一九四六年一一月一七日金融緊急措置発動 る れ 行「預金封鎖・新円への切り替え」の果てに、国民の預金がカットされるーー・実際に、 そうした事態はどのようにして起きるのか年配の方々は記憶に残っているに違いな 、 0 その典型的ケースが、第二次大戦に敗れて間もない時期のわが国で起きたからで カ 鎖ある。 金敗戦で焦土と化したわが国を襲ったのは、強烈なインフレーションだった。これは、 満州事変への突入以後、戦時経済を支えるための経済政策の一環として、国債の日銀 て し 引き受けが断行され、財政規律が完全に喪失してしまったことに起因していた。 、つ さらに、敗戦に伴って、政府や銀行などが軍事産業に対して行っていた補償債務の 章 卩日 ( いかに着 取り扱いが大問題化した。「戦時補償債務」問題である。この二つの題こ、 第 手して解決するかが、敗戦直後に発足した内閣に課せられた大命題であった。そうし た中で、預金カットという選択肢が浮上して実施に移されたのである。
この独自構想はその後、株価下落につながったことから、次第に立ち消えになって いったが、不良債権の実態に精通している専門家たちからは「最も現実的な考え方、 という評価を得ていた。ところが、訪米後の首相は従来のスケジュールを上回るよう な方針を掲げたのだから、専門家たちは息を呑んだ。金融庁も政府部内の主導権争い で著しく劣勢に回ってしまったことを痛感せざるをえなかった。実際、政府周辺では 「金融担当大臣の更迭ーという噂が駆け巡り始めていた。 「このままでは金融に対する行政権が奪われてしまう」という焦りに駆り立てられな がら、金融庁は反撃の機会を窺った。しかし、過少引当問題では、金融庁が否定する 余地はほとんどなかった。そこで、金融庁は自らへの批判をかわすためにも、大手銀 行に対する一斉検査に踏み切ることを決断した。「何よりも過少引当という批判の原因 を解消することが先決だ」と考えたからである。そもそも、金融庁の上層部が絶対に 死守したかったのは、引当不足という事態の露呈ではない。銀行に対する公的資金再 注入の実現を阻止することこそが、彼らにとって最重要課題だった。 過少引当問題ですら、その最後の砦を脅かすという意味から否定してきたに過ぎな 、 0 裏返して考えれば、公的資金の再注入につながらない限り、過少引当を認めても 一向に構わないし、過少引当が確定する金融検査に着手してもよかった。少なくとも、
自己保身の発想は具体的な検査方針を決める際にも表れた。「検査体制に限界がある 中で、検査結果に批判を浴びないようにするには、世間の話題になっている『過少引 当の大手企業リスト』に名を連ねている問題企業向け融資を集中的にチェックするこ とが効果的である」という判断が、検査を実行する基本方針として固まるまでに、そ れほどの時間は要しなかった。 そうした金融庁の動きは、来日して自らの不良債権ビジネスを有力政治家、主要官 庁などにアピールしていた米系投資ファンドの幹部たちの耳にも伝わっていた。彼ら は、次第に自分たちの出番が近づいているという実感を深めた。二〇〇一年九月下旬 理 処 に都内の高級ホテルの一室で開催された投資ファンドの幹部たちの昼食会は、まさに 権 良いよいよ出番を確信した彼らの総決起集会だった。 おは 不 見るからに中心人物と思しき紳士が、グラスを片手に一同を見回しながら語りはじ る 走めた。 靺一 「われわれのアドバイスが功を奏して、日本政府も重い腰をようやく上げようとして 章 いる。邦銀の過少引当を金融庁はもはや否定できない。不良債権問題は最終処理に向 第 かうだろう。日本の不良債権処理がスピードアップして、われわれのビジネスチャン スが到来することを祈って乾杯しようではないか シミュレーション
