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検索対象: 疵を継ぐ者 後編
29件見つかりました。

1. 疵を継ぐ者 後編

少女にしては荒つばい声が流を呼んだ。 流を呼び捨てにする女子生徒は一人しかいない。振り向くと、上り坂をものともせす今井香 織が駆けて来た。 「やつば四堂だあ。遠くだったし、はっきりわかんなかったけど絶対四堂だって思ったんだ、 あたし。ね、言ったとーりしゃん」 荒い息でまくし立て、香織は後ろを振り向いて手を振った。 「やあ、流。おはよう」 きようや 気だるげに朝の挨拶をし、京也が香織の後からやって来た。 「お前ら、一緒だったのか」 「偶然 ! 偶然駅で会っただけ。一緒っていうわけじゃないよっ」 本当に、と念を押す。自分の一言に何故そんなに強い反応を示すのか流は不思議だった。 「いやいや、今井には感心するよ。あの距離で、しかも後ろ姿だけでよく流だってわかるな 後あ。もし俺だったら今井もわかるかどうか」 堵「べ、別にあたしは : : : 」 継ロごもる香織の顔は赤く染まる。 疵 「なに言ってんだ、お前ら 「流はわからなくてもいいんだ。それよりこちらはどちら様かな ? 」 おり なぜ

2. 疵を継ぐ者 後編

っさんじゃなくてしいさんかもしれねえけどな」 「んだと卩ガキャあ ! 誰に向かってそんな口きいてやがる卩 すきえり つかみかかろうとする両国の腕をするりとかわしたが、ふと気をとられた隙に襟の後ろをつ かまれフェンウェイは野良猫のように持ち上げられた。両足をばたっかせるが両国の腕はびく と、もしない 「ちょっとばっかしはしつこいからって大人にかなうなんて勘違いすんしゃねえ。そりや若気 の至りってやつだぜ。チビ」 ご満悦の両国がフェンウェイを見下ろす。 のどもと シャツが喉元に引っ掛かって声を出せないフェンウェイがしきりに後ろを指さす。振り向く と木佐は背を向けて歩き始めていた。 「お、おい、木佐 ! 」 両国が追いかけたが、人の多さにすぐに見失った。 編 後舌打ちし、頭をかいた両国は右手のひらを見てはっとし、後ろを振り返った。そこにフェン 者ウェイが、フずくまり、腰をさすっている姿があった。 「おう、チビ。悪かったな、急に手え離しちまって。ケツでも打ったか ? 」 疵悠長にかけられた言葉にフェンウェイが両国を睨んだ。 「突然放り出されたら落っこちるにきまってんだろ ! 脳天まで響いてー まんえっ : あっ、つう

3. 疵を継ぐ者 後編

帰っていいぞ」 「一言われなくてもそうさせてもらいますよ」 笑って返し、イスの背にかけてあったジャケットを手に立ち上がった。丁度その時、同し強 行犯係の刑事達が戻って来た。後ろを暴力団担当刑事達が通る で行われていた会議が終わっ 会議室 今は四堂組抗争の対策本部になっているが たらしい 「終わったのか」 「ああ、ようやくな。本庁の刑事さん達は話が長くてよ」 「おい、しつ」 傍らの刑事が目で後ろを示した。 、はけん 一番最後に会議室から出てきた男達が久我達を見つめていた。本庁から派遣されたマル暴刑 後「君か。噂の茶髪刑事は」 緒四十前後のオールバックの刑事が言いながら近づき、久我の、刑事というには派手な恰好を を頭から足先までしろしろと眺めた。 疵「そんなチャラチャラした恰好じや目立ってしようがないだろう。支給のスーツはどうし 事だ うわさ

