世界樹 - みる会図書館


検索対象: 浄化 : 月影のソムル3
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1. 浄化 : 月影のソムル3

113 浄化 と、最悪の事態ーーー・大暗黒の再到来だけは防げるであろう、と。 かたしろ 「もう、五年近く前になりましようか。形無きアスローンの形代として、最も純粋な鉱物と言 すいしよう われる水晶を用意し、わたしはひとりでアスローンの出現場所、この世界樹に向かったので す。月の明るい夜でした」 りゅうしあた ぎんばん かんべき 天空に浮かぶ完璧なる銀盤は、惜しみなく地上に光を降り注ぎ、その銀の粒子が辺りに反射 して、木々の影すら押しのけていた。 銀色に染め抜かれた、幻想的なソルの森。その中でも、月光を透す世界樹の下は、ひときわ 明るく輝いていた。月がそのまま地表に映ったかのように : 「ところが、形代の水品を置くべきその光の輪の中央に、赤子が捨て置かれていたのです」 どれほど前に置き去りにされたのか、痩せこけた赤子は泣き声すら上げていなかった。 すいじゃく 衰弱して気力を失っているのか、もしくはすでに息絶えているのか。 リヌスが近づいて確かめようとした、まさにそのとき。 地表に映っていた光の輪が、突如、銀の柱となって天に吹き上げたのだ。世界樹はもちろ ん、その根元に捨て置かれていた赤子をも孕んだまま、光の柱は月まで届いた。 あまりのしさに、リヌスは袖で顔を庇 0 た。だが、そのぼやけた視界の中で、彼は驚くべ き光景を見たのだ。 もてあそ からだ 赤子の身体が光に包まれて、世界樹の先端までふわりと浮き上がる。気流に弄ばれるように さいとうらい はら あかご 0 とお

2. 浄化 : 月影のソムル3

帰って来ないほうがよかったのに : あふ あの言葉に込められた、溢れんばかりの愛情も。 言葉にされることは決してなかった。それでも、確かに自分は愛されていたのだ。 「じっちゃん、やつばり俺、帰って来てよかったよ。じっちゃんのことが大好きだって、こう して伝えられるんだもの」 「シルヴィ : : : 」 リヌスは初めて孫の名を呼んだ。 「育ててくれて、ありがとう。俺は、じっちゃんに命をもらったんだね」 幼い子供のように、シルヴィはリヌスに抱きついた。リヌスの手が小さく震えながら、シル ヴィの背中に回される。 夕日の赤い光が世界樹の葉を透り、ふたりの長い影を地面に落としていた。 また、一陣の風が立った。 「えらいこと聞いちゃったなあ」 おづえ 窓枠にもたれて頬杖をつきながら、ロシュは。ホソリと呟いた。 視線の先には世界樹がある。もっとも、塔の高さもあって、木の下にいる人物は小指ほどの まどわく とお つぶや

3. 浄化 : 月影のソムル3

230 王を滅ぼすことができたとしても、シルヴィがいなくなることのほうがよほど怖い。 もし、カ及ばず『魔』が解き放たれ、再来した暗黒の世に、世界中の人間がシルヴィの存在 を非難否定しても、ヴィラローザはシルヴィを守ってみせる。 そのために、ずっとそばにいたいのだ。 「そうだよ。わたしは自分勝手な人間だ。魔王は憎いし許せない。でも、世界を目茶苦茶にし ようとしている奴を倒すことよりも、お前のほうがよっぽど大事なんだ」 にうん シルヴィは信じられないものを見るように、呆然とヴィラローザを見つめていが、やがて、 その顔に柔らかな笑みが広がった。 「ありがとう。その言葉だけで十分だ」 「ばかやろう。わたしは口先だけの奴が大っ嫌いなんだ。絶対に一緒に行くからな。来るなと 言うなら、お前だって行かせないぞ」 ヴィラローザは一歩も引かない。 愛しさが込み上げてきて、シルヴィはヴィラローザを抱き締めた。強く、強く 「本当に、かなわないよな。ヴィラには」 「じゃあーーー .. 」 ひたい 顔を上げたヴィラローザの額に、シルヴィはすっと指を当てた。 いと

