そんな一週間が続き、期末試験の時期になったとたんに、空閑は来なくなった。それもそう だろう。期間中は、それこそ第三者に気を配っている余裕なんかない。部屋にいられるだけで も、何となく落ち着かない 空閑は、大地のそんな気持ちを汲んでくれたのだろう。あるいは、自分も試験勉強をするた めに、家にこもっているのかもしれない。 と思ったら、夜の十一一時頃に電話がかかってきた。毎日ではないのだが、空閑が電話を よこすとしたらこの時間なので、すっかり大地にも心構えができてしまった。 『今日はどうだった ? 』 「わかったか ? 」 「わかった」 ふんいき 頷かなかったら、空閑はもう一一度と来ないとか言うところだったのだろう。そんな雰囲気が 伝わってきたので、大地も頷かざるを得なかった。 「しゃあ、勉強しよう」 につこりと笑った空閑の笑顔が、大地には何だか、エイリアンのそれに見えた。
126 空閑は肩をすくめただけで、何も言わなかった。 うんぬん くや 「まあ、仕事云々は冗談だから。ちょっと悔しくて言ってみただけ。こう見えても僕は、基本 的に公私混同はしない主義」 それは意外です。 思わす口を滑らせそうになったが、すんでのところで我慢した。 「恋愛云々は別にして、仕事のことは予定に入れておいてくれる ? 」 「わかりました」 八道が、さつばりした性格で助かる。ここでネチネチ言われたら、空閑は席を立っていたか もしれない。我慢も限度を超すと、かぶっている猫も吹っ飛ばしてしまうだろうから。 「でも君は : ・・ : 」 まだ何か言うのか、と視線を上げると、八道は今までとはちょっと違う視線で空閑を見つめ 返した。 「素直な恋愛はできにくいんだろうね」 それは、先刻の空閑の反応を見たから言っているのか、それとも、他のことから推測してい るのか。空閑にはわからなかったので、 「そうかもしれないですね」 と曖昧に同意した。
194 空閑はキスを拒まない。それは、今までのことから大地はわかっている。それならば、次の ステップに進むことも可能だろうかーー。唇の位置をすらし、彼の首筋にキスをする。空閑が あえ みみもと 耳許で、小さく喘ぐのを聞いた。大地の下腹に、熱い波が起こる。 「だ、大地っー 「え ? 」 もがく空閑に、知らないふりで答える。だが、空閑が動揺する理由はわかっていた。逃げら れないように大地がしつかりとホールドしている上に、密着させた下肢からは、大地の熱を感 し取っているのだから。 だが大地は、空閑の表情には、困惑と衝撃だけではなく、快感が混しっているのを読み取っ てしまった。その表情を見ながら、大地は、自分が空閑を欲しているのだと確信する。体は正 直だとも思った。 「 : : : でもさ、欲しいって気持ちと恋愛感情って、イコールだと思う ? 」 ふと言った大地の言葉に、空閑は表情を強ばらせ、力すくで体を引きはがすと、思い切り腕 を振り上げた。 ひま 避ける瑕もなかった。痛みより先に、衝撃が大地の頬を走る。キンと耳鳴りがした感しがあ り、そのあと頬に熱が生じた。 こわ ほお くびすじ
122 空閑は、心を落ち着けるように深呼吸をし、彼を見返した。 「つまり、何が言いたいんですか ? 」 「僕とっきあわない ? 」 : はい ? ・」 かなり遅れた、間抜けなタイミングだった。しかし八道は、悪びれた風もなく、もう一度繰 り返す。 「僕とっきあってみない ? と言った」 「あの、俺、男ですけど」 「そんなの、最初からわかってるよ」 はさ この業界には、案外そっち系の人もいる、と小耳に挟んだことがある。しかしそんなこと かか は、空閑にはあすかり知らぬことだったし、実際に関わり合いができるとも思っていなかった たぐ ので、聞き流していた類いの情報だ。 おうよう まじまじと見返してみるが、八道はにつこりと笑って鷹揚に構え、空閑の返答を待ってい る。色よい返事でももらえると思っているのだろうか ? 「あの : : : 」 「うん ? 」 「今まで気がっかなかったんですが、八道さんって、そっち系のひとですか ? 」 まぬ
108 は助かるのだが、相変わらす、相手の予定よりは、自分の予定中心で決める人だ。 どちらにしても、彼に飯でもおごってもらいながら、最終回の話を早く決めてしまった方が 。そして仕上げたら、しばらく彼とは一緒に仕事をしないでも済むかもしれない。 「それは、ちょっと楽かもしれない」 空閑は、もともとこういう付き合いは苦手な方ではなかったが、彼はちょっと苦手な部類に 入る。なぜなら彼は、空閑とキャラがかぶるからだ。つまり、人付き合いが表面的だがうま という点でだが。 相手が表面的につきあっているというのがわかってしまうのが、お互いに苦痛だ。それでも 今回は、仕事がらみだからあきらめているし、空閑もそこそこ大人だから、それに合わせてい る。 それに : あの馴れ馴れしさも、実は苦手なのだ。何か、下心があるように思えて仕方がない できれは自分の思い過ごしであって欲しいとは思うのだが、基本的に空閑は、いやな勘ぐり はど当たってしまうたちなのである。 かん
