気づいて顔を上げた。 見下ろしているのは自分と同い年くらいの少年だった。 白いシャツにジーンズ。どこにでもいそ、フな少年が自分を睨みつけていた。 ひとみ 太陽を背にして顔は影になっている。なのに瞳はフェンウェイに強い印象を与えた。背後か ふちど ら射す陽が少しくせのある髪を柔らかく縁取っている。 フェンウェイを睨みつける瞳にはあきらかな警戒心が見てとれた。 「お前、誰だ「ガキのドロボウか ? 」 「ばつ、ばかやろう ! 俺はガキしゃないし、ドロボウしゃないぞっー かっとなって立ち上がる。並んでみるとわずかに相手を見上げるかたちになった。それがく やしかった。 「 : : : おまえ、もしかして王林おばさんの ? 」 さと 々独特のイントネーションに、フェンウェイが中国人であることを悟ったらしい。少年の表情 よが緩む。 「そうだっ。かあちゃんに呼ばれて来た。勝手口のカギが閉まってるから、他に入る所探して あ 誤解がとけても怒りはおさまらなかった。少年はじろしろとフェンウェイを観察している。 る」 ゆる ュイリン にら
も助ける者などいないのに、流は少しも引こうとしない。 「市井さん、こいつは俺にやらしてくれ」 うわず 上擦った声が上がった。 唇にピアスの、あいつだった。流にやられてよほど頭にきているのだろう。顔面はほとんど そうはく 蒼白で、目は血走っている。 いいだろう」 市井の許しが出た。 少年は流の前に進み出るとポケットからナイフを取り出した。 まる′」し 流の顔にさすがに隹りの色が浮かぶ。疲れ切っている上に丸腰だ。ナイフが相手ではかなう わけがない。 「おい ! ナイフはやめろ ! 」 々市井が叫んだ。が、少年は聞く耳を持たない。ナイフをかざしたまま、流に近づいてい よ流が下がる。だが、背後に立ちはだかる壁が退路を阯んだ。 「でかいッラしやがって。〈裏新宿〉はてめえみたいのが来るとこしゃねえ。一回痛い目にあ あ わなきやわかんねえみたいだな」 ゃいば ナイフがふりあがる。蛍光灯の光に刃がきらめいた。 あ
吐き捨てるように言って少年を突き放した木佐は信号が青になっている事に気づき、横断歩 道を渡った。 前も見すに駅舎に飛び込む。と、階段を駆け降りてきた人間に思いきりぶつかった。 「きやっ ! 」 はね飛ばされたのは相手の方だった。 しりもちをついて腰を押さえているのはセーラー服の少女だった。肩より長い髪は柔らかい ふんいき カールをえがき、年より大人びた雰囲気を与えている。それは木佐のよく知る友人だった。 うがじんみき 宇賀神美貴。彼女は木佐のクラスメートで、久我と同し中学以来の幼なしみだ。 「美貴」 ゆが 呼ばれて少女は痛みに歪めていた顔を上げた。 「 : : : 祐士。なによ。ちゃんと前見て歩いてよ」 「悪い」 いっしゅう 謝罪の言葉を美貴は一蹴した。 雪 の「なによ、それ。ぜんっぜん悪いって気持ちが伝わってこない」 くちびる 後美貴は唇をとがらせ、それでも木佐が伸ばした手につかまって立ち上がり、スカートのほこ りを払っていたが、 はたとその手を止めた。 ねいいけどなんでそっちから来るの 「そっか。今日、謹慎明けなんだっけ。ん ?
見て、立ちすくんでいた人物はヘなへなとその場にへたり込んだ。木佐は息を吐くと、ドアを 開け、かけよった。 「だいしようぶか卩」 ほう 座り込んでいたのはガクランの少年だった。声をかけられてもばかんと愡けている。 「君ー 肩をゆすると少年ははっとして木佐を見上げた。 「すっ、すいません ! 」 飛び出した事を謝る少年は華南の生徒ではなかった。ガクランには紫の縁取りがなく、金色 のボタンが並んでいた。 「すいません。飛び出して。当たってないですから : ・ あわてて立ち上がり、頭を振った少年の顔に日の光があたった。 少年の顔を真正面にとらえて、木佐は目を見開いた。 おもだ 雪 薄茶色の細い髪。面立ちは柔らかい。血の気の引しオリ , ) こ虫よった顔に木佐はくぎ付けにな の 後り、知らず、少年の腕をつかんでいた。 最「あ、あの : ・ 自分を見つめたまま動かない木佐に少年が声をかける。木佐ははっとして目をしばたたか
顔を上げると黒いキャップを目深にかぶった見知らぬ少年がガラス越しに木佐を見つめてい た。ガラスにあてられてる少年の拳には筋が浮かんでいる。 「・ : : : : 知り合いか。木佐」 久我の問いに首を振りながらも引っかかる部分があった。どこかで会った気がする。 そうしている間に少年は店内に入ってきて、木佐の目の前で足を止めた。背後にー仲間らし き少年が一一人いる。どちらも目つきが悪い 「ひさしぶりだな」 「向こうさんは知らないって感じしゃなさそうだぜ」 久我がそう呟いた後、少年がキャップをとった。 「 : ・今思い出した」 なぐ 真っ赤に染めた髪。それは謹慎の原因となった、木佐が殴り飛ばしたあの少年だった。 きぐう 「奇遇だな。こんなとこで会うなんて。ちょうどいい。顔かしてくんねえか ? 」 雪 の木佐を見下ろす瞳は怒りに染まっている。 後「俺の方には用はない」 そっけなく言い放っ木佐に、少年の怒りがいや増しする。 「ちょっ、ちょっとー なんなのよ。あんたたち ! 」 きんしん まぶか こぶし
