だが、結果的にそれが ( ーディの人生を狂わせてしまった。剣術を知ったせいで国の宝たる じゅうしん 神子姫が出奔したとして、ベルシアの神官や王宮の重臣たちは、 ハーディひとりに全責任を押 りようしよう し付けた。自分たちとて、神子姫が剣を習うことを了承していたくせにー だが、地位も名誉も失って、身ひとつで国を追放されながら、それでも不幸とは思わなか「 たと ( ーディは言った。ヴィラローザが神殿を捨てたのが、 ( ーディのためだと信じていたか ら。神子姫は生涯結婚できない、だからだと ( 尊敬していた、憧れていた。わたしの目標で誇りだった。だが、男として愛していたわけじ ゃないんだ ) 国を捨てたのは、あくまで己のため。ヴィラローザは ( ーディの想いにすら気づいていなか 。ヴィラローザを探す旅の中でそのことに気づいたとき、 ハーディは真実すべてを失った のだ。 失意の彼を魔物が襲ったのは、何という運命の皮肉なのか。死に行く最期の想いでヴィラロ ーザを恨み、復讐のために甦りを願ったとしても、どうして ( ーディを責められよう。 ( 悪いのは、すべてわたしだ。 ( ーディにはわたしを憎む権利がある。だが、なぜ、わたしだ けを憎まない ? 罪もない人を手にかけた ? ) ディール たく ヴィラローザに神剣『烈火』を託し、シルヴィに道を示した夢見の占者レダ。何の痛みも感 ばばさま じずに、 ハーディは彼女を死に追いやった。水使いの婆様も、 ハーディが殺したと同じこと おのれ
「そう、おいらは風使い。ホントは、普通の人にこんなことしたくないんだけどさ。仕方ない よね、あんた強いんだもん」 ロシ = が軽く腕を動かすと、風が一層激しさを増した。中に取り込まれた ( ーディの服が、 そこかしこで裂け始める。刃と化した風が皮膚をも切り裂き、滴る鮮血が風に巻き上げられ こ 0 : ロ、ロシュ」 それまで、ただ呆然とふたりの攻防を眺めていたシルヴィが、ようやく乾いた声を紡ぎ出し くぎづ た。視線が、渦巻く風に釘付けになっている。 ロシ = は安心しろとばかりに、軽く片目を閉じて見せた。 「大丈夫、殺しやしないよ。でも、動けないくらいにはポロポロにな 0 てもらわなきゃね。な んせ、こっちも命が懸かってるんだから」 「そうじゃなくて : : : 」 きゅうちおちい シルヴィは ( ーディの身を案じた訳ではなか 0 た。むしろ、その逆。これほどの窮地に陥り あせ ながら、風の檻に封じ込められた ( ーディに少しも焦りの色が見られないことを、奇妙に思 0 たのだ。 激しく煽られる ( ーディの亜麻色の髪の下で、赤い色が見え隠れしている。耳飾りだろう しんく か。小指の先ほどの真紅の石。 つむ
35 浄化 っちめてやらないと気が済まない」 「捕まえるったって、どの街に向かったかもわからないのに」 「あのガキ、葡萄酒で酔っ払って、王都のデーレに行くとロ走ってた」 「それだって本当かどうか : : : 」 「えらく消極的だな。悔しくないのか ? 」 「そりゃあ、悔しいさ。でも、金はまたすぐ稼げるし、それに : : : 」 言いにくそうにシルヴィがロごもると、ヴィラローザは思い当た「たような表清にな 0 た。 ーディのことか ? 」 うなず シルヴィは ~ 言で頷いた。 ーディを追っているヴィラローザの目的地は、デーレよりやや南にずれたゼクトの街であ えりしよう ーディがマクダレナの軍部にいることはまず間違いがないのだ る。手掛かりの襟章から、 が、上は王宮警備から下は地の兵営まで、何処にいるのかまでは見当がっかない。そのた そうかっふ め、ゼクトにある軍の総括府で、彼の勤務地を確かめるつもりだったのだ。 ーディの居所がわかれば、彼との対決は近くなる。ヴィラローザはその時期を、少しでも 引き延ばしたいのではないか。シルヴィはそう考えたのだ。 もしそうだとしても、そのことを責めようという訳ではない。そんなことは誰にもできな くや かせ