4. 浄化 : 月影のソムル3

105 浄化 ようしゃ そこかしこに『魔』が凝り、その瘴気より生まれ出た恐ろしい魔物たちは、容赦なく人里を すさ おそ 襲ったという。恐怖と隣り合わせの人々の心は荒み、醜い欲望のままに、力を欲して『魔』を 受け人れる者が増えていった。 - おちい いぎよう かんまん 『魔』を受け人れた者は異形となって緩慢な狂気に陥り、今度は自らの手で世を乱した。しか あんそく かえ も、その魂は死後も安息の月に還れぬまま、『策』に取り込まれてその成長を促すのだ。止ま あくじゅんかん るところのない悪循環に、世界は底無しの闇と化した。 うれ なげ いつく 命を慈しむ月神アリエルは嘆き悲しみ、同じく世を憂いた太陽神ラ・ディンは、ひとりの英 雄を世に送り出した。それが、ラ・ディンの剣士と名高い、勇者シグルトなのだ。 「シグルトは一フ・ディンの加護を受け、この世に溢れたすべての『魔』を、地の底深くに封じ 込めました。しかしその際、『魔』はシグルトに、いや人間の世に、恐ろしい呪いを残したの です」 リヌスは古文書を開いたが、内容はすっかり覚えているらしく、文字を追うことなく語って 聞かせた。 ふち ひと 「〈聞け、人間の子よ。これより一千年の後、我らの王が我らを闇の淵より解き放つ。王は憎 しびとよみがえ あやっ しみによって人間の中に生まれ、『魔』と魔物を自在に操り、死人を甦らせ、この世に破壊と 混乱をもたらすであろうご 「死人を、甦らせ : こご かご しようき あふ うなが

5. 浄化 : 月影のソムル3

瓦礫を踏み締める音に、エメリアがゆっくりと振り返った。近づいて来るシルヴィを認め、 きざ 浄 赤い唇がとろりとした笑みを刻む。 「よくぞ参った、アスローンを宿せし者よ。待っていたのじゃ、ずっとーーー」 突然の目眩。視界が暗くなり、意識が無理やり遠ざけられる。 「シル・ : ヴィ : 「愛してるよ、ヴィラ。誰よりも、何よりも。だから、俺はひとりで行く」 ささや 腕に倒れ込んだヴィラローザに、シルヴィはそっと囁いた。 「俺も自分勝手な人間だよ。世界を守ろうなんて正義感、これつぼっちもないんだから。 ただ、ヴィラに生きててほしいんだ。そのためだけに、ヴィ一フのいるこの世界を守りたいんだ よ」 シルヴィはヴィ一フローザに唇を重ねた。 愛している。たぶん、二度と会うことはできないだろうけど。この身体が死んでしまって も、心はずっとそばにいるから : アルソエル かたわ ヴィラローザの傍らに『月の船』を残すと、シルヴィは洞窟から足を踏み出した。 がれき めまい

6. 浄化 : 月影のソムル3

で、何事も起こらない。 「出て来いよ。いるんだろう」 ヴィラローザがもう一度呼びかける。 すると答えるように、世界樹から少し離れた茂みがガサリと動いた。木の陰から姿を見せた のはシルヴィである。 目を見張るリヌスをその場に残し、ヴィラローザはシルヴィに歩み寄った。 「その様子だと、だいたい聞いていたようだな。かくれんぼがうまくなりやがって」 「ヴィ一フ、俺は : : : 」 「急にいろいろ考えると、頭が破裂するぞ。わたしも、まだ整理がついていないしな。だか とりあえずは、じいさんに言いたいことがあるだろう ? 」 ら、今後のことは後で決めよう。 少し笑ってシルヴィをリヌスのほうに押し出すと、ヴィラローザは塔に向かって歩いて行っ た。その背中を見送ってから、シルヴィはゆっくりとリヌスに近づいた。 共に暮らした一年の間、交わした言葉はあまりにも少なかった。抱き締めてもらった記憶も 化ない。 じあい だが、どうして気づかなかったのだろう。自分を見つめる祖父の瞳に、いつも限りない慈愛 の色があったことに。 今なら、わかる。

7. 浄化 : 月影のソムル3

人の世が『魔』に大きく侵食されたという大暗黒の時代。封印の解除は、その悪夢の時代の 再到来を意味する。 「だが、心を閉ざすことでは何の解決にもならぬよ。意思のなくなったアスローンは、魔王に とって都合がよいだけじゃ」 かえ 「なら、俺を一緒に連れて行ってよ。じっちゃんの還るところへ」 みなもと 生まれる前に魂の在るところ、死した後に魂の還るところ。すべての命の源である月、アリ みもと エルの御元へ 肉体が死に至れば、その身に宿るアスローンも共に滅するはず。アスローンがなければ、魔 王とて封印を解くことはできない。 自分ひとりがいなくなることで最悪の事態を防げるならば、それはきっと最良の方法なのだ ろう。 さと 悟ったように銀緑の瞳を向けてくるシルヴィに、リヌスはゆっくりと首を振った。 「世界樹の下でお前を見つけたとき、わしも同じことを考えた。だが、それは間違いだったの だと、今になってようわかるよ。存在していることから始めるべきで、存在する前に戻すべき ではないのだと」 「よく、わからないけど : : : 」 かえ 「存在には必ず意味がある。それを知ろうともせず帰そうとするは、神の意志に逆らうことじ しんしよく めつ

