「確かに同じ注射の料金がこんなに差があるのは変よね。どうして ? 」 事務所で明日香が先輩、加江田孝造と頭をひねっていると、何でもコンサルタントの垣 根払太が現れた。「君らは何にも知らんな」。ブップッ言いながら説明した。医療の大半は 公的医療保険の対象。だが、予防接種などの予防医療は保険の対象外で「自由診療」にな る。 「じゅうしんりよう ? 」。一一人はけげんな顔をした。 治療目的の投薬など保険対象の医療行為には、それそれ診療報酬が設定されている。一 方、原則、自由診療には費用の取り決めがなく、各医療機関が独自の金額を請求できる。 「子供の時の予防接種も自由診療かしら ? 」。明日香の問いに払太が答えた。かっては学 校での集団発生を防ぐため予防接種法で集団接種を実施、十五歳以下は公費負担だった。 たか、八割程度も接種率があったのに流行を阻止できなかった。その結果、批判が高ま り、九四年に任意接種、自己負担の自由診療に移行した。 所長がうなずいた。 「ふむ。効き目が不確かな注射に税金を使わないようにと、やめた。けっこうなことじゃ 章 よ、ゝよ 第力し、刀オ」 孝造が言った。 「しかし、自由にすれば、競争が起きて料金は下がるはずですよ。何かもっと深い事情が
二人は千葉県市川市に向かった。中野工務店社長、中野栄吉さんの話を聞くためだ。 「新法は中小にとって打撃になる」と顔を曇らせた。 とうた 新制度で、大手による中小工務店の淘汰が進むというのだ。地域の工務店がつくる住宅 と大手の住宅との間には平均二ー三割の価格差がある。高い性能評価を得るには費用がか さみ、価格差が縮小、顧客は大手に流れる。中野さんはむしろ、「経営環境が厳しくなる」 と嘆く。 しんじゃな 帰りの電車で、孝造が疑問を呈した。「しかし、それで性能が上がれば、、、 確かにそうですね」 しか」。明日香もうなすいた。「 二人は再び、広石さんの見方を聞くことにした。 「欠陥住宅は大手にも多いということを思い出してください。高い技術を持った良心的な 工務店まで駆逐された場合、業界全体のモラルダウンや技術水準の低下が進むのは必至な んですよ。その結果、かえって欠陥住宅を増やす恐れがあります」 「つまり新たな規制が意図せざる手抜きを増やすわけですか」 広石さんはうなずいた。明日香の表情が曇った。 章 事務所に帰ると、所長夫人、円子が明日香を慰めた。 「最近、家を建てる人のホームページ公開が急増してるの。ネット上に現場写真を流して 手抜きを監視するらしいわ。自己防衛が一番ということかしら」
1 10 初版と重版がほば半々でしたが、最近は重版比率が三割程度です」 後輩の探偵、深津明日香は出版科学研究所を訪れた。同研の推計では一九九九年のマン ガ単行本・雑誌の販売部数は十五億九千九十八万冊、販売額は五千三百四十三億円で、と もに前年比 , ハ % 減。部数は五年連続、金額は四年連続の前年割れだった。 「うーん。本当に落ち込んでるわ。確かに読者が離れたのかもしれない」。考え込む明日 香に研究員の寺島芳枝さんが答えてくれた。 「情報技術 (—e) の進歩が一因。大人はパソコン、学生や子供は携帯電話やテレビゲー ムに時間とお金をかけています」 探偵二人は情報交換した。 「で読者が減ったか。確かにすごい勢いで広がっているからな」 だが、明日香は異議を唱えた。「これをみて下さい」。 総務庁調査では九九年の一世帯当たり交通・通信支出 ( 一カ月平均 ) は前年比一・六 % 減少している。 「必ずしもマンガの代わりに、携帯などにお金を使っているとも言い切れません」 新古書店は定価のほほ半額 東京・原宿ーーー・。居酒屋を探していた孝造は見慣れない書店の前で足を止めた。入って
翌日、明日香の母親から、所長にお礼の電話がかかった。 「え、娘さんに悪い虫 ? 確かに、近くに酔 0 払いの頼りない虫がいます。でも、仕事の 内容、行動も十分監視してますから、ご安心下さい」 そばで聞いていた円子と払太が笑いをかみ殺した。 ( 二〇〇〇年十月八日 )
193 第 3 章デフレ不況黒幕ほどこにいる ? 「確かに、国民のためというより、政治家のために公共事業が利用されている感じがしま したね。政治には表と裏があり、抜本的な合理化は難しいかもしれません」 聞いた所長が珍しくやさしい言葉をかけた。 「やあ、ご苦労。よく調べたな」 恐縮する明日香に、所長夫人、円子がささやいた。 「時に厳しく、時にやさしく。アメとムチ。政治家の " 二つの顔〃みたいね。でも、違う の。昨日、競馬で大穴あててごきげんなのよ」 ( 二〇〇〇年九月十七日 )