銀緑の瞳が、射抜くように ( ーディを見据えた。 ( ーディは怯えたように、ぎこちなく首を 横に振る。 「 : : : 違う。俺は : : : 」 「許さない」 シルヴィはゆらりと立ち上が 0 た。は 0 たと ( ーディを睨みつける瞳には、燃え上がるよう な憎しみがたぎっていた。 「許さない。許すものかーー」 呪文のように響くシルヴィの声。部屋の壁が、窓が、ビリビリと細かく震え出した。 押し潰されるような圧迫感を感じて、 ハーディが顔をしかめる。 ふわり。 風もないのに、シルヴィの銀の髪が舞い上がった。 気だ。とてつもない気がシルヴィから吹き出し、彼を中心として渦巻いているのだ。 「許すものか、絶対に ! 」 カッ シルヴィの瞳が銀一色に染まる。 その瞬間、突き上げるような妻まじい衝撃が、塔全体を駆け抜けた。 しようげき
133 浄化 ( 竪琴 ? ) こうき ーディのあまりの苦しみようにその場を立ち去りかねてい 逃げ出す好機とは思いつつも、ハ あえ たリヌスは、耳にした喘ぎで完全に逃げる気を失ってしまった。 先程から流れているシルヴィの竪琴。この音色が ( ーディを苦しめているというのだろう 自らも名手と呼ばれるリヌスには、あれがソムルであることがわか 0 ていた。 生命と音楽を司る月神アリ = ルの恩寵深き吟遊詩人ーーソムラーダのみが奏でることができ るという詩。人の魂を導き、隠された真実をも導き出すというソムル。 あやっ ( この者は、魔王に心を操られているのか ? ) その呪縛を、ソムルが断ち切ろうとしているのだろうか ? しかし、仮にそうだとしても、 ソムルは人に安らぎを与えるもの。これほどまでに苦しむのは妙である。 ( ーーあれは ? ) ーディの耳飾りに目を止めた。爪の先ほどの小さな深紅の石。それが、か リヌスはふと、ハ すかに光を発しているのだ。 紅を帯びた妖しい輝き。まるでソムルとせめぎ合うかのように、その光は強ま 0 たり弱ま 0 たりを繰り返していた。 ( これじゃ ) しんく
69 浄化 ーディにかなわないのだ。 ( このままじゃ確実に殺られる。おまけに、ロシ = まで巻き添えだ ) めぐ シルヴィは必死で考えを巡らせた。 ーディが諦めるよ 勝っ必要などない。助かれば、それでいいのだ。逃げられないのなら、ハ う仕向ければいい。どうすれば ドクン なまり ふいに心臓が大きく脈打ち、シルヴィは身体に奇妙な熱を感じた。真っ赤に溶けた鉛を飲み しやくねつかん 込んだような灼熱感。それが、じわりと身体中に広がっていく。 ドクン、ドクン・ ふうき 「くそう、なんで風気が保てないんだよお ! 」 ぜっきよう ロシュが絶叫したそのときだった。 らせん 衰えた風が突如として勢いを取り戻し、空めがけて螺旋のように吹き上げたのだ。 うめ 変化の勢いで ( ーディは渦からき出され、壁に激突して低く呻いた。 竜巻と化した風は地上を離れて上空 ( と舞い上がり、しかる後、カ尽きたかのようにふいっ とかき消えた。 「えつ、な・ : んで : : : ? 」 手のひらを眺めながら、ロシュが小さく呟いた。 つぶや
そ、命絶えても今一度ヴィラロ 1 ザに会いたいと思ったのだ。 それを ( 死に面したときの、俺の絶望も無念も、なにもわかってなどいないくせに ! ) 「あれには手を出すでない」 ーディは初めて顔を上げた。 思いがけないエメリアの言葉に、 「何故でございます ? あんな、取るに足りない小僧を」 「異なことを申す。あれの力は、そなたが一番よく知っているではないか」 やけど エメリアが ( ーディの前髪をかき上げると、左頬の無残な火傷跡があらわにな 0 た。 