殺し - みる会図書館


検索対象: 浄化 : 月影のソムル3
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1. 浄化 : 月影のソムル3

164 救いは、実家が取り立てられたこと。そして、王があくまで優しいことだった。死んでしま った許婚を忘れることはできなかったし、王を愛してもいなかった。だが、少しでも気持ちに こた 応えられるように、愛せるように努力しようと思って そんなときだった。父親と王の会話を聞いてしまったのは。 だいじんくらい 『王のお為に、娘の許婚まで手にかけたのですぞ。大臣の位をお約束して頂かねば』 『わかっている。大きな声を出すでない。もし人に、いや、誰よりもイーダに聞かれたら、わ たしが嫌われてしまうではないか』 あこが 『娘は大丈夫でございましよう。もともと、王宮生活に憧れておりましたから。ただ、優しす ぎて許婚を捨てることができなかっただけでーー・』 がくん ィーダは愕然とした。自分を王宮に上げるために、父と王が共謀して許婚を殺したという事 実。そして何より、それをイーダのためとも思っていた父の言葉に。 きゅうあい ことわ だが、王から最初の求愛を受けたとき、断っても後悔しないかと尋ねた父に、イーダは確か にこう答えたのだ。 『本当はね、少しもったいない気もするの。王宮の生活は、きっときらびやかで素敵でしよう から』 もちろん、ほんの冗談のつもりだった。たとえ貧しくとも、許婚以上に愛しいものなどなか ったから。彼なくしては、幸せになどなれるはずがないと知っていたから。 きようにう すてき

2. 浄化 : 月影のソムル3

15 浄化 笑いは、少女の本質をよく表していた。 「あの小娘、此度こそ殺せ」 ハーディはかしこまって答えた。 ふいに鋭さを帯びた少女の声に、 ぎよい 「御意」 「エギナの村より西に向かった。ということは、ソルの森に入ったの」 たも げんしょ ソルとは、古の言葉で原初を表す。この世を造り給うた偉大なるふたりの神、太陽神一フ・デ インと月神アリエルが、最初に降り立ったとされる場所だ。 「では、早速」 きびす 踵を返しかけたハーディを、少女は呼び止めた。 「そう急くでない。彼奴らは間違いなく、ここに向かっておる」 「マクダレナに入るまで待て、と ? 」 。出来れば、一気にカタを付けた 「そうじゃ。確かめたいこともあるし、塔のこともある : いゆえ」 そのときのことを想像したのか、少女は喉の奥でくつくっと笑いを転がした。 ーディ、そなたにも見せてやろう。一千年を経てすべての『魔』が解き放たれる、悪夢の さいとうらい ような光景を。暗黒の世の、再到来じゃ」 こたび

3. 浄化 : 月影のソムル3

61 浄化 「だが、安心しろ。お前の望みどおり、簡単になど殺してやらない。ゆっくりと、この手でく びり殺してくれる」 ーディはシルヴィに馬乗りになると、その細い喉に手を当てた。 ぎようそう 「苦しみ抜いた醜い形相を、ヴィラローザにさらすがいい」 シルヴィは薄く目を開けた。ハーディの濃紺の瞳が目の前にある。それが宿しているのは しんえんやみ 深淵の闇ーー あや 命の危ういこんな状況だというのに、シルヴィの顔にふっと笑みが浮かんだ。ふいに、目の こつけい 前の男が、ひどく滑稽で哀れな者に思えたのだ。 「 : ・ : ・馬鹿だね、あんた。俺を殺しても、ヴィラを殺しても、あんたが救われることなんて決 してないのに」 「わかったような口を ! 」 ーディはその手に力を込めた。 「ぐっ・ シルヴィが声をつまらせる。空気を求めてハーディの手を払いのけようとするが、カの差が ありすぎてビクともしない。 「 : : : 気づけ・ : よ、 : ・間違って : ・る・ : んだって : : : 」 苦しげに、シルヴィが喘ぐ。ハーディはわずかに顔をしかめたが、自分自身に言い聞かせる あえ