8. 浄化 : 月影のソムル3

114 ゆるやかな回転を始めた赤子は、一巡りするつど痩せこけた手足が丸みを帯び、身体が大きく なり、短かった髪がしなやかに伸びて : まるで、時の流れを速めて子供の成長を見るようだった。 うたが 目を疑うような光景に、リヌスは堅くまぶたを閉じた。そして再び目を開けたときには、光 の柱も、世界樹の先端に浮かぶ赤子の姿も、夢のように消えていたのだ。 「ですが、赤子がもといたこの木の根元には、十を幾つか越えた年頃の、銀髪の美しい少年が うずくまっておりました」 「銀髪の、って : まさか、それが : ・ : ・」 ( シルヴィなのか岬 ) ヴィラローザの口から、かすれた呟きが漏れた。 「なん : ・て : ・こった : : : 」 十二歳までの記憶を持たないと言ったシルヴィ。 記憶などある訳がない。失ったのではなく、もともと存在しなかったのだから ! 「その子供にアスローンが宿 0 てしま 0 たのは、疑いようのないことでした。この世すら滅ぼ せる力が、一個の人間として意思を持つ。この恐ろしさがお理解りになるか。魔王に利用され る恐れだけではない。その子自身が、第二の魔王になる可能性すらあるのだから : 。わたし がその子を殺そうとしたとしても、致し方のないことでしよう」

9. 浄化 : 月影のソムル3

ふいにひざまずいたリヌスにヴィ一フローザは慌てたが、リヌスはそのまま深くこうべを垂れ こ 0 「どうかあの子を、シルヴィを、一刻も早くこの地から連れ出してくだされ。そして、少しで も遠くに。魔王に封印を解かせぬためにも : : : 」 塔の近くにそびえるその木は、樹齢千年を越えるかと思われる見事な大木だった。 うすむらさき 大きく広げられた枝に豊かに茂る葉は、珍しい薄紫の色をしている。そして不思議なことに は、これほどの大木だというのに、地面に影がまったく落ちていなかった。 とお 「陽の光も月の光も透してしまうこの木を、我らは世界樹と呼んでおります。恐らく、この場 に集まる地脈のなせる技なのでしようが : : : 。すべては、この場所から始まりました」 じゅひ リヌスは骨張った指で、堅い樹皮にそっと触れた。思い出すかのように、そのまましばし黙 化り込む。ヴィラローザには、その姿が何かに耐えているように思われてならなかった。 やがて、リヌスはゆっくりと振り返った。 浄 「一千年前、『魔』が呪いを残したと時を同じくして、大気もまた後の世にアスローンが出現 することを占者に予言したのです」 じゅれい

10. 浄化 : 月影のソムル3

Ⅷも無残な光景ーー。 あとかた 学問と真理を探求するため、多くの賢者たちの集った塔は、跡形もなく崩れて瓦礫の山と化 ようしゃ し、辺りの木々も根元から容赦なくなぎ倒されていた。その葉が光を透すという不思議な世界 なか 樹すらも、半ばからへし折られて痛々しい傷口をさらしている。 突然、瓦礫の隙間から、にゆっと人間の腕が伸びた。ガラガラと瓦礫を押しのけて、むつく り身体を起こしたのはヴィラローザである。 ひど 「あ、、酷い目に遭った。くそう、身体中が痛いぞ」 かぶ 全身に被った砂ぼこりを払い落としながら立ち上がる。ぶーぶー文句を言っているわりに、 けが 怪我らしい怪我はしていなかった。 すぐ横に、半ば瓦礫に埋もれたロシ = が倒れている。掘り起こしてやると、すぐに目を開け て起き上がった。こちらも大した怪我はないらしい。 かんたん 自分の手足を様々な角度から確認したロシ = は、思わず感嘆の声を漏らした。 「すごいな、生きてるよ」 「結界を張ってたお陰だな。あとはシルヴィだが : : : 」 ヴィラローザはざっと周囲を見回した。 のが 難を逃れた賢者たちが、荒ただしく怪我人の収容を始めている。全壊までにいくらか時間が あったため、死者が出るには至らなかったらしい。 からだ すきま つど とお