過少引当がもたらす深刻な結果が強く認識されたからだ。 それだけではない。ト / 泉政権の構造改革では、不良債権問題について破綻懸念先債 権以下を対象とした最終処理の方針が打ち出されていた。しかし、マイカルは要注意 先に区分され、ほば正常先企業として扱われていた。これをみれば、破綻懸念先企業 というものがいかに劣悪な経営実態にあるかが推し量れるというものだ。 こうかん 実際、巷間話題にされてきた経営悪化企業のほとんどは、悪くても要管理先の債務 轟者区分にとどまっていた。マイカルのケ 1 スを前提とすれば、それらはすべて過少引 当群と考えても間違いではない 混 しかし、そうした企業群を破綻懸念先に債務者区分し直すと、どうなるのか。基本 初的にみて、それらの企業に対する追加融資などは事実上不可能になる。倒産する可能 一一性がきわめて高い企業に融資することは銀行が株主に対する背任行為を働いたとみな 〇されかねないからだ。したがって、資金繰りなどで追加融資が必要となった企業は、 ほば破綻を来すとみることができる 章 大手企業の倒産がもたらす影響は甚大である。銀行に同情的にいえば、そうした影 第 響を回避するためには、問題企業群を破綻懸念先以前の債務者区分にとどめ置くしか なかったにちがいないが、逆に突き放した言い方をすれば、そこまで銀行が配慮する 解説
望するのが精いつばいだった。 そうした中で、旧通産族議員たちは「過少引当の大手企業リストーを作成した人物 からリストの説明を受けたうえで、「不良債権問題は限定された業種の問題です。その 産業に属する不振の大企業向け貸出債権に十分な引当が積めるのかという問題なので すが、今後の展開は予断を許しません。限定された業種の大企業の問題であるにもか かわらす、中小企業の問題に不良債権問題がすり替えられる可能性があります」とい 、つ話を聞くことになる 旧通産族議員たちの目には、この人物は、ついに出現した中小企業保護の救世主と して映った。「中小企業保護のためにも、金融庁による金融行政の下で、過少引当の大 手企業を放置しておくわナこよ、、 。。 ( し力ない」。旧通産族議員たちが燃え上がったことはい うまでもない。 こうして金融庁包囲網作りに拍車がかかったわけだが、そのこと自体 は政府内の分裂騒ぎでしかなかった。 国家が危機的な様相を深めているにもかかわらず、国家機構の中枢部では、次第に 対立構造が際立ってきたことは不幸というしかない。本来であれば、非常事態宣言を 発して挙国一致態勢が敷かれてもおかしくない情勢だったが、現実には政府部内はバ ラバラに近く、主導権確保のための潰し合いの様相すら強まっていた。自らの立場を
本来、金融庁が獲得する領域であるにもかかわらず、「不良債権問題は産業再編と裏 表の関係にある、という論理で経済産業省がしやしやり出てきて、公的資金投入問題 を接点にして財政政策との関連で財務省が口を挟む。さらには、旧大蔵支配の構造を 打破すべく新設された経済財政諮問会議は、そもそもその役割が明確にされていなか ったため、不良債権問題が国家的なテ 1 マにのばるたびに、自らの存在をアピールし 閣議の席上において、金融担当大臣は「金融問題は、わが方に任せていただきたい」 激 と繰り返したものの、そのたびに他省庁の反発が強まって金融担当大臣の立場は悪く 混 なる一方だった。組閣する際に、「金融問題を任せられる方は、あなたしかいない、 初首相から懇願された経緯があり、しかも、官僚任せにせず、不良債権問題の解決を自 年 ら考え続けてきた金融担当大臣にとっては屈辱的な日々だったといえる。実際、金融 〇担当大臣更迭論がいよいよ浮上するようになっていた。 投資ファンドグループは、そうした政界、とくに政府与党の事情を的確に把握して 章 これは、冷徹なマーケットで生き続けるための鉄則である いた。「勝ち組に乗れ」 第 投資ファンドグループは、経済産業省や経済財政諮問会議に近い政治家たちに接触を 試みて、政治家たちもまたこの接触を歓迎した。 シミュレーション
