「おい、木佐。とりあえす説明ぐらいしちゃあもらえねえか。坊ちゃんに関わることなら俺も あながち無関係とは言えねえだろ、 一一人のやりとりを横で見ていた両国は見えてこない話にさすがにいらっき、ようやく主張を ねじ込んだ。 なにがあった 「今日、日比野さんと流様は一緒に出かけているんだが、連絡がとれない。 というわけしゃないが、胸騒ぎがする」 あっけ 両国は呆気にとられて言葉を失った。 「 : : : お前何言ってんだ ? ただ連絡がとれないだけだろうが。女子高生しゃあるまいし、胸 騒ぎくらいで四堂組の若頭が : : : 」 「おっさん、そう一一一一口うけどな。俺との連絡がっかないって事はかなりャパイ事態なんだよ」 フェンウェイが一一十センチほど上に位置する顔を見上げながら放った言葉に、両国の頬が引 きつった。 「おい、チビ ! 俺の聞き間違いかもしれんからもう一度聞いてやる。ありがたく思えよ。お 前、今俺の事をなんて言った ? みけん 一番気にしている言葉を大声で言われ、フェンウェイの眉間にしわが寄った。 「耳悪いのか ? 俺は今、あんたを『おっさん』て呼んだんだよ。そんなに耳が悪いんしやお かか ほお
ひる を横切った。流の剣幕にクラスメートが怯むが、気にしてる余裕はない。 ろくしようてっさく 昇降ロで靴をはきかえ、外に出ると緑青の鉄柵に背を預け座り込んでいる昌也の姿が見え 流をみとめると、昌也が立ち上がった。だが、流は無言でその横を通り過ぎる。 学校のまわりをうろうろする昌也に教師達は恐る恐る注意を促し、 今日一日、散々だった。 はち 流の『付き添い』だと知るとお鉢はこっちにまわり、こってりと絞られた。 「坊ちゃん、真っ直ぐ帰るんすか。それともどっか行くとか」 まとわりつく昌也がうざったい。 いや、昌也ではない。そうさせた木佐に流の怒りは一直線に向かっていた。 「ついてくんなよ」 駅へ向かう通称「根性」坂を下る流を昌也が追いかける。 「ついてくんなって , 剣幕に一瞬怯んだ昌也は、だが流が歩きだすとすぐに追いかけて来る。 緒坂は下りきると大通りにぶつかる。片側二車線のその通りには高級車が何台か停まってい る。校舎へ続く坂道は乗り入れ禁止の為、生徒を迎えに来た車はここで待つ事が多いのだ。 うらしんじゅく 疵「坊ちゃん。あの、今日は真っ直ぐ帰った方がいいと思うんですけど。〈裏新宿〉とか行ぐん ですか ? でもそれでしたら
うかが の様子を窺っていた。 のぞ 「こおら、誰だ ! そんな所から覗き見してるのは ! 」 とつじよ 突如上から降ってきた声に、流は飛び上がらんばかりに驚いた。恐る恐る見上げると、よく 知る男がロの端に笑みを浮かべて流を見下ろしていた。 「よお、坊ちゃん」 わかがしらひびのたかゆき 四堂組若頭、日比野孝之だった。 ひとみ 長めの前髪の間から見え隠れする瞳が笑っている。覗き見を見つけられた気恥すかしさに顔 が赤くなるのがわかった。それを隠すように俯いていると、おもむろに日比野の大きな手が流 の髪をくしやくしやとかき回した。 「なんだ ? そんなに階下が気になるか ? 」 日比野の質問に流はしっと動かなかったが、こくりと首を縦にふった。 あきら 「子供が気にするような事はなにもない。一一階で晃坊ちゃんと遊んでたらいい、 ほおしゅ 後その言葉を聞いた瞬間、流の頬に朱が走った。 者「子供扱いすんなっリ」 継弾かれたように顔を上げ、叫んだ。あまりの声の大きさに、日比野ならす、階下を通りかか 疵った部屋住みの若い組員までもが目を丸くして一一人を見上げていた。視線を感じて振り向いた 日比野が顎をしやくると、組員はきまりわるそうにべこりと頭を下げ、その場を立ち去った。 はじ した うつむ たて
