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検索対象: 会社を辞めて成功した男たち
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1. 会社を辞めて成功した男たち

妻の目には涙があふれた。 「もし失敗したらどうするの。子供も路頭に迷うのよ。あまりにも自分勝手すぎるわ ! それ以来、妻は折口に、「辞めたら絶対駄目よ」と念を押し続けた。 折ロは一九八八年 ( 昭和六三年 ) に結婚した。オーディオメーカーの国際部に所属していた 妻とは仕事関係で知り合った。 妻は長野県生まれ。父は大手精密機械メーカーに勤め、母は高校教諭というごく中流の家庭 環境のなかで育った。それだけに物欲はたいしてなく、それよりも日本的価値観から見た大手 商社マンという社会的地位がなくなることのほうがショックだったのである。 考えてみれば、妻が怒るのも当然だった。日商岩井を辞めて別の会社に就職するのならまだ 納得できただろう。ところが、折口が捨てようとしていたのは、サラリ 1 マンそのものだった のだから。 しかし、妻の反対に屈するような折ロではない。 ジュリアナは起まとなる最大のチャンスだ。何としても妻にウンと言わせなきや。 ぜんだ 折ロは妻の説得工作を考え、お膳立てを整えた。ロだけでは説得できないと思い、さまざま な趣向を凝らした。ある日、ジュリアナの経費でフェラーリ・テスタロッサの新車を購入、自 宅にさっそうと乗りつけた。 妻をフェラーリに乗せて「オレたちは、これからこういう生活をするようになるんだ。ジュ

2. 会社を辞めて成功した男たち

たい何が不足で、大企業の室長代理の座を捨てねばならないのか。 大村は、辞表を出した後、一カ月ほど妻を説得し続けた。こうと決めたら後に引かない夫の 強情な生格を知り尽くしていた妻は、あきらめざるを得なかった。 大村が結婚したのは、一九六四年 ( 昭和三九年 ) 。大学教授の娘であった妻とは高校の同級生 であった。一一人は、大学三年のときに開かれた高校の同大ムに出席するまで、ロをきいたこと もなかった。最初に熱を上げたのは大村のほうで、お茶の水女子大の学生だった妻は関心がな かった。 しかし、いっしか大村の情にほだされて交際を始めるようになった。大学を卒業すると、彼 は住友商事本社のある大阪へ引っ越し、妻は大学院へ入った。 の 後しばらくの間、妻は和歌山大の助教授を務めた。 「いざとなれば、私がまた教壇に立ちますから」 車妻の心強い一一 = ロ葉に支えられて、大村は八七年 ( 昭和六一一年 ) 六月、安全センターを立ち上げ 歯 章四八歳の夏だった。 第「僕がこんにちあるのは、家内の協力があったればこそです。彼女には感謝しています」 しかし、夢を追いかけて起業したものの、待っていたのは借金地獄であった。

3. 会社を辞めて成功した男たち

270 アメリカで長男誕生、人生観が変わる 「留学体験で、生きる価が変わりましたね。好きなことをやって、充実した人生を送りた いと思うようになりました」 一九八九年 ( 平成元年 ) 夏、マサチューセッツ州ボストン 筒見が妻から身体の異変を聞かされたのは、夏休みに一一人で行った西海岸各地への旅行から 帰ってきた直後だった。 「早速、病院へ行こう」 笑顔でそうこたえたものの、その夜、机に向かいながら、「ーーまいったな」とつぶやいた。 授業も軌道に乗り、日常生活もペ 1 スを取り戻してきたのに、妻が妊娠したとなると、生活の リズムが一変し、勉強に集中することができなくなってしまうのでは、という不安が頭をもた げてきた。ならばいっそのこと妻を帰国させようか。 「ーーーいや、それはできない」と、心の中で首を横に振った。では、自分のとるべき道は何か。 自問自答の末、学生である前にまずは夫である。夫である以上、妻の世話をするのは当然のこ とだ、という結論を導いた。 翌朝、筒見は妻に、「赤ちゃんはポストン生まれとなるね」と言った。妻は「そう、アメリカ 人よ」と笑った。当地で産むことを決めていたようだ。 筒見は、妻と一緒にセントマリアンナ病院で産婦人科医の話に耳を傾けた。

