少年の視線を京也は真っ向から受けとめた。 「四堂、流」 ゆっくりと、友人の名を口にする。 「流卩流を探してるってどういうことだ ! 」 流の名に少年は顔色を変えた。 「君こそ流を知ってるのか」 「知ってるもなにも、流は俺たちの仲間だ。おい ! 何があったんだ。教えてくれ ! 「 : : : わかった。あんたの名は ? 」 「フェンウェイ」 「俺は京也。流のクラスメートだ」 てみじか 互いに名乗ると京也は事の次第を手短に説明した。 「ちつきしよう。あいつら汚ねえ真似しやがって ! 」 「ど、フする、フェンウェイ ? 」 街ふせていた顔を上げ、フェンウェイは仲間を見回した。 光「連絡つくやつに情報回せ。流はこの〈裏新宿〉にいる。〈・〉のヤサを探す 夜んだ。見つけたら俺の携帯鳴らせ」 フェンウェイの指示に頷くと仲間達はそれぞれ別方向に散っていった。立ち上がったフェン
流はがしがしと頭をかきまわして机に突っ伏した。 その日の放課後、流は大久保へ行くつもりだった。 先週の木曜、フェンウェイに会う予定でいたのだが〈・〉に襲われ約束は果 たせないでいた。 その上木佐からしばらくの間〈裏新宿〉への出入りを禁止されていた。 しゃてい 木佐の留守を見計らって出かけようにも彼の舎弟が流を監視しており、玄関を出ようとする 度どこへ出かけるのか、と聞かれる始末だった。 流は仕方なく週が明けるのをじりしりと待った。 最後の授業終了のチャイムが鳴り響い 生徒達はガタガタと席を立ち、雑談や部活の準備をしている。 流はバッグに教科書以外の物をぶち込みおもむろに立ち上がった。、ほとんど毎日流はチャイ 街ムと同時に教室を後にしていた。 光「流、ちょ っと待った」 夜聞き慣れた声が流を呼び止める。 京也がにこにこと流の前に回り込んできた。
103 夜光街 体の痛みも、これからどうなるかという事も今の流には一一の次だった。 ドアの開く音が聞こえた。 その後、どたどたと聞こえてくる足音。複数の。 ひじ 流は肘で痛む体を支え、無理矢理上半身を起こした。それはかなりの負担を体に強いたのだ けれど のびたままでやつらと向かい合うものか 意地だけで流は体を起こした。その時。 ガチッー 引き寄せた右手がそれ以上動かない。 硬質の、冷たい感触が右手首に当たった。 手錠が流の右手と部屋を走るガス管らしいパイプを繋げていた。 「いい格好だなあ。四堂流」 振り向くと須藤が一一人の仲間を従え流を見下ろしていた。 その顔には獲物を手に入れた満足感が滲み出ていた。 無言で睨みつける流を無視して須藤は続ける。 こうしつ にじ つな
156 怒鳴りながらナイロンバッグをベッドに投げつける。流の怒りは簡単におさまりそうにな 「つつ ガクランの袖を乱暴に抜いた途端、流は左肩に激しい痛みを感した。シャツを脱ぎ、肌に触 れないようそっとシャツをめくる。そこにはまだ痛々しい火傷の跡があった。 「流様、木佐です」 あわ ノックの音に、慌ててシャツを下ろそうとした流は木佐の声に手を止めた。 「 : : : 入れよ」 口を聞く気分ではなかったが木佐は許しを得てからでなくては絶対に入室しない。それを知 っている流は仕方なく呟いた。 生真面目に一礼した木佐は流の肩に目を止めると眉をしかめた。まるで自分自身がその痛み を感しているかのよ、フに。 「総長が : : ・ : : 仮襲名が済むまで学校に行く以外は外出を控えるようにとの事です。登下校は 車で送らせます。独りでの行動は絶対に避けて下さい , 瞬間、流の頬が赤く染まった。 てめえらの都合で命令なんかするなっ ! 俺は俺のしたいようにするー 流が素直に命令を聞きはしない事くらい木佐にはわかっていた。だけど ほお そで ひと
その頃、流はフェンウェイに出逢った。 四堂家でフェンウェイの母が家政婦として働いていたのだ。時折母親に連れられて来る目尻 ごうじよう のつり上がった少年と流は初めこそ互いに似た強情さから反発しあっていたが、中学に上がる 頃には国籍の違いを越えて親友と呼べるまでになっていた。 学校帰り、流は毎日のようにフェンウェイ母子の住む大久保に立ち寄った。そこには流の知 らない世界があった。 日本語以外の言葉を喋る人々、日本人と変わらない顔だちの者もいればそうでない、彫りの こ、つしんりよ、つ 深い顔だちの者もいた。街には流の知らない言語の看板が立ち並び、名前も知らない香辛料の ただよ 香りが漂っていた。 そこは流にとって居心地の良い場所だった。毎日のようにやって来る流に、フェンウェイ母 子に紹介された中国人達は気安く声を掛けてきた。 きずな 「中国人は絆を大切にするんだ。血の絆もそうだけど、祖国を離れて生きていかなきゃならな だからおまえは い俺たちはそれ以上に地の絆を重んじてる。流は俺の親友だ。だから 日本人だけどこの街の、中国人の仲間だ」 いっかフェンウェイに言われた言葉をきっと一生、忘れる事はないだろう。 つな 血の繋がった親子でさえ心を通しあえないのに フェンウェイと流は夜の〈裏新宿〉を駆けた。 しゃべ
