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検索対象: 水の化石
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1. 水の化石

という気持ちが先にある方が、勉強もはかどる。 優美には、受験英語と一緒に、彼女の好きなアーティストの歌詞を読ませるようにしてい てんさく る。まあ、大抵は恋愛がらみの歌詞なので、具体的に訳してもらって添削、というわけにもい かないが、何となく読んで理解ができるようになるまで、自分で辞書を引く習農を付けさせ る。それだけでも、苦痛に思える作業がひとっ軽減するような気持ちになるはすだ。 それからあとは、彼女に自信を持ってもらえるように、簡単な問題も用意する。こうしてあ の手この手で、彼女の学力アップを図っているのだ。 「先生」 「うん ? 」 ほうび 「高校に受かったらさあ、何かご褒美ちょうだい」 めずら 珍しくそんなことを一一 = 〔う優美に、西野はクスッと笑った。 「おっかねーなー。何がいいの ? 俺、貧乏学生だぞ」 「多分、そんなにお金がかからないもの」 石顔を伏せながら言っているので、彼女の表情が見えない。 「ふうん。何 ? 」 水「受かったら言う」 「うん。わかった」 はか

2. 水の化石

まるで人ごとだ。一体彼は、何をしに大学に入ったのだろうと思ってしまう。 「白川さ : : : 」 「大学で、何がやりたいわけ ? 」 少し一言葉尻がきつくなってしまった気がしたが、言い訳をしても仕方がないので、そのまま こんわく 訊いてみる。西野の目を見返して、白川が困惑したような顔をした。 「怒ってる」 「怒ってるわけしゃないけどさ : いや、まあ、何かちょっとムカついてるかも」 先刻まで楽しそうだった白川が、次第にしょげていくのがわかる。それはわかるのだが、こ んな言葉尻ひとつでしょげられても困る。普通の神経の人間だったら、多分自分と同し気持ち になるはすだと、西野は田 5 う。 「大学の外でばっかり好きなことやっててさ、白川、本当は大学なんて来たくないんしゃない のか ? 」 石「そんなわけしゃないけど」 の「しゃあ、どんなわけ ? 大学の勉強なんか、通わなくても適当に済ませられる ? 」 黙り込んでしまった。言い過ぎたなとも思う。が、謝らない。 いや、謝る理由が、西野には 見つけられないのだ。 じり しだい

3. 水の化石

「念のための検査入院なんだけどね。叔父さんもーーあ、ここの院長だけど、義直には甘いっ ていうか、過保護だから。まあ、打ったところも頭だから、それでこのフロア、脳神経外科に 入院してるってわけ」 ようやくのことで全容がわかった。そして、結果も問題なしとなっているらしい 「じゃあ、退院は ? 」 「もう、今日にでも退院したいよ」 訴えるように言う白川に、彼女がクスッと笑った。 「今日退院するって、叔父さんに言っておいてあげようか ? どうせ、入院費とかは叔父さん かどうにかしてくれるんだろうし」 「圭ちゃんから言ってもらえれば助かる」 ようこ 「容子おばさん、今アメリカでしょ ? 」 「うん。だから、そのへんの手続きとか、俺ひとりしやどうしていいかわかんないんだよ」 容子おばさんというのは、白川の母親のようだ。 じきそ 「バッカねえ。義直が叔父さんに直訴したら、すぐに言うこと聞いちゃうわよ。ま、とりあえ す私が言っておいてあげる。でも、上からナースステーションに話を通さなくちゃならなくな るから、やつばり今日いつばいはいないとダメよね , その話に、白川はムッとしたような顔をしたが、何も言わすに彼女に頭を下げた。

4. 水の化石

白川は、自分の心の中が時々わからないという。まあ、西野だって自分の心の中が百パーセ ントわかっているわけしゃないから、それはお互い様なわけだが。 「この前の宗教学で : : : 」 話がいきなり変わる。が、そんなのはいつものことなので、西野も驚かない。 「うん」 「昔のことばかりやるけど、最近の宗教ってどうなってるんだろうなって思う」 ほったん 「あー、まあな。発端は同しだろうに、なんであんなふうに別々な教義になるんだろうな」 連日ニュースで語られる戦争や内紛。最近は特に、宗教を背景にしたものが多いように感し るのは、多分彼らだけではない。 「宗教って、人を救うためのものかと思ってたよ」 西野の言葉に、白川が頷く。 「俺も。でも、哲学と通しる部分もあるしね。いろいろだね」 「仏教は哲学だとか一言うよな」 今日はどうやら、そちら方面が話題になるのかもしれない。が、西野も興味は多岐にわた る。特に本で調べたりするわけではないが、アンテナは多方面に張っているから、白川の話を まったくスルーするというわけでもなかった。 それが、彼も安心して西野と会話できる理由なのかもしれない。特に深く論議したいわけし たき

5. 水の化石

す。驚いたような小さな息が自分の唇に触れる感触に、西野は少し笑った。 した 一一回目のキスーー白川は逃げない。それどころか、かすかに唇を緩めて西野の舌を受け入れ 時間にしたら十数秒の、わすかな接触。少し乾燥した唇の感触に、唇を離すときそっと舐 めてやった。 少し離れて白川の顔を見ると、ムッとしたような顔をしている。 「怒った ? 」 「怒ってない」 「しゃあ、何でそんな顔してるんだよ」 白川は答えない。 「いやなら突き飛ばせばいいだろ」 「 : : : じゃない」 「え ? 」 「いやしゃないよっ ! 」 言わされた、というような顔をした。そして西野は、言わせてしまったとちょっと後悔し た。だけど、言葉に出してくれなければ、それを許してくれる理由がわからない。だから今 うずま あんど は、わすかな後悔と多大な安堵が、西野の心の中でグルグル渦巻いている状態だ。 そむ フィと顔を背けて、アパートに向かって歩く白川の耳が、少しだけ赤かった。それが寒さの ゆる

