242 答えに窮した明日香と孝造は、三菱総合研究所主席研究員の長谷川恵一さんに助けを求 めた。「 建築基準法と確認申請制度が制度疲労を起こしていたからです」。法に沿って検査 する検査官の数が十分なら、欠陥はかなり防げるはずと長谷川さんはみる。 全国の住宅着工件数は年間約百二十万件。ところが、検査官は全国で千七百人程度しか いない。中間検査と完了検査を合わせ、一人毎日二軒ずつ検査してもとても追いっかな い。このため、一部地域では全体の二 % 程度しか検査が行われていないという。 「つまり、基準法はザル法で、制度自体が手抜き工事を助長していたわけですね。何と か、ならないんですかね」。 喫茶店で明日香と孝造が話しているところに、払太が現れた。 「現状を打破しようと、一一〇〇〇年四月に新法が施行された。住宅品質確保促進法だ」 新法が意図せざる手抜きを増やすことにも これは基準法とは別に、耐震性など九分野の評価基準を設定。建物完成時の性能を第三 者機関が確認、欠陥を未然に防ぐ仕組みだ。建設省 ( 現国土交通省 ) は「基準法の不備を 補い、欠陥住宅を減らす効果を期待している」 ( 住宅生産課 ) 。 「新法が機能すれば、欠陥住宅は減らせるのね」。明日香の目が輝いたが、払太が水を浴びせた。 「いや、どうも違うらしいんだ」
小選挙区制と密接な関係 道路を含めた建設工事全体の受注件数のうち、地方の中小業者の割合が九五年を境に上 昇している。 「選別発注は、九六年の衆院選挙から導入された小選挙区制度と密接な関係があるんです よ」と増田さんは説明する。 「小選挙区制では、きめ細かな選挙運動が求められますが、政治家は選挙地盤として大手 より中小建設業者に注目し始めているんです」 孝造も同様の証言を得た。 ある大手道路工事会社の社長 ( ) は打ち明ける。 「中小企業優先といっても、以前は工事場所と同じ都道府県内の企業であればよかった。 それが最近では、同じ市町村、さらには同じ地域の企業へと、発注が細分化している。政 治家の圧力が強まっている証拠です」 優遇措置のもとで中小を中心に全国の建設業者が増加、今春には六十万社を超えた。 「事業の分割↓中小の新規参入↓事業分割の増大、という悪循環を通じて無駄な投資が膨 らんでいるんですね」 事務所に戻った明日香は報告した。
千円でお酒とおつまみニ品 「一体全体、こんなに安い価格帯で利益は出るんですか。経営上、うまみは少ないんじゃ ありませんか」 アルコールの入った孝造の単刀直入な質問に同店を経営する「杉野」常務の佃吉純さん ( ) は、「とんでもない」と説明を始めた。 「商品によって原価はまちまちです。だから、お刺し身だけを注文されたりすると、少し つらい部分はあります。しかし、給料の増えないこの時代に千円でお酒とおつまみ二品が 頼めるのはこの界わいではここだけ。毎日でも来られると、サラリ ーマンにも大好評で す。お客の回転も良く、客数も多いから経営的には大丈夫なんですよ」。若い女性客も増 えているという。 翌日、孝造は何でもコンサルタントの垣根払太から「大阪にも似たような店がある」と 教えられた。そこで所長に出張許可をもらい、居酒屋「こがんこ」曽根崎本店を訪ねた。 「がんこフードサービス」が一九九九年秋からチェーン展開している店だ。 同店は約百種類の料理と飲み物がすべて三百八十円均一。もともとは同店の二階の売り 上げが、前年比六割減という危機的状況の中から飛び出した起死回生策だった。しかし、 あれよあれよという間に売り上げが伸びた。年内にさらに十店舗程度、同形態の店を出す
