157 夜光街 「あなたがなんと言おうと聞いていただきます。もう一一度と : : : 誰にもあんな真似はさせない ため 為に、も 言い放たれた言葉には確固たる信念があった。 そう、一一度とあんな思いはごめんだ。 自分をえぐったあの痛みが再び木佐を襲う。 「 : : : 木佐、俺を拉致した犯人わかったか ? 」 、え。晃様の襲名については幹部それぞれが少なからす不満を抱いています。犯人が誰か までは確定できていません」 あお 「なのに仮襲名するなんて親父も兄貴も何考えてんだ。敵を煽るだけしゃないか」 「あなたには直接関係ない事です。いいですか、流様。私からもお願いします。金輪際、襲名 についてはロを出さないで下さい。これはあなたの為でもあるんです」 あくまで冷静に言い放つ。 流の口元が強張った。 もし木佐が味方についてくれるのならば香水の事を話そうと思っていた。だが 「 : : : お前となら話ができると思ってた ちくん、と何かが木佐の胸を刺した。 こわば まね こんり」・ 0 い
149 夜光街 「なあ、スイカ食いすぎるとスイカ臭くなると思うか ? やまのて ながれ きようや 山手線の車中、流は隣に立っ京也にばそりと呟いた 「そういう質問を受けるのは初めてだからね・ : 。何とも答えかねるが、僕の人生経験から 言わせてもらえばノーと一一 = ロうしかないな」 「 : : : おまえな。まわりくどい言い方しないではっきりないって言えよ」 京也の素直でない言い回しに、流はまだ慣れる事が出来なかった。 だまく いれずみ やけど あれから一週間、打撲も、そして刺青を消した火傷もようやく落ちつき、ようやく今日登校 できるまでに回復した。流としてはもっと早く学校に行きたかったのだが美貴がそれを許さな カオ 木佐が言った通り、医者としての美貴はかなり手ごわく、流の抵抗などまったく意に解さな カオ 「入院』している間は京也とフェンウェイが毎日のように〈イビサ〉に顔を出してくれた。お 六残香 ぎん
147 夜光街 ろか自分は正宗に勝りはしても劣るところなどないと信していた。 正宗が今の地位にいるのは先代組長の血縁という、ただその事実のせいに他ならない。 断して自分が劣っているせいなどではない。 「ところで田島さん」 ふと会話が途切れ、舎弟頭の島が口を挟んだ。 「田島さんは〈 cn0>*-a ・〉という名をご存じですか」 「 : : : なんだ、それは。聞いたことはないな」 「ほ、フ、そ、フですか。しゃあ、須藤という名は ? 「 : : : なんだあ、そりゃあ。おまえ、ロの聞き方を知らんのか」 気色ばむ田島に、木佐が別の話題をふった。 「ところでここのところ、田島さんは一度も幹部会に出席していませんね」 「あなたは四堂の後継者として、晃様を認めない、という事ですね」 ひいたはすの汗が流れる。 「先週、次男の流様が〈・〉というチームに拉致され暴行を受けました。そい ゅうかい つらはあるやくざに誘拐を依頼されたそうです」 田島の顔面がみるみる青ざめる。 けしき まさ おと らち
143 夜光街 それ、どうするの ? 喉まで出かかった言葉を、美貴はロにする事はできなかった。 火に向かう木佐の瞳が彼女にそれをさせる事をためらわせた。 カチリ ロ火を消す音に、美貴ははっとした。 充分に熱したナイフを手に、木佐は控室に戻ってゆく。美貴も、予感に押されるようにその 後を追った。 「シャツを脱いでください 控室に戻るなり、木佐は言った。多分、間をおけば決心が揺らぐ、から。 視線の先、流はナイフになんの恐れも見せす e シャツを首から抜いた。 背中の左肩、黒々と読み取れる文字〈 coO>*Ä・〉。 浅く焼けた肌。 すじじよう まだ落ちついていないのだろう。刺青された部分の皮膚が腫れ上がり、筋状に盛り上がって 木佐は流が動かぬよう、腕を強くつかんだ。 瞬間、手の平に震えが走る。強張った体が流の緊張を木佐に伝えた。 「祐士リ何してるのよ ! 正気ワ こわば
こするなんてみつともいいもんしゃない 言ってから自分の言い様に恥ずかしくなる。 だだ これではまるで駄々をこねる子供じゃないか なぜにがて 流は木佐という男が何故か苦手だった。 「 : : : なんで知ってるんだよ」 自分の気持ちから目を逸らすように木佐に問いをぶつける。 へび 「まあ、蛇の道は蛇ってやつですよ。あそこには昔からのくされ縁の友人もいますし。それで なくても『〈裏新宿〉で、どこのチームにも属さないでシノいでるガクランの少年』は目立っ んですよ」 「シノいでるって : : : 。俺はケンカ売ってるわけしゃない ! 」 こ、ってい しまったと気づいた時には遅かった。これでは木佐の言葉を肯定したも同然ではないか。 木佐と話をしているとまるで自分が子供に思えてくる。実際彼に比べれば子供なのだが、流 はその事実を素直に認めたくはなかった。 街「兄貴のやっ、本当に跡目継ぐのか ? 光あまりにも不自然な話題の転換だったが木佐は笑わなかった。 夜 : ええ、私にとって総長の言葉は絶対ですから。直系組長衆が認めれば、今すぐではない 引にしろ晃様が跡目を継ぐのは確実でしよう」 じゃ