6. 水の化石

いたろ、つ。 「そ、つい、つわけしゃないよ」 「でもさー、先生いつもと違うよ ? 」 「まあ、ちょっといろいろと個人的にあってね。それま ) 、、 ( ししカら、問題は ? 解けた ? 」 言わなきやよかった、というような顔をして、彼女は再びプリントの問題に専念しはしめ あせ る。精神的には、少し焦りはじめているのかもしれない。 高校入試は、一一月の中旬から下旬。公立希望だが、私立もいくつか受けるらしい。受かりそ うなランクも滑り止めとして受けるはすだから、全滅にはならないはすだ。 きび 正直なところ、彼女の成績で公立はかなり厳しい。ランクはいくつかあるのだが、彼女が希 望している高校は、少なくともかなりギリギリか、あるいは危ないレベルだ。 それでも彼女がやると言っている以上は、西野もそれに協力を齏しまない。ダメ元だなんて 考えず、受かる可能性を胸に受験させてやりたい。 優美も、遅まきながら本気でやる気を出してきたので、成績も何とか上がりはしめている様 てごた 石子だ。大きな試験がないのでわからないが、少なくとも西野の手応えとしては、しわしわと調 の子を上げているという感しだ。 水要するに、スロースターターなのだろう。だから焦らせずに、学力を補強するようにしてや った方が、彼女は伸びるタイプなのだ。

7. 水の化石

「あの : こんわく 一一人の反応に困惑したような顔をして、白川が西野の顔を見る。西野は思わす苦笑してしま 「学内で見てるでしよう」 はだ 「掃き溜めに鶴ってこのことだな」 「掃き溜めって、俺の部屋だよ」 ムッとして言い返すと、小池がハッと我に返った。 「あ、すまん。やつばり本物は美人だ」 「本物じゃない白川って ? 「いや、別に写真が出回ってるとかそんなわけしゃ : : : 」 「出回ってるんだ」 失言のオンパレードの小池である。それに気づいたのか、彼はプンプンと首を振って否定し こ 0 「俺しゃない、俺しゃないぞ ! 」 「いいよもう。で、白川と話でもしたいんですか ? 」 何が『う : : : 』だかわからないが、小池が黙り込んでしまった。仕方ないので林田に視線を つる われ

8. 水の化石

172 「できれば少人数でお願いしたいんですけど」 おおやま 「わかった。しゃあ、林田と大山だけに声をかけとくわ」 「そんで、少しのんびりしたいんで、開始時間も遅くしてもらえると助かります」 「それしゃあ : : : 」 なが 小池が自分の腕時計を眺めながら言った。 「今が四時前だろ。えーと : : : 八時過ぎくらいでどうだ ? 「いいですよ」 「しゃああとでな。白川、またな」 「はい」 うれ 嬉しそうに自室に戻った小池を見て、それからニコニコ笑っている白川を見る。 「白川」 「ん ? 」 たたみ 室内に彼を上げてから、大荷物をドサリと畳の上に置き、ついでに自分もゴロリと横になっ 「お前、実は宴会好きだろ ? 」 「そうなのかな ? 」 小首を傾げているが、絶対好きに決まっている。そうでなくては、、 池の誘いに二つ返事で かし

9. 水の化石

「場所は ? 」 白川の問いに、一一人は声を合わせた。 「当然、安い居酒屋 ! 」 本当に、どうしてこの二人は、こういうときはかり気が合うんだろうか まね 「ちょっとお、市原、真似しないでよ . 「真似って言うか ? 今のは同時だっただろ」 言い合っている一一人のあとを、白川と一緒に歩く。白川は、おもしろそうにクスクス笑って 「西野の友達、おもしろい 「なあ」 「何 ? 」 「そろそろ、俺の友達とかって言うのやめないか ? 」 言葉の意図がわからないような顔をして、白川が小首を傾げる。 石 「だから。こんなに何回も一緒に会ってるんだから、俺だけの友達しゃなくて、白川の友達に のしてやってもいいんじゃないのかってこと」 「 : : : あ、そう、かな ? 」 とまど 戸惑いのあとに、ゆっくりと喜びがやってきたみたいな表情だ。 101 かし

10. 水の化石

そんなこと、今まで一度も田 5 ったことがない、というような声だった。それにホッとして、 西野は続ける。 「しゃあ、俺が仲間達と引き合わせても大丈夫なわけだな ? 「だからーーー . 」 , 日川かもどかしそ、つに一言、つ。 「俺はいつも言ってるだろ。西野と付き合ってると、いろんな人と知り合えるからおもしろい って」 「ああ、うん・・ : : そうだった」 そう言ってもらえることにホッとする。つまりは、言葉に出して言ってもらわないと、安心 できない。自分がここまで誰かの一一 = ロ動を気にする人間だったなんて、西野は信じられない思い 」っこ 0 「俺は、親戚付き合いがほとんどで、しかも一番年下でかまわれて育ってきたから、あまり人 に気を遣うことができないんだ。それは、わかってる。でも、それしゃいけないと思うから ・ : 西野がいてくれて助かってる」 「うん」 「でも、ごめん。俺、多分西野に甘えてる」 ふっと笑ってしまった。 つか