286 に陥れる恐れがある。 「こんな処方せんしかないとは。帰り道、孝造は暗たんたる気持ちになった。 孝造は事務所に帰って報告した 「宮沢喜一財務相は『経済が回復ると、国民のみなさんに色々負担してもらわざるを得 ない』と言っていました。景気が復してくれば、増税が待っているかもしれません」 所長は激怒した。 「日本経済は崖つぶちに立たされいるようだ。なんで、こんな状態になるまで放ってお いたんだ。しかも、この危機的状、は国民にもはとんど知られていないときている。情報 を開示して、もっと詳しい実情をらせ、早く具体的な手を打つべきだな」 そこへ所長夫人の円子が帳簿をに入ってきた。 「確かに情報開示は大事ね。だけ。、 うちの経営内容は公開できないわよ」 明日香が聞いた。 「なぜですか ? 」 「そんなことしたら、すぐに仕事依頼が来なくなるわ。だって、うちの台所も崖つぶち に立ってるのよ」 ( 二〇〇〇年三月二十六日 )
増え続けるフリーター日本経済は大丈夫 ? 企業に居座る中高年が若者をはじき出す 小学校の同窓会に出た所長が恩師から相談を受けた。 「フリーターになる教え子が最近増えて心配しているなぜ定職に就かない のかね ? 」 確かに、ナゾですね早速調べてみましよう」。所長は事務所に戻ると、 探偵、加江田孝造にハッパをかけた。 「実態をつかむんだ。背後に日本経済の大きな変化があるような気がする 十年間で倍増し「三百四十万人」という見方も 所長が声をかけた。「彼女も連れていきなさい。夏休みを取 0 ている明日香の代わり だ」。現れた若い女性は大居夢子。恩師の教え子の一人でフリーターだ。「私、女優になり たいんです。お供しますよ。 " 業界。のことは多少知 0 てますから」。夢子は、につこりほ ほ笑んだ。
っている。つぶれるおそれのある企業などに貸すのと違って、相手が国なら安全だからだ。特に 郵便貯金は「安全・確実」な運用を求められるので、大量に買っている。郵貯にお金を預けると、 その何割かは国債に変わっている。つまり、間接的に国債を買っていることになる。 少年が不安げに聞いた。 「それで、いくら借金してるの ? 」 「国と地方の借金を国民の数で割ると、一人当たり五百万円ほどになるらしいよ」。孝造の答えに、 少年は目をむいた。 「ええつ、そんなに ! ちゃんと返してくれるのかな」 孝造は少年の肩をポンとたたいた。「僕たちが返すんだよ。国が借りたということは、言い換え れば、僕たち一人一人が借りているのと同じだからね」。少年が憤った。 「大人たちが勝手に借りたお金を、なんで僕たちが返さなきゃいけないの ! 」 孝造は言った。 「確かにそうだね。気持ちはわかるよ。まずは僕たち大人が少しでも借金を減らすように努力しな ム 「ふーん。それで思い出したけど、さっきアイスクリームを買うときに貸したお金、ちゃんと返し コてよね」
212 子供の教育費はなせ急に減った ? 高校・大学定員割れで「勉強しなくても楽々合格」 東京・神田の御隠居、古石鉄之介さんがやってきた 「家庭の教育費が減ってるそうじゃの。昔は生活に困っていても、教育には お金をかけたもんじゃった世の中変わったのかね」所長は探偵、加江田 孝造と深津明日香に調査を命じた 「日本は学歴社会と言われてきました。確かに、減っているのは妙ですね 早速、理由を探りましよう」 高校生の半分は「塾に通わず参考書も買わない」 「な、何だ」。事務所に近い老舗予備校、研数学館を訪れた孝造は驚いた。レンガ造り の門には「大正大学」の看板。財団法人・研数学館の理事長、片山正作さん ( ) は残念 そうだ。 「この春、廃業しました。校舎は一部、大学に貸しています」 「やはり異変は起きていた」
消費者物価指数 0 前月比 ( 季節調整済 ) ものではないからだ。 タ 「デフレ要因が増えたようには見えない。 8 時それなら、なぜ政府は急に判断を変えた か」。事務所に戻った孝造は頭を抱えた。 月 明日香が助言した。 年 「もう一度統計を調べたらどうかしら」 孝造は日本政策投資銀行の調査部副調査 役、宮永径さん ( ) を訪ねた。「実は物 価の判断を変えるだけの根拠に乏しいんで すよ」。「えつ」。孝造は目を見張った。 除 堺屋長官は前年比で〇・五 % 以上、下落 月 十 -1- すると機械的に評価を変えると説明、確か 同角 、下落幅は拡大傾向にある。しかし、こ 国 れはあくまで前年比。米国などでは季節に 全 よる数値のプレを調整したうえで、前月と 比べている。 宮永さんは物価の動きを前月比で示すグ LO 99 / 9 10 1 1