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検索対象: 疾走する月の眩暈
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1. 疾走する月の眩暈

じっせんともな 実践が伴わないでは、、、 しトレーナーになれないと、誰かが言っていなかっただろうか。頭 きじよう で考えるだけでは、机上の空論に過ぎない。経験こそが最大の財産なのだ。 試験中はシフトを減らしてもらいながらも、ほば毎日、千明はジムに通った。遅くまでやっ ていることもあり、帰宅が十一時を回ることもある。そんなときには、部屋に戻ってすぐに眠 ってしまうくらい疲れていた。 それでも、体はいくら疲れても、気持ちは前向きだった。すべてが自分の将来にプラスにな つら るとわかっていたから、体が辛いと思っても続けられたのだ。 そしてようやく大学の一年が終わる頃に、千明はひとつの決意をする。区切りがいいので、 一年間大学を休学して、アメリカに留学しようと思ったのだ。 まず、親に話して許可をもらわなくてはならず、せつかく一人暮らしまでさせて通わせた大 学を : : : という親を説得するのに時間がかかった。姉に応援を頼んだが、今回ばかりは彼女も 渋い顔をした。 眩「でも、休学だから、授業料は払わなくていいんだし」 月 「それはわかるけどさ : る すあき 走呆れたような声で瑞希が言う。幼稚園に通い始めた紬は、お友達の家に行っているらしく、 家にはいなかった。 「お父さんやお母さんの気持ちも考えてごらん ? 」 つむぎ

2. 疾走する月の眩暈

暈 の りしゅうしん ) く 月 大学に入学してまだ間もない。履修申告の仕方もわからず、単位が取りやすい学科もわか る 走らない。まったく、右も左もわからないとは、こういうことを言うのだろう。 疾 一応、学科で二クラスほどあるが、それも高校時代 高校の時のようなクラス分けもなく とは性質がまったく違っていたーーー自分たちの教室もないのだ。 「くすぐったい」 「我慢しろ」 「だから、壁が薄いんだってーーー」 「だから我慢しろって言ってんの」 おうしゅう キスとゆるやかな愛撫の応酬。最後までは果たさなくても、男としての頂点はちゃんと見 もちろん せてくれる。いや、勿論お互いにだま。 「生殺しだ : : : 」 情けない声で言った平瀬に、千明は小声で謝る。 「ごめん」 でも、やはり最後までは出せないのだった。

3. 疾走する月の眩暈

せてくれた。 「何か緊張する、かも」 ふんいき とはいうものの、それほど改まった雰囲気でもない。むしろアットホームな感じで、開け放 たれた窓からは、すぐ近くにあるのか、時々ひらひらと桜の花びらが入ってきた。 「さすがに、この時間帯は空いてるな」 上着を脱ぎ、ネクタイも外し、ボタンも三つ目まで外して、やけにラフな格好になった平瀬 が言う。やつばり平瀬は、こういう格好の方が似合うと千明は思ってしまった。 アンティ。ハスト ( 前菜 ) 、サラダ、バスタにドルチェ ( デザート ) と、あまりわからない千 明は平瀬に全部お任せになってしまう。だが、どれも食べやすそうなものばかりで、しかも片 手のフォークで足りるのでかなり助かった。 「で、これー 平瀬がテープルの上に小さな包みを置いた。 眩「何 ? 」 月 「卒業祝いのプレゼント。大学入学祝いもかねて、だな」 る 走「開けていい ? 」 疾 平瀬がく前に、もう包みに手を伸ばした。中から出てきたのは時計である。しかもプラン Ⅷドものだ。あまり詳しくない千明でさえその名前を知っている。多分値段は二十万円以上。

4. 疾走する月の眩暈

最初のガイダンスの時、周囲に座っていた何人かと自己紹介し合った。結局はそれが縁で、 何だかんだと一緒にいる時間が多くなるのだ。 べつみや 「へえ、別宮はあまり実技は取らないんだ ? 」 「できれば、実技より他のもので単位が取れればいいんだけどね 大学の体育学科は、やはり運動系の選手が多い。高校時代に見聞きした名前もいくつかあっ た。さすが、大きな大学は全国から人が集まってくるようだ。 「スポーットレーナー志望」 千明は最初からそう自己紹介した。 「専門学校の方が、トレーナーの教育分野に関しては多くないか ? 誰かが言った。確かに千明も調べてみてそう思ったが、敢えて四年制の大学を選んだのは、 こんな風に全国から集まってくる人間と接することができるからとも言える。とにかく視野を 広くしたいという、その一心からである。 「それも考えたけど、直接スポーツ選手に接する機会は、大学の方が多いかもしれないと思っ たから」 「ま、それはあるかもな」 一緒にいる機会が多くなったのは、バスケットをやっている岩居とレスリングの川本、そし おおはし て陸上でフィールド競技をやっている大橋だ。 かわもと

