166 クックックッと笑ってしまった。 「まだ正月気分 ? 」 「家に飲みきれないほどあるんだよ」 しんせき なるはど、親戚連中が集まるときに持ってきたのかもしれない。酒豪が宴会のために持ち寄 った酒は、きっと一般人がびびるくらい大量にあったのだろう。 「まあ、置いておいても悪くなるものしゃないから、アパートの宴会用に使ってくれれはいい と思って」 「そのときは、白川も来るだろ」 あびきようかん 「呼んでくれればね。でも、阿鼻叫喚なんだろ ? そうだった。年末の忘年会はひどかった。一部屋に入りきれないので、会場は一一部屋。西野 の部屋と、ひとっ置いて隣の林田の部屋。間にある小池の部屋は、当人が嫌がって提供してく れなかった。言い出しつべは自分のくせに : 「さすがに一部屋しや入りきらないんだ ? 」 マージャン 「いや、そういうわけじゃないけど。林田の部屋は麻雀部屋になってた」 「そうか : ・・ : 麻雀」 「やったことある ? 」 白川は麻雀なんてやらないんだろうなあと思ったのだが。 はやしだ
% 的」 ~ ロ儿り , か 6 い しようちゅう 「や、それとこっちはいつもの焼酎」 安い大ポトルである。 「ピールは林田が買ってくる。発泡酒だけどな」 「他の人は ? 」 「まあ、宣伝はしてないけど、おいおい集まってくるだろ」 そんな調子で、この部屋の飲み会は始まった。 そして一時間後には、西野の部屋には部屋主の西野を含めて男七人がぎゅうぎゅう詰めで酒 を飲んでいた。 「酸素が薄い」 やから 誰かがそう言ったので、窓は開けたままだ。しかし寒いと言い出す輩もいない。始めのうち しだい は目をばちくりさせていた白川だったが、次第に彼らのペースにも慣れてきた様子だ。 いつもだったら四人か五人がせいぜいのメンバーだが、白川がいるという噂を聞きつけたの か、あまりこの部屋には集まらない住人も顔を出している。 「へええー、本当に白川だったんだ。ガセかと思った」 なんて言う奴がいると思えば、 「俺、ケータイで一緒に写真撮ろうかな」 やっ
笑った。 「なんか、西野と付き合ってると、いろんな人と知り合えておもしろい」 そ、つ一一 = ロってもらえるとホッとする。 「だろ ? 」 誰かが白川のことを、王子様みたいだと言った。ある意味それはあたっているかもしれな れいじんぜん い。今まで彼は、周囲に人を寄せつけす、孤高の麗人然としていた。白川の周りには見えない 壁があったのだ。 だが、今は西野がそれを取り払う。あるいは、その壁を越えてこいと誘い出す。孤立してい た彼を、自分たちのテリトリーに迎え入れるのは、西野にとってそんなに難しいことではなか こころ った。だがその一方で、今まで誰もそれを試みたことがないのも確かなのだ。 うわさ 「まあ、そう言ったはいいけど : : : 噂が広まって、今日のこの部屋の人口密度は、いつになく 高くなりそうな気がする : ・・ : 」 部屋の中を見回して、西野が言った。 石「片付ける ? の「うん。白川、悪いけどべッドの上にいて」 水そしてそれから約三十分間、西野が部屋の中をバタバタと掃除している間、白川は言いつけ を守ってべッドの上でちんまりとしていたのである。
合気道も習っているなんて。 「段とかあるの ? 」 「あるけど。でも、試合とかはないんだよ」 「そうなんだ ? 「うん。演武会とかはあるけどね」 ようやくのことで部屋に着く。どうやら、そろそろ他の部屋の住人も、実家から戻ってきて いるらしい 「お、戻ってきたか」 かぎ 鍵を開けている最中に、隣のドアが開いて小池が顔を出す。 「お久しぶりです」 「こんにちは」 かげあいさっ 西野の陰で挨拶をした白川に、小池が目を細めて笑った。 「何だ、一緒に旅行でも行ってたのか ? 」 「違いますよ。駅で一緒になったんです」 「たまたま ? 「 : : : 違うに決まってるでしよ」 何となく、小池の言い方が気になってムッとして返すと、彼はからかうような顔で笑ってい
「それ、俺のことですか ? 」 西野がしれっと言ってみせる。 「キャベッ炒めが料理か ? 」 「料理ですよ。なあ、白川 ? 「うん」 洗ったキャベツをざくざくと大きく切って、フライハンに油を垂らして炒める。さすがにこ れくらいのものを作るのには、そんなに手間取らなくなった。キャベツがちょっと大きかった ような気もするが、男の料理は細かいところは気にしないのだ。 「味は、塩こしようでいいですよね ? 」 しようゆ 「ソースでも、醤油でも、なんでも」 うんうんと言いながら、小池は部屋の隅に片付けてあるテープルをセットする。そして、食 器も出してくれる。 本当は、こういうことを白川がやってくれたら : : : なんて思うことは、甘えなんだろう 石 か 6 あ。 の 思いながら背後を振り返ると、彼は何をやっていいのかわからないというような顔をして、 たたず 水 部屋の中程に佇んでいた。 「白川」 すみ