4. 疵を継ぐ者 後編

日比野は黙ったままだ。 つば 唾を呑み込み、流は日比野の横顔を見た。 なぜ日比野は自分も盃を返した事を、組をやめた事を言わないのか流にはわからなかった。 「てめえっ ! 黙ってないでなんか言ったらどうだ ! 」 組員の一人が怒鳴り、日比野の襟首を後ろからっかみ、がくがくと揺すった。 「日比野さん " ・ 流は走りだそうとしたが、後ろに立っ組員に腕をつかまれ、一歩も動くことはできない 「やめろよ ! 日比野さんは組、やめたんだっ ! 組継ぐっもりもないし、もうカタギなん たまらず流が叫んだ。 それまで平静だった田島の眉がつり上がる。 「なん : : : だと ? 後信しられない面持ちで流を見つめ、そして日比野に視線を戻した。 組を : 、四堂組をやめたっていうのか ? 四代目襲名を 緒「 : : : お前、盃を返したのか ? 継 を 疵田島の声は震えていた。 いちもんじ 一文字に結んだ日比野のロが開いた。

5. 疵を継ぐ者 後編

信号待ちする流に背後から昌也があれこれと話しかける。信号はまだ青にはならない。 ぶち切れ寸前の流が後ろを振り向こうとして顔を上げた時、目の前にすうっと車が現れた 「坊ちゃん ! ふしん 昌也が叫び、不審な車と流の間に割って入ろうとした。が、流はその腕を避け車を見つめ た。黒のプレジデント、その車種には見覚えがあった。 目の前でスモークのリアウインドウがするすると下がった。 「流、乗っていくだろう」 ほほえ 京也だった。京也がリアシートから背を浮かしもせずにつこりと微笑んでいる。 さわ 「乗っていくか ? 」ではなく「乗っていくだろう」という半ば決めつけた言い方が気に障っ 流はちらりと後ろを見た。断ったらずっと昌 素直に応しる気にもなれなかったが 也にくつつかれる。どっちをとるか、わかってて言っているのだ、こいつは。 流は無言でプレジデントに乗り込んだ。 「坊ちゃん ! 昌也がドアを開けようとしたが、プレジデントは流が乗り込むとすぐに走りだした。振り向 すが くと昌也が追い縋ってきたが、加速した車はあっという間に彼を引き離した。 「礼は言わなくてもいいよ。親友が困っているのを見てられなかっただけだからね。で、どこ

6. 疵を継ぐ者 後編

「もう遅いし帰った方がいい この辺は比嘉の仲間や他にもャパいやつらがうろうろしてるん だ。梅姿に何かあったら俺がフェンウェイに怒られる」 梅姿は黙ったままだった。だが、いくら頼まれても聞ける願いではない。 「じゃあ、俺行くから , 気にはなったが梅姿を残し、流はその場を走り去った。 しよくあん 職安通りに出て、信号待ちをしていると後ろに気配を感した。視線だけで後ろを見ると電柱 の陰に梅姿の姿があった。 ついてくる気だろうか。信号が青に変わり流は横断歩道を走った。隠れるようにしていた梅 姿が慌てて追いかけて来る。やはりついて来る気だ。このまま撒いてもよかったが、〈裏新宿〉 で彼女を一人にする方がよほど心配だった。 「梅姿」 気づかれてないと思っていたのだろう。突然振り返った流に驚いて梅姿は急停止した。あた ふたしているうちに流が側までやって来た。観念して見上げる瞳はネオンを映して輝いた。猫 の目みたいだ、と流はった。 「梅姿、腹へってないか ? 思いがけない流の問いに梅姿はばかんと口を開けた。だが、空腹なのは正解らしい かっとう 心中葛藤しているようで少しの間考え込んでいたが、食欲が勝利したらしくそろそろと顔を ひが