4. 浄化 : 月影のソムル3

ハーディはくっと眉をひそめた。先程から、夜風に乗ってかすかに 進人路を確認しながら、 聞こえていた竪琴の音。それが更にはっきりと耳につくのだ。気が散って仕様がない。 ( 嫌な音色だ : : : ) から 切なさを含んだ柔らかな旋律が、身に絡み付くようで息苦しい。心に探り手を人れられるよ ーディは軽く頭を振った。 うな不快感。音を拒絶するように、 ひとけ 人気のないことを確認し、窓のひとっからスルリと塔内部に忍び込む。目指すは、大賢者リ ヌスの部屋。 「殺しておしまい。父上に任せていたのでは埒があかぬ」 リヌスの運命を決めたのは、エメリアのたった一言だった。これからも、彼女の気まぐれひ とつで、いったいどれほどの人が死んで行くのか・ いた しかし、それを悼む気持ちなどハーディにはすでにない。人間らしい感情など、一度かいま ふち 見た死の淵に捨て去ってしまったのだ。残されたのは、ただ憎しみのみ。それが最期のとき の、ヴィラローザに対する想いだったから 化〈ーー違ウ〉 ーディはこめかみを押さえた。 突然、頭の中に声が響く。軽い頭痛を覚え、 げんちょう 浄 塔の中にも、あの竪琴の音は流れていた。思考が乱される。今の幻聴も、この音色のせいだ ろうか。 まか さいご

5. 浄化 : 月影のソムル3

179 浄化 美しいものは好き。だが、それを踏みにじるのはもっと好きなのだ。 「よいことを教えてやろうか ? 」 ぎんこくゆえっ アメジスト 紫水晶の瞳に残酷な愉悦が浮かんだ。 わらわ 「最初にハーディを殺したのも、この妾よ」 「なにつ」 「水鏡にあやつの姿を捕らえたのは、ほんにただの偶然であった。ひとりの娘を探しておるよ しやくさわ うだったが、あまりに曇りのない真っすぐな目をしていたので癪に障っての。魔物を差し向け て殺してやったのじゃ」 ギリリと、ヴィラローザが奥歯をかみしめる。エメリアはますます楽しげに続けた。 めった 「それでも、最期までしぶとく娘のことを考えておった。滅多にない強い想いだったから、少 し手を加えたら面白いことになるだろうと思うての。事実、なかなか楽しませてもろうたわ」 何もかも、最初からすべてエメリアの仕組んだことだった、と。 はざま ーディとヴィラローザが苦しみもがく様を、この魔王 歪められた愛しさと憎悪の狭間で、ハ は笑いながら見ていたのだ。 「ほ : ・、怒ったのかえ。しかし、そなたに何ができる。銀の少年を助けるどころか、自慢の剣 ゆが く、も

6. 浄化 : 月影のソムル3

ヴィラローザまで殺す気かに ぜっきようのうり ーディの絶叫が脳裏に響いた。 ( そう・ : だ。俺は、ヴィラを殺してしまうところだったんだ : あのとき、 ーディが止めなければ間違いなく。 ほか 許されないのはハーディではない。外ならぬ、この自分ーーー ! ハキン。 頭の中で、何かの弾ける音がした。それが最後。 びどう こくう うつろに虚空を見つめたまま、シルヴィは徴動だにしなくなってしまった。 「おや ? 」 エメリアは眉を上げたが、大して驚いた様子ではなかった。シルヴィの目の前でひらひらと 手を振り、ま 0 たく反応がないことを確認すると、含み笑いすら伴 0 て呶いた。 「人間の精神とは、随分ともろいものよの。この者、を捨ててしま 0 たわ」 「己を捨てて、って : 化さすがに慌てて、ロシュはシルヴィに駆け寄ろうとした。その肩を、立ち上がったエメリア とど が止めるように押さえる。そのまま強引に回れ右をさせると、エメリアはロシュを押し出すよ うにして、一緒に扉へと歩き出した。 「心配せずとも死んではおらぬ。大方、アスローン覚醒のショックに耐えられなかったのであ ごういん かくせい

7. 浄化 : 月影のソムル3

Ⅷか。ならば、魔王には脅威が存在しないことになる。 アスローンは『魔』の呪いと大気の予言とによ 0 て、封印を解くとされたものだ。そしてそ れを証明するかのように、アス 0 ーンを宿したシルヴィは、リヌスが命をかけて守ろうとして たやす いた封印の補助たる塔を、いとも容易く破壊してしまった。 ( シルヴィの存在は、人の世を闇に導くのか ? ) この子を、殺してしまおうと思うたのです。 ふいに、アスローンの秘密を打ち明けたときの、リヌスの言葉が脳裏に蘇「た。 最善策と知りつつ、シルヴィを殺せなか 0 たリヌス。だが、その情けが過ちだ 0 たとしたら ヴィラ 0 ーザは封印を施したシグルトの転生。そして今、自分の目の前に封印を破るアス 0 ーンがいる。 ( わたしは、何をすべきなんだ : 何が正しくて何が間違 0 ているのか、ヴィラ 0 ーザにはわからなくな「てしま 0 た。混乱し てシルヴィからそむけた視線が、腰の『烈火』に固定される。 あやま ( ーー過ちは、正されるべきだとしたら ) 何かに憑かれたように、ヴィラ 0 ーザの右手がゆるゆると『烈火』に伸ばされた。柄を握り 締め、引き抜こうとしたまさにその瞬間、 きようい ほどこ