一瞬、そこにいた誰もが沈黙した。 しどう 「ちょっ : : : ちょっと待ってくれ、兄弟 ! 自分が何言ってるかわかっとんのか卩四堂組四 あきら 代目を晃につて : : : 」 まさむね さかずき 正宗と義兄弟の盃を交わした一人が声高に叫んだ。その声は震えている。 あとめゆず 「あんたが病苦でそろそろ跡目を譲る気でいるのは知ってたが、晃はまだ一一十一一だぞ , ごくどう 「そうだ、若すぎる。それにあんたの息子はまだ極道社会の事を何も知らん。無茶な事ぐらい 四堂さん ! あんたにだって分かるだろう ! 」 ひざ 何人かの幹部が膝を乗り出し、正宗に詰め寄った。 街 兄貴が四代目 ? 光流には目の前で展開される光景が、まるで映画のように非現実的なものにしか見えなかっ あと 普通、組の跡目を継ぐのは、その組を構成する同系列の組長か幹部であった。息子に跡を継 た。 ア一、つ ニ邂逅 こわだか
から、営業している時以外用心の為施錠を欠かさなかった。 「流くん。部屋に戻ってて」 何か言おうとする流を目で制して美貴はドアに向かった。 「・ : : ・どなた ? いつばく 一拍おいてドアの向こうから低い声が答えた。 「四堂組の者です。こちらに流坊ちゃんがお世話になっていると聞きまして。晃さんがいらっ しやってるんですが」 その声に流は聞き覚えがあった。たしか晃付きの組員のものだ。振り向いた美貴に流は頷い わずちゅろちょ た。美貴は僅かな躊躇の後、ドアの鍵を外した。 なじ 最初に姿を現したのは晃だった。まだ体に馴染んでいない真新しいスーツを身につけてい る。その後から組員が続く。 晃は店内に入るとゆっくりとまわりに視線を巡らせていった。そしてその視界に流を捉える と腕を組んだ。だがなにも喋ろうとはしない。 街ふおん 不穏な空気に美貴が声をかける。 光 「あ、あの、今飲み物を : : : 」 さえぎ 夜 最後まで言わせず晃が遮った。 近くまで来たついでに寄ってみただけだ」 せじよう とら
129 夜光街 一枚の紙を巻いたような形のその花に葉はなかった。 美貴はバランスを見ながら花を一本ずつ慎重にベネチアンガラスの花瓶に生けてゆく 流はカウンターの向かいから生けられてゆく花を見ていた。何本もの曲線を描く茎の隙間か ら美貴の指が行き来する。 けんばんすべ はしめて〈イビサ〉に連れてこられた日、美貴はピアノを弾いていた。あの時の鍵盤を滑る 指と同し、白くて細い・ 「何見てるの ? 流の鼓動は一気に早まった。 「あー、いや。それ、なんて花かと思って : ・ 顔が熱くなるのを感しながら、心にもない事を聞く。 「これ ? カラーっていうのよ」 聞いた手前、流は一応頷いてみたりする。 「そういえば、前に来た時も白い花、生けてたよな。種類は違うけど」 何気ない流の疑問に花を生ける美貴の手が一瞬、止まった。 「ーーーー白い花しか飾らないことにしてるの」 美貴の声はかすかに暗さを帯びた。 なんか、やばい事聞いたかな。
121 夜光街 生けていたバラを放り出し、控室に続くドアを開けた。 控室といっても広めのその部屋には小さな机にソフアも置いてある。美貴はソフアの背を折 りべッドにしつらえた。 「気をつけて。そっと」 美貴の言葉に、木佐は流をゆっくりとべッドに横たえた。 べッドの布地に触れた瞬間、傷が当たったのか流が小さく身じろいだ。 その間に美貴は髪をまとめ、アタッシェケースを運んできた。 はさみ 流の様子を一通り目で追い、ケースから鋏を取り出すと、左右の腕にまとわりついているシ ャツの切れはしを裂いた。 ・ : 発熱してる。だいぶ高いわ」 「打撲がひどいわね。骨折はないみたい。 「背中。左の肩、見てみろ」 流の首筋に手をあてがう美貴に、木佐は低く言った。流の肩を覗きこんだ美貴の顔色が変わ 「発熱するわけね : : : 」 いれずみ 刺青は体にかなりの負担を強いる為、体質によっては発熱もする。流の体が外からの異物に 対して拒否反応を示していることは明らかだった。 る。
115 夜光街 階段を登りきった所にいかにもたてつけの悪そうなドアがあった。木佐はノックするでもな く思いきりドアを蹴った。 かもい 凄ましい音をたててドアは真ん中からひしやげ ( 鴨居から剥がれ落ちた。 ・ : これって不法浸入なんだよな : : : 」 あお 一臣は後に続きながら天を仰いだ。 「なんだ、きさまリ」 突然の侵入者に須藤と仲間がいきり立った。 いちべっ 木佐は一瞥もくれず室内を見回した。と、視線が奧にあるドアをとらえた。 「ふざけてんしゃねえリドア壊しやがってー 木佐の肩をつかんだ少年は、次の瞬間肘を食らい、棚に吹っ飛んだ。 がらがらと派手な音をたてて刺青道具が落ち、色のついた液体が少年の e シャツを汚した。 「おまえが須藤か」 木佐の問いに、須藤はロを開けたまま何も答えない。 「おまえが須藤だな」 問い、ではない。 事実の確認を迫る木佐に、須藤は冷たいものを感しこくこくと首をたてにふった。 「あのドアを、開けろ」 す ひじ