ワンウェイホウ 王偉火と決別した日から一カ月がたとうとしていた。以来、木佐も流もあの日のことを一 度も口にしていなかった。 あの日、受けた流の『傷』に木佐はどう触れていいのかわからなかった。 きずな 同時にあの時、一一人の間にたしかな「絆』が生まれた。だが、以前の関係には存在しなかっ とまど た『それ』に木佐も流も戸惑い、互いにどう接すればよいのかわからないでいた。 正面から向きあえば何かが変わってしまうような気がして、多少のぎこちなさを感しながら も、一一人ともあえて以前と変わらないふりをしていた。 木佐はわざと乱暴に運転席に座ると、アクセルを踏み込んだ。 へだ あふ ガードレールで隔てられた車道を徐行しながら、木 駅に向かう坂道は学生達で溢れていた。 うかが 佐は流の様子を窺った。 ひざ 膝に視線を落とす流はばんやりしているようにも何か考え込んでいるようにも見えた。しゃ べりかけようと口を開きかけた、その時だった。 視界の端に人影が走った。 視点が結ばれるより先に反射的にプレーキを踏んだ。タイヤがアスファルトを擦る。フロン トグラスの向こうに人が迫っていた。 タイヤが悲鳴を上げ、シーマはようやく停まった。あと数十センチのところで停まった車を こす
真冬の母が面会に来て、木佐ははじめて彼の死を知った。 真冬が死んだのはあの雪の日から一週間後の事だった。 ながの 「ーー - ー・ーずっと長野の方で療養してたんです。 めんえき でも免疫機能の低下が激しくて、もうそんなに生きられないって言われて。あの子はだった あんせい ら学校に行きたいって・ : 。どうしても行きたいって。安静にしていればもう少し長く生きられ るってお医者様に言われたのに、それでも学校に行く方を選んだんです。 ずっと入院生活で同年代の子と会う機会がなかったから、友達がたくさんできたってそれは 楽しそ、フに言ってました。 雪 の痛み止めの薬を毎日飲んで通って、それでもすいぶんつらかったと思います」 後 食う ? これ、『幸せになれるキャンディー』。 最 ビーズのような赤いキャンディー あれは
つくろ フェンウェイはあわてて取り繕った。王林は疑いを抱くでもなく、ああと小さく声をもらし た。 だんな 「あそこんちは旦那さんがヤクザで、あまり家にいないし、いろいろ複雑みたいだよ。家政婦 さんから聞いたんだけどね、流坊ちゃんがまだ六歳の時、奥さんが亡くなったんだって。おに あきら いちゃん子で仲のいい兄弟だったらしいけど。晃さんの方はなんだろうね、坊ちゃんのことを あこが 嫌いだしたんだって。家を出たのはそのせいかねえ。ヤクザに憧れてるとも言ってたけど : ・」 「あにきが弟を嫌ってんのか ? どうして ? 」 「さあねえ。人の家には外からはわからないことがあるし。人の気持ちもわかんないよ」 そう言って王林はフライバンの野菜炒めを皿に移した。 母親が死んで、父親もいない家。 フェンウェイも父親はいないも同然の生活だった。だが、自分には母がいた。隣にはおば夫 メイチー 婦に、梅姿も。さびしさなど感したことはなかった。 あの広い屋敷は一一人の兄弟には広すぎただろう。たった六歳の子供が、唯一頼るたった一人 の兄に嫌われたらーーー。 伸ばした手を振り払われたら ーーもし俺だったら よぎ のうり 脳裏を父の顔が過った。 ゆいいっ
えっとありすが顔を上げた時、車は走り出した。ありすは車の窓から身を乗り出して、ずつ と流を見ていた。 「ああああああああああああ 突然、大絶叫が響き渡った。 と ( 同時に何かがものすごいスピードで流の横を駆け抜けていった。 流が耳を押さえていると、駆け抜けていったものが戻ってきてがくがくと体を揺らした。 「流 ! 今の ! 今の女の子、ありすって各則じゃないかっ卩なあ、そうだろ卩」 「カ、カラス : : : なんだよ」 」ようそう それはカラスだった。ものすごい形相で流に迫るカラスはなんだかいつもより疲れて見え 件 拐「あの子だよ ! ほら ! 人捜ししてるって言っただろ ! あの子の母親に頼まれてんだ 誘 ・ : ああ、あの百万円てやっ ? 」 レ「そ、フ ! 「母親に願まれた ? 」 「そう ! 」 231 る。
敵同士だ。 あれから時間がたって、表面上は以前と変わらない生活を送っている。 それでも時々、ふとした拍子にあの日のことを思い出してしまう。差しだされた手。偉火と の別れ。 それは流の胸に痛みを与えた。小さな、けれど鋭い痛みを。 「はあ」 流は大きく深呼吸して顔を上げた。 だめだ。考え込むと思い詰めてしまうのは悪いクセだ。 しった てんめつ 自分自身を叱咤して、歩き出す。と、前方の信号が点滅を始めた。 あわ 慌てて走ったがタッチの差で信号は赤に変わった。立ち止まって行き交う車を見るでもなし に見ている、その時だった。 件 Å耳をつんざく音が響き渡った。 タ いったいなんだ卩思う間もなく、信号前に一台の車が滑り込んできた。 い目の前で急停止した車を見て、流は目を丸くした。それはキャデラックだった。それもこと もあろうにピンクのキャデラック。流はいまだかってそんな色の車を見たことがない。 ばかんとしていると助手席と後部のドアが同時に開いた。降りてきたのは黒スーツに黒いサ