「しかし、これは : : : 」 せいいき シルヴィに傷つけられたことに違いはないが、シグルトの墓という聖域で、神聖銀の力が 増幅しただけのことではないのか。シルヴィ自身のカではない。 えんぜん ーディの思惑を読み取ってか、エメリアは薄い唇に艶然たる笑みを浮かべた。 ノ 「では、あの風はどうじゃ ? あれも間違いなく、あの少年のカぞ」 「まさか : : : 」 じゅばく 血晶石の呪縛にもかかわらず、突如として竜巻に変化した風 聖域ではない場所。神聖銀を持たないシルヴィ。それでも、カは確かに存在したのだ。 めざめ 「まだ覚醒きってはおらぬ。だが、あれは妾のための力」 0 セレイン
だが、もしヴィ一フローザ自身が、無意識のうちに逃げていることに気づいていないとすれ ば、いずれハーディと真向かったときに命取りとなる そんなシルヴィの心配を知ってか知らずか、ヴィラローザは口元にかすかな笑みを浮かべ 「デーレとゼクトは目と鼻の先だ。大して遠回りにはならない。それに、今更こんなことを言 うのもなんだが、わたしから ( ーディの居所を探す必要はない、そんな気がするんだ」 「ヴィラ ? 」 まゆね みけん 眉根を寄せたシルヴィの眉間に、ヴィラローザはそっと人差し指を当てた。 コ言っておくが、逃げてる訳じゃないぞ。ただ、 ( ーディは自分がマクダレナにいることを示 していった。それはたぶん、わたしがマクダレナに人ったことが、 ( ーディにはわかるからだ と思うんだ」 いかにしてかはわからない。しかし、 ハーディの背後には、何か得体の知れない大きな力が うごめ 蠢いている。 「そして、わたしはここまで来た。何処にいようと、 ハーディは自分から姿を見せるはずだ。 必ずーー」 決して運命から目をそらさない。だが、ただ流される訳でもない。運命に立ち向かえるヴィ ラローザの真の強さを、シルヴィは改めて見せつけられた気がした。 えたい
65 浄化 キイイーン ! むぞうさ ーディは難無く手裏剣を地面に叩き落としていた。それ 無造作ともいえる剣の一振りで、ハ どころか一瞬のうちに間合いを詰め、逆にロシ = に斬りつけてくる。 「うわわっ」 ロシはとんぼをきって凶刃をかわすと、ひらりと側壁の上に飛び上がった。まるで、猿の ように身が軽い。 おど 「このヤロ、脅かしやがって : : : 」 文句を言いながら、ロシ = は片手に二本ずつ、計四本の手裏剣を指に挟んだ。 「腹立った。もう、手加減しねえからな ! 」 同時に放たれたそれらは、すべて正確に相手の四肢を狙 0 ていた。今までに、これをすべて わざ 避けた者はいないという、ロシの自慢の技 ノ ーディを傷つけることはできなかった。見事な剣さばきが、一瞬のう だが、それすらも、 ちに四本の手裏剣を払いのける。 「どうした小僧、これで終わりか ? 」 ーディは壁の上のロシュをたく見やった。 息ひとっ乱さずに、 ( おいらの手裏剣が、全然通じないなんて : : : ) かってない屈辱に、ロシはクッと唇をかんだ。琥珀の瞳からは、完全に余裕が消えてい こはく はさ ましら
かれたように立ち上がった。 何を迷っていたのだろう。 何が正しくて何が間違「ているのか、そんなことは誰にもわかりはしないのに。明確な答え など、最初から何処にも存在しないのだから 、自分が今なにをすべきか。その答えは、すでにつかんでいたはずではなか 0 たか。 ( 間違うな、ヴィラローザ。斬らねばならないのはシルヴィじゃない ! ) 「ねえちゃん、どこへ ? 」 「 ( ーディを追う。ロシ = 、シルヴィを頼んだぞ」 言い置いて、ヴィラローザは駆け出した。 突然、木々が途切れる。そこだけぼっかりと開けた空間に、、 ノーディが月を背にして立って いた。 「来たか」 ( ーディの声は穏やかで、一片の悪意も感じられなか「た。それでも、ヴィラローザに向か ってスラリと剣を抜き放つ。 いつべん