ミッドナイトプルーのシーマを前に流はそれ以上動こうとしなかった。実際には『動けな い』が正確な表現だったのだが。 「どうしたんですか」 あお 運転席の木佐が直立不動の流を仰いだ。 「あ、あのさ : : : 」 ちゅうちょ しばらく躊躇していた流がようやく口を開く、が、それ以上は続かなかった。 しーはう 何事か思案し、視線を泳がせていた流を辛抱強く待っていた木佐はさすがに声をかけた。 「なにか不都合でも ? 」 いや、なんでもないー 「えっ卩 いぶか はじ 流は弾かれたようにぶんぶんと手を振り、訝る木佐を横目に助手席に滑り込んだ。 木佐は流の言動には何も言わず、ウインカーを点滅させるとシーマを発進させた。 十五分は走っただろうか、木佐は流の様子がおかしい事に気づい 助手席から滑り落ちそうな体勢で体を丸めている。顔は窓の方を向いている為表情は読み取 れない。 「流様」 すべこ ため
りの店だった。 「 : ・ - ・ : なんだよ、ここ。 こういう交番ははしめてだぜ」 見当違いの場所に連れて来られた流は男の顔をちらりと見た。 「言ったろう。警察なんかより面白い所に連れてくって」 じゅ、フこう そう言って重厚な木造りのドアを開ける。だが男の真意を計りかねる流はその場を動こうと しなかった。この男が本当に刑事だという保証さえまだないのだ。 「まあ、俺が信用できないっていうのもわからなくはないけどね。別に俺は強制してるわけじ ゃない。帰るんだったら御自由に、四堂流くん」 どうもく 瞠目する流に背を向け、男はドアの向こうに消えた。 俺を知ってる ? ここで流の名を知っているのは中国人の仲間だけ。流を狙うチームでさえ名前を知る者は少 ちゅうちょ ひょうかい 氷解しない疑問が躊躇する流にドアを押させた。 ねいろ 街透明な、それでいて柔らかい音色が薄暗い空間に漂っている。 光店内に足を踏み入れた瞬間、流は優しい空気に包まれた。 夜 いくつかのテ」プル席の中央でグランドピアノがスポットライトに照らしだされている。そ たいりんゆり かびん のピアノの横には大輪の百合がベネチアングラスの花瓶に生けられていた。
そ、 2 = 〔って晃はソフアにどっかりと腰を下ろし再び流に視線を移した。 「言っておくがな、流。お前の遊びで裏医者を使われちや組が迷惑だ。木佐は自分の判断だと 言ってたが : ・ 木佐の名にそれまで黙っていた流の顔が上がった。 「木佐が悪いんしゃない ! 俺があいつを巻き込んだから : : : 」 「黙れ」 晃は流の必死の言い訳を一言で遮り、ソフアから立ち上がると流の眼前に人差し指を突きっ 「いいか ? 今は俺にとって重要な時期なんだ。組に関わる所でお前なんかにちょろちょろさ れるとこっちが迷惑する。その事をよく覚えておけ、いいな」 ころ多ごく 兄弟の視線が一瞬交錯した。先に視線を外したのは流だった。 きびす 言いたい事だけ言うと晃は踵を返し、〈イビサ〉を出ていった。組員は一礼すると晃の後を 追っていった。 「 : : : あれが四堂の長男」 つぶや ドアが閉まり、それまでカウンターにいた美貴が呟いた。流はというとそれまでの元気が嘘 のようにうなだれている。その姿に美貴はため息をついた。
普通にしていれば自分は特に目立っこともない高校生だ、事実はどうあれ流はそう信してい 「ちょっと待った」 横を通り過ぎようとした流を男が呼び止めた。 いんねん 因縁をつけてくるつもりか。 はず しかし流の予想は次の瞬間見事に外れた。 「善良な市民から、ここでケンカしてるやつらがいるって通報があってね。そのうち一人は名 かなん 門華南の制服を着ているそうだ。そう、君が着てる、その制服ー 「刑事 : : : ! 」 逃げようとする流より男の動きの方が速かった。気づいた時には流は男の腕に押さえ込まれ ていた。 「てめえつ、するいぞ ! その格好のどこが刑事なんだよ ! サギだっ」 「刑事らしくない格好ってセリフは褒め言葉として受け取っておこう。サギという件に関して 街はなんとも言いかねるなあ。何しろ刑事には君らみたいに服装規定があるわけじゃないし。俺 光のセンスをサギ呼ばわりするのはおかど違いってもんだ」 夜 わざわざ流の一言一句を返してよこす自称刑事の男は言葉を切った後しっと流の顔を見つめ
128 一一日後、流はべッドに起き上がれるまでに回復した。 それどころか退屈だと言っては店内をうろっきまわり美貴を困らせた。 「ちょっと流君 ! あんた自分の体の事、考えなさい。熱だってまだ完全にはひいてないの 美貴の忠告にまったく耳を貸さず、物珍しそうに〈イビサ〉店内を見てまわる流から、救出 された時の状態を想像するのは難しかった。 「だって、すっと寝てたら退屈でさー」 「よくそんな口たたけるわね。数日前は死にそうだったくせに」 美貴の攻撃に対する流の反撃はない。 運びこまれて以来、泊まりこんで自分を看病してくれた人に、ロには出さないが、流は恩と 呼べるものを感じていた。 静かになった流を残し、美貴はカウンターで花を生けはじめた。 だとしたら、自分に残された道は : くわえた煙草は噛みきられ、ばとりと男の足元に落ちた。