色 の 川大地が、最近ちょっと生意気だーと、空閑は思う。あのちっちやかった小学生が、サッカ ーについて熱く語ったりするのだ。そして、サッカー推薦の入学を断って、自力で高校に入る ち などと一一 = ロ、つ。 「十五のくせに : うな 珍しく、空閑が唸った。 「な、何 ? 」 「お前、ちっと甘いぞ。サッカーの名門校って、倍率も高いところとか多いんじゃないのか ? そんなにのんびりしてて、本当に大丈夫 ? 」 空閑に言われて、大地は黙り込んでしまった。確かに、今まであまりにも楽観的過ぎたかも しれない。 いくら、ちゃんとやればい ) し成績が取れるとはいえ、受験戦争なのである。そこそ こでは、入りたいところにも入れないかもしれない だんだん不安になってきた。そんな瞳で空閑を見返すと、彼は苦笑しながら「がんはれ」と 無責任に応援してくれる。 「そりや、がんばるけどさ : わら 情けない声で返した大地に、空閑は微笑っただけだった。
「さっきも言ったように、空閑君の作品はとても気に入っているんだけどね。でも最近、ちょ っと迷いがあるのかな ? 」 「ど、つい、つことですか ? 」 空閑が、視線を上げた。ちょっと険が走ってしまったかもしれないと反省したが、それも一 瞬のことで表情をいつものそれに戻す。 「作風、変わってないかい ? 」 「そうですか ? 自分では気づきませんね」 険しい口調にならないように注意して、首をかしげる。こうすると、視覚的なものに助けら れて、攻撃的な印象が和らげられる。 「恋でもしてるのかなあ、とかね」 まさか、そんなことを言われるとは夢にも思わなかった。第一、空閑の作品には、そんな甘 かいむ 色い感情は皆無だ。恋愛の話があったとしても、デフォルメした、ちょっと不思議な恋愛を全体 の のエッセンスにちょっと入れてみるだけだ。 それなのに ? ん 笑い飛はそうとしたとたん、空閑の脳裏に大地の顔が浮かんだ。彼とのキスを、思い出して しまった。自分にとっては驚きでしかなかったあの出来事を : うかっ 迂闊なことに空閑は、そのとき表情を強ばらせてしまった。なので、正面にいる男にも、何 119 やわ けん 3 だ こわ
だが、プロデューサーの意見はちょっと違う。 『きれい事しゃないんだよね』 そう言うのだ。 『昼間やゴールデンじゃないんだから、そんなきれい事ばかり並べ たドラマはいらないの。む しろ、この時間帯だからこそできる、実験的なことも試してみたいわけ。空閑くんもそう思わ ない ? 』 なるほど、と思った。確かに、その時間は視聴率を気にする時間帯でもないだろう。だとし うんぬん たら、視聴率云々とプレッシャーをかけられることもなく、ある程度自由な番組作りができる というわけだ。 彼の一『〔うことももっともだったし、それならもっと輪をかけて奇天烈な内容でも、彼も首を 横には振らないだろうと考えたのだ。 ストリートファイトあり、涙と笑いあり、そして最後にちょっとしんみり、というのかいっ ものパターンだが、今回はストリートファイトの部分に力を入れた。涙と笑いは、いつもほど ではない。そのかわりに、最後のしんみりの部分がきいてくる。特にこんな作りは、体育会系 の大地は好きだろうと、ちょっと田 5 った。 第一の視聴者は大地ー・ーそれを思い浮かべながら、脚本を書いた。視聴者が喜ぶものという よりは、大地が喜ぶものを書きたかった。それが、今回のものに反映されている。
『あ、今鼻で笑ったか ? 確かに俺、サッカーのこと詳しくわからねえけど、大地のプレーが 他の奴らと恪段の違いがあるってのはわかったぞ ? 』 ちやか こういう場合、ありがとうと一一一口うべきなのだろうか。それとも、茶化すべきところなのだろ 『だから、また試合があるときには、絶対に連絡入れろよ』 「うん・ : ・ : あの人も来るの ? 」 ろこっ 思わす、そんなことを訊いてしまった。ちょっと露骨な訊き方だなあと思ったが、空閑は別 の意味に取ったようだ。 『伊佐に興味あるのか ? あいつはやめとけ、性格ががさつだ』 がさつなあんたが、それを一一一一口うか ? ちょっとあきれてしまった。そして、ちょっと笑った。 「興味あるわけしゃないけどさ。あの人、空閑さんの彼女 ? 訊くときに、必要以上に特別なニュアンスが含まれないように注意した。電話の時には特 こわね 外に、声音は重要だ。 しかし空閑は、まったく同し口調で「はあ ? 」と言った。 ち 『あいつが ? まさかだろ。友達としてはいけてる方だけど、彼女にするんだったら、全然範 ちゅ、つ力い 疇外』 やっ くわ だいち はん
くず 『試合、残念だったな。調子崩した ? 』 おちい 試合が終わったその日の夜、空閑が電話をよこした。部屋で、自己嫌悪に陥っているところ ヾ , 」っ、」 0 「うん、ちょっと」 具体的な理由はよくわからなかったが、間接的な理由はあんただよ。 かんべき がまん そう言いたいのを、グッと我慢した。第一これは、空閑にしてみれば完璧な言いがかりであ 『また、試合あるの ? 』 「しはらくはない」 『そっか。俺、今日の試合観て、何かちょっと感動した』 しところは見せられなかったは フッと笑ってしまった。そんなに感動してもらえるほど、い、 ずなのに。それが聞こえたのか、空閑がムッとしたような声を出す。 る。
