142 に実施した二人以上世帯対象の調査によると、一世帯平均の負債を除いた金融資産 ( 預貯金など ) は、世帯主が四十代だと二百八十万円だが、六十代では千九百万円に 達する。 「高齢者については、預貯金だけでなく、ローンをほば払い終えた住宅の資産価値も 大きい。そうした点も含め、他の若い世代より経済的に余裕のある人の消費にかかわ る市場がさらに拡大すると、企業は期待しているのです」 岸田さんによると、フィットネスやカラオケを含む高齢者向けの健康増進産業だけ をみても、市場規模は、昨年で、すでに三兆円に達している。 納得した二人は、高齢者向けの企業サービスを調べ直した。 東急スポーツオアシスは、九九年から一部店舗で高齢者向けの割引制度を導入、 は九八年に高齢者向けに旅行を提供する「ロイヤル倶楽部」という部署を設け た。カラオケ、携帯電話などの業界も高齢者市場開拓のために、ここ数年、割引制度 や新製品の導入を急いでいる。 「ナゾは解けた " ご。孝造と明日香は声をあげた。 「老人クラブの会員が減った理由は、元気な高齢者の増加だけではない」 「企業が懐の豊かな高齢者の顧客をより多く獲得しようと競い、結果的に、新たな仲
「こ、これは電子メールのアドレスだ ! インターネットの利用者なのか」 インターネット協会が監修した業界資料によると、二〇〇一年二月時点でネット利 用者の七・三 % は六十歳以上だった。同協会副理事長の国分明男さん ( ) を訪ねる と、「高齢者同士が電子メールなどで知り合い 会ってバーティーも開いている」と いう。高齢者に様々な情報や仲間づくりの場を提供する会員制ホームページは百前 後、会員は二万ー三万人に増えたとの推定もある。 の 孝造と明日香は顔を見合わせた。 「「仲間づくりの場はネットにまで広がっている。でも、なぜ最近 ? 」 変 ん 健康増進産業の市場規模は 3 兆円 二人が助けを求めたニッセイ基礎研究所の主任研究員、岸田宏司さん ( 菊 ) はズバ リ指摘した。 え「高齢社会の到来をみて、企業が関連市場の本格開拓に乗り出したんです。少子化で 章 若年層の人口が減る中で成長を続けるには、高齢者を顧客に取り込まなければいけな 第 いと気付いたのですね」 岸田さんは続けた。「企業の狙いは、高齢者の豊富な資産です」。旧総務庁が九九年
時間のゆとりが経済の効率化につながる 「日本経済全体への影響も調べましよう」 明日香は孝造と落ち合うと、東洋大学助教授の駒村康平さん ( ) を訪ねた。駒村 さんによると、高齢化で退職者などが増え、国民全体でみた " 可処分時間。が増えて いる。これは、仕事や睡眠などを除いた個人が自由に使える時間だ。 十五歳以上の国民一人の平均可処分時間は、九七年には、八〇年比で約四〇 % も増 キ シえ、一日当たり約六時間にもなっている。この時間のゆとりこそが、交通の利用時期 【一をなだらかにし、繁忙期の混雑を緩和するのに寄与しているという。つまり、高齢化 間で生まれた余裕が、混雑緩和を後押ししているというわけだ。 「さらに別の効果も期待できます」と駒村さんは指摘する。 「繁忙期以外でも、平日の交通料金を引き下げて高齢者の利用を促せば、休日の混雑 を抑えることができる。努力次第で、混雑緩和の効果を一段と高めることができま 章 第 「年金や医療など高齢化の問題点ばかりが強調されがちだけど、経済の効率化につな げる発想があってもいいですね」。探偵二人は、大きくうなずいた。
抗があります。話が合いにくいのです」 フィットネスクラブや電子メールで友人を見つける 二人は事務所に戻った。孝造は会員減少の理由に元気な高齢者の増加を挙げなが ら、「石川さんは、クラブの役員になった時の雑用が敬遠されると嘆いていました」 と付け加えた。 神田のご隠居は「だから、世話好きのわしを誘ったのかな」と納得した。だが、所 長はかたい表情のままだ。「元気な高齢者の増加はいまに始まったことではない。何 か別の理由を見落としている気がするそ」と、探偵二人を再び街に送り出した。 孝造はヒントを求めて、神奈川県海老名市に向かった。 会員増に熱心な老人クラプ「東建ゅうゆう会」の会長、早津袈裟雄さん ( れ ) は 「スポーツや旅行などで親ばくを深めていますが、それなら入会しなくてもという人 もいます」と明かした。 孝造はハッとした。「発想を変えよう。高齢者がクラブに入らずどこに行ったかが カギだ」。そう思いながら、東京に帰ると、明日香が待ち構えていた。 「先輩、ついて来て ! 」
「ええつ、電車利用の繁忙期を打ち消すほどの分散効果がある。その担い手は、一体 だれだ ? 」 そのころ、探偵、深津明日香は、東京駅前の旅行会社ニッコウトラベルにいた。カ ウンターでは、欧州旅行を計画中の女性四人組がパンフレットを広げて、楽しそうに 打ち合わせ中だった。 「当社では、空港や飛行機が混雑する八、十二月の旅行者が最も少なく、五、六月と 九ー十一月がピークです」。顧客サービス統括担当取締役の田上哲さん ( 町 ) の話に、 キ シ明日香は身を乗り出した。 ジ 「分散してますね。その担い手は」 の 間「うちの顧客は、大部分が高齢者の方なのです。そちらのお客様もみな六十代です まよ」。田上さんは説明した。 旅行会社が航空会社から仕入れる国際線航空券の値段は、繁忙期になると、閑散期 れ の三倍から四倍にも跳ね上がる。時間が比較的自由な高齢者は、当然、繁忙期を避け 章 る。ここ数年、年間約一万三千人が同社の海外旅行に参加しており、そのうち七割が 第 9 リ。ヒ 1 ーターたとい , つ。 「混雑緩和のカラクリが見えてきた。高齢者が流れを変えた可能性があるわ」
