まるで人ごとだ。一体彼は、何をしに大学に入ったのだろうと思ってしまう。 「白川さ : : : 」 「大学で、何がやりたいわけ ? 」 少し一言葉尻がきつくなってしまった気がしたが、言い訳をしても仕方がないので、そのまま こんわく 訊いてみる。西野の目を見返して、白川が困惑したような顔をした。 「怒ってる」 「怒ってるわけしゃないけどさ : いや、まあ、何かちょっとムカついてるかも」 先刻まで楽しそうだった白川が、次第にしょげていくのがわかる。それはわかるのだが、こ んな言葉尻ひとつでしょげられても困る。普通の神経の人間だったら、多分自分と同し気持ち になるはすだと、西野は田 5 う。 「大学の外でばっかり好きなことやっててさ、白川、本当は大学なんて来たくないんしゃない のか ? 」 石「そんなわけしゃないけど」 の「しゃあ、どんなわけ ? 大学の勉強なんか、通わなくても適当に済ませられる ? 」 黙り込んでしまった。言い過ぎたなとも思う。が、謝らない。 いや、謝る理由が、西野には 見つけられないのだ。 じり しだい
なんて出すものか。 」によかったんだけどさ」 「二人でも、 そんなことを一一一口う。多分無意識に言ってるのだとは思うが、西野としては、これ以上何も言 えなくなってしまうのだ。 微笑っている白川の顔を見上げ、腕を伸ばして彼の肩を擱み、自分の横に引き倒す。 「な、何 ? 」 「疲れたから、ちょっと休憩」 上着も脱がす、エアコンも入れす、ひんやりとした部屋の中で、並んで畳の上に寝転がる。 「西野 : : : 」 「ん ? 」 「エアコン、入れていし 十秒と保たすに、白川が弱音を吐いた。途端に噴き出してしまう。 「俺、変なこと言った ? 石 「いや、言ってない言ってない。きわめて正しい しりめ のそれでも相変わらす腹を抱えて笑う西野を後目に、白川は勝手にピッとエアコンのスイッチ を入れた。温まる前の涼しい風が、スーツと室内を攪拌する。 とたんふ かくはん つか
114 「久しぶり」 『うん』 しらかわ 白川から電話が来なかったのは、このままフェイドアウトしたいという意思表示だったのか もしれないと思ったこともある。だが、彼はそこまで器用しゃないし、多分、西野に対してど んな態度をとっていいのかわからなくなっていたのだと、勝手に理解した。 「最近、会わないな」 : ・うん』 「もう俺と会いたくない ? 」 『そうしゃない、けど』 電話越しに久々に聞く白川の声は、何だか少し弱々しい感しだ。だけど、話しかければちゃ んと答えるのはいつもの彼で、西野は少しだけホッとしていた。 「この前のことは、悪かったと思ってる」 にしの
晦日に大掃除ーー・ちょっと遅いんしゃないだろうか、とも思ったが、西野の帰宅を待ってい たのだとしたら、それは自分のせいでもある。 「お父さん、庭の植木、植え替えるでしよ」 あるじ もちろん、大掃除には一家の主も動員される。例外はないのだ。 何だか知らないが、年末しゃなくても良さそうな仕事がたくさんある。絶対に、男達をこき 使うためにためておいたに違いないと、西野は田 5 った。 白川の家では、そんなことはないのだろうかと、ふと思った。 彼が、大掃除に駆り出されたり、家事の手伝いをやっているところなんて、とてもしゃない が想像できない。それにー・・ー彼には申し訳ないが、あまり助けにはならないような気がするの たカ : 案外家族で、海外で年末年始を過ごしていそうな気がするーーー何となく、金持ちのイメージ で、西野が勝手に想像しているだけだが : 白川が入院していたとき、母親は海外だと聞いた。旅行に行っていたのか、それとも何か、 石 毎外で仕事をしているのだろうか。実際に、彼の両親の話を聞いたこともない。話したがらな のいわけではなく、多分西野が質問しないからだ。 訊いたら教えてくれるだろうか。彼の家族構成や職業、家はどんな感しなのか、白川は家で は何をしているのか。質問としては、きっとささやか過ぎてくだらないこと。だけど、彼のこ
180 「ん ? 」 「その皿、もう一回サッと水で洗って。洗剤いらないから」 「うんっ 自分にも仕事が与えられたと嬉しくなったのか、彼はニコニコ笑いながら、小池が出した皿 を洗った。 「一応、洗って入れてあるけどさ、使う前にもサッとね」 「うん」 「そのタオルで拭いて」 西野に示されたタオルで拭き、西野に差し出す。 「サンキュ」 その皿に、西野はサザッとキャベッ炒めを入れた。 「ラー油とかあると、つまいかも」 つぶや 湯気を立てているキャベッ炒めを見ながら、小池が呟いた。 「しゃあ、一応出しておきます」 テープルの上にラー油も出した。 「林田と大山は ? 」 「買い出し。そろそろ来るんしゃないか ? 」
