「驚いたあ、。俺、殴っちゃった。蹴っちゃったあ、」 外は 9 月の風の中。 スキップ踏みながら、公平は人波の中を駆け抜ける。 まだドキドキが治まらない。 でも、この手が、本当に見も知らぬ男をはり倒した。 だって、頭にきたから。女に間違われて怒らない男はいないから。 自然に出てしまった手は、でも、あの丈夫そうな男には蚊が刺したほどにしか感じなかった ろうけど、公平にとっては偉大な一歩 : : : 、いや一発だった。 暴力恐怖症の公平が、今まで自分から誰かを殴るなんてこともできなかった公平が、見事に 顔面。ハンチを決めたあと、キン蹴りの大サービスまでかましてしまったー 「おおつ、。俺もやつば男ゃん、 ! 」 むせ 子両手をガッツと握り締めて、感涙に咽ぶ公平ちゃん。 虐待に震えていた小さな子供はもういない。 ン もうすでに過去のこと。 ホントにもういつの間にか、この程度のことになっていた。 ぎやくたい
2 年生の生徒会書記、津森透である。 「お前もミー ハーだな」 「いやあ、男でも女でも、カワイーってのはサイコーっスよ」 シティーポーイ気取りの自他共に認める軟派男は、能天気に笑いながら肩に垂れかかってい るチャ。ハツを掻き上げた。 妙になついてくるこの歳下の男を、佐倉はけっこう便利に使っていた。 陸上部期待のホープでもある彼は、勉強一辺倒の生徒会長にとって、スポーツ部との架け橋 にもなる、重要な情報源なのだ。 「で、そのかわい子ちゃんがどうかしたのか ? 」 「それがですねー、何やら瀬名と関係ありみたいでー。あの瀬名がですよ、ゲリラライプの途 中で、公平ちゃんを追っかけて消えちゃったんスよ」 「何い 「なんか鬼気迫るもんがありましたよー。『美少年を追いかける野獣の図』って感じで。もー みんな。ハニックっすよ」 「ちょ : ・ちょっと待てよ、それ、逆だろー ? 瀬名は、妙に下級生に慕われてるから、追っか け回されることはあるけど、追っかけるなんてしないぞ。そーゅーの嫌いなャツだから」 「それが、したんだってー。あげくに公平ちゃんを、こうー肩に担ぎ上げちゃってさー」 つもりとおる なんば いつべんとう かっ はし
無邪気に言って公平は笑い、瀬名はため息混じりに頭を抱えた。 苦手な木刀で、インターハイの優勝者相手に、キズ一つつけずに勝てってかー ? 思いを遂げられるのは、いったいいっ : : : ? トホホの瀬名だが、でも、これも運命とあきらめるしかない。 あき ホントに自分でも呆れるけど、いざとなったら写真と右手のお世話になって過ごすのも悪く しろはた ないかなんて思ってしまっているから、もう白旗上げるしかない。 「お前ってホント、いいせーかくしてるよ 「うふふ。そーゅー俺が好きなくせにい」 そう。 公平ちゃんは、猫をかぶってると、とってもキュートなアイドルだけど、でも、脱ぐともっ とすごいんです。 しゅうし ホモ嫌いの男に宗旨変えさせちゃうほどの、小悪魔ちゃんなんです。 そろ やつばりこれは、三拍子揃ったいい男の父の血を引き、優しい芳にメッチャ可愛く育てられ 猫 なたおかげ。 ン少々身長は理想に足りないけど、いつの間にか攻めから受けへと変身しちゃったけど、それ ハッピーのピンク色か でも結果オーライだから、やつばり将来は・ハラ色 : : : 、いや、ハッピー 、も かわい