135 最後の 「送っていこう」 レいですー 日比野の申し出を断ると木佐は真冬を促して歩き出した。 「まっすぐ帰れよ。ケンカ買ってんじゃねえぞ ! 」 わかってると叫んで、木佐は振り向かず手を振った。 冬の冷気を伴ったビル風が一一人に吹きつける。木佐は首をすくめ、同しように風に体をちぢ こませている真冬の横顔を見た。 「さみ : ・ このままだったら、もしかしたらクリスマス、雪ふるかもな」 「え、ああ」 真冬が夜空を見上げる。それはあの日、屋上で見た表情と同じだった。
クラスの誰とも関わろうとしなかった木佐がここ一カ月ほど真冬とつるんでいる。 明るく、人当たりのいい真冬とクラスで孤立している木佐の組みあわせは美貴や久我だけで なく、クラスメートの誰をも驚かせた 「木佐も人間だったってことか。まあ、よかったんしゃないか。俺、ましで心配してたんだ。 は 木佐のやっ、俺ら以外友達一人もいなくて悲しく朽ち果ててくんじゃないかって。よし ! こ ふじい ひとはだ こはひとつ、幼なしみとして一肌脱ぐか ! 藤井 ! 木佐ー わけのわからない盛り上がりを見せて、久我は美貴の腕をつかんで窓際に向かった。 「くうつ ! 俺あうれしい ! 恐竜と同し冷血動物だと思っていた木佐にオトモダチができる なんて。このあとあいてるか ? つっても別に用なんかないっしよ。ばーっとやろうぜ。俺が おごっちゃ、フから ! そで 袖で涙を拭うマネをして、久我が宣言する。 「なんだよ、それ : : : : こ 久我のテンションについていけず、木佐はこめかみを押さえて呟く の「あの : : : 君、だれだっけ」 後 。 ) た。そういえば真冬が転校してきてから言葉を交わ 真冬に聞かれて、久我ははしめて気っし 最 したことは一度もない。 かずおみ 「やだなあ、同しクラスなのにそりゃないでしょー。俺、一臣。久我一臣。木佐の数少ない友 つぶや
Ⅲ「じゃあど、フしたら・ : 」 言いかけて真冬にはびんときた。久我が頷いてみせた。 闇の中に小さな光が見えた。 それはとても小さい光なのに強く輝いている。 近づきたくてずっと歩いているのに距離は少しも狭まらない。どうしてもあの光が欲しいの またた 周囲を見渡すと消え入りそうに瞬く星がいくつもあった。 だとしたらーーーー求めていた光は星なのだ。 けれど星は伸ばした手につかまらない。 指の間で光り輝いているのに 視界に飛び込んできたのは明かりだった。オレンジ色の柔らかなライト。 ここはどこか。なぜ自分はここにいるのか。起き上がると鋭い痛みが体を突き抜けた。 「動かない方がいい」 のぞ ひびの 日比野が覗き込んでいる。そこは数日前、手当てを受けた組の応接室だった。
スコアボー あれは初夏だった尸なにもかもが輝いていた なのに。 父が死んだのは道端だった。吹雪の中で。降り続く雪に埋もれて。 ほお 頬を涙が伝っていくのがわかった。 こご なにが六月の記者席だ ! 酔っぱらって凍え死にやがってー ばかやろ、フ ! 父のみじめな死。 そむ 父の遺体を前にした時、解放感とは別に胸に沈むものがあった。だけど、ずっと目を背けて いた。その気持ちがある事さえ、認めようとしなかった。 あの日のフェンウェイバーク。 、まだ小さかった自分がのばした手は父をつかまえることができた。 つかまえていたかった 乾ききらない涙にふいに、タオルがあてがわれた。 流だった。フェンウェイの涙を見ても何も聞かず、ただ傍らに座っている。 ぬぐ 目のあたりを拭い、フェンウェイはだるさの残る体を起こした。 壁に梢の影が映っていた。 ふぶき かたわ
にがにが 大貫の顔色が赤から青に変わる。木佐は腕を組み、答えを待っている。大貫は苦々しく歯が みして、木佐から視線を逸らした。 「・三 : お前だ。木佐 [ 「しゃあ、文句を一言う権利はあるわけだ。ねえ、先生」 「おつ、お前 : 挑戦的な言葉に大貫は言葉を失ったまま、木佐を睨んだ。 大貫が教室を出ていったとたん、生徒達が真冬を取り囲んだ。 「あー ! すかっとした ! 見たか、あの顔」 「いいきみだよな。あいっ生徒いしめしか能ないくせにえばりやがって。前から腹立ってたん だよ」 「お前、すげーなあ ! 」 自分を讃える言葉に、だが真冬は不思議そうな顔をする。 雪 の「だってあんなやり方、フェアしゃないし : ・ そう思ったから言ったんだ」 後「そうだけどさ、やつば言えないしゃん。ふつー」 なあ、と相づちを打っ友人達に、真冬は「それに」と付け加えた。 「あいつを黙らせたのは俺しゃなくて、木佐だ。最高点なんてあいつ、頭いいんだな。あのテ たた