102 駅前ロータリーまでやって来ても少年はついてきた。駅舎に向かう横断歩道の信号は赤だっ 真冬と名乗った少年が隣に立った。そして信号待ちの合間に、ポケットからあめ玉を取りだ し ( のん気になめ始めた。 「お前、学校はいいのか。戻れよ」 視線を前に戻して、木佐が一一一一口う。 「だったらあんただってなんで学校、行かないんだよ」 「俺は頭痛に腹痛で早退だ」 とたんに横で高らかな笑い声が上がった。ちらりと見るとさもおかしそうに笑う少年の顔が 目に入った。 「お前、いいかげんにしとけよ ! 」 えりくび さすがにむっとして、木佐は少年の襟首をわしづかみにした。 「だって、あんたどー見ても頭痛そうにも腹痛そうにも見えないって。じゅーぶん元気しゃ ん」 ずけずけと一言う。間近で睨まれても少年はびくつきもしなかった。収めようとするが、それ でも笑いは口から漏れる。 「ばかばかしい。 にら
るのは無理があった。振り向くより先に相手が脇に蹴りをいれた。「坊ちゃん」は少年の足に つますき、見事に転んだ。 起き上がろうとしたが、右手首を踏みつけられた。 しり ーダー格の金髪がジーンズの尻ポケットに手をまわした。手の平でなにかが光っている。 カシャカシャと小さな金属音をたてるそれはバタフライナイフだった。 まる′」し ーー・あいつ、丸腰のやつに・ : フェンウェイは武器になるものをさがしてあたりを見回した。駐車場の両開きの扉の横に かんぬき 閂に使う棒がたてかけてあった。 夢中で閂棒をつかみ、走った。ナイフの刃がきらめく。 ちゅうちょ 躊躇はなかった。閂を思い切り振り回す。閂は背中に当たり、金髪は見事に吹っ飛び地面に 叩きつけられた。ナイフが手から離れ、転がっていった。 「なっ、なんだ。てめえ ! 」 残りの少年が叫んだ。 「坊ちゃん」の視線も注がれる。が、彼の意識はすぐに気がそれた少年に向かった。反転し、 少年の足の間に足を差し込み、ひねる。 「 : フっ ! 」 少年が転び、「坊ちゃん」が立ち上がる。
学校から命ぜられた謹慎ーーーその原因となった事件が起きたのは、いや起こしたのは八日 前のことだった。 その日、校門前でいざこざが起きていた。 下校途中だった木佐は、何事かと集まった生徒達を避けて通ろうとした が割れて、そこから少年が転がってきて木佐にぶつかった。 「つてえ : : : 」 髪を赤く染めた少年は伸び切った e シャツにナイロンのパンツをはいている。 見ると人垣の中でガクランの一一人と私服の一人とがにらみ合っている。どうやら他校の生徒 こゼあ か、ちんびらとの小競り合いらしい 木佐はなんの興味もなかった。 「おい、どけ はば よくよう 行く手を阻む少年に抑揚のない声で言い放った。 ぎようそう その言葉が自分に向けられたものであることに気づいた少年の形相が変わった。 「んだとおっ ! 」 少年は怒声を上げると、ガクランに手をかけ、今にも殴りかからん勢いで迫った。 木佐は冷たく見下ろしていた。恐怖も怒りもなかった。ただ、こんなちんびらとは関わりた なぐ と、突然人垣
162 「つてえー。お前の玉、めちやめちやかてえ」 「うるせえ」 「ちくしょー ! 反撃 ! 」 一一人は雪を投げ合った。手が痺れて雪玉を作れなくなると今度は雪を蹴り始めた。 すき 相手に向かって雪を蹴って、逃げては蹴って。相手の隙を見つけては雪玉を作って投げつけ て。そんな他愛ないことに夢中だった。 やがてさすがに息が上がり、どちらともなく雪の上に倒れこんだ。火照った体には冷たさも ここち 心地よかった。 早かった鼓動が少しずつ落ち着いてくると周囲の静けさにあらためて気づかされた。 「静かだな。 : ・なんかまるで世界に俺たちしかいないみたいな気がする : ・ 「・ : ああ」 静けさの向こうからパトカーのサイレンが聞こえた。それはだんだん近づいてきていた。 「また会えるかな」 「俺は少年院行きだ。会えるとしたらたぶん何年後かだな : ・」 冷静な判断に、真冬が苦笑する。 「待ってられねえよ。時間がないんだぜ、青春は。あーっ、つめてつ ! 」 雪の論たさに耐えられなくなって立ち上がった。髪といい服といい、真冬の全身は雪にまみ たわい
そうだ。なぜ気づかなかったのだろう。 サブナードには公共の大きな地下駐車場がある。そこならば乱闘があっても誰も気づかな 「くそ、間に合ってくれよ ! 」 案内プレートで駐車場の位置を確かめると、フェンウェイはわき目もふらす走りだした。 駐車場の入り口には少年が三人、立っていた。〈百鬼夜行〉のメンバーだ 駆け込んできたフェンウェイをみとめると、彼らはドアを守るように立ちはだかった。 「 : : : どけよ」 精一杯のドスをきかせてそう言ったが、少年たちはどこうとはしない。 「てめえ、誰にもの言ってんだ ? こっから先は立ち入り禁止だ。さっさと帰んな、ガキ」 もんどう ひま 胛し問答している暇はない。 みずおちひじ フェンウェイは中央の少年に狙いをつけ、鳩尾に肘打ちを食らわせた。少年は息をつまら せ、崩れ落ちた。 「こっ、こいっ ! 」 両端の一一人がかかってくる。フェンウェイは一一人の間を器用にくぐり抜け、駐車場に飛び込 んだ。 ねら