ばちばちばちばちばちばち。背後から一一人分の拍手がおこった。 「流くん。かっくい け・い」、 カウンターに並ぶフェンウェイと市井の頭をばしばしとはたいてから流が警告する。 なぐ 「お前ら、殴るぞ」 「順番逆だろ。殴る前に言えよなー」 「それより、もフありすを帰さないと」 フェンウェイの文句を無視して、流は腕時計を指さした。時刻は十一時半を過ぎたところだ つつ」 0 「いくらなんでも親が心配してるだろう」 よぎ 言いながらカバンに手を伸ばしかけた時、首筋を冷たい風が過っていった。外気だ。振り向 くのとドアが閉まる音を聞くのは同時だった。 件 拐階段の踊り場に男が一一人、立っているのが見えた。 誘 さっきの : ン タ二人は無言で階段を降りてきた。外ではわからなかったが、一一人とも灰色のスーツを着てき ぎんぶち いちんとネクタイをしめていた。一人は銀縁のメガネをかけていて、地味な印象を与える。 いちべっ フロアに降り立った二人は流達を一暼すると、まっすぐにありすの所に向かった。 225
「おまえは ? 」 ふしん 不審にった流が聞き返してきた。フェンウェイは言いにくそ、フに答えた。 「なんだ。俺の方が年上か。なあんか偉そうなこと言ってたわりには下なんだ」 勝ったと言わんばかりに流が笑う。 「ばつ「 ' よ , かか。おまえは。そんなことで ! 十三つたってなあ、あと二カ月で十四なんだ 「俺はあと四カ月で十五だ」 「しゃあ、一一カ月は同い年じゃねえか ! 」 「あとの十カ月は俺が年上だな」 「 ~ く 5 っ " 】」 くだらない事だとわかってはいても、むしように腹立たしい。こうなると流が自分より背が 々高いことさえ腹が立っ ? なにか言い負かすネタはないものか、フェンウェイは考え込んだ。そ して、ある事に限い至った。 「おまえ、この前、あにきにえらい怒鳴られてただろ。なにやって怒らせたんだよ」 あ 何気ない一言だった。 だがその瞬間、流の様子は一変した。
どくん。 フェンウェイの胸が鳴った。 不思議な感覚に襲われた。それはまるで流の胸の炎が乗り移ったような感覚だった。 いや、そうしゃない。 チャイナタウンでも新宿でも、つつかかってくるやつらを相手にする時、やはりフェンウェ イも感していた胸の熱。 無意識のうちにフェンウェイも胸に手をやっていた。同し炎は彼自身の胸の奧にも宿ってい 「なに言ってんだろ、俺 : : : 」 じちょう フェンウェイの視線に気づいた流は照れたように自嘲して立ち上がり、 「とにか / 、 頼んだわけしゃないけど、助けてくれたことに間違いないから礼は言っと そう言ってほとんどわかるかわからないくらいに頭をふった。 はんすう 最初ばかんとしていたフェンウェイは今の流の行動を反芻して、しだいに腹が立ってきた。 あ 「・ : おい。それで人に礼を言ってるつもりか ? 」 たいじ 立ち上がり、流に対峙する。
ばあああああん 鉄扉がコンクリート の壁にぶちあたる音が駐車場に響きわたった。 ーい」よノとろ・ 見渡す限り車が列を成している。無機質な光景を蛍光灯が照らしだしている。 その一番奥の壁を背にして「流がいた。 足下には数人の少年が倒れている。流を狙ったというチームのやつらだろう。周囲を市井と 〈百鬼夜行〉のメンバーが取り囲んでいた。 突然飛び込んできたフェンウェイに、全員の視線が集まった。 びびってたまるか ! フェンウェイが顔を上げると、赤いバンダナの市井一也が目を見開いた。 「おまえ : ・ フェンウェイとかいったな。・ : まさか、こいつの仲間か ? 」 「・ : いや、違う」 - 「しゃあ、なにしに来た ? こいつを助けにきたってわけか ? 」 市井の言葉に〈百鬼夜行〉のメンバーが殺気立つ。 か 「それともなにか ? 俺らの加勢に来たとか。もしそうなら助かるがな」 あ 言わんとしていることに気づき、フェンウェイはロを結んだ。 妙なことになったな : てつび かせい
134 シャツのボタンをとめ、ガクランに腕を通しながら木佐はそっけなく答えた。 「行こう」 えしやく あわ 真冬は慌てて広幸に会釈し、木佐のあとを追った。 ろうか 廊下に日比野が立っていた。 おやじ 「親父、いたんだ」 「ああ。ここんとこ、忙しくてな。若頭が事務所に来るのも久しぶりだ。息子に会えて喜んで るんじゃないのか」 「そりやそうかもな。俺が親父に会うのは半月ぶりだし」 「そりゃあ親子の断絶もんだ」 冗談を言って笑う日比野と外に出る。ビルの前にはべンツが二台、停まっていた。その前を 組員らしい男達が数人、あたりに目を光らせている。 「厳重だな。なにかあったんですか ? 」 たいとう 「まあな。四堂にはいろいろと敵も多い。最近は新興の組織の台頭もあるしな : ・。おっとこん な事は子供が知らなくてもいい」 日比野はおどけてみせるが、それが何を意味しているか、木佐にはすぐにわかった。 厳重な警備。帰らない父。 抗争ーーー危険な一一文字が頭を過った。
