ピンクな子猫 217 「特別って : ・、同情・ 「同情・ : ? ウソだろう。瀬名が同情で人と付き合えるくらいなら、佐倉にだってもっと優し あわ くしてやってるだろうね。哀れまれるのが嫌いな男は、他人を哀れんだりもしないものさ」 「あ・ そうだ、瀬名は、自分がされてイヤなことは、他人にしない男だった。 同情されたくないなら、他人にも同情はしないはず。 そうして、たとえインボになっても医者にも診せられないほど見栄っ張りの男が、同情など 欲しがるものか 「同情じゃ : ・なかった : : : 」 フウッと、心が軽くなった気がした。 「なんでそんなふうに思ったんだい ? 」 「生徒会長が言ったから。幼なじみが言うんだから、間違いないかなって : ・」 「幼なじみなんて、ただ付き合いが長いってだけだよ」 そう言って、有栖川は肩をすくめてみせた。 「甘ったれの佐倉は、付き合いが長い分、瀬名との間に深い繋がりがあると思い込んでる。で も、瀬名は、付き合いが長い分だけ相手の本性を見てるから、私のことも佐倉のことも好きじ ゃないのさ」 ひと つな みえば
178 「公平は、痛みを知ってる人間だ。他人をキズつけたりはしないよ。たとえしたとしても、そ れは何かやむを得ない事情があったからだろう ? 公平にかぎって、面白半分で他人をキズっ けることは絶対にない」 「芳・ : 、ウチの子にかぎってってのは、親バカの証拠だよ。俺は芳が思ってるほど、いい子じ ゃないよ」 「いいんだよ。いい子じゃなくても、愛してるから」 繰り返す穏やかな声。 髪を撫ですく温かい手。 「誰が許さなくても、俺が許すよ」 公平の手が、ギュウッと芳のスーツをつかむ。 こら おろ 涙を堪え、唇を噛む。愚かな自分を、叱咤するように。 雪のように、花のように、惜しみなく降り注ぐ愛。 あなたのくれた優しさが、いつも俺に教えてくれる。 本当に大事なもののこと。忘れてはいけない大切なこと。 俺は、愛されて愛されて育った幸せな子供だと。 ひと しった
226 芳の言葉を、慌てて瀬名が遮った。 おくそく 憶測であれこれと流れているが、たぶん自分が公平の口から聞いたことが真実だと、勘のい い男はちゃんと気づいている。 他人の家庭の、それもだいぶ常識から外れた事情を、うつかり聞くわけにはいかない。 「あんまり俺を信じねーほうが : 「公平が信じている男を、親が信じないでどーする そう言う芳の顔には、穏やかな笑みが浮かんでいる。 「話したかったのはね。公平が大切な人をキズつけたと、とっても後悔してたからなんだ。そ れって、君のことだろう ? 」 「何をしたかは知らないけど。でも、あの子が他人をキズつけても守ろうとするものは、俺と 久住のことしかない。だから、これだけはわかってもらいたい。あの子はいい子なんだ。家族 ぎせい のために他のすべてを犠牲にして、我慢して、必死に生きてる、本当にいい子なんだよ」 、「・ : それは、 : ・わかる : : : 」 「俺も・ : 、お袋や妹を守りたかったから」 ひと あわ さえぎ かん
たま それを見続ける勇気がなくて、公平は堪らず視線を背けた。 瀬名の言わんとしてることが、イヤと言うほどわかってしまった。 ひぼうちゅうしよう 同性愛者の背負うリスクを間近で見て育ち、いわれのない誹謗や中傷にさらされ、自らその 辛さを経験しながら、どうして同じ立場に他人を引き込むことができるのかと、瀬名は言って いるんだ。 自分が味わった痛みを、どうして他人にまで味わわせようとするのかと ( 俺なら許さない・ と、今さらながら公平は、自分のしたことを悔やんだ。 もしも、自分が瀬名の立場で、自分がしたようなことをされたら、たぶん許さない。 だからもう、謝っても無駄だとわかっているけど : 「言い訳はしないけど : 、でも・ : 、お願いだから、舞台だけはやって : : : 」 こうなったら瀬名の寛大さにすがって、つけ込んで、最後まで芝居を続けるしかない。 あと少し、もう少しだけ。 猫 子 「創立祭まで・ : 、お願いだから : : : 」 な ン瀬名は、かったるそうに立ち上がると、 「引き受けたからには最後までやるさー けんそう と、駅の喧騒の中でようやく聞こえる声だけ残して、去っていく。 185
「君の父上には一度お逢いしてみたいもんだな。君がそれだもんねー。さぞや巨大な猫をかぶ ってるんだろうなあー」 「そりゃあもう。父から見たら、俺なんてヒョッコヒョッコ、」 「そーだろうねー。いやー、見てみたいよそれ、」 も扱いか。 有栖川、心底演技のことしか頭にないャツ。 演じる人間ではなく、演じられた役にしか興味がない。 中途半端な好奇心で他人の生活を踏み散らす連中と比べれば、有栖川の徹底ぶりは、いっそ すがすが 清々しいほどだ。 学校中がウワサに踊らされているのに、この稽古場はいつもと変わらない。 じよう さくらこ ハリバリ。ハッキンのヴィヴィアン嬢、未だに本名さえ教えてくれない正 桜子様に瑠璃子様、 体不明の部員達は、でも、その代わり他人の正体も気にしない。 ここはウソの世界。好きな名前を名乗って、好き勝手な自分を演じて、ホントのことは何も 猫 子 見えない虚構の世界のくせに、でも、一番ありのままの姿でいられる。 な ささや ン外で何が囁かれていても、公平が自己申告しない話には耳も貸さずにいてくれる。 昨日と変わらぬ瞳でいてくれる。 昨日と変わらぬ声をかけてくれる。 191 るりこ ひと けいこば
