101 浄化 複雑そうなシルヴィの様子に、ロシュは首を傾げた。 「よかったじゃん。会いたかったんだろう ? 」 あいまい シルヴィは答えず、曖昧な笑みを浮かべただけだった。 帰って来ないほうがよかったのに・ つぶや 確かに聞いた、祖父のあの呟き。おまけに塔についてからというもの、シルヴィはほとんど リヌスと顔を合わせていなかった。リヌスのほうが避けているのは明らかだ。 ロシュさえ倒れなければ、自分をこの塔に連れてくるつもりすらなかったのかもしれない。 それを裏付けるように、リヌスは塔にいる他の賢者たちに、シルヴィらは危ないところを助け てくれた旅人、とのみ説明したのだ。 ( なに期待してたんだろう、俺 : : : ) 祖父に会いたいと思ったのは、自分について知りたかったからだ。生きているとは知らなか ったし、よしんば知っていたとしても、抱き締めて会いたかったと涙してほしいなどとは思わ なかったはずだ。共に暮らしていたころから、そういう親密な関係ではなかったのだから。 では、なぜ、今こんなにも落ち込んでいるのだろうか。不思議だった。自分の感情が理解で きない。 ( ロシュに感化されたのかな ? ) おくめん 臆面もなく、養い親を大好きだと言ってのけたロシュ。無意識のうちに、自分を彼と重ねて かし
69 浄化 ーディにかなわないのだ。 ( このままじゃ確実に殺られる。おまけに、ロシ = まで巻き添えだ ) めぐ シルヴィは必死で考えを巡らせた。 ーディが諦めるよ 勝っ必要などない。助かれば、それでいいのだ。逃げられないのなら、ハ う仕向ければいい。どうすれば ドクン なまり ふいに心臓が大きく脈打ち、シルヴィは身体に奇妙な熱を感じた。真っ赤に溶けた鉛を飲み しやくねつかん 込んだような灼熱感。それが、じわりと身体中に広がっていく。 ドクン、ドクン・ ふうき 「くそう、なんで風気が保てないんだよお ! 」 ぜっきよう ロシュが絶叫したそのときだった。 らせん 衰えた風が突如として勢いを取り戻し、空めがけて螺旋のように吹き上げたのだ。 うめ 変化の勢いで ( ーディは渦からき出され、壁に激突して低く呻いた。 竜巻と化した風は地上を離れて上空 ( と舞い上がり、しかる後、カ尽きたかのようにふいっ とかき消えた。 「えつ、な・ : んで : : : ? 」 手のひらを眺めながら、ロシュが小さく呟いた。 つぶや
11 浄化 だった。出会って半年。このわずかな期間に、奇麗なだけのぼうっとした吟遊詩人の少年は、 確かな変化を遂げていた。 「なに、ヴィラ ? 」 自分を注視する視線に、シルヴィは小首をかしげて見せた。出会った当初に比べて、いくぶ ん長くなった銀の髪がさらりと流れ、ヴィラローザは思わず目を細めていた。 ( 伸びたな。身長も : : : ) 半年前はこぶしひとっ違ったというのに、今や、ふたり並んでも大して差は感じない。 共にいた時間が目に見える。それは不思議な感覚だった。 あの髪がもっと長くなり、身長も追い越されたそのときに、果たして自分はシルヴィの隣に いるのだろうか。時折、そんなことを考えていることがある。 「ヴィラ ? 」 再び呼ばれ、ヴィラローザは我に返った。シルヴィと目が合い、さっと顔が赤らむ。それを せきばら ごまかすように、わざとらしく咳払いなどをして、 「いや、えっと、その : : : もうすぐだよな、お前が育ったっていう森は。 - 森を出て初めてあっ たのが、この先のエギナの村なんだろ ? 」 「うん。真っすぐ東に進んでエギナの村に着いたから、逆に村から西に進めば、暮らしてた小 屋の辺りに行けるはず」 きれい
252 さて、今回のタイトルは『浄化、 ka a 「 s 、・』。「カタルシス」とお読みください。古典ギ リシア語 ( らしい ) です。 日本語としても、カタルシスって使いますよね。その場合は、「ストレスの解消」とか「コ ンプレックスの解消」とかいう意味になるらしいけど、これは、もともとの「浄化」って意味 もすべてひっくるめての『 katha 「 sis 』です。我ながら奥が深いなあ。 次、新キャラ紹介いきましよう。 お元気少年、ロシュくん。彼はなんと、シルヴィ & ヴィラよりも古いキャラなんです。投稿 時代に書いたあるファンタジーで、準主役を演じてたんですよ。超お気に人りだったので、晴 れて今回メジャーデビューとなりました。 おおかみ ちなみに、そのときはウルという名前で、特技は狼使い。今回の特技は 0C0 ですね ( 本文 をまだ読んでいないという人のために、一応、伏せ字にしときます。