114 嫌みを投げつけると笑い声が止まった。一瞬、真冬の顔から笑みが消えた。曖昧に黙り込ん だ真冬はおもむろに立ち上がり、木佐を見下ろし、 「なんで木佐は笑わないんだ ? 」 逆に聞き返した。 イヤミも通じゃしねえ : 「おもしろくないからだ。なにもかも、全部」 「おもしろくないって、なにが ? これ以上「 . つきあってられない。 ひとみ 木佐が立ち上がると真冬はすかさす前に回り込んだ。真正面にとらえた真冬の瞳が木佐を見 つめる。黒目がちな瞳はまっすぐに向いていて。それにさえ腹が立った。 「なにもかもだって言ってるだろ ! 学校もクラスのやつらも、俺がここにいることもなにも かもだー あら いらだった木佐は思わす声を荒らげ、真冬の体を押しのけた。 さわ なぜこいつの一一一口うことはこうもカンに障るのか。胸がざわめく。それは怒りとも違う感情だ った。決着のつかない思いを抱いたまま歩いた木佐は階段へ通しるドアにたどりついた。真冬 は追ってはこない。 ノブをまわそうとした時、背後でがしやりと音がした。何気なく振り返って木佐ははっとし あいまい
重厚な青銅のドアの前に少年がたむろしている。真ん中の背の高いやつが俺たちに気づい 「おせーぞ ! 何時間待たせんだ」 ひやっきやこう いちいかずや 赤いバンダナを額に巻いた、〈百鬼夜行〉のアタマ、市井一也が怒鳴った。 「流が遅れたんだよ。流に一言えよ」 「流 ! てめー あれから一一年がたとうとしていた。 たいとう 〈裏新宿〉の勢力分布は何度も塗り替えられていた。倒されたチームは消え、新顔が台頭して くる だが、一番の変化は〈百鬼夜行〉と俺たちの関係だった。はしめの頃、対立していた市井と うよきよくせつ は紆余曲折があったとはいえ、仲間同然の関係なのは、今でも信しられない。市井と流が言い 合いを続けるのを眺めて、俺は不思議な気持ちになっていた。 もうとう 占いを信しる気持ちは毛頭ないが、結局スーばあちゃんの占いはあたっていたのだ。 日本で、俺はいくつもの出会いを経験した。そのどれもが俺にとってはかけがえのないもの おも 誰もが、同じ想いを抱く「仲間』だ。 「フェンウェイ ! 」 0
木佐は視線を教卓の方へ向けた。 くも くったく 生徒達の間から真冬が見えた。屈託なく笑う真冬の表情は太陽のように明るく、一点の曇り もない。 それがなぜだか能天気に思え、木佐の癪にさわった。 その日の数学の時間、テストが返された。 それは日ごろの学力を試すためという理由で先週、抜き打ちで行われたものだった。 おおぬき それも不評だったが、数学教師の大貫はテストを返す時、最高点をとった者の名と最低点を とった者の名をわざわざ発表する。そのいやらしいやり方は生徒達の反感をかっていたが、本 人だけは気づいていなかった。 テスト用紙が返されるといよいよ最低点の者の名が呼ばれた。 「田部、なに座ってる ? 立たんか」 体を固くしたまま、最低点をとった男子生徒がおずおずと立ち上がった。 雪 の「田部、一一十一点だ。なんだ、この点数は。勉強してないにしてもこの点はとれないぞ。え ? 0 一【「た【どう【、 0 事だ。 = り 00 と 00 才能な。どうや「たら = んな点がとれる 0 か教えて くれないか ? 大貫はここぞとばかり、縮こまる生徒にねちねちと説教を始めた。 ちぢ しやく
198 ろうか 廊下にはサングラスの男が立っていた。一瞬、かたまりかけたが、男はサングラスをとり、 意外にもペこりと頭を下げた。 「お嬢様が失礼しました」 素顔は優しげな顔だった。 黒いサングラスに黒いスーツなんて今時マンガにも出てこない。・もしかしたらこの格好はあ りすが強制したのかもしれない。あのセンスならやりかねない。 男に促され、廊下を歩く。突き当たりにエレベーターがあった。 男がボタンを押す。一階についていた明かりが昇ってくる。 小さな音をたててエレベーターが開いた 「まあだつっ立ってんのか」 はっとしてありすが振り向くと、ドアを開けて流が立っていた。 「ど、どうして・ : : ・」 ありすは目を丸くしている。 「泣いてる子供をほっとけないだろ」
真冬がフェンスをよし登っている。 「なにやってんだよ ! 」 木佐が駆けつける間に、真冬はフェンスをまたいで向こう側に降り立っていた。 「ーーおっと : ・」 ひね 体を捻ろうとした真冬の上半身が大きく揺れる。 フェンスの向こうは一段高くなっているとはいえ、「メートルもない。さすがに木佐もひや りとした。 だが真冬はまるで階段を登るよ、フな気楽さでひょいとコンクリート の上に乗っかった。重心 を前に倒せば落ちてしまうだろう。 「お前どういうつもりだ。また自殺ごっこか ? やるんだったら俺がいなくなってからにし ろ。迷惑だ」 真冬が振り返る。吹き上げた風がくせのない前髪を乱す。 「自殺なんかするはすないだろ。ここに立ってると風が吹いて、気持ちいいんだ」 雪 の「こっち側だって風くらい吹く」 後木佐のしごくまっとうな意見に、真冬はたしかにと言って笑った。 「木佐はなにもかもおもしろくないって言ったけど、俺は逆だな。なにもかもおもしろい。学 校に通、フことも、みんなとしゃべることも、ここにこ、フして立っことも。知ってるか ? フェ