5 く様子もなく、テープルにカクテルグラスをひとつ、置いた。 「おい、京也。今とりこんで : : : 」 市井の文句は途中で止まった。目は京也のつくったカクテルに釘付けだ。 「 : : : なんだよ、これ・ : しろもの カクテルはなんとも形容しがたい代物だった。灰色とも茶色ともいえない色が上下に分かれ 、つ′」め にお ていて真ん中で溶け合おうと蠢いている。妙な匂いが漂ってくるのは気のせいだろうか 「悪いけどこれひとっしかないんだ。同しのを作ろうと思ったらできなくてさ。で、誰が味見 してくれるのかな」 すす 京也はにつこり勧めるが、不気味なカクテルに誰も挑もうとはしない 「しゃあ、流どうだい」 あせ 対岸の火事の火の粉が飛んできた。突然自分にふられ、流は焦って後すさりした。 「いい。俺、味オンチだし : ・ 「遠慮しないで一口飲んでみないか」 「 ) いって ! それにそのカクテル、なにが入ってんだよ」 京也は顎に手を当て、しばらくカクテルを見下ろした。 ホーションのミルクも入れたなあ。それと卵の黄身、あ 「ジンとレモン、ミントリキューレ、。、 とはなんだっけ。カウンターにあるもの適当に混ぜたよ
144 「一体どういうつもりだっー 「病気のせいで気が弱くなっちまったんしゃねえか」 「俺は納得いかねえ ! このままじや天轟会のいいように事が運ぶだけだー メンツだけの問題じゃないー それぞれに不満を口にし、病室を後にする中で両国だけが黙ったままだった。 「よお、両国。総長がああ言った時、お前よく平然としてられたな」 半ば馬鹿にするような口ぶりだった。両国の目がその幹部を捕らえる前に、手が襟首を絞め 上げていた。 「もう一度言ってみろ」 「うつ・ 幹部を壁に押しつけ、カの入った腕はその男の足を浮かせた。 「両国、やめろ ! 」 浅井が割って入り、両国が手を離した。 幹部は支えを失って床に崩れ落ちた。白目を剥き、げほげほと咳き込む様子にも表情ひとっ きびす 変えず、踵を返し歩きだす。 突き当たりのエレベーターのランプが丁度灯った。チンと小さな音をたてて扉が開く。 とも これは四堂組の えりくびし
ニ胸の誇り しんじゅく 夜半を過ぎた新宿の街は人であふれかえっている。 かっ 頭ひとっ分ぬきでた、どう見てもヤクザ者の大男が少年を担ぎ上げている姿はいやでも目立 つ。通行人は皆、この奇妙な取り合わせの二人を興味深そうに目で追っている。 「なあっ ! みつともないから下ろせって ! おい、おっさんー フェンウェイは唯一自由になる足をばたっかせ、がなり続けている。『おっさん』という単 りよ′ノ′」くまゆじり 語のところで両国の眉尻がもち上がった。 「ああ卩今なんて言った ? 聞こえねえなあ」 「わあかったよ ! 「おっさん』は取り消すから ! 頼むから下ろしてくれよー 不名誉な呼び名を訂正させた両国はようやくフェンウェイを地上に下ろした。 「つたく冗談しゃないぜ。こんなところ仲間に見られでもしたらなんて言われるか : : : 」 「フェンウェイ つぶや 呟きが終わらないうちに誰かがフェンウェイを呼んだ。その感情のこもらない涼しげな声に
いし、名も知らない。 「両国。 流の後ろから木佐が声をかけた。 「おう、木佐。お前、よく坊ちゃんを見つけられたなあ。こっちはもういい具合に盛り上がっ てるぜ。たまにゃあ、女のいない店で安酒かっくらうのもいいもんだな」 両国の前にはビールの空き缶を始め、氷の溶けたグラスがいくつも置かれている。 「安酒で悪かったな」 前に座った市井がむつつりと呟く。 「流ー ーの袋を片手にしたフェンウェイが階段を駆け降りてきた。 「おい、このおっさんなんとかしてくれよ。めちやめちゃ呑んでるくせに、ここの酒じや足り ないって俺、パシリさせられてんだぜ。ジョーダンしゃねえよ、 袋から取り出したのはスコッチだった。それを横から両国の手が奪い取った。 「おう、遅かったしゃねえか。おい グラス ! それと氷な ! チビ、お前も呑むか」 とんちゃく 酔いも手伝ってご機嫌の両国は『おっさん』と呼ばれたことには頓着せず、ポトルのキャッ う・ら プを開けている。フェンウェイのしっとりと恨みがましい目に、流はふるふると首を振った。 「流様、両国です。会うのははじめてでしたか」