明日香は「なるはど。日本にあまりない傾向ね」とうなずき、資料に目を通した。 九〇年代後半の両国政府の調査によると、世帯主が六十五歳以上の持ち家世帯のうち 一年以内に転居を経験した割合は、米国の二・九 % に対し、日本は〇・七 % にとどま っ ? ) 0 「そうか。中古市場を整備すれば、日本の高齢者も持ち家を売りやすくなるのね」。 明日香が声をあげると、石川さんは指摘した。 2 「消費拡大にも役立ちます。私の試算では日本の高齢者世帯が米国並みのべ、ースで住 て み替えれば、消費増を通じて、名目国内総生産を〇・三 % 前後押し上げる わ 効果も期待できます。経済産業省も関心を持っていますよ」 ん 資産売却で消費も増やす余地 その足で経産省に行くと、調査課課長補佐の植杉威一郎さん ( ) はズバリ言っ え 3 「税制も工夫し高齢者のストック ( 不動産 ) をフロー ( 現金 ) に変えやすい仕組みを 整えれば、経済は活性化します」 植杉さんによると、日本人の遺産は、年間可処分所得の平均二十一倍で米国人は五
にある。一クラブの会員は、主に五十ー百人で、定年退職した六十歳以上の高齢者を 中心に趣味のサークルや社会福祉活動などを通じて仲間づくりを進めている。 「仲間づくりの場か。高齢化時代にこそ大事なんじゃないのか」。連合会を出た孝造 は資料を手につぶやいた。 厚生労働省によると、男性の平均寿命は、五五年に六十四歳だったのが、二〇〇〇 年は七十八歳。女性は八十五歳に延びた。総務省推計では、六十五歳以上人口は、二 の 〇〇一年八月で、二千二百六十万人だが、国立社会保障・人口問題研究所の中位推計 て 。では、二〇二一年には三千三百四十万人に達するとみている。 「皮肉にも長寿化が会員減の一因かもしれません」。孝造は東京・杉並区内の老人ク んラブをまとめる同区いきいきクラブ連合会副会長、石川幸雄さん ( ) の話に驚い っ ) 0 「どういう意味ですか」 え「六十歳くらいで老人と呼ばれるのを嫌がる元気な高齢者が増えたんです。それでう 章 ちも今春、老人クラブ連合会から改称したんですよ」 第 7 明日香は、日本総合研究所の主任研究員、結城千詠さん ( ) に連絡した。 「八十歳前後のべテラン会員が以前より増え、六十歳くらいの″若手〃だと入会に抵
高齢化は進むが老人クラブは減っている ? 豊かな懐を狙う企業が仲間づくりの場を提供 「調べてほしいことがあるんじゃ」。東京・神田のご隠居、古石鉄之介さんが事 務所にやってきた。「 町内の老人クラブが急に勧誘してきた。会員が減って困っ てるらしいんだが、妙じやろう ? 」。所長は「高齢者が増えているのに入会者が 減る。確かに不思議ですね」とうなずき、探偵、加江田孝造と深津明日香に調査 を命じた。 歳では「老人」と呼ばれるのを嫌う 「会員総数が減 0 たのは初めてです」。二人は、各地の老人クラブを統括する財団法 人の全国老人クラブ連合会を訪ねた。事務局長の兼子久さん ( ) が数字をみせてく れた。 - 会員数は一九九八年三月末の八百八十七万人を最高に、二年連続で前年を下回 った。クラブ数も減り、二〇〇〇年三月末で十三万三千六百になっている。 老人クラブは戦後、福祉関係者らの働きかけで相次ぎ誕生し、大半が連合会の傘下
140 連れて行かれたのは、フィットネスクラブを展開する東急スポーツオアシスの多摩 川店 ( 東京・大田 ) 。孝造は仰天した。 「白髪の高齢者が大勢 ! 機器で体を鍛えているそ」 その中の一人、市原晴夫さん ( ) は、三年前から通っている。「ここでたくさん の友人ができました。夜一緒に飲みに行くこともあります。老人クラブに入る必要は ありませんね」。同社全店の会員のうち六十歳以上の割合は、九七年三月末で九 % だ ったが、今年は一三 % に高まった。 孝造はひざを打った。 「そうか。民間企業のサービスだな ! 真相に迫りつつあるそ」 明日香は旅行のことも探ろうと、系のシンクタンク、ツーリズム・マーケテ イング研究所 ( 東京・中央 ) の資料を調べた。六十歳以上の海外旅行者数は、一一〇〇 〇年延べ二百五十万人で、九五年より四二 % 増えた ( 同期間に二十代は一・五 % 減 ) 。 代表取締役の前田和久さん ( ) によると、高齢者は個人でバック旅行を申し込むこ とが多一い 「旅行中に友人をつくり、次も一緒に旅する人もいますよ」 孝造はその間、市原さんの名刺を眺めて、重要な点に気付いた。
143 第 3 章えっ ! 実はこんなに変わってたの 間づくりの大きな場を提供しているんだわ」 報告を聞いた所長の目が光った。 「なるほど。高齢者市場は魅力的だ。ご隠居のような依頼人を増やせば、うちの事務 所の将来も明るいかもしれない」 すると、ご隠居が笑って言った。 「よしよし、友人を紹介しよう。ただし、料金は超割引でお願いしますそ」 ( 二〇〇一年九月二十三日 )