212 一呼吸おいて、流はアスファルトを蹴った。 人影が動いたのが目の端に映った。思った通り、やはり追っている。 しくはつく だが相手は人の多さに四苦八苦している。どうもこのへんには慣れていないらしい だったら楽勝ー 右手でガッツポーズを決める。が、五分も走らないうちに左手が重くなった。 見るとありすが早くも息切れしている。おまけにひらひらワンピースの裾が足にまとわりつ いて早く走れないらしい 「流、ありすもフ疲れた。走れない 「お前なあ : : : 」 めまいがしたが、説教している暇は今はない。 振り向くとフェンウェイと追っ手がもみ合っ ているのが見えた。 「フェンウェイ ! 振り向いたフェンウェイに目配せする。遠目だがフェンウェイが頷いたように見えた。 流は今にもしやがみこみそうなありすをすくい上げた。 「きゃあああっ , 「エッチじゃないー ありすを抱え上げる。顔にレースやらリポンのヒモが降ってくるのをかき分け、流はごった ひま すそ
135 最後の 「送っていこう」 レいですー 日比野の申し出を断ると木佐は真冬を促して歩き出した。 「まっすぐ帰れよ。ケンカ買ってんじゃねえぞ ! 」 わかってると叫んで、木佐は振り向かず手を振った。 冬の冷気を伴ったビル風が一一人に吹きつける。木佐は首をすくめ、同しように風に体をちぢ こませている真冬の横顔を見た。 「さみ : ・ このままだったら、もしかしたらクリスマス、雪ふるかもな」 「え、ああ」 真冬が夜空を見上げる。それはあの日、屋上で見た表情と同じだった。
うらしんじゅく それからずっと、俺たちはバートナーだった。一一人で〈裏新宿〉を生きてきた。一一人でなけ れば「生き残って」はこられなかっただろう。 「フェンウェイ ! 」 振り向くと、息をきらして走ってくる流の姿が見えた。 「おせーよ。一一十分の遅刻」 々さすがに一一十分も待たされて俺も機嫌が悪かった。 「わりい。ホームルームが長いんだよ。うちのクラス」 「知るかよ。今日のメシ、おごりな」 あ 「なんでだよ ! おまえなんかこの間、連絡なしに一時間も遅刻したくせに ! 」 「あれはおまえが場所間違って教えたんだろーが ! 」 きつねにつままれたような流を満足げに眺め、フェンウェイは窓から身を乗り出した。 こもび 二人の頭上に、木漏れ日が降り注いでいた。
「流」 べッドの上で身じろぐ気配がした。 「おまえのあにきのことでからかって : : : 悪かった」 「うん「 : 」 やみ 闇の中で、流の返事が小さく聞こえた。 その夜、フェンウェイは熱に、フかされた。 首筋の熱が体中をまわり、・圧迫していくようだった。噴き出した汗が皮膚を伝う感触に、何 度も寝返りをうった。 もうろう 朦朧とする意識の中で、悪夢が彼を襲う。 夢の中で、フェンウェイはなにかを求めていた。だが、どうしてもっかまらない。追いかけ ても追いかけても遠ざかる。 々 待てよー ゆが 叫んだが、声にならなかった。歪む視界に、やがて光があらわれた。『それ』は光の中に歩 やき去ろ、フとしている。 あ 待ってくれ 絶叫に、「それ』が振り向いた。 ひふ
「おにいちゃん」 言い合いながら歩いていると誰かに呼び止められた。 「おにいちゃん、占いどう ? 」 どう見ても占い師に見えないホームレス風の男が地面に座って俺たちを見上げていた。置い てある段ボールの切れ端に「占い・五百円」と書いてある。 「やんねえよ。おれは占いには興味ない。い や、どっちかつつーと嫌いだ」 言い捨て、さっさとその場をあとにした。 「おまえ、占い嫌いだよな」 流の言葉に、俺は足を止め、振り向いた。 「あったり前だろ ! 俺はあやふやなもんは信じねえんだ ! 占いなんて女じゃねーんだし 占いにむらがる女の気持ちがわからない。女の読む雑誌にはなぜ占いのべージがついている のだろう。まくし立てたが、言葉は途中で切れた。 「いや、でも一度だけ占ってもらった 「へえー、おまえが ? 」 意外そうに流が笑う。 のうり 脳裏にスーばあちゃんの骨ばった指が浮かんだ。