なぞ 空閑の話は、時々謎だ。話の方向も、彼のツポも、今ひとつわからないことがある。もっと も、これもジェネレーションギャップというやっか、と考えて、あえて追及しないことにして いくら大地に、彼と同い年の兄・栄がいるといっても、話題が百。ハーセント重なるなんてこ とはあり得ない 年齢が五歳違えば、それなりの意見なり考え方の違いも出てくるだろう。 「ま、とりあえす、あと少ししたら休憩か」 ぼっとう 大地は時計を見、ドラマの時間を確認して、再び勉強に没頭し始めた。 「大地、マジで見てくれるかな」 つぶや 空閑は、電話を切ってから、思わず呟いてしまった。 大地の好きなキャラクターである主人公を、いつにも増して大活躍させてしまった。プロデ きてれつ さらみが ューサーはおもしろがったが、内容の奇天烈さに更に磨きがかかってしまった。 「せつかくの近未来設定なんだから。あんまり地味しゃなくていいよ』 彼がそう言ってくれたからだ。 彼はずいぶんと空閑を買ってくれている。一体、自分の脚本のどこがそんなにいいのかと、
空閑の顔を見ないままで、大地が訊いた。自分の隣で、彼が体を強はらせるのがわかった。 彼とこの前キスしたのは、いつだっただろうか。最初は、目の前の唇に誘われた。一一度目は、 その感触を確認したくなった。 「大地はなんでそんなことしたがるわけ ? へだ 少し固い声のまま、空閑が訊いてくる。ェアコンの効いた室内で、数センチを隔てた体から は熱が伝わってきた。冷えた空気の中なので、余計に敏感に感し取ることができるのかもしれ 「なんでだろう : ・・ : 」 した 気持ちのいい感触。彼が拒むので、舌を入れた深いキスはできなかった。空閑のロの中は、 熱いだろうか。その舌は、どんな感触なのだろうーー。 めぐ 首を巡らせて空閑を見る。彼の顔は真横にあった。ひたりと当てられた大地の視線に、空閑 は身しろぎもしなかった。まるで何かにとらわれたかのように、しっと大地を見返してくる。 色 まっげまばた ふたえまぶた 側相変わらずの、くつきりとした一一重瞼と長い睫。瞬きを忘れたかのように、大地をしっと見て ひとみ んいる、茶色がかった瞳の 引吸い寄せられるように、唇を寄せた。空閑は、逃げもしなければ、瞼も閉しなかった。 接触するだけのキス。反応のない唇に焦れて、大地は舌を出してそっと舐めた。空閑の体が ピクリと揺れる。 161 こわ
「バカにしてる ? 」 と、ちょっと感心してるところ』 『いや。そんなに好きなドラマなのか 本気かどうかもわからないが、大地は思わず真面目に受け答えた。 「まあ、結構好きかも。録画しても、どうせ見る時間ないからさ。だったら、ちょっとだけ休 憩兼ねて見ようかな、とか。一週間に一回だし , 『ふーん』 自分で話題を振ったにしては、何とも気のなさそうな返答だ。 『しゃあ、今晩も見る ? 』 「うん」 『見たら、感想教えてよ』 「何で ? 『何となく』 の空閑は、時々曖昧な話し方をする。それが彼の癖なのか、それとも、どうでも ) いるのか、大地にはわからない。だけど、素直に頷く ん 「わかった」 ち そのあとは、大した会話も交わさずに電話を切った。 一体あの人、何を話したかったんだろう ? まじめ しいと思って
「本当に、兄貴いなくていいの ? うなず だいち 大地が言うが、空閑は一向に気にしない様子で頷いた。 。だ ) たい俺、大地に会いに来たんだし」 「全然平気 「うん。でも、さあ : : : 」 大地は、ちょっと困っていた。この年上の友人と、一体何を話題にしていいのかわからない のだ。電話で話をしていることを考えると、同し内容でいいのだろうと頭ではわかっている。 わかっているのだが : : : 目の前に彼がいると、何となく落ち着かない。 の「あれ、大地って、友達あんまり家に呼ばない主義 ? 」 外「呼ばない主義っていうかーーーあんまり、家に呼んでる時間、なかったから」 「あー、そうだろうな。サッカー小僧だもんな」 ものめずら 空閑は、初めて入る大地の部屋を、物珍しそうに見回している。 さかえ 大地の部屋も、兄の栄の部屋も、同じ広さーー六畳である。べッドも同じ。机も同じ。それ
いちばん外側の色 なのに : 「サイアク」 ふう ポソリとタオルの中に呟いた。一体何で自分は、こんな風にイライラしているのか、わから なかった。空閑が来てくれたのだから、本当だったらもうちょっと ) しいところを見せたかっ た。だけど、まったくそれどころではなかった。情けない話だ。 顔を上げると、遠くで空閑がこちらを見ているのがわかった。もしかしたら、途中で下げら れた大地を心配しているのかもしれない。 もう一度、盛大なため息をタオルの中に吐き出す。 「サイテー」 これ以上、彼にこんなところを見られたくないと思いながら、大地は、大きなタオルに深く 深く顔を埋めこんだ。