もう少し詳しく説明しておこう 新生銀行は、旧長銀の資産・負債を継承した格好になっているが、その譲渡契約 の中には、保有貸出債権に関する瑕疵担保条項が盛り込まれていた。それが、②の 瑕疵担保責任条項だ。これは、国有化措置の法的基盤である金融再生法が国有化銀 行を民間に譲渡したあとに、保有貸出債権から発生する一一次ロスを負担する規定が 定められていなかったことに対応して盛り込まれたものだ。 具体的には、譲渡後三年以内に貸出債権に瑕疵があり、かっ、貸出債権が一一割以 上減価した場合には、国 ( 預金保険機構 ) に対して、当該債権の簿価による買い戻 しを要求できるという内容だ。 新生銀行の前身である旧長銀は、そごうの準メインバンクで融資額は興銀に次ぐ 規模 ( 約二〇〇〇億円 ) に達していた。このそごう向け貸出債権に対して、預金保 険機構は約一〇〇〇億円の貸倒引当金を公的資金で積んだうえでリップル社に譲渡 していた。つまり、二〇〇〇億円のそごう向け貸出債権は、一〇〇〇億円の公的資 金による持参金付きでリップル社から新生銀行へと移っていたのである。 そごうの再建計画には、新生銀行の債権放棄 ( 約九七〇億円 ) も含まれている。 力いと、つ 債権放棄が瑕疵担保責任条項の二次ロスに該当することは明らかで、この問題への
ロ 4 よ」とは言っていない点である。二つの指針に共通するキーワードは、不良資産問 題よりもむしろ「金融自由化」である。つまり、「金融の自由化は金融機関経営にお ける種々のリスクを増大させる。そうしたリスクに対応できるように、銀行は長期 的戦略の構築や、経営資源の効率的配分を伴った経営合理化を進めよ」と要請して いるのだ。 各行でもし早期に実現されていたら、今日の金融混乱の大部分 こうした要請が、 は回避されていたのではあるまいかだが、金融自由化への対応は多くの金融機関 で限定的にしか実施されなかったのである。これにはマクロ的要因とミクロ的要因 がある ますマクロ的要因だが、これは二つ考えられる。その一つは、「金融自由化」論議 わいしよ、つか が、その後「業際問題。へと矮小化してしまい、当局も民間金融機関も、業際問題 から はうさっ とそれに絡む利害の調整にに殺されてしまったということ。もう一つはアメリカで ある。バブルの絶頂期を迎え自信過剰になっていた日本経済の目には、金融自由化 ざせつ を進めた結果挫折したアメリカの姿が「反面教師」に映ったのである だか、本質的な問題は「ミクロ」の要因のほうにある。それはほかでもない「民 しつよ、つ 間金融機関の執拗な抵抗」である。たとえば預金保険料の引き上げでは、料率を一一 0 0
132 金が一企業にもたらされる利益ヘロンダリングされることは、税金の活用として破 綻処理コストとはいえない性格になってしまっている余地を否定できないからであ る。しかも、瑕疵担保責任条項を維持するのであれば、同特約が設定している三年 以内という期間を踏まえて、「三年以上、資産の大幅な劣化を来さなかった場合には、 貸倒引当金として、国が積み立てた公的資金の返還を明確に定めるべきだ」と、あ る弁護士は指摘する。正論である。 ところが、政府は試みない。それどころか、次の譲渡案件である日債銀について も、買収するソフトバンク連合に対して同じ瑕疵担保責任条項を設定する。その顛 末はわかりきっている。ニュー日債銀も新生銀行と同様に、資産劣化を最大の収益 インセンテイプとする銀行に生まれ変わる。かくして、貴重な税金はそごうのよう な問題が発生するたびに、破綻からの再生銀行を肥え太らせる栄養素と変わる。こ れは、特定企業への無償贈与でしかない。目先処理にだけ追われる政府は、重大な 背信行為を国民にしでかしているのだ。 まっ てん