7. 疵を継ぐ者 後編

168 今後絶対、車だろうとなんだろうと京也の運転するものには乗るまい 心中で固く決意して いると、バイクがやにわに減速した。 「追っかけてるべンツ、上手いな。一一台を効率よく使って袋小路に追い詰めてる」 京也の言葉通り、後ろと横を抑えられ、黒べンツは外苑西通りを北へ、新宿方向に向かって 「新宿に行ったらどっちにしろ詰まって車なんか動きやしない えもの しゅうねん それに新宿は両国のよく知る場所、いわば地元だ。獲物を追うヤクザの執念を目の前にし て、流は震えを感した。 ごうちよく あの剛直な、気持ちのよさそうな侠はだが、まごうことなき極道なのだ。 横に並んでいた車が黒べンツの前に回り込み、速度を落とした。後ろからは両国の乗る車が 追いすがる。黒べンツはたまらす左手に折れた 狭いその道は一方通行ごっこ。ごゞ、 、一オオオカ細い道の先は進入禁止になっていた。 「こらどかんかあ 運転席から男が顔を出して叫ぶが、対向車は後続が詰まっていて動きようがない。そうして いる間に両国の車が迫る。べンツはクラクションを鳴らしながら、人であふれる道を右折し やすくに た。その先は靖国通りだ。 0 、 おとこ ふくろこうじ がいえんにし

8. 疵を継ぐ者 後編

164 あき 届くはずもないのだが、流は思わず叫んだ。叫ばすにはいられなかった。 それほどまでに激しい闘気を、両国は放っていた。気にあてられたように流の胸はどくどく と高鳴った。 「追ってくれ」 「え ? なんだって ? 」 京也が聞いた。 「あのべンツ、追ってくれ ! 」 「なぜ ? 「なんでも、 しいカ、らー ひね 「しようがないなあ , と呟きながら京也はアクセルを捻った。あまりの急加速に、流は後ろに のけ反った。 「うわっ」 機敏なハンドリングとシャープな走りに、流は言葉を失った。それまでとは全く違う京也に 呆れたが、意識は小さくなっていくべンツに向かっていた。

9. 疵を継ぐ者 後編

160 「僕は形から入るタイプだからね。ところで流、後ろ乗ってみるかい ? 」 「えっ 流の顔が輝く。表情がすでに答えだった。 「いいのか」 「もちろん。その辺ちょっと回るくらいだからメットはなくていいだろ」 「うんー 京也は満足げに頷き、ヘルメットをかった。サイドスタンドを蹴りあげ、シートにまたが る。次に流がタンデムシートにまたがった。 「えーと : セル一発で : : : ギア、左足で、クラッチここで : ・ 肩ごしに覗き込むと京也はひとつひとっ順番を確認しながらエンジンをかけた。いやーな予 感が、した。 「あれ、そういえば京也、お前 かたわらで見物していた市井が言いかけた。 とどろ が、マフラーから轟く排気音が声を消した。結局市井の言葉が京也に届く前にバイクは発進 した。 最初、がくがくと振動を感じたが、すぐに走りはスムーズになり、流は京也の体にまわして

10. 疵を継ぐ者 後編

112 た はくじ 日比野は後ろの棚から白磁のカップを一一つ出し、それにコーヒーを分け注いだ。 「お前らが初めての客だ。俺の腕は保証しないが、豆だけはい ) しものを使ってる。よく味わっ て飲めよ」 流とフェンウェイは顔を見合わせた。居住まいを正し、神妙な面持ちでカップを持ち上げ る。 すす のど カップを近づけると香りが一層鼻をくすぐる。一口啜ったコーヒーが舌の上を通り、喉に滑 り落ちていく。 「どうだ」 うかが ひとみ 日比野が逆に体を乗り出して一一人を窺っていた。長い前髪の奧から感想を求める瞳がしっと 流を見つめる。 「うん : 「おいおい、なんで黙る ? 言いにくいのか」 一段と迫る日比野に一一人は弾かれたように笑いだした。 「おつ、おい しかし日比野は一一人の笑いが収まるまで待たなければならなかった。 「だ、だって日比野さん。すっげえ心配そうな顔で迫るんだもん」