4. 会社を辞めて成功した男たち

した。しかし、いったん独立すると、彼女は僕の心の支えとなってくれました」 防衛大を卒業して商社マンになった折口が、妻に独立の意思を打ち明けたのは、ジュリアナ を立ち上げて数カ月が過ぎた一九九一年 ( 平成三年 ) のある夜だった。 だんらん 家族団欒での夕食が済んでしばらくすると、折ロは流し台で食器を洗っていた妻に、「ちょっ みけん と話があるんだけど」と切り出した。妻は振り返って、「なあに」と眉間にしわを寄せた。 「オレ、会社を辞めようと思っているんだ。サラリーマンは限界がある。独立したいんだ」 妻は一瞬顔色を変えた。 獄「会社を辞める ? 辞めてどうするというの ? 」 ゆが 折ロは顔を歪めながら、「独立して事業をやろうと思っているんだよ」。 国 げ・つこう 妻は激昂した。 の 「何を言ってるの ? 急に変なこと言わないでよ」 ち 折ロは妻をなだめるような口調で言った。 家 業「そう怒るなよ。オレね、ジュリアナを手掛けて会社経営の自信がついたんだ。商社マンとい ってもしよせんはサラリ 1 マンだ。何をやるにしても、サラリーマンでは限界がある」 章 かぶり 一妻は頭を振って、声を荒らげた。 「勝手に決めないで ! 私おカネなんか欲しくないわよ。安定した地位をなぜ捨てるの ! 子 供もいるのよ」

5. 会社を辞めて成功した男たち

リアナをやれば、月に一〇〇〇万、一一〇〇〇万は稼げるんだよ」。 折ロは手を替え品を替え、妻に揺さぶりをかけ続けた。クルマの次は豪邸で釣ろうとした。 かんせい 里・目黒区の閑静な住宅街に家賃六〇万円の一戸建て高級住宅を借りたのだ。妻に内緒で賃 貸契約したのである。 里示・星区の自宅マンションから引っ越しするとき、折ロは妻に言った。「たかが六〇万 円。サラリ 1 マンじや出せないけど、独立すればこれぐらい簡単に出せるようになるんだ」 かたくなだった妻は顔をほころばせ、クスッと笑いながら答えた。 ぜいたく 「私は贅沢をしたいとは思わないけど、あなたがそこまで決心したのならやりなさい。そして 夢をかなえて」 国 折ロの独立への強い決意が、妻の気持ちを動かしたのである。 むすめむこあき の 長野県に住む妻の両親はそんな娘婿を呆れ返って見ていたが、折口がジュリアナを追われて ち た借金地獄に陥り、につちもさっちもいかないでいるのを知ると、真っ先に駆けつけて救いの手 業を差しのべてくれたのである。 章 ヴェルファーレで巻き返し 第 「ジュリアナの次は何を始めるかと考えたら、やはりディスコでした。ディスコ以外の事業で は、金融臠を含めて誰も相手にしてくれないと思ったからです」

6. 会社を辞めて成功した男たち

「ーー出産は夫婦共同 k です。一一人で新しい生命を誕生させるのです。ご主人、あなたは精 神面と肉体面の両面で奥さんを支えなければなりません」 筒見は、笑顔で大きくうなずいたが、その瞬間から取得のほかに、 " 共同作業〃のパ トナーとしての新たな課題が加わった。 筒見が結婚したのは、一九八六年 ( 昭和六一年 ) 。彼が一一九歳、彼女が一一六歳のときだった。 さがみはら 彼女は、神奈川県幔原市に生まれ、多摩美術大学建築学科卒。女性の総合職第一期生として、 き 清水建設に入社、設計の仕事に携わっていた。一一人は、四年間の職場恋愛の末、した。 て 後も、妻は仕事を続けていたが、渡米を機に退社。家庭生活は、気が強く、万事におい ててハッキリさせないと気の済まない妻が、常に主導権を握っていた。 や筒見は医者の指示通り、妊婦である妻を支えた。アメリカでは、配偶者は妻と一緒に、出産 とするまで六回病院へ行き、呼吸法などを覚えることが法律で義務づけられていた。彼はその都 こ な度、主治医から、出産の事前と事後の義務と役割、それに誕生する生命の尊さなどについて、 き 好カウンセリングを受けた。 障一九九〇年 ( 平成一一年 ) 三月。妻は自宅で破水した。自分で医者に電話をし、入院した。一 第方、大学にいた彼は病院から連絡を受け、駆けつけた。現場に立ち会い、ずっと妻の手を握り しめた。 「べイビー・ゲッツ・ヘャ ( 赤ん坊が生まれた ) ー はすい

7. 会社を辞めて成功した男たち

ば、僕たちは人生を深く考えることもなかった」 しばらく沈黙が流れた。そして、ふと妻が言った。 「あなた、独立したら」 長澤は思いがけない言葉に息をのみ、お茶を飲む手が止まった。妻を見ると、目には涙があ ふれていた。 「あなたの悩みはよくわかっていたの。あなたが悩むのも無理もないと思う。でも、生活はな んとかしてやっていけるわよ。だから、あの子のためにあなたの夢を実現させて。そして、あ の子の分まで充実した人生を送って : ・ : ・」 一一一そう一 = ロうと、妻は泣き伏した。 そうだ、独立するんだ ! 生長澤は、妻の最後の一言で起業を決意したのである。長澤が三九歳のときだったーー も長男が生まれたとき、体重は三〇〇〇グラム、健康で、身体に異常は見られなかった。 仕そのころ、長澤は西武百貨店で係長に昇進し、船橋店の営業企画部に抜擢された。彼のサラ じゅんぶうまんばん 章リーマン人生は、順風満帆に見えた。 第ところが、そんな彼と妻をショッキングな事実が襲う。息子の障害である。長澤夫妻は三歳 3 になった息子が何かを見るとき、両眼の目線が合っていないことに気がついた。一一一一口葉を覚える のも遅い。病院に行くと、医師はあっさり「この子には知的障害があります」と土けた。 ばってき