まう空閑である。 「えーと : : : 勉強 ? 」 空閑の視線に気づいて、大地が言う。 「いや。今日は、ちょっと話でもしない ? 」 「何の ? 」 せけん ) いけど」 「世間話でも、何でもし 大地の視線は、何言ってんの ? とでも言いたそうなものだった。だが空閑は、 視線は気にならない。 「本当に、何でもいし 大地が訊いてきた。珍しい。彼は何か、空閑に訊きたいことでもありそうだ。 色 の ちょっと考えるそぶりを見せた大地は、グラスに注いだゥーロン茶を一気に飲み干すと、も んう一度注ぎ足した。 引「空閑さん自身のこと」 「俺 ? 」 「うん」 177 別にそんな
「ふうん。大地、あれ見てんのか」 電話を切った空閑は、ちょっと複雑な表情をしている。嬉しいのだが、素直に喜んでいいの かど、つかわからかい そんな表情だ。 「あの設定、最初はちょっと嫌われたんだけどな」 プロデューサーは、すんなりとを出してくれたわけではない。だが、深夜枠ということ で、実験的な内容も、 しいか、と考え直してくれた。 それでも、脚本がいつも簡単に通るわけではないし、ダメ出しが出ることもある。短い作品 では、大地とは持っている感想が違うとか : 『他には ? 』 今の話は、それでおしまいらしい 『サッカーは、続けてる ? 』 「うん。練習しないと、体なまるし」 大地が話しやすい会話から会話へ。空閑は、やつばり大人だと思う。
「バカにしてる ? 」 と、ちょっと感心してるところ』 『いや。そんなに好きなドラマなのか 本気かどうかもわからないが、大地は思わず真面目に受け答えた。 「まあ、結構好きかも。録画しても、どうせ見る時間ないからさ。だったら、ちょっとだけ休 憩兼ねて見ようかな、とか。一週間に一回だし , 『ふーん』 自分で話題を振ったにしては、何とも気のなさそうな返答だ。 『しゃあ、今晩も見る ? 』 「うん」 『見たら、感想教えてよ』 「何で ? 『何となく』 の空閑は、時々曖昧な話し方をする。それが彼の癖なのか、それとも、どうでも ) いるのか、大地にはわからない。だけど、素直に頷く ん 「わかった」 ち そのあとは、大した会話も交わさずに電話を切った。 一体あの人、何を話したかったんだろう ? まじめ しいと思って
そんなこんなで、前回のシリーズとはうってかわって、何だか落ち着かないにぎやかな話に なりそうです。でもいいの。ある意味、私の性格がよく表れるかもしれないです。 今回は、雑誌に彼らの出会い編を書き、その後からこの文庫に、という流れになっています ので、もし興味のある方は、雑誌コバルトも読んでくださると一一度楽しめますよ。 ぜひ っていうか、執筆時期がつながっていて、かなーり苦労したので、是非とも読んで欲しいで すー おやまだ 今回のイラストでお世話になるのは、、 山田あみさん。どうやら、超絶おにしい様子です が、しばらくの間、よろしくお願いいたします。 素敵な空閑と生意気かわいい大地がいい感しです。ラフ画を見てにんまり : 雑誌掲載のガキんちょ大地は、一見の価値がありますよっー あせ このお話は、ちょっと汗くさくて、ちょっとクール ( ? ) で、ちょっとしめつばくて、部分 的にややダークで、それなりにケダモノで、だけどほのほの、を目指しています。 しりめつれつ 自分で書いてみて、かなり支離滅裂なのに気がっきました。まとまるんでしようか : なまぐさ きまじめ そっちよく てんしんらんまん 体育会系の男の子の、生臭さと率直さと天真爛漫さと生真面目さ。文系男の、冷めた部分と あいはん と相反する熱い部分とか。 あ 多分、ひとりの人間の中に、みんないろいろな面を持っていると思うのですが、そんなもの しだい を書ければいいなあと思っている次第です。 が 0 0
174 「お化けなんて単語、久々に聞いたよ」 ムッとした。起き抜けの物 ( ( 」こま、相変わらす生意気だ。 「じゃあ、なんて言うんだよ ? 」 ゅうれい 「幽霊 ? 「たいして変わらねーじゃねーかよ」 「違うだろ」 たあい ふんいき 他愛のない会話で、ようやくいつもと同し雰囲気に戻ってきた。空閑はそれに、ちょっとホ ッとした。 「あっちい ・ : ちょっと、飲み物持ってくる」 「ああ、うん」 ドアを出て行く大地の背中が、汗でびっしよりと濡れていた。平気なふりを装っていたが、 やつばり彼は、うなされるほどの夢の内容を覚えているのではないだろうか : : : そんな気がし だがその一方で、いつもより彼の体臭が濃いことにも気づいていた。きっと汗のせいだ。不 というわけではない。ただ、妙に大地が男つばいことに、今更ながらに気づいたという感し ー参ったな。 しまさら