ふかこうりよく だから余計、気をつけてはいる。気をつけてはいるが、不可抗力の場合がある。そんなとき いさぎよ は、潔くあきらめるしかないか : で、空閑さんは : ・ もう一度、グラウンドを見回してみる。練習試合の割には、一般の観客もそこそこいるの で、もし空閑が見に来てくれていても、簡単には見つけられそうにない。 彼にいいプレーを見せたいわけではないが、今はもう、ひ弱で反抗ばかりしていた小学生し ゃないのだと、知って欲しい気がした。あんたと会わないうちに、俺だって成長したんだと、 示してやりたかった。 まあ、だからどうってわけじゃないんだけど。 ないんだけど、少しは「かっこいいな ! 」と言われてみたい気がしたのだ。 「しつかし、来ねえな」 ちょっとがっかりだ。来るかどうかわからないなら、来るなんて言わなきゃいいのに。それ 色 に期待してしまった自分も、バカみたいではないか。 外 期待、なんか、そんなにしてねえけど。 ん 自分自身に強がったって、大した意味はないのだが、何となく心の中で呟いてしまう大地で ち ある。 試合開始は十時。それまでにアップを終わらせ、体を温めておく。が、湿度の高いこの季
じらい 一転して、大地の顔が不機嫌そうになる。どうやら、その話題は地雷らしい 「この前の、試合の時のことが関わってる ? 」 つぐ ハカ正直な大地は「違う」と一言えすに口を噤んだ。 「病院でもきっと、嫌な思いをしたんだろう」 「別に 「だから、行かない方かいいって言ったのに」 大地の顔が、ますます不機嫌そうになっていく。 う。違うと言えすに、大地はだんまりを続ける。 「でも、まだ何かあるんだ ? 」 「第三者に言っちゃった方が、楽になるかもしれないよ ? 」 このとき空閑は、ちょっとカウンセラーみたいな気持ちでいたのかもしれない。しかし、あ 色 しろ、フと の くまでも素人なので、相手の嫌がることをチクチクと刺激していることに気づかない んや、気づいていたのだが、やめられなかった。 うみ 引膿を出してしまった方が楽になるー空閑は、そう思っていたからだ。 「サッカーが」 大地が口を開いたのを、おや ? と思いながら彼を見つめる。大地の眉間にはしわが寄って 181 かか ずぼし 空閑の一言うことか、いちいち図星なのだろ
「今日の試合、見に来てくれて、ありがとう」 一応、これだけは言わなくてはと思った言葉を、ようやくのことでロにした。すると空閑 て は、照れたような口調で、 と言って、電話を切った。彼のその言葉には、不思議と温かみがある。普通だったら、怒っ ていいはずの言葉なのに、だ。 空閑さんと、友達になっちゃったよ。 大地は、携帯を見つめながら、そう思った。そう思ったら、胸の奧がジワッと温かくなって きた。そして徐々に、その温度が上がっていく。 きゅうけい 彼らはもしかしたら、空 試合のあと、休憩中に話していたのは誰だと、友人達に訊かれた。 , 閑が連れてきた女性の方に興味があったのかもしれない。 兄貴の友達、と答えたら、「ふええー、男なのにきれいな人もいるんだなあ」という言葉が 色 返ってきた。どうやら彼らは、空閑のことを言っていたらしい 外空閑がきれいなのは、今に始まったことしゃない。大地が小学生の頃から、あの笑顔はきれ いで優しそうだった。性格は、かなりおおざっぱだが。 ち それなのに、たった今、直接の友達に昇格してしまった。何だか嬉しい。そして、ちょっと だけ誇らしい
かる反面、非常に恐くもある。脚本家当人が目の前にいるとは気づいていないから、厳しい意 見も言いたい放題だ。 書く側の空閑が気づかないところに、大地はチェックを入れる。それは、脚本のせいではな く、俳優の演技の問題であることもあるのだが、時々はなるはどと思わされる。広い意味で言 えは、ためになる。 ( し力ないし、あと数回でこのドラマも終わりに 毎回、大地の意見を反映させてやるわけにま ) 、 なってしまう。なので、主人公にもそれなりの決着をつけさせなくてはならないだろう。 『夏休み中にさーー』 『試合あるんだよ。部活では、一応引退試合みたいなやつ。 : : : 来る ? 』 たいてい めずら 大地から試合に誘ってくれるなんて、珍しい。大抵は、そろそろ試合があるんしゃないかと 空閑が訊いて、大地から情報を引き出しているのだ。ちょっと嬉しくなってしまうではない 色 川「行くに決まってんだろ」 何度か彼の試合を見に行くうちに、ルールもわかってきたので、友人を連れて行かなくても ち よくなってきた。ひとりで行けるのはかなり気楽だ。第一、伊佐を連れてきた日には、うるさ 四くてかなわない。すっかり大地ファンになってしまったのだから。 きび