253 コラム がどの位いるか、その割合を示したものだ。 アンケートは、総務省が都道府県などを通じて委託した調査員が実施している。全国の四万世帯 ( 約十万人分 ) を訪問、同じ世帯に一一カ月間、調査票を配布する。月末の一週間に仕事をしたかど うか、職探しをしているかどうかなどを調べる。その結果をもとに全体の状況を推計する。 「なるほど。お役人が街角に立って数えているわけじゃないんだな」。孝造は納得した。 「失業率の定義にからんで、面白い話があるわ」。円子が二人に問題を出した。「失業率は不況の時 だけじゃなくて、景気が好転し始めた時期にも上昇することがあるのよ。なぜだか分かる ? 」 「えつ、景気が上向くときに ? 景気が上向けば、会社は人を雇おうとするから失業者は減るので は」。二人の探偵は考え込んでしまった。 「分かったわ ! 」。しばらくして明日香が手を打った。「景気が良くなりかけると、あきらめて中断 していた職探しを再開する人が出てくるからね」。円子がうなずいた。「そうなのよ。たとえば専業 主婦になっていた人たちが就職活動を始めたら、完全失業者が増えることになるの。働きたい人が 増えても、まだ企業も求人を増やしていないから職がない。それで一時的に失業が増えるわけよ」 「ところで」。孝造ががらんとした事務所を見回して言った。 「月末の一週間、事務所にいるだけで、仕事がない場合は失業者に数えるんですか ? 」 所長は渋い顔を新聞で隠した。
し、リフォームにはお金がかかりますから」 : 」と言いかけた払太に「多少引き下げても効果が全く無いんです」 「家賃を下げれば : と、あきらめ顔。現在は入居者募集も中断している。 「やはり、空き家を放置している家主がいるのか」。払太は帰り道、明日香に事情を説明 した。払太は事前に、千葉県内の賃貸住宅約三千室の仲介を任されているという寺村不動 産代表取締役の寺村俊彦さん ( ) を訪ねていた。 寺村さんは「空室が出て、すぐに新しい入居者が決まるアバート・マンションは全体の 新二割程度。八割は空室が恒常化していて、入居者募集をあきらめてしまう家主さんもいま 本 す」と話していた。 の 中 の 家主の経営努力が足りない ? コ フ「ちょっと待って ! 」。明日香がバッグから、先日入手した一枚のグラフを取り出した。 の それは入居者募集のために仲介業者に登録された「賃貸物件登録数」。昨年後半から伸び あ 率の低下傾向が目立っている。 章 「なるほど。空室増でも下がらない家賃のカラクリが見えてきたわ」 第 明日香と払太は急いで、賃貸住宅などの資産管理の相談を受けているタクトコンサルテ イング ( 東京都港区 ) の社長で税理士の本郷尚さん ( ) を訪ねた。本郷さんは「原因は
が下がってないから不思議なのよ」 明日香は賃料相場の実態を確かめようと、住宅情報提供会社のアットホーム ( 東京都大 田区 ) を訪ねた。同社は首都圏の一万件以上の取引データを毎月集計している。 広報担当部長の岩田紀子さんがデータの束を見せてくれた。 「長い目で見ると、確かに神奈川、千葉、埼玉の周辺三県でも賃料に大きな変化は起きて いませんね」 「郊外でも人気物件と不人気物件があり、家賃の上昇・下落が相殺されたのかもしれませ 経んよ」。岩田さんの推理にうなずきかけた明日香だが、「空室が増えているようなのに 本 : 」という友人の一一一 = 口を、ふと思い出した。 中「賃貸住宅全体の空室率が増えているということは、供給が需要を上回り、その差が拡大 していること。それなら、家賃は当然、下がるはずよね。空室率の上昇って本当かしら」 コ フ の 賃貸物件の八割が空室恒常化 あ 住宅の空室率は総務庁 ( 現総務省 ) が調査しているが、実施は五年ごとだ ( 直近では一 章 九九八年 ) 。明海大学不動産学部教授の伊豆宏さん ( れ ) は、これをベースに、毎年の借 第 家の空室率を独自に推計している。 「空室率は、全国的にほば一本調子で上昇しています」
側が希望小売価格を付けないケースが増えてきたんですよ」。そう言って日野さんは売り 場に戻った。 「ふーん、オープン価格には市場実勢が反映しているわけか」。孝造は大がかりな調査に なりそうだと判断、後輩の探偵、深津明日香に応援を求めた。明日香は全国家庭電気製品 公正取引協議会 ( 東京・虎ノ門 ) で、価格種類別の商品調査のデータを調べた。 「へえ」。明日香は思わず吐息をもらした。一九九八年には、オープン価格で売られる商 品は、家電全体の四五・五 % に達している。 済「しかし、消費者にとって希望小売価格付きの商品が減るのは不便じゃないのかな」。不 本 満顔の孝造に、明日香が一枚の書類を渡した。「これをみて下さい」 の 博報堂生活総合研究所が二〇〇〇年に実施した調査で一九・二 % の消費者がオープン価 コ 格への不満を訴えた。「実際に店頭に行くか、小売店に聞かない限り価格が分からない」 フ「国ロ宀女かど ) , つか韵・断しにノ、い」 など評判が悪い。消費科学連合会副会長の犬伏由利子 さんも違和感を覚えるという。 あ「何か価格の目安があった方が消費者に親切ですね」 章 第 安売りイメージができるとなかなか払拭できない 「やつばりな。しかし、なぜ、評判の芳しくないものが増え続けているんだろう」。孝造