ためしゃないと思いたい西野なのである。 部屋では、せつかく買い出しに行ったにもかかわらず、小池が大いびきをかいて眠ってい た。かろうしてあくびをしながら待っていた林田が、 「お帰り、俺は部屋に戻るわ」 と言って帰っていく。 「なんだよなー、せつかく買ってきたのに」 ブップッ文句を言いながらも、いつものことなのであきらめて、小池に布団を掛けてやっ た。やっと二人だけ ( もう一名眠っているが ) になった室内の空気は、ようやく通常の温度に なってきた。 「ま、俺たちも眠るか」 「ここで ? 」 白川がべッドを示す。 「だって、もう布団これしかないし。あ、誰かと一緒しゃ寝られないとか ? 」 石もしかしたら白川は、その程度には神経質なのかもしれないと思ったのだが : 「平気だけど」 水 本当は、俺の方が平気しゃないかもしれないけど : ・ そうは思ったが、西野はそんな気持ちはおくびにも出さない。
翌日は家庭教師のバイトだったので、携帯をマナーモードにしておいた。ポケットに入れて いる携帯が震動したので、メールの着信を知る。 ゅうみ 優美の部屋の外で確認したら、やはり白川からのメールだった。 『明日帰る』 短い文面だが、それだけでもホッとする。やっと彼は帰ってくるのだと思うと、心から安心 できる。でも、どうせ明日の連絡はないだろうという思いもある。家に帰るなり、そのまま眠 つね りつばなしになるのが彼の常だからだ。 ばくすい そして案の定、白川から電話はかかってこなかった。まあ、疲れて爆睡しているのだろうと 推測できるので、それは仕方ないとあきらめる。電話をかけて、起こしてしまってもかわいそ : ・が、問題はその翌日である。白川から連絡がなかったのだ。日曜だったので、部屋の掃 「その方が確率が高そうだから」 のぼる いい奴だが、いまいち女にはそれが伝わらずに、損をするタイプ めげない男、市原暢 の男なのだった。 やっ そん
194 西野の言葉に、彼女は不満そうだ。が、それは事実なので仕方がない。 「あとは、道路側しゃなくて、反対側に持つようにつて、よく言われるだろ」 「言われないけどー : でも、確かにそうだよね」 しぶしぶ 渋々頷いた。どうせ彼女のことだから、バッグは変えないだろうが、持ち方くらいはこれか ら気をつけるかもしれない。 部屋の前で、彼女がドアを閉めるまで見守った。 「お茶でも飲んでく ? 」 「まだ部屋があのままだから , 「そうか。じゃあ、おやすみ。ありがとう」 西野と白川の顔を交互に見て言ってから、彼女はドアを閉めて鍵をかけた。それを確認して からアハートを出る。 「ごくろうさん、だな」 「何が ? 」 「付き合ってくれてさ」 西野の言葉に、白川は小さく笑う。 「西野に付き合ったって言うか : : : 彼女、俺の友達でもあるから」 何だか、衝撃を受けてしまった。衝撃と一一一口うよりは、感動かもしれない。人目がないことを
184 電話はすぐに切れた。大山が身を乗り出して訊いてくる。 「え、女の子が来るんですか ? 」 「女の子っていうか : : : まあ。勝手に呼んじゃったけど」 そして白川に視線をやった。 「春野呼んしやったけど、 彼は、にこっと笑って頷いた。 「うん。なんだか久しぶりだ」 「まあな。大学始まらないと、あまり会わないもんなあ」 しかし、考えてみてからちょっと早まったかと思った。以前白川は、春野の存在をすいぶん と気にしていた。彼女には彼氏がいるからと言ったときに、ようやくホッとしたような様子だ ったが : もし、以前のこだわりをまだ白川が抱いているようだったら、それもちょっと無神経かと思 ったのだ。 くったく それにしても、春野は屈託がない。他のメンバーを確認もしなかったし、まったくの友人と いうことで意識していないのだろうが、男の部屋に行くことも気にしていない様子だ。 「よく来るの ? 」 「来ませんよ。小池さんだって知ってるでしよ。俺の部屋に女の子が来たことないの」
127 水の化石 「早く部屋に行こう」 「うん」 おぼっか 微妙に足元の覚束ない白川の腕をとった。だが、カは入れない。支えるだけだ。これが、西 野の理性のギリギリ。そして、白川の自由を奪わないという、ささやかな意思表示。 「西野」 「何 ? 」 「俺、西野にプレゼント用意してなかった : ・ : ごめん」 白川でも、そんなことが気になるらし い。だけど西野は、彼から何かもらおうなんて思って しオし いや、彼がここにいてくれるだけで、充分な気がする。 アトの住人は、今日は出払っているらしい。まあ、誰かがいようと、今日ばかりはこの 部屋での宴会はお断りだ。 ドアを閉めてすぐに、狭い玄関で白川を抱きしめた。 「西野ーー ? 」 とまど 戸惑ったような声。でも、上着を脱いだあとじゃ遅いーー暴走してしまいそうだから。 だから、上着を着たまま、分厚い布地の上から抱きしめる。欲望をやり過ごし、優しさと愛 しさだけを伝えるために、そっと抱きしめる。 「あ、の : : : 」