瀬名の制止の意味は、すぐにわかった。 こかん また しつかりと膨らんだ類名の股間が、跨いでいた公平のお尻を突き上げていたのだ。 つまり、なんとゆーか、妙な動きをすると刺激してしまうわけだ。 「もしかして、元気回復 ? 」 「なあーに暗い顔してんの、。やっ、ば実験してみるもんじゃん。他人に刺激してもらうのが一・ 番なんだってー」 瀬名は、ガックリと肩を落とす。 「どしたの ? 」 「違うんだ。触られたからじゃねー。 「お前の顔だ」 子「俺の : ・顔・ : ? 」 「お前の顔に : ・反応してんだ」 ッと、絶望的なまでのながーいため息。 「キスの間、目え開けて、お前の顔を見てた」
192 不思議な不思議な場所だ。 「おっと、魔法使い様のお出ましだ」 有栖川の芝居がかった言い回しに引かれて、公平は振り返った。 瀬名は、いつも以上にズベタラした足取りで人ってくるところだ。 この男も、また変わらない一人だった。 公平がどこの誰でも、どんな育ち方をしても、そんなことは気にもしない。 たぶん父と芳の関係だって、最初から正直に話していれば、そうなのかですませてしまった だろう。 瀬名が怒った理由はただ一つ。 痛みを知っている人間が、同じ痛みを他人に返したからだ。 なのに、許せないほどの怒りを持っていてさえ、それでも瀬名はウワサに荷担しない。 一人真実を胸の中に呑み込んでいてくれる。 この男なら、わかってくれる。 ちゃんと正直に話して、謝って、心を見せれば、きっとわかってくれる。 創立祭までとは決めているけど、だからこそよけいに気まずい関係にはなりたくない。 短い短い間でも、笑って付き合っていたいから 「瀬名 : : : 」 しばい かたん
ゅーし、それでも最後には自分を一番大事にしてくれる人を、自分も一番大事にできればと、 そんなふうに思うし。 怒鳴り合ったり、ふざけ合ったり、いっしょのべッドで眠ったり、そんなことがとっても嬉 しかったから たくま 両腕を伸ばし、逞しい首にしがみついて、 「うん。ここにいる」 確かに言 0 て、誘うようにを閉じた。 だから知らない。その瞬間、いつも怖い瀬名の顔が、幸せたつぶりの満面の笑みに変わった ことを 「どうやらこいつは俺のもんらしいぞ」 そう宣言すると、瀬名は花びらのような少年の唇に、自らのそれを熱く重ねた。 にお 甘く匂い立っ蜜の味。 柔らかく、ふつくらしたその感触。 猫 子 他人に渡すのはあまりに惜しいから、スポットライトのその中で、ついでに学校中に公認さ な ひろう から ンせるために、舌まで濃厚に絡んだキスをご披露して見せた。 つに どわああああああ どよめく観衆、仰け反る部員。 ひと うれ
うふうふと肩で笑いながら、公平は一人口ッカールームに向かっていた。 ( こんなに上手くいくなんて、やつばりラッキーじゃん、俺ってばー ) 猫 子 小学校、中学校と、いつも他人の目を気にしてばかりだった。したいこともせず、言いたい な ンことも言わず、ひたすらいい子で過ごしてきた。 でも、これから 1 ヶ月、思いっきり羽目を外して、やりたいことをやると決めた。 どんなウワサが流れても気にしない。だってこれは宣伝だから。 101 「おにーさまって ? じゃあ、せつかく広まったんだからー、ウワサ野放しにしておいた方が いいかなー」 「そうだね。瀬名的にその方がいいってゆーなら、卒業するまで存分に、男からの告白攻勢を 楽しめばいいんじゃない」 二人とも、とっても楽しそう。 「てめえらあ、」 うら 瀬名にできることは、恨みの視線で振り返ることだけ。 「悪の魔法使いはてめーらがやれよ。地でいけるぞ」 せめて、それくらいのイヤミを込めて。
ルンルン、ランラン、公平は朝から機嫌がいい。 天気はいい。風もうっとり心地いい。 きんちゃく そして、巾着の中にはとっておきのお弁当。 蓋を開けた時の瀬名の顔を想像するだけで、うぶぶと笑いが込み上げてしまう。 子「こらこらそこな美少年、知らんぶりするでないよ」 だから、さっきから延々後ろをついてくる気取った声も、ちーっとも気にならない。 「クラブに人るのがイヤなら、客演という手もあるぞ」 それに、本性・ハレてる相手なら愛想振り撒く必要もないから、これってけっこう楽かも。 もてあそ でも、それを言うと、正義の味方の芳は絶対反対するから、他人の心を弄んじゃいけないっ て怒るから。 だから言わないけどねー 「上手くいくように祈っててねえ、」 ふつふつふ : ・と、心で笑う公平ちゃんの猫つかぶりのその下には、なかなか凶悪な小悪魔が 潜んでいるのだった。 ひそ 、ふた