敏腕探偵は現場を大事にします。犯人の痕跡、事件の状況を繰り返し眺め、考えること で、新たな手がかり、推理のきっかけがっかめます。探偵はます、現場に急行。よく観察 し、丹念に証拠を集める。さらに、何度も現場に通ってナゾに迫るのです。「オープン価 格の " 正体巳では、家電量販店やメーカーに日参、新しい仕組みがなぜ導入されたのか。 その本当の理由に肉薄しています。 その四データが肝心 経済を知るには、やはり数字がものをいいます。商品の販売量や子どもの教育費などが 急に増えたり、減ったりしたら、そこには何か理由があるはずです。統計数字を集め、比 較し、分析することで、意外な事実が見えてきます。ここでエコノ探偵は本領を発揮しま す。「フリーター急増」のナゾに挑んだ探偵は、雇用・労働関係の統計データを丁寧に調 べることで、 . 通説とは全く違う構造変化を探り出しました。 その五物事には両面ある 物事にはプラスとマイナスの二面があるものです。経済の動きも同じ。一面だけ見てい ては、大きな流れ、全体的な変化を見過ごしかねません。統計データを重視するのと一 見、矛盾するようですが、同じデータが見方によって違う意味を持っこともあります。 ランスを考え、何が問題の本質かを見抜く眼力が必要です。「デフレってホント ? 」で、 探偵は物価の変化を示す数字が、計算方法や読み方によって、異なる判断材料に成り得る
同庁総務課調査室の総括班長、伊藤公一一さんが代わりに答えた。 「保証枠を使い切り、新たな資金調達ができなくなった企業もあるでしよう。ただ、販売 不振などによる不況型倒産の割合が二月は七五 % まで上昇したことは要注意です。国内総 生産は九九年十ー十二月期まで二期連続の前期比マイナス。明るさがみえた景 気がすぐ踊り場に差しかかり、秋になってカ尽きた企業が増えたとも考えられます」 明日香は住友生命総合研究所の主任研究員、霧島和孝さんに意見を聞いた。霧島さんの 見方は批判的だった。 必「制度を使った中小企業は全体の約五分の一。必要な企業はすでに利用済みだし、主な効 果は延命に過ぎなかった。政府はこの制度を来年三月まで延長、審査も厳しくするという はが、それよりも新たな企業を生み出すことに力を入れるべきです」 黒全体的な倒産の状況を聞くため、明日香は民間信用調査機関の帝国データバンクを訪ね た。情報取材課長の中森貴和さんは「倒産増の一因は一一年目に入った特別保証制度の効果 フが減退したことでしようね」と説明した。倒産件数に占める制度利用企業の割合は九九年 今年一月は二〇 % に近づいたという。 十月まで一五ー一六 % だったが、 章 負債一千万円以上の法人の倒産件数は特別保証制度が始まった直後の九八年十一月から 十二カ月連続で前年同月を下回った。だが、九九年十一月からは一転、四カ月連続で倒産 が増え、今年二月は五一 % 増の一千四百四十三件。倒産の多くは中小企業だ。
「他人との摩擦を嫌う傾向が強い団塊ジュニア世代に比べ、今の十代はもっと自己主張が 4 強く、し好もは 0 きりしています。こうした世代が今後、携帯電話だけでなく、全体の消 費を引っ張っていくことは十分考えられます」 明日香と真夏が事務所に戻ると、病み上がりの孝造が所長と話していた。 「私たちの世代が消費低迷の原因と見られているわ。何とかしなきや」 明日香が話しかけると、孝造がポツリと言った。 「しかし、たくさん買うのは難しいと思うよ」 「なぜですか」 真夏が不思議そうに尋ねると、円子が笑い出した。 「だって、あんなに狭い部屋じやモノが入らないわ」 ( 二〇〇〇年七月二十三日 )