「顔は知ってる」 木佐の紹介に流はべこりと頭を下げた。 「俺の方はようく知ってる。しかし木佐、どこでどうやって見つけたんだ。お前は本当に鼻が きくなあ。感心するぜ」 あお 大声で笑い、スコッチをストレートで呷る両国の機嫌に反比例して、市井一也は不機嫌だっ た。テープルに積まれた空き缶を肘でつつく からんからん。 く、つ強」よ なんとかバランスを保っていた空き缶は空虚な軽い音をたてて崩れ落ちていった。全員の視 線が市井に注がれた 「あんたみたいなのが来るとこしゃねえんだよ、ここは。ホステスがいる水割り一杯一万円の 店でもどこでも行きや いいだろ」 「なんだとお ? 」 こわ′ 後緊張に一一人の間の空気が強張る。木佐が一歩踏み出そうとした。が、それより早く一一人を割 者る者かいた 継「あれ、流来てたのかい。ちょうどよかった。ちょっとカクテル作りに挑戦してみたんだけど 疵味見してみないか。なかなか自信作なんだ」 にら その場にそぐわない悠長な声音の持ち主は宝京也だった。睨み合っていた市井と両国に気づ ひじ
美貴は久我の詩的と思われる表現に吹き出し、ソファーに座った。 「俺のこのハイグレードな褒め言葉を理解できないなんて : : : 嘆かわしい」 芝居がかった仕種で嘆く久我にかまわす、美貴は木佐に向き直った。 「ねえ、流君どうしてる ? 元気 ? 」 木佐はロに運びかけたグラスを止めた。 「なぜそんな事を聞く」 「この前、偶然会ったのよ。彼ちょっと様子がおかしくて、ほうっておけなかったから部屋に 連れてったの。すっと寝てなくて、食べてなかったみたい。うちで寝かせたわ」 「それはいつの事だ ? 美貴がロにした日にちは墓地でばったり出くわした日だった。やはりあの時の流の明るさは カラ元気だったのか。おかしいとは思ったがそのすぐ後に起きた狙撃事件が木佐の注意を逸ら した。 わず 考えてみればそうだろう。たった一人の家族の余命があと僅かと宣告されて簡単に受け入れ られる筈などないのだ。 「坊や、なんかあったのか」 「さあ、流君は何も言わなかったし、あたしも聞かなかったわ。でも彼にしてみたらかなり落 ち込んでる風だった。だから : : 心配で」
胸ポケットの携帯電話が着信を知らせた。 「はい 「木佐 ! 俺だ」 耳にあてると電話の向こうで両国の声がした。雑音が強く、聞き取りにくい 『今、車走らせてるとこだ。ちょっと用のあるヤッ追っかけてる。聞いて驚くなよ ! 俺が誰 を追っかけてると思う ? 』 いちまっ 興奮した様子に一抹の不安を覚え、黙り込んだ。 ごうに 何も喋らない木佐に業を煮やした両国は自分からその名を明かした。 たじま 『田島だ。絶縁状以来、閉しこもってたがすっとそのままってわけにもいかないだろう。睨ん でた通りだ。系列幹部ん所へ出かけやがった』 「 : : : お前、張ってたな」 と、つきよう 編狭いとはいえ、そう都合よくこの東京でばったり出くわすはすがない。 後 『おうよ。組のもんに張らせてた。それがどうした』 者 両国は開き直りを見せた。 を「手出しするな、という総長の言葉を忘れたのか」 ごくどう ・ : 忘れたな。ここまで舐められて極道が黙ってられるか。破門も覚悟のうえよ。まあ、お 前にわかってもらおうとは思っちゃいないがな。これが俺のやり方よ ! 』 しゃべ にら