114 的な問題である三つの過剰 ( 債務、雇用、設備 ) の解消に向けた検討を始めた自民党 の中には、この会議を創設するにあたって、「金融・産業競争力会議」という名称が浮 上していた。これは、金融再編と産業再編を一挙に推し進めようという発想があった ことの表れである 一方、銀行経営という面では、店舗などの経営資源が重複することになるため、単 独銀行の場合よりもリストラを促進できるという統合メリットが強調された。リスト ラは経営健全化計画にも盛り込まれた中心的な課題だっただけに、前向きに評価され たことはい、つまでもない しかし、九九年八月の「みすほ統合」発表以降のメガバンク再編に関して、最も現 実的な意味での統合効果と見込まれていたのは、産業再編でもリストラ促進でもない 統合が実現過程に入ってから次第に認識されるようになったが、 実質的な減資 ( 償却 などのために資本を減少させる会計措置 ) こそ、統合の隠れた狙いだった。 実質的な減資と改正商法の活用 二つの企業が合併すると、資本金に重複が発生して、その差額分は差益として活用
110 メガハンク再編の隠れた狙い 政府が九八年に策定したのが「金融機能の早期健全化のための緊急措置に関する法 律ーだ。一般には「早期健全化法ーと呼ばれている同法の第一条には、その目的が次 のように規定されている 「この法律は我が国の金融システムに対する内外の信頼を回復することが現下の喫緊 の課題であることにかんがみ、金融機関等の不良債権の処理を速やかに進めるととも に、金融機関等の資本の増強に関する緊急措置の制度を設けること等により我が国の 金融機能の早期健全化を図り、もって我が国の金融システムの再構築と我が国の経済 の活性化に資することを目的とする」 邦銀の経営実態に対する海外市場の不信感を解消するとともに、国内で問題化して いた銀行の貸し渋りを改善することを目的として掲げた同法に基づいて、政府が九九 年三月に実施したのが、大手銀行向けの公的資金注入である。大手銀行べースで総額
そうとはいえない。なぜならば、私的整理のガイドラインの手続きは、当該企業の申 請によって始まるからだ。その手続き開始が間違っているというわけではなく、その 企業が置かれている債務者区分が厳格化されない限り、企業には自らに外科手術的な 企業分割などを課す私的整理に踏み出すだけのインセンテイプが生まれないと考えら れる。 このように、銀行の自己査定↓債務者区分↓貸倒引当金の妥当性という問題に一石 を投じたのがマイカルの倒産だったが、同じタイミングで、もうひとっ波紋を投げか けるものが出現した。ある金融コンサルタントが作成したとされる「問題企業三〇社 混 リスト」 (g&) である。本人は否定しているが、自民党などでこの人物が講演した際 初の資料や議事録からみる限り、「三〇社リスト」的な資料は存在するし、そうした企業 一一群の問題を解決すれば、わが国の不良債権問題も片づくという論法をこの人物が繰り 〇広げていることは間違いない しかも、リストの中にはマイカルと思しき企業が盛り込まれていたことから、リス 章 トは一挙に破綻予備軍リストのように扱われはじめてしまった。そして、それらの企 第 業群を法的整理や私的整理で片づければ、不良債権処理問題は大躍進するという発想 が政府部内では強まった。効果は期待できるとはいえ、政策的な発想としては相当に
てそれで問題が解消するわけではない。不良債権処理を加速化させる契機にはなった が、それで一挙に問題が解決できるというほど、この国が抱えた金融構造の問題は単 純ではない。 公的資金再注入で銀行は準国有化 もっとも、そうした経緯もあって、最終処理のスキ 1 ムの整備は図られた ( 朧 5 激 齠の図参照 ) 。たとえば、 *(-)0 ( 整理回収機構 ) による不良債権の買い取りと企業再 混 生策はそのひとっといえる。しかし、問題なのは、 *00 という組織が企業再生まで 初の業務を背負い切れるかどうかだ 年 はこれまでも不良債権の買い取りを行ってきている。これは、「金融機能の再 〇生のための緊急措置に関する法律」 ( 通称、金融再生法 ) 第五三条で規定された業務で あり、買い取りの細目は表のようになっている。現実的には、による不良債権 章 ( の表参照 ) 。 の買い取りはきわめて厳格といっていい 第 二〇〇一年九月に政府がまとめた「改革先行プログラムーには、 XO(-) による不良 債権買い取りの価格弾力化が謳われているが、「国家的な不良債権飛ばし」という批判