別に自分は眠いわけしゃないし、それ以前に、彼と同しべッドで眠ろうなんて大それたこと も思わない。ただ、白川の安心したような寝顔を見ているのは、とても楽しかった。 そんな楽しみを邪魔するかのように、視線の先で白川がばちりと目を開いた。 ここがどこだかわからない様子だ。 「おはよう」 「おはよう : : : 」 はあく とりあえす返してくるが、どう考えても現状を把握しているとは考えがたい。まだ寝ばけて いるのかもしれない 「驚いた」 「何が ? 」 「西野がいるから」 「俺の部屋だ」 めぐ の 言われてようやくのことで、視線を周囲に巡らせ、かけてある布団の柄をましましと見つめ 水 ている。 「うちのと違う」 ふとん
「着替える ? e シャッと何か、パンツとか。楽なのがいいだろ」 おしいれ 押入の中のケースから、着替えを出してやる。 「シャワーとか浴びるんだったら、アルコール抜けたときの方がいいだろ。今は我慢な」 あわ シャッとスウェットを手渡された白川は、素直に頷いて着替えはじめる。西野は慌てて視 線を外した。女の子の着替えしゃないのだから、そんなに動揺する必要はないのだが : : : 白川 の白い背中は目の毒だ。 チラリと視線でその背中を追ってみた。ゆるくたわむ、きれいな背中だ。 マジでヤバイ : 再び視線を逸らす。だが逸らしても、目を閉じても、西野の内側には彼の背中の残像がちら ついている。 「西野は ? 」 「えつ、俺が何 ? 」 声をかけられて、荒てて振り返ると、少しだばついたシャツを着た白川が、べッドに潜り 込もうとしているところだった。 「寝ない ? 」 「寝る。うん、俺も着替えてから」 荒てて答える西野ににこっと笑いかけると、白川が言った。 がまん
な表情。視線が、行かないで欲しいと訴えている。 西野は、あきらめて長いため息を吐き出した。 「まあ、退屈なんだろうし」 「うん」 「話し相手も欲しいんだろ ? 」 白川が嬉しそうに頷いた。 それから西野は、夕飯の時間まで、白川の話を聞いてやった。 こんせき リップルマークーーー太古の、水の痕跡の話を。 たいこ
「それ何 ? 」 「何が ? 」 」、っそく 「拘束って感し ? 」 言われて、西野がムッとする。 「そんなわけしゃないけどさ」 「はら、だから西野 : : : 」 せめてみんなといるときだけでも、腕を放してもらえないかなあー・ーーその視線はそう言って いた。だが西野としては、先日入院していたときの話を聞いているので、今まで以上に心配で 仕方ないのだ。 「過保護だよなあ ? 」 「うん」 白川に助け船を出すように言った市原だったが、西野がジロリと睨む。 「西野ー、どうしちゃったんだよ ? お前、おかしいよ」 しようち 石 おかしいのなんか百も承知だ。しかし、せめて自分がいるときくらいは、転ばすにいてはし のいと思っている。 「転はないって」 「ウソつけ」 にら
「そんな奴に声かけるなよ」 呆れてしまった。白川が視線を、転がっている男から西野に向ける。 「だって、下がアスファルトだからさ : : : 結構危ないんだよ」 「いや、だからって : : : 」 「くそっ ! 」 あくたい 転がっていた男は悪態をつくと、一一人が話している隙をついて、逃げていった。 「逃げ足も早い」 西野は、その後ろ姿を見送って、思わず感心してしまった。本当に、一瞬の出来事だ。 「大丈夫 ? 」 白川が、春野にバッグを渡している。 「ありがとう」 受け取ってから、白川の顔をましましと見ていた。 「え ? 」 石 「びつくりしたー ・ : あれ、どうやったの ? 」 のそれは、西野も訊きたかった。 わざ 「合気道の技 ? 」 「うーん、技というか何というカ・ : : ・」 189 あき