「あの : こんわく 一一人の反応に困惑したような顔をして、白川が西野の顔を見る。西野は思わす苦笑してしま 「学内で見てるでしよう」 はだ 「掃き溜めに鶴ってこのことだな」 「掃き溜めって、俺の部屋だよ」 ムッとして言い返すと、小池がハッと我に返った。 「あ、すまん。やつばり本物は美人だ」 「本物じゃない白川って ? 「いや、別に写真が出回ってるとかそんなわけしゃ : : : 」 「出回ってるんだ」 失言のオンパレードの小池である。それに気づいたのか、彼はプンプンと首を振って否定し こ 0 「俺しゃない、俺しゃないぞ ! 」 「いいよもう。で、白川と話でもしたいんですか ? 」 何が『う : : : 』だかわからないが、小池が黙り込んでしまった。仕方ないので林田に視線を つる われ
174 どこかでドアをノックする音が響いている。 「うおー 、西野 , りちぎ かっこう 律儀に、先刻と同じ恰好で横たわってから、白川は文句を言って西野に体を寄せた。 「うーん、最初はなあ」 風よけに、と思って腕を回したが、それが図らすも白川を抱きしめる形になってしまう。 「西野」 「んん ? 」 「寝転がるにしても、べッドの中の方がまだいいんしゃ : : : 」 くちびる 目を開けて白川を見返す。至極まっとうな意見だが、西野の方はヒクリと唇の端を引きつら 「それはダメ。絶対ダメ ! 」 「なんで ? 」 「どうしても」 こうやはたち 西野幸也、一一十歳ーーどう考えても ( ある意味 ) 健全な男なのである。 し′」く ひび はか
172 「できれば少人数でお願いしたいんですけど」 おおやま 「わかった。しゃあ、林田と大山だけに声をかけとくわ」 「そんで、少しのんびりしたいんで、開始時間も遅くしてもらえると助かります」 「それしゃあ : : : 」 なが 小池が自分の腕時計を眺めながら言った。 「今が四時前だろ。えーと : : : 八時過ぎくらいでどうだ ? 「いいですよ」 「しゃああとでな。白川、またな」 「はい」 うれ 嬉しそうに自室に戻った小池を見て、それからニコニコ笑っている白川を見る。 「白川」 「ん ? 」 たたみ 室内に彼を上げてから、大荷物をドサリと畳の上に置き、ついでに自分もゴロリと横になっ 「お前、実は宴会好きだろ ? 」 「そうなのかな ? 」 小首を傾げているが、絶対好きに決まっている。そうでなくては、、 池の誘いに二つ返事で かし
「でもまあ、怒るかな、やつばり」 ほらね、と白川が笑、つ。 『いっ戻ってくる ? 』 「もう飽きたから、すぐにでも戻りたいけどさ」 実家に三日いただけで、である。いくらなんでも辛抱がきかないなあとは思うのだが、やっ ぶさた ばりそろそろ手持ち無沙汰だ。 『しゃあ、早く帰ってくればい、 「そうしたいけど。白川は親と同居してるから、あんまりこんな気分になったりしないんだろ うな」 しみじみと言ってしまった。 『そうかもしれないけど : : : 』 「まあ、とりあえす普段家にいないから、あと二日くらいはこっちにいるよ。三日か四日にそ っちに戻る」 石 戻る、という表現を使うのは、生活の中心が、あのア。ハートであるという意味を表す。実家 のよりもすっと、自分かいるにふさわしい場戸になっているのだ。 水 『俺、そういえば : : : 』 「ん ? 」 しんぼう
154 「俺を置いていくのが気になる ? 」 少し、か。 うそ 相変わらす、白川は正直だ。相手の反応を考えないで言葉を発する。それだけに嘘がない。 だけど、見方を変えれば、西野がそれだけ彼にとって気になる存在になってきているという ことでもあるのだ。 それだけでも、かなりの進歩しゃないか。 誰にも行く先を言わす、ふらりと一週間も姿を消していたような男が、今では置いていく西 野のことが気になるなんて一一 = ロうのだから。 「俺は、やつばり行かないよ」 『なんで ? 』 ふんいき 半分がっかりした、だけどもう半分には明らかに安堵したような雰囲気が伝わってくる。本 当に、嘘がつけない男だと思う。 「だって、せつかく白川がひとりでいろんなところに行ってるのに。俺がその時間を奪う権利 なんてないだろ」 『権利とか、そんなのは関係ない』 「でもね」