糸瀬茂 ( いとせしげる ) 一九五三年、福岡県生まれ。上智大 学外国語学部卒業。第一勧業銀行、 ソロモンプラザーズアジア証券、長 銀総研などを経て、現在宮城大学事 業構想学部教授。著書に『なぜ銀行 を救うのですか』 ( 東洋経済新報社 ) 『アングロサクソンになれる人が成 功する』 ( 研究所 ) などがある カバーデザインアトリエ渋谷
156 て融資することができる。 では、銀行が、「景気は回復する」「不動産価値が反転 ( 上昇 ) する」あるいは「イ ンフレが起きる」と判断するのであればどうすべきだろうか。この場合は、銀行が この企業との取引をそのままにしておく ( 生命維持装置のスイッチを切らない ) こ とは必ずしも間違いではない。なぜなら、そうしたシナリオのもとでは、現在は五 〇億円の価値しかない問題企業の資産が、時間の経過とともに、六〇億円、七〇億 円とその価値を回復させていく可能性がないとは言えないからだ ( 注 3 ) 。 これを銀行会計という難解な仕組みを離れて、身近な例に置き換えて説明してみ よ、つ サラリーマンの < 氏は、バブルの真っ盛りに投資用のマンションを購入した。当 時は、ワンルームとはいえ二五〇〇万円の価値。月々の支払いは七万二〇〇〇円。 ちんたい だが、それも月八万円で賃貸に出せば、諸経費を含めても月々の支払いには困らな いはずだった。マイナスさえ出なければいいや、いずれローンが払い終われば、ま もくろみ るまる資産として残るのだから だが、その目論見はバブルの崩壊とともに崩 れてしまう。月八万円でこのワンルームマンションを借りてくれる人など、どこを 探してもいなくなってしまったのだ。
長銀が月刊『現代』の記事を契機に経営危機に陥る。長銀の一時国有化で、興銀は そごう問題を凍結してしまった。 再びそごう問題が動き出したのは、「興銀がそ ) 」うを見切ろうとしている」という 推測が金融界に流れて間もない九九年一二月だった。 米国系投資ファンド会社への譲渡を三か月後に控えた東京・大手町の長銀本店に 護興銀幹部が訪れたのである。 保 目的は「そごう向け債権放棄に関する事前根回しだった。長銀が外資に買収され 業 企 ても、経営権は大丈夫でしようねなど、様々な話がなされた」 ( 旧長銀 ) という。 しかし、この旧長銀関係者によると「そ ) 」うが債務免除を受けても、立ち直るに を はやや甘い再建内容だった」と証言する。 名 つまり、長銀が外資系の新生銀行となっても、従来通り長期金融機関として共に 行そごう再建ができると見ていたのである。 章 新生銀行の拒否 第 しかし、案の定というか、この興銀の予測は見事に外れた。 二〇〇〇年二月、特別公的管理下にあった日本長期信用銀行は、アメリカの投資
、 0 たが、グル 1 プ全体の再建案が報道されたら、まったく無視するわけにはいか 風説を含めて、様々な噂が流れれば、取引先の業者が商品の引き揚けに出ること も予想できた。そうなったら全国のそごう店の業績に悪影響を及ばすことになりか ねない 興銀の計算では、そごうグループの事業の整理には約七〇〇〇億円の損失が発生 グループ会社の多くは債務超過で、懐は札枯れ状態だった。ならば損 護する。だが、 業失の大半をメインバンクである興銀や取引金融機関に債権放棄という形でかぶって 企 もらうしか手段かない。 止日 連日、膝をつき合わせた会議で、こうした再建策のヒナ型はでき上がりつつあっ を た。問題は、いつ計画を公表し、債権者に納得をしてもらうかだった。 名 「債権放棄は各取引金融機関の台所事情を考えると容易ではない。時間をかけてゆ 救 つくり説明する必要がある。時期的には、各行が決算発表や株主総会を終えた七 5 行 銀八月頃が、適当と考えていた」 ( 興銀幹部 ) 章 そこに広報担当者からの連絡である。そごう・興銀幹部がアワを食ったことは、 第 一「ロ、つまでもない 事態を収拾するために、有力取引銀行への事前の報告と四月七日に役員会に諮る ひざ 、つ。つイ、 ふところさつが