8. 会社を辞めて成功した男たち

家を訪ねた。 大久保は、夫婦一一人で海外へ行く計画だったが、五カ弖則に長男が誕生したために、妻を置 いていかざるを得なくなった。海外へは自分一人で行くから、妻子を三年間、実家で預かって 彼ま、妻の両親はきっと理解して協力してくれるだ ほしい。そう言って、義父に頭を下げた。 , 冫 ろうと甘く考えていた。 れつか る ところが、義父は烈火のごとく怒った。 つ「ふざけたこと言わないでくれ。キミは夫として、父親として無責任すぎる。妻子を日本に置 ういてきばりにして、キミがアメリカに行く必要がいったいどこにある。自分のやりたいことの をために妻子を犠牲にしようというのか」 。し力なかった。 ン彼は義父の厳しい口調に驚いたが、黙って引き下がるわけによゝゝ チ「目的を果たして三年で必ず帰ってきます。洋子も実家のほうが気楽に暮らせます。お願いし ネます。この通りです」 ビそう言って、大久保は額を畳に押しつけた。 章「それはできない。嫁にやった娘を引き取るわけにはいかない」 第母親の隣に座っていた妻が、追い打ちをかけた。 巧「私を置いて行くなんて、ひどいわ」 そう言って泣き崩れた。妻は子供が生まれて間もないころには、「一人で行っていいわよ」と

9. 会社を辞めて成功した男たち

て脚光を浴びている。その彼が、「私は障害児の息子から励まされるようにして起業した」とい うのだ。 一九九三年 ( 平成五年 ) 八月、生花事枩ム社に勤めていた長澤の心を大きく動かす出来事が あった。 ま 6 ′、はり . 深夜、千葉市幕張の自宅に帰った長澤は、すでに深い眠りについている、知的障害を抱えた 息子の部屋へ入った。そして、後から入った妻と一緒に、息子の寝顔を見つめた。 リビングルームに戻ると妻はお茶をいれながら、こう言った。 「あの子にとって、学校で普通の子と同じことをさせられるのは、すごい辛いことだと思うわ。 でも、あの子は努力して生きている。文句もわがままも言わず、すべてを素直に受け止めてい る。なのに私たちは、あの子と歩くことを恥ずかしがったり、世間から白い目で見られるのを いやがったことがあるじゃない」 黙っている長澤を前に、妻は一気に続けた。 「確かにあの子を育てるのは苦しかった。でも、あの子を恥じて生きている私たちのほうが、 よっぱど情けないわ」 長澤は大きくうなずいた。 「そうだね。あの子に教わったことは多いよ。物事に挑戦する勇気とか、人を憎まない優しさ とか : : : 何よりも、僕たちに生きることの意味と尊さを問いかけてくれた。あの子がいなけれ

10. 会社を辞めて成功した男たち

この妻がいなければ : ・ 長澤が妻と知り合ったのは、一九七九年 ( 昭和五四年 ) 。 西武百貨店船橋店の子供服売り場に配属された妻は、毎朝、いちばん早く出勤していた。真 面目で一所縣叩に仕事をするだけでなく、何事にも動じない度量があった。売り場には女親分 のような怖い存在の女性がいて、その彼女はみんなから恐れられ、嫌われていた。他の売り場 から移ってくる女性社員は、ほば例外なく咸物的になって、係長に配置換えを頼み込んでいた が、彼女だけは違った。不平不満じみたことを一切、ロにせず、いつもサバサバしていた。そ 、」、つりよう 脚 一一一のために彼女は広量な女性に見え、「この女性の旦那になる男は幸せだろうな」と長澤は思って 生七九年一〇月、長澤は彼女ににつこりと微笑んで言った。 「ーー君、僕が来週誕生日なのを知っている ? 何かプレゼントしてくれないかなあ」 仕もちろん冗談だった。ところが、彼女は个ョに誕生日に手編みのマフラーをプレゼントして 章くれたのだ。これには長澤は驚いた。それからというものは彼女を意識し始め、気軽に話しか 第けられない存在になってしまった。 一カ月後の一一一月。子供服の外販が、千葉市で開かれ、長澤と彼女が派遣された。その帰り に、長澤は彼女を食事に誘い、の意思表示をした。 だんな