、ほとんどの経済学者やエコノ横ばいである。九州や北海道のよう 要するに、若い世代の人口減少に ミストの認めるところであろう。 に預貸率が比較的高い地方も見られ就職先がない地方 悩む地方に新卒者をとどめ、経鬻 豊かなところから貧しいところへるが、これは地方銀行が域外との連 一つの例を見てみよう。文部卞性化の「燃料」に使おうという政策 との増加が波及するという期待携を強めた結果、約 % と高止まり が幻想に過ぎないのは、階層間して全体を引き上げているためであ省はから行っていた「地〈知〉である。本来、文科省の政策は学生 の資質の向上を促し、就職での選択 だけではない。関東圏や東海圏の都り、地域への縛りが強い信用金庫、の拠点整備 (000) 」を改め、 地方創生政策の一つとしてか肢を広げるものであるべきで、教育 市部を中心とした経済的に活発な地信用組合では % 台にとどまる。 域から、地方の不活発な地域へと経地方創生は、安倍政権の政策の柱ら「地〈知〉の拠点大学による地方政策として方向性を見失っているの 創生推進事業 (000 + ) 」を開始しではないかという疑問は置くとして 済改善の波が押し寄せることもなの一つだが、その考え方は政府だけ た。 000 は「大学が地域指向型のも、地方の労働市場の現状をよく理 い。 2017 年 2 月期の企業倒産件でなく、経済学者やエコノミストに 数は、全国平均では前年比マイナス至るまで、マクロ経済的視点に基づ研究や教育に重点を置くように改革解してないという感をぬぐえない 大学の入学者は、北海道大を除く いている。地方の独自性を詳細に分を進めるための高等教育政策」であ 4 ・ 8 % であるのに対して、筆者の 視占 ~ 争占 5 2017.5.9