260 動作はけっこう乱暴。「プレーキは最初に強く踏むんだ」とでも言っているのか。よくわ からない。車を運転しながらだから、英語を頭で翻訳するのに骨が折れる。ただでさえ、 聞き取れない。 ロプの説明の半分くらいは、全く理解できなかった。 一一時間くらい、そうやって練習してから、やっとホテルに帰してもらった。マシン の初乗りから始まって運転教習と、いろんなことがあった一日。勇大はグッタリしてべッ ドに倒れ込み、そのまま寝てしまった。 その後、本格的なテスト・ランが始まる。コースは、ドニントンとペンプレイの二つの サーキット。特にペンプレイでのテストでは、走っているのが勇大一人で、しつくりみつ ヘンプレイでは、昨年のイギ ちりマシンの挙動を身体に覚え込ませることができた。。 リスのレースも行われている。そのときのポール・ポジションのタイムと比較すると、 条件は異なるものの、一秒くらいしか違わない。アランやメカニックのも「グッ グッド、と、今度は本気で喜んでくれる。勇大は、そのとき、イギリスに来てから、よう やく手応えらしいものをつかむことができた。日本で考えていた「カートも四輪も変わら ないさ」ということを、改めて確認できたような気がする。なんとなく、自信のようなも のがわいてきた。 勇大は、クリスマス前に帰国した。日本で年末年始を過ごしたあと、国際のライセン
282 十分楽しめると思う。カートの持っシンプルな構造ゆえのことである。 第一一に、高い安全性も見逃せない。路面すれすれに走っていくカートのスピード感は相 当なものだが、その低い地上高により、きわめて高い安全性も産み出している。オートバ イと同様、ドライバーはむき出しの状態であるが、転倒やマシン横転による事故ははとん どなく、オー ースピードでの走行でもスピンする程度である。 また、車両レギュレーション ( 規則 ) では、運転シート左右を囲む保護ポックスやリア 、ルール面・安全面を考慮した対策もなされている。 ノンハーなどの装着を義務付けており テレビ番組などで、芸能人対抗のレースが、よく放映されているが、これも高い安全性が あってこそのことだと思う。 そして最後は、最も手軽に体験・参加できるモータースポーツである点であろう。前述 したようにイニシャル及びランニングコストが安価なのは一一一一口うまでもないが、ライセンス 取得が比較的容易であったり、スポーツ ( 練習 ) 走行の際のカートコース走行にあたって は、事前の予約も必要なく、また、そのマシンのコンパクトさから、運搬や保管も容易で あるなど、カートならではのメリットは数多く存在する。 まだカートを体験されていない方は、ぜひ一度体験していただきたい。レンタルカート コースも年々増えてきており、さらに手軽に簡単に楽しめるようになってきた。コンパク トな車体であるが、そのパッケージが生むスピード感、ダイレクト感にやみつきになると
その後、一九七三年には、ヤマハ発動機株式会社により、「ヤマハレッドアロー o 100 ーが発売され、コースやライセンス普及活動といったソフトの拡充・整備を伴いな がら、より発展することとなる。 現在では、カートライセンス保有者が国内に約三万人強、レンタルカート専用コースを 含め、全国に約九十以上のカートコース ( サーキット ) があり、各地でスポーツ ( 練習 ) 走行やカートライセンス・スクール、そして白熱したレースが行われている。 た マシンについても基本的性能や安全性に関し、たゆまない開発・改良が進み、これまで 羽 の 2 サイクル空冷 100 0 のエンジンのほかに、最近ではオートバイのモトクロスマシ 界 世ンの水冷 12 5 0 0 や o エンジンを搭載した、よりエキサイティングなミッション ( ギア付き ) カートや、高まる環境問題・騒音問題への関心を考慮して、電動力ートや 4 ち た サイクルエンジンを搭載したカートなども出現してきている。 カートレースの特徴 出さて、ここでカートレースの特徴を少し説明させていただきたい。 まず第一に、ほかのモータースポーツと比較し、イニシャルコスト ( 初期投資額 ) 及び カ ランニングコストが安価なことがあげられよう。ワンメイククラスなどの初級者クラスで あれば、入門用マシンを約三十万円で買え、それこそ、それと同額くらいの年間コストで