166 業界や金融システムそのものの中で、大蔵省の役割が縮小することを恐れているか らだ。個々の銀行の経営内容が人々に知らされないままに銀行制度を安定的に維持 しようとすれば、情報を独占している大蔵省が各銀行の経営に対して直接・間接で 介入する余地が出てくるし、その正当性も出てくる。大蔵省は、適正に経営させる プレッシャーを市場から取り上げたままでいるわけだ。 こう考えると、大蔵省と市場はある意味ライバル関係にあると言える。大蔵省は、 ライバル関係にある市場の機能の不完全性を盾に、大蔵省が「仕切る」ことの正当 性を強調しているにすぎない。不良債権について大蔵省が情報開示をためらうのは、 実のところ、「利権ーを守りたい、 市場のことは市場に任せろ 一九九七年秋、かねてから噂のあった問題の金融機関を中心に、大型の破綻が相 次いで起こった。この時点で政府は次のようなアナウンスを行なうべきであった。 「このたび金融不安を解消するために、政府は問題金融機関については整理統合、 さらには市場からの退出を図ることにした。こうした金融機関を納税者の負担でこ れ以上延命させることは、国民経済的視点から見て明らかにマイナスだからである 、つわさ とい、つ心理が働いているからと一言、んよ、つ たて はたん
用企業の平均返済率 ) しか回収できないということにもなりかねないのである。 そこで、法的処理に代わる措置として考えられるのが債権放棄だ。 銀行は ( 企業の求めに応じて ) 一一〇〇〇億円の借入金のうち、たとえば一〇〇〇 億円を免除するのだ。そうすれば、年間の利払いは五億円に減る。それでも、企業 は五億円の営業利益のすべてを利払いに回すことはできないので、徹底的なコスト さ′、げん 削減を行なう一方で、今後営業利益を増やすための再建計画を策定する ( さらに、 銀行が残りの債務について金利引下げに応じるケースもある ) 。 この債権放棄という方法がうまくいくかどうかは、結局、再建計画の実効性にか かっている。再建計画が「真に合理的で実行可能」なものであれば、銀行にとって の損失は ( 放棄した ) 一〇〇〇億円だけで済むことになり、残りの一〇〇〇億円は ふく いずれ回収される。しかし再建計画に実効性がなければ、結局損失は膨らみ、早期 に法的処理に踏み切っていたほうが、はるかに損失が少なくて済んだということに もなり得るのだ。 ただし、日本の再建計画のこれまでの事例を見ると、客観的に見て、その実効性 を疑問視せざるを得ないケースがほとんどだ。実際そごうの場合も、その経営再建 策が十分なものであったかどうか疑問視する声も多い。つまり、ここで仮に一時的
ばうちょうがた 業の首を絞め付けているということだが、原因はバブル経済期の膨張型経営にある。 そのうちの一つ、債務の過剰は、身の程をわきまえなかった過剰な銀行からの借り 入れと言い換えることができる その過剰感は、景気の低迷が長期化するにつれて企業に重くのし掛かっている がんほん 業績悪化で黒字を維持することも困難な企業は、今や、元本の返済どころか、利息 護の支払いさえ容易ではなくなっている。そんな企業が再建を果たすには、やはり借 業金の棒引きが前提条件にならざるを得ない。 もちろん、取引銀行から債権放棄の了解を取り付けるには、企業はそれなりの示 借しをつける必要がある。 がしん 「リストラを徹底し、処分できる資産は処分。再建実現まで経営者も従業員も臥薪 しようたん 流嘗胆の日々を送る。だから、借金の半分を棒引きしてほしい」というのが、債務免 行除である。 要請を受けた銀行はソロバンを弾く。「ここで債権放棄に応じないで融資の全額が 一焦げ付くよりも、半分は捨てることによって、後々、残額が回収できるほうがメリ ットがある」という計算を働かせるわけである かくして、借り手の債務免除要請、つまり、貸し手の債権放棄が実現して、再建 ほど