「そうかもね」 少し濡れた唇で白川が言った。無邪気な表情に、無邪気しゃない唇 無意識に逸らした視線に、白川は少し不思議そうな顔をした。 「旅行ーー・」 「え ? 」 何か話題を提供しなくてはと、必死に考えて言葉を紡ぐ。 「また、どこか行く予定は ? 」 「うーん。あるけど」 「またかよ」 自分で話を振っておいて、ひどい言いぐさである。だが、後期に入ってからすでに一一回も行 っているので、今度行ったら三回目になる。 「よく金があるなあ : : : っていうか、単位は ? 」 「どうだろう。出席率優先のやつは、だめかもしれない」 たんたん そんなことを淡々と言う。普通だったら、もう少し焦るなり何なりするところではないだろ 「卒業できなかったら、困るだろ ? 「多分ね」 あ つむ
「あの : こんわく 一一人の反応に困惑したような顔をして、白川が西野の顔を見る。西野は思わす苦笑してしま 「学内で見てるでしよう」 はだ 「掃き溜めに鶴ってこのことだな」 「掃き溜めって、俺の部屋だよ」 ムッとして言い返すと、小池がハッと我に返った。 「あ、すまん。やつばり本物は美人だ」 「本物じゃない白川って ? 「いや、別に写真が出回ってるとかそんなわけしゃ : : : 」 「出回ってるんだ」 失言のオンパレードの小池である。それに気づいたのか、彼はプンプンと首を振って否定し こ 0 「俺しゃない、俺しゃないぞ ! 」 「いいよもう。で、白川と話でもしたいんですか ? 」 何が『う : : : 』だかわからないが、小池が黙り込んでしまった。仕方ないので林田に視線を つる われ
164 「改めて、あけましておめでとう」 しらかわ ペこんと頭を下げた白川のつむしを見て、ふと笑いが洩れた。 相変わらすマフラーを首のあたりにグルグル巻いて、コート姿の彼は、西野を待っている間 も寒そうに肩をすくめていた。 離れているときは、何だかとても彼のことを美化していて、会いたくて会いたくて仕方がな かった。もちろん、現物の彼がそれに劣るというわけではないのだが、感覚的にはちょっと違 きれいな物を離れて見ているような感覚ではなく、もっと身近で手に触れられるという、温 あんど 度を感じられる安堵感みたいなものが強くなる。 さび 「寂しかった ? 」 訊いてみた。すると彼は視線を上げて、 「別に」 にしの
「もちろん」 白川には、白と銀のビーズで作った携帯ストラップ。彼はそれを見て、テープルの上に置い てある西野の携帯にチラリと視線をやる。西野はすでに、優美からもらったストラップを付け ていたのだ。 「俺がプレゼントしたわけしゃないのに、図らずもおそろい クスッと笑うと、白川が照れたように笑った。そして、その場で自分の携帯に付ける。 「ありがとうって言っておいて」 「うん」 「これ、手作り ? 」 「みたいだな」 「受験生だろ ? すごいな」 それは西野も考えた。だがまあ、受験生にも気分転換は必要だ。 「成績も、ちゃんと上がってたよ」 石 「えらいね。先生がいいからかな」 ふう の普通、ここは茶化して言うところなのだが、白川は真顔で言った。そんな風に言われると、 西野の方が照れてしまう。 「マジな顔して言わないでくれ」 121 まがお
「大学を卒業しましたって、肩書きが欲しいだけしゃないのか ? 」 「違う」 「どこが ? ・説明できる ? ・ きつもん ああ、俺何で詰問口調なんだろう : ・ 白川の表情を見ながら、心の中では後悔の嵐が吹き荒れている。しかしその一方で、俺は悪 くないぞという声も確かにあった。 大学を舐めてんしゃないのか、と言いたいのだ。そして、義務教育じゃないんだから、来た くなければ来なくていいのに、とも思っている。 困惑した表情のまま、白川は唇を開く。 「このまましや、社会に出られないと思って」 「え ? 」 「俺、人に慣れてないから。人がたくさんいるところに慣れなくちゃいけないと思って : : : 」 まぬ 何とも間抜けな、そして健気な理由だ。西野は、思わす力無い笑いを洩らしてしまった。そ れに、白川がムッとしたような視線をよこす。 「なるほど」 せけん 思わず手を伸ばして、白川の頭を撫でてしまった。世間知らすの坊ちゃんは、社会勉強の意