198 ろうか 廊下にはサングラスの男が立っていた。一瞬、かたまりかけたが、男はサングラスをとり、 意外にもペこりと頭を下げた。 「お嬢様が失礼しました」 素顔は優しげな顔だった。 黒いサングラスに黒いスーツなんて今時マンガにも出てこない。・もしかしたらこの格好はあ りすが強制したのかもしれない。あのセンスならやりかねない。 男に促され、廊下を歩く。突き当たりにエレベーターがあった。 男がボタンを押す。一階についていた明かりが昇ってくる。 小さな音をたててエレベーターが開いた 「まあだつっ立ってんのか」 はっとしてありすが振り向くと、ドアを開けて流が立っていた。 「ど、どうして・ : : ・」 ありすは目を丸くしている。 「泣いてる子供をほっとけないだろ」
やすくに 靖国通りにピンクのキャデラックが停まった。 道を歩く人々は物珍しい車に奇異の視線を投げ掛ける。中には指さして笑う者までいた。 「あーっ。すげえ恥ずかしいつつつ」 しゅうもく ごうもん 衆目の中、ビンクのキャデラックから降りるなんてほとんど拷問だ。 ながれ けれど降りなければどうしようもない。流は覚悟を決めてありすの手を握り、車から降り立 件った。そしてダッシュ。 拐「ちょっと引っ張んないでよ ! 」 ン腕を振りはらわれて振り向くと、ありすは手首をさすりながら流を睨みつけていた。 タ「悪い。痛かったか ? 」 い「痛かった ! もっ信しらんない」 「あーあー、俺が悪かった」 かぶきちょう ご機嫌斜めのお姫さまをあやしながら歌舞伎町を歩いていると、周囲の視線を痛いほど感し にら
112 休み時間の終了を知らせるチャイムが鳴り響い 屋上にいた生徒達がばたばたと走っていくのを見ながら、木佐はフェンスに背を預けたまま でいた。 校庭を見下ろすと、人影はもうなかった。授業が始まった校内は静まり返っている。 風は冷たかったがそれでも教室にいるよりはずっと心地よかった。 「木佐」 閉じていた目を開くと、目の前に真冬が立っていた。 スト問題、めちやめちゃ難しかったのに」 一■ーーーああ。頭はいいけどな : : : 」 おやじ 「あいつに近づくのはやめとけよ。あいっさ、親父がやくざで、そのせいかあいつもなんか怖 きんしん いんだよ。ケンカで謹慎食らったのは知ってるだろ。相手、あごが外れてたって話だぜ」 「そう、なんか近づくなーってオーラ、出てるよな」 口々に語られる木佐像によいイメージはひとつもない。 振り向くと、席に木佐の姿はなかった。 ここち
明かりのない夜の学校は闇に沈んでいる。 けれど屋上には真っ白な雪が降りつもり、そのせいかあたりはうっすらと明るかった。 一面の雪だった。 きぬ じゅうたん 絹のようになめらかな雪の絨毯に足跡が続いている。その先にたたずむ者が見えた。 たど 真冬は寒さでかじかむ手をにぎり、足跡を辿った。 「木佐」 肩越しに振り向いた木佐は、ほんの少し目を瞠った。 まふゅ 「真冬・ : 雪 の木佐は、ンヤッ一枚という姿だった。見るからに寒そうな格好に真冬は震えた。 しゃべ 後喋りかけようとしてシャツに散らばる血に気づいた。視線に気づいた木佐は胸に目を落とし 最 - じちょう て自嘲気味に笑った。 「・ : はは : ・。やつばりだめだ。戻れなかった : ・。戻れるかもしれないなんて思ったなんて笑え 最後の雪 やみ みは
左手を上げるとどす黒いアザが散っているのが見えた。体がズキズキ痛む。 「友達が組に飛び込んできた時は驚いたぞ。医者に手当てしてもらった。まあ医者といっても まっとうなのじゃないがな」 冗談めかして言った後、日比野の表情はかたくなった。 「俺はケンカは買うなとは言ったが抵抗するなとは言ってないぞ。こんな盛大にやられやがっ 「日比野さんのせいしゃない、 日比野はかすかに笑って木佐の髪をかき回した。指先から後悔が伝わってくる気がした。 ドアがノックされ、日比野が席を立った。 「ちゃんと寝てろ」 振り向いて木佐にそう告げると日比野は部屋を出ていった。入れ違いに誰かがやって来た。 「真冬・ : 」 真冬だった。 の一「久我は宇賀神さんを送 0 てい「た。もう遅いしさ。宇賀神さん、木佐のそばにいる 0 てがん 後ばってたけど : ・」 努めて明るく説明していたが、 「だいしようぶか : : : って聞くのもまぬけだよな :