て義務づけられ、タイヤも廉価な市販のものを使う。レース参加者の乗るカートが全部、 市販車だから、ライセンスを取得すれば、買ってきてすぐにレースに出ることができ る。だから、マシン性能に差が出にくく、レースをやる上であまり費用がかからないとい 、フことになる 初心者がカートに乗る上で、最も費用がかかる部分がランニングコストだ。だが、乗り 方にもよるが、タイヤにしても走行距離四百キロ程度は使えるし、エンジンにしても一一百 キロ前後でシリンダーまわり、次の二百キロ前後で全体をばらしてメンテナンスする以外、 特に消耗するというわけではない。 つまり市販車べースを使ってレースに出場してい る限り、資金力で差が出るということはあまりない。 だがレースの中でも、空冷 2 サイクルのエンジンはヤマハ製のまま、フレームがオ だ ープン、つまりヤマハ製に限らす外国製の性能の高いフレームを使うことが可能になる (-n 幻 ()n オープンから上になると、ガラッと話が変わってくる。例えば、このクラスの場合、イ ラタリア製などの輸入フレームにヤマハのエンジンをのせ、タイヤ、マフラーなどを完全に 一そろえると、ヤマハ製パッケージ・マシンよりも約一一十万円ほど高価。 オープンのさらに上、日本を七プロックに分けて開催されるナショナル・カップと 工 チ呼ばれる地方選手権からは、レースの主催もになる。ライセンスもの公認が 必要。が決める規格内であれば、どのエンジンをチューンナップして使ってもよく
かったものの一つだ。バックミラーを確認すると、エンジンの後ろにポールがしやがんで いるのが見える。電動スターターでエンジンを回すためだ。始動はドライバーが自力では できない。勇大は、人差し指を立ててクルリと回す。エンジン始動の合図だ。それを確認 したポーレが、 ノエンジンをかけた。機械的な歯車の音がして、エンジンがうなりを上げる。 同時に勇大はアクセルを踏んだ。踏みこむたびに、二千エンジンの回転数が上がる。 デジタルの回転計の液晶数字が、めまぐるしく変化した。初めてのマシン。「エンス トでもしたら笑いものだ」そうした想いが頭をかすめる。 まわりでアランたちが、じっと自分を見ているのがわかる。クラッチから、なかなか足 か離せない。「そうだ、シフトだ」あやうくニュートラルのまま、発進しようとするとこ ろだった。冷や汗がしっとり首筋を伝う。「出たとこ勝負だ」運を天にまかせてギアを口 ーに入れ、アクセルを踏み込みながらクラッチ・ペダルをゆっくりと戻した。だが、エン ジンが不規則な爆発を繰り返して、前進するのをゴネる。ちょっとノッキング気味に、車 」こ進み始めた。さらにアクセルを踏んで、確実にクラッチをつないでみる。 が徐々に前を マシンが猛然とダッシュした。ローのまま、グイグイ加速する。圧倒的なパワーだ。メ ーターを見る余裕などない。車をつけたりしたらことだ。自分が完璧にビビッているの がわかる。セカンドに上げる。やっとのことでステアリングをきる。どうしてもアクセル を全開にできない。雨で路面が濡れている。車を壊すのが恐ろしかった。
176 「たまには、整理してもいいんしゃないか ? 「うん、今度ね。なんか用 ? べッドで寝転がったまま、勇大が答えた。目はマンガ本を追ったままだ。太右衛門が、 少ししれったそうに足を組んだ。 「来年は、高一か」 「うん」 「こっちを向け。本を置いて。話がある」 仕方なく勇大が、ページを指で挟んだまま起きあがった。。ッド 壁に背中をもたせかける。 「なにかな」 「来年、七月にイタリアでジュニア・ワールド・カート選手権が開かれる。それに出ろ」 「イタリア ? 」 「そうだ。行くか ? 「行く。行きたい 「でな、三月に向こうでテストがある。マシン・テストだ。本番で乗るメルリンのスタッ フが練習につきあってくれる。それに行け」 「いいけど。でも、三月だったら : への上にあぐらをかいて、