8. 浄化 : 月影のソムル3

がんこ みようが 。あの頑固な老人は、つくづく命冥加な奴と見ゆる」 ひとりごちながら、エメリアは杯を口元に運び、血のように赤い葡萄酒を一口含んだ。 「あの小娘、ほんに妾の邪魔ばかりしてくれる。のう、 ハーディ ? 」 すみ 隅に控えていたハーディは、言葉少なにうつむいた。 エメリアは杯を手にしたまま音もなく立ち上がると、ひざまずく ( ーディに歩み寄り、彼の そそ 頭に杯の中身を注ぎ落とした。 イねろ 「なぜ、赤毛の小娘ではなく銀の吟遊詩人を狙うた ? 」 空になった杯から手を放す。杯は ( ーディにぶつかり、傍らの床に転がった。 めざわ 「 : : : 目障りでしたので」 うつむいたまま、ハーディは低く答えた。 最初は、ヴィラローザのそばにいるという事実が目障りだ 0 た。だが今は、シルヴィの存在 自体がひどく目障りで腹立たしい。 ーーーーー俺を殺しても、ヴィラを殺しても、あんたが救われることなんて決してないのに 気づけよ、間違ってるんだって 憐れむような目でシルヴィが言った、あの言葉のひとつひとつが胸に突き刺さっている。 救われたい訳ではない。ただ、憎いだけなのだ。憎いからこそ、恨みを晴らしたいからこ あわ わらわ

9. 浄化 : 月影のソムル3

59 浄化 「黙れつ凵」 白刃が風を切る。 しりもち ひとふさ 銀髪が、ふあさり、と一房落ち、よろけたシルヴィは地面に尻餅をついた。 ( ーディは濃紺の瞳に怒りをたぎらせ、抜き身の切 0 先をシルヴィの韆一兀に向けた。 なまいき 「自分の身ひとっ守れない小僧が、生意気な口をきく。状況がわかっていないのか ? 詫びて いのちご 命乞いするなら今のうちだぞ」 「冗談・ 銀と濃い緑がまだらに混ざった印象的な瞳が、強い意志を持ってハーディを睨み返した。 ばばさま 「あんたはレダを、婆様を殺した。ヴィラを傷つけた。俺は、絶対にあんたを許さない」 「許さないならどうする ? 俺の顔を焼いたあのときのように、光でも放っ気か ? だが、こ こは聖域じゃない。それに、頼みの神聖銀も持っていないようじゃないか」 「簡単に殺されてなんか、やらないってことだよ ! 」 握り締めた土を、シルヴィはハーディの顔めがけて投げ付けた。 「うわっ この : : : 」 まちなか うば ーディが視界を奪われた隙に、シルヴィは駆け出した。ここは街中だ。人のいるところま で行けば、ハーデイも下手な手出しはできないはず。 かたわ ーディはすかさずシルヴィの足元を狙って、傍らにあった棒切れを投げ付けた ところが、ハ はくじん へた すき ねら にら わ

10. 浄化 : 月影のソムル3

「だが、これで終わりだ ! 」 ハーディが地を蹴る。同時に、ヴィラローザの足も動いた。 ( 迷うな ! ) 閃く軌線。ふたつの影が、一瞬重なり合う。 カラン。 ひと振りの剣が地面に転がった。 「・ : ・ : 見事」 ひざをついたのはハーデイだった。腹部を押さえた左手が、流れ出る血で真っ赤に染まる。 りきゅう 「約束、さっきの答えだ。魔王は、レギン三世の王女、離宮のエメリア : : : 」 呟いたハーディはヴィラローザを振り返ろうとして、果たせずそのまま倒れ込んだ。 「ハーディ」 ヴィラローザは『烈火』を捨てて駆け寄り、 ハーディの上半身を抱き上げた。ハーディを斬 ったその瞬間に、感じていた違和感の正体に気づいてしまったのだ。 そう、ハーディは確かに本気だった。だが、以前に斬り結んだときのような、たぎるような 殺意がかけらもなかった。ヴィラローザを殺す気がなかったのだ。 「ハーディ、なぜ・ 最初から、斬られるつもりでいたのだろうか。 ひらめ