「そっかあ。そっかあー」 なぐ 初めて誰かを殴った記念の日。だから今日はパンチ記念日。 そりゃあ、あんまり褒められたことじゃないけど、失礼なャツをゴンってやって何が悪い ? 俺を女と間違えたヤツが悪い。 それ以前に、警察のカモフラージュになんか使ったのが悪い。 そう、俺はなあーんにも悪くない。 それにど 1 せ二度と逢うことのないャツだしね。あははははは、 「ああ、、なんかスーツとしちゃったー」 どうやら反抗期も吹っ飛んで、ランラン足取りも軽い公平ちゃんのその髪には、男が公平を げんきよう 女と間違えた元凶のお花が未だしつかり揺れていた。 公平自身はすっかり忘れていたけれどさ ついでに、とり残された男が、それから分あまりも立ち上がることもできず、 「・ : あ : ・あのガキ : : ・、覚えてろおおおお : うな と、胸にランラン怒りの炎たぎらせながら唸っていようとは、想像だにしなかった。
220 んのかもよ、そのこと。本番前にちゃんと話して、スッキリした気分で舞台に上がりたいんじ ゃない」 「そ : ・そうかなー ? 」 「行っといでよ。トイレにでも行くついでにさー」 「ん : ・、じゃあ、ちょっと : : : 」 「公平ちゃん、トイレ行きマース。大だから長いよー」 ヴィヴィアン嬢のこつばずかしい助け船に送られて、公平は逃げるように教室を後にした。 ろうか はず 廊下を進む足取りが妙に弾んでる。 ( ば・ : ・ハカみたいだ。俺、何、期待してんの ? ) 何があっても、自分の決心は変わらない。 今日をかぎりに二度と瀬名には近づかない。舞台が終われば、それでサヨナラ。 有栖川の言うように、瀬名もちょっとは公平を特別に想ってくれてるのかもしれないし、公 平自身も瀬名のそばは心地よいとは思うけど : そんなことは関係ない。 これ以上瀬名に迷惑をかけないためにも、離れるしかないことはわかっている。 なのに、どうしてこんなに気持ちが浮き立つのか ? 話があると言われただけで妙にドキドキしてしまうのは、何故 ? じよう
270 「なんか感触も違うぞー いたず 「み : ・未使用だもん。俺の可愛い童貞ちゃんなんだから、悪戯しちやダメだよお」 「芳さんに捧げるヤツか ? さー、どーするかな。食っちまうか、」 「やんっ : : : ☆モミモミしちゃだめえ、 ! 」 ふろ 未だに芳といっしょに風呂に人れば、いつも背中を流してもらっている公平だから、他人の 手の感触を知らないわけじゃない。 ないけど やはり欲望をもって触れてくる手は、芳のそれとはあまりに違いすぎる。 瀬名の熱が触れられてる部分から流れ込んできて、下半身がドクドクと恥ずかしいほど脈打 ってくる。 「へえ、堅くなるんだ。ちゃんと男だな」 しゅうち と、感心したような瀬名の言葉に、カア 1 ッと羞恥に全身が火照る。 「お : ・男じゃいけないのかよっ : 「あー ? 」 「瀬名は、どーせ、女の代わりに見てるのかもしれないけど : : : 」 「誰もそんなこと言ってねーだろ」 困ったように小さく笑うと、瀬名は、公平のおへそのあたりにチョンとロづけた。 かわいどうてい びと
164 なんだかもう、どんどん声がしぼんでいってしまう。 「お前のせいじゃねーだろ。俺もけっこうガンっけられてつから、なんか理由がほしかったん だろうぜ」 「それに、ホントにたいしたこっちゃねー。皮一枚かすったくらいさ。ちゃんと相手の。ハンチ かみひとえ 見切って紙一重の差でよけてるからな。マジで食らってれば、今頃は。ハン。ハンに腫れてるとこ ろだ。どうだ、相変わらず男前だろ ? 」 男前かどうかには多少異論があるものの、でも、それは主観の相違だから置いておいて、公 うなず 平は小さく頷いた。 「ホントーに : 痛くない ? 「ねーって。ありゃあ、むしろ殴った方にダメージがくる。下手すりやギックリ腰だぜ いい気味だと言わんばかりにニャニヤ笑う瀬名。 負担をかけまいと平気な顔をしてくれてる瀬名の気持ちに甘えて、公平もようやく小さな笑 みを返した。 その時だった 「まーちゃん ! 」 保健室に飛び込んできた、やけに甘ったれた泣きペソ声。 なぐ へた