178 いいんだ」 静かな口調だ。勇大の顔を見て、なだめるような動作で太右衛門が膝に手を置く。マン ガ本を放り出す。頭の中が混乱したまま、勇大が反論した。 「今年、エンジンが調子悪かったの、あれ、全部、僕のせいだよ。吉田さんが悪いんじゃ ない。僕がキャプの調整とかあんまりうまくないから、それで。関東ヤマハ・カップ、三 位に入ったじゃない ? 来年はぜったい、大丈夫だよ、杉山さんのところで」 「よく聞け、勇大。チームを変わるのは、マシン・トラブルなんかが理由じゃない 「だって」 「それが、理由しゃないんだ」 「じゃあ、なに」 「チームを変わるっていうのは、この世界しゃよくあることだ。それぞれにそれなりのわ けがある。理由があるから、チームを変わる。今度のは、将来、ヨーロッパでのレースに 出るために必要なことだ。タロックスには、社長の佐々木さんっていうのがいて、イタリ アに強いコネクションがある。来年、タロックスから g.«<< に出とけば、その先も見えるん 「でも。僕はまだ体力もないし、のタイヤにもついてけなかったし。今年だめだった のは、ほんとうに僕のせいだったんだ」
大は一一位キープのまま、進路をふさぐことができた。 雨で最悪のコンディション。その上、アクセルが戻らなくなるマシン・トラブル。勇大 はその状態で車をコントロールしつつ、最終ラップまで持ちこたえさせた。一一位を守り抜 いてゴール。ほんとうに久しぶりに感しる表彰台だ。予期しないアクシデントを乗り越え た充実感が、その喜びを倍増させた。雨の中、傘をさした太右衛門も、笑顔で手を叩いて くれている。 勇大は、なんだか、ちょっとだけ大人になったような気分がした。すっきりしないシー ノリーズの獲得ポイント ズンが、もう終わろうとしている。あと残すのは最終戦のみだ。、、 も、上位とはかなり差がついていた。最終戦で三位に入賞できたとしても、結局、十位前 か麦で終わるだろう。 だ彳 「来年こそは、初優勝、そして絶対にチャンピオンになってやる ! 」お立ち台の一一番目で 雨に濡れながら、勇大は固く胸に誓いをたてた。 フ カ 工 チ
210 後からコースに入り、練習走行を繰り返してセッティングに精を出す。橋本と勇大も、タ ロックスのショップがある東京・千駄木から水曜日の午後遅くに出発し、さっそく榛名に 向かった。 「橋本さん、こっちのキャプのほうが、榛名には合ってんしゃないですか ? どうして、 こっち使わないのかな」 練習走行を一休みした勇大が、昼食をとったあと、エンジンと格闘している橋本に近づ 手には、さっき取り外したばかりのキャプレターを持っている。 「ああ、それ。やつば、高速側の調整が難しいんだ。何度か試したんだけど、だめだと思 うよ」 「そうかなあ。もう一回、これで走ってもいいですか ? 」 「でも、もう新しいのを取り付けたし、これで走ってみてよ」 「いいすけど : 不満そうな表情を浮かべた勇大を見て、橋本は、またイタリアで影響されて帰ってきた なと感じた。これまで、ただ走るばかりで、マシン・セッティングについて、ロ出しをあ まりしなかった勇大の変身の理由はわかっている。日本のセッティングのやり方、もっと 一一一一口えば自分のセッティングについて不満があるのだろう。 確かにセッティング技術やメカニックのレベルでは、イタリアのチームも高いものを持
「カートってさ、歴史が浅いスポーツなんだよ、けっこう」 「いつ、始まったの ? 」 「最初は、戦後のアメリカで始められた。当時はゴーカートって言ってたそうだね。進駐 軍のたちが、最初にカートを持ち込んできた。それから日本のカートの歴史が始まっ たんだよ」 これから勇大をカートに乗せる以上、母親の自分にも一応その基本的な知識を持ってお いてもらいたいと思ったのだろう。太右衛門は、いっしかカートについて語り始めていた。 そうした夫の熱弁を聞くのは嫌いではない。もちろん息子がこれから飛び込んでいくかも しれない世界のことに、大きな興味もある。ひろ子も知らないうちに身を乗り出し、太右 衛門の説明に耳を傾け始めていた。 ま「でも、人気あるの ? カートって。テレビじゃ、がすごいプームだけど」 幻「か。モータースポーツって、テレビで見るのもそりや楽しいさ」 ラ諭すように太右衛門が、ゆっくりと頷い 一「でも、なんでもそうだけど、実際にやるほうがずーっと面白い。だけど誰もがすぐに 1 マシンに乗れるわけしゃない。お金もかかるし、第一、実力がない。とかっ 工 チ ていうラリーの世界選手権に出るには、それこそ世界のトッブドライバーたちと限られた シートを争わなきゃならないんだよ」