夜枠とはいえ、電波はただではない。それをこうして、ワンクール分任せてもらっているの まっと だ。ど、つやら、その期間を全、つすることはできるらしい。 この番組の脚本を書いてきた間にも、他に書きたいことが出てきたので、コッコッとメモを 書き溜めている。いっか時間ができたら、ちゃんとした脚本にしたいと思っている。 こんな風に、自分が何かを形に残せるとは、空閑は思っていなかった。それが少し嬉しく誇 らしい 今では、一番最初に空閑に声をかけてくれた友人に感謝している。彼は今でも、自主映画を 作っているのだろうか。もし作っているのだったら、いっかまた参加させてもらいたいと思っ ている。 何事もそっなくできて、そこそこの努力で今までの人生来てしまった空閑にとって、脚本を 書くということは、案外努力と忍耐が必要で、書けないときの苦しさも味わう羽目になった。 だが、今ではそれすらも少し楽しいのだ。 の「俺、ちょっとマゾかも : : : 」 そんな風に思ってしまう今日この頃である。 ん 「大地、チューターが好きなんだ」 ち はんすう 言葉に出して、先刻の気持ちを反芻する。嬉しい気持ちと、照れくさい気持ち。主人公を好 きなのは、多分、大地の性格が素直だからだろう。そんな見方も、大地らしいなあと思ってし
だからといって、設定を考えるのも、そんなに簡単ではない。 そう、先刻のドラマの脚本は、この空閑が書いているのである。 初めは、高校三年の時に、自主映画を撮っている友人をちょっと手伝ったことから始まっ もともと文章は書いていたが、人に見せる『脚本』という形で書いたのは初めてだった。彼 らが、創った作品を自主映画祭のひとつに申し込んだときに、空閑の脚本で脚本賞を受けたの である。 そのときの審査員のひとりだったテレビ局のプロデューサーから、今回の話を打診されたの いくらか先までは決まっていたの だ。もちろん、すぐに、ということではなかった。番組も、 で、一年後、という約束で引き受けた。 それから何度か彼と会い、内容を相談しながら脚本を書いた。 週に一度の三十分番組。長さと速さが擱めす、最初の頃はずいぶんと書きためた。最近で いは、ようやくのことでコツが擱めてきたので、何とかうまくやっていっている。 外空閑が一浪したのは、この脚本が原因でもある。 めずら 勉強よりも、こちらを優先したくなってしまったのだ。それくらい、珍しく空閑が打ち込ん ち だものでもある。 大地が好きだと言ってくれたドラマー何だかそれが、嬉しい。俳優がどうとか、内容の具 つく
れるとは思わなかったので、大地はついニャニヤしてしまったほどだ。 ・ : 別人だな。声変わりまでしちゃって : : : 』 『 : : : 大地 ? マジで ? ふう そんな風に言っていた。彼は、小学生の大地の記憶しかなかっただろうから、その成長ぶり に驚いたのだろう。今では、目線が逆転している。大地が彼を見下ろす立場になったのだ。 空閑はあまり変わっていなかった。もちろん大地も、中学生の時の彼しか知らなかったが、 あれ以来、身長もそんなに伸びた様子でもなかったし、ルックスも大きく変わった感しはしな かった。 あせ 空閑は、大地に追い越されるという焦りでもあったのだろうか。 『お前、はんっとに別人みたいになったな』 と言った。少し笑ってしまったが、もし彼の目にそう映ったのだったら、少しは大地も成長 したとい、つことたろ、つ。 うら 背が小さくてひ弱で、扉の陰から恨めしげに彼を見ていた小学生ではないのだ。コンプレッ かたまり 物クスの塊で、理由もなく空閑に反抗していた彼でもない。 外今は、精神的に成長したと思っているし、もちろん身体的にも成長している。 つら 辛い練習が、大地の心を成長させてくれた。そして、身体的な成長は、心に余裕さえ与えて ち くれるようになった。 うれ だから、空閑と対等な目線で会話をすることができる。そんな自分がちょっと嬉しく、ちょ
あっか っや 何に参ったのか自分でもわからなかったが、空閑は心の中で呟いた。自分は、彼をガキ扱い したいのだが、現実が許してくれない。年上の男である空閑としては、ちょっと立っ瀬がない なあ、などと思ったのだ。 その後しばらく、大地は戻ってこなかった。あの汗を思ったら、シャワーでも浴びているの せいとん だろうと予測できた。手持ちぶさたで、室内を見回す。相変わらす整頓してあるようで、雑多 なものがごちやごちゃと置いてある彼の部屋。そして空閑は、それを見つけた。 すみ サッカーの月刊誌の最新号が、部屋の隅に放り投げてあった。普段の大地だったら、そんな ことはあり得ないことだ。拾い上げると、中のページがグシャグシャになっている。引きちぎ られているべージもある。 ふう 言葉が出なかった。彼の大切なものを、なぜこんな風にするのか : : : 。大地の精神は、田 5 っ 色た以上に追いつめられているのかもしれない。先日の接触事故以来、彼の内側がかなりポロポ の 口になっているのだ。 ん見えないところで、大地が荒れている。他人に何も言わす、それに耐えようとしている大地 引を思って、たまらない気持ちになった。だが、彼自身が手を伸ばさない限り、空閑は彼を引き 上げてやれない。彼が必死で隠しているものを、無理矢理に暴くことはできない。 きようじ 空閑は、大地の矜持を、守ってやりたいのだ 175