身振り手振りつきで、津森の話はどんどん大きくなっていく。 「ちょーヤバって感じでー。あれつスかねー、ついに瀬名も女に飽き足らなくなって男に走っ ちゃったとか : : : 」 「う・ : ウソだ・ そ : ・そんなの信じないぞ。信じるもんかっ ! 」 にら 厳しく言い放っ生徒会長は、だが、しつかり上下逆さの書類を睨んでいた。 勉強のしすぎで白すぎる肌は怒りでめいつばい紅潮してるし、ロの端はヒクついているし、 その上声は震えつばなし。 自分では知性派の優等生と思い込んでいるらしいが、知性はあっても、その実、クールとか ポーカーフェイスとかにはサツ。ハリ縁のない、むしろ感情的な男なのだ。 「でも、俺、こっそり二人の後つけたんスよ。で、行った先がどこだと思いますー ? 」 「ど : ・どこ・ : ? 」 「ちゃんちゃ、ん。駅前の『プルーシャトー』ってねー」 子「ラ・プ・ホ D 」 瞬間、佐倉はアングリと口を開けて、ついでに眼鏡の奥でまん丸に目を見開いて、椅子を蹴 倒す勢いで立ち上がった。 たお めがね こうちょう あ いすけ
だってー」 「し : ・失礼なっ ! 」 と、怒る佐倉だが、実は本当だった。 写真部がこっそり売ってるアイドル写真でも、一番の売れ筋なのだが、本人、まさか顔で選 ばれたとは思ってもいない。 「そ : ・そんなの、ただのウワサだっ ! 」 「えー、でも、だったら会長さんも失礼じゃない。俺をウワサだけで語ってるよー」 と、生徒会長様を怯ませる間も、公平はもちろんいい子の笑顔を欠かさない。 傍目には、まさか可愛い公平ちゃんがこんな鋭い突っ込み人れてるなんて、見えはしないだ ろう。 「そーゅーの、平等であるべき生徒会長さんらしくないし。実際、瀬名が俺で抜いたのホント だ -->0 ホモなんか大っ嫌いだって言ってるくせに、キスなんか散々されちゃったしー。この顔 子タイプなんだって、マジ勃っちゃうんだしー」 かさ 生徒会長ともあろう人が自分の権威を笠に着て新人生をいたぶるんなら、こっちだって猫な - ン んてかぶってる必要はないもんねーとばかりに、言う言う。 「いっしょに一フプホいったしー、ヾ ノスタオル一丁で伸しかかってくるし、けっこうケダモノ系 はため ひる
知ってません、全然そんなこと。 さんび 「だが、舞台発表をしない部には縁がないため、文化部内でも賛否は分かれている。去年はあ まりに不評だったし、今年かぎりにしようという意見もあるくらいだ」 けん いきなり何を語り出したのこいつ、険のある目でさ ? なんかわからないけど、公平の長年の経験が、こいつは絶対自分に好意を持っていないと教 えてくれる。 「有栖川は自由参加がいけないと言うが、せつかくの休日を潰して学芸会もどきの舞台を見ろ なんて強制したら、生徒が造反するぞ」 そうですか。だから俺にどーしろってゆーの ? 「君は、そんな生徒達の総意に反して、創立祭に客演という形で参加しようというのか ? 」 って、言われてもねー ここう そとづら 外面では大衆に媚びても心は孤高の公平ちゃんだから、総意なんて言葉を出されると、つい つい少数意見に味方したくなっちゃうんだけどー 子「その上、瀬名まで引っ張り込んで。宣伝だかなんだか知らないが、聞くに堪えないウワサま で流して。いったいどーゅーっもりなんだ ? 」 ン 瀬名の名前を口にしたとたん、それまでも妙にイライラしていた男の顔が、いきなりカッと 火照った。 ぞうはん つぶ