あとがきから読む人って 結構いるでしょ ) 。外見や年齢、性格なんかは、わたしのシュミを大きく反映しているので元 あきしの のままです。秋篠さんがどんなふうに書いてくれるか、とっても楽しみ D あと、やっと出た真打ち悪役、エメリアさんもリキの人ったキャラです。なんでわたしって しんそこ ば、心底怖い黒幕的悪役っていうと、女の子にしちゃうんでしようね。しかも美少女。まあ、 彼女を女の子と言っていいかどうかは、大いにギモンの残るとこですが : 彼女のお父上、レギン三世については何も語るまい。彼はわたしと担当さんの間で、「エロ
161 浄化 灯りを消した部屋の中で、エメリアは床に置かれた大きな水盤を眺めていた。 窓からは明るい月光が差し込み、水面を銀色に染めている。 「呼んだな」 小さく呟くと、エメリアは両手を水の中に差し人れた。間を置かず、手に触れたものを一気 に引き上げる。 ザンツ。 水盤のまわりに水が飛び散った。 「ーーーただいま。エメリア様」 全身濡れそぼったロシュが、シルヴィを腕に抱いたまま、につこりとエメリアに徴笑みかけ こ 0 すいばん
7 浄化 第一章 ソルの 見ッケタ ひざ さんざめく明るい日差しを避けるように、 ひそ それは小道を見下ろす葉陰に身を潜めてい こ 0 たいこ 太古の昔より息づき続ける、形無きモノ。 器官としての目など持ち得ないはずのそれ は、しかし、確かに彼らを見つめていた。 小道を行くふたつの人影。銀の髪をした美 ひいろ しい吟遊詩人の少年と、燃え立っ緋色の髪を 持っ少女剣士とを 見ッケタ 見ッケタ
99 浄化 第三章 真実 かんそ ロシュが目を覚ましたのは、簡素な部屋の 簡素な寝台の上だった。 「あれ、おいら : : : 」 「ああ、気がついたね」 窓を開け、部屋に風を入れていたシルヴィ が振り返る。窓からは、どこまでも続く緑の 森が見渡せた。かなり高い場所であるらし けげん ロシュは怪訝そうな表情で身体を起こし こ 0 「ここはどこ ? おいら、いったい : : : ? 」 「ソルの森の人り口にある賢者の塔だよ。君 は丸一日眠ってたんだ」 「丸一日眠って : : : 」
121 浄化 大きさにしか見えない。髪の色や服装から、ヴィ一フローザだシルヴィだとはわかっても、普通 に話される声が聞こえる距離では到底ない。 しかし、ロシュは風を操って声を運ばせ、話の内容をすべて聞いていた。これも盗み聞きと いうことになるのだろうが、彼はあまり細かいことを気にする性質ではない。よって、罪悪感 もないに等しかった。 「アスローン、か。なんか、すごいモンらしいけど : : : 」 窓を離れ、ゴロリと寝台に転がる。 「ま、シルヴィが何者だろうと、おいらには関係ないけどね。おいらは、おいらがやらなきや いけないことをするだけさ」 むじやき 首から紐で下げた小さな巾着を顔の前でぶらぶらと振りながら、ロシはにつこりと無邪気 な笑みを浮かべた。 あやっ たち
245 浄化 終章 風に導かれるまま、ヴィラローザは森の中 を駆け抜けていた。だが、いつもに比べて足 取りがあまりにも重い。いくらも進んでいな いというのに、息は荒く、表情も苦痛に歪ん でいた。 「くっ : 風に遅れまいと歯を食いしばるが、足元か ら突き上げる振動に、胸の傷が悲鳴を上げ る。生きていたのが不思議なほどの傷。オリ かんち ハルコンのカでふさがったとはいえ、完治し ている訳ではないのだ。 けん きた 立ち上がって歩けるのも、鍛え抜かれた剣 士なればこそ。普通の者ならば、身を起こす のが精一杯だろう。それをいきなり走るだな むぼう どと、無茶も無謀もとっくに通り過ぎてい ( 早く、早く追いっかないと : : : ) ゆが
49 浄化 第 : 章 目住い マクダレナの王都デーレは、ソルの森を出 てから徒歩で半日。西域一の大国の王都だけ あって、さすがに大きな街である。 いしだたみ 整備された石畳の道を行き交う馬車や人波 を眺めながら、ヴィラローザは盛大なため息 を漏らした。 にぎ 「賑やかで大きな街について、嫌だと思った のは生まれて初めてだぞ」 「確かに、人捜しには向かないね」 シルヴィも軽く肩をすくめる。しかし、こ れしきのことで挫けてはいられないのだ。 しようしんしようめいむいちもん なにせ、シルヴィらは正真正銘の無一文。 いっさいがっさい 金目のものを一切合切持ち去ってくれた小悪 魔ーー・ー・ロシュを取っ捕まえない限り、食事に せいび