5. 疾走する月の眩暈

両親とじゃれている紬を目を細めて見つめながら、瑞希が訊いてくる。 がいよう 「まだわかんないな。ガイダンスとか概要説明ばっかりで、本格的な講義はほとんど始まって ないし」 「あ ~ 、そうなのよね。大学って、実際に勉強している期間、短いもんね。なっかしいなあ、 大学時代。ねえ ? 」 彼女は夫に向かって言った。瑞希と義兄とは、大学で知り合ったらしいのだ。 , 。 彼よそれに 「うん。もう忘れかけてるけどなあ」 などと笑っていた。 「でも千明君が、スポーツ科学を選ぶなんて、ちょっと意外だったかな」 「そう ? 私は『なるほど ~ 』って思った」 義兄がどこまで、千明の過去を知っているかわからないが、不思議そうな顔をしている。だ が今の千明は、そんなこともサラリと流せるようになった。 「俺、以前陸上やってたからさ。選手の側面からフォローできれば、なんてね」 「へえ、それはそれでかっこいいね」 「でしよ」 本当は、スポーットレーナーに関して詳しい知識があるわけではなかった。だが、リハビリ うなず

6. 疾走する月の眩暈

く連絡をもらったが、大学に入ってからは初めてだった。その彼と久しぶりに会った。 「久しぶり、なのかな」 くろだ 黒田は、以前と変わらぬ笑顔で挨拶した。 「本当だ。今何やってる ? 」 きっさてん きん・きよう・ 会ってすぐ、まだ喫茶店にも入る前から、彼らは近況を報告し合う。確か黒田は、大学に は進学せずに、この六月からアメリカの学校に通うはずだ。 「引っ越しの準備とか、事務手続きとか、向こうで住むところーーは、まあ、一緒だからいい んだけど。結構忙しい」 「学校、どんなところ ? 」 「最初のうちは、一応語学学校に通う。行けそうだったら、大学に入るよ」 「ふうん : : : 着々だな」 「まあね」 黒田は晴れ晴れと笑った。新しい生活を始めるのが、待ち遠しくて仕方がないといった風で ある。 「電話でもよかったんだけど、やつばり直接会って話したくてさ」 「俺も。連絡くれてよかった」 心の底からそう思う。 あいさっ

7. 疾走する月の眩暈

からず、結局そのままになってしまった。 人それぞれの受験だ、と以前平瀬にも言われた。自分らしい進路をなるべく選ぶようにとい , つアドバイスももらった。だが 彼は、それ以上何も言わない。自分の大学時代を振り返って も、あまり学生らしくなかったから、というのが原因らしい 『ただ、いろいろと将来のために下準備するには時間があっていい』 ということだった。なるほど、確かにそうかもしれない。だから千明も、将来のために大学 に行く。つまり下準備期間というわけだ。 もし特定の職業に就きたくて、その教育機関があるのだったら、そこに行くのが最短だと思 う。千明が望むスポーットレーナーを専門に教育する機関も、実は少しずつできてきている。 別に大学に行かなくては学べないというわけではなかった。 だが、千明としてはもっと広い視野を持ちたいという希望がある。平瀬のようにいろいろな 人と接して、ゆっくりと自分の目指す道を歩いて行ければと思っていた。それが多少遠回りに 眩なることも承知の上での選択である。 あせ 月焦るな、と平瀬が言うのだ。焦ってもいい結果なんて得られないんだから、少し遠回りにな すってもじっくりと考えながら前に進め、と。平瀬にしては、なかなかセンスのいいアドバイス 疾だと思った。 それは受験のことに関して言われたことではなかった。多分、千明が走ることに関してのア

8. 疾走する月の眩暈

「うん、わかってる。わがままなのはわかってるんだけど。でも俺、大学だってそのために選 んだし、そのためにバイトやってる。英会話だって行ってるよ」 「そうなの ? 」 それは、家族の誰も知らなかったことだ。 「スポーツ英会話は大学でも少し習うけど、日常会話とかは英会話学校で」 「 : : : ふうん : : : あんた、かなり実行力がある人だったんだねえ」 あき 感心しているのか呆れているのかーー・そのどちらとも取れる口調で、瑞希はため息をつい 「じゃあ、アパートは引き払うんだ ? 二年契約じゃないの ? 」 「元々、一年のところだったんだ」 「へえ、珍しいね。それなら、余分な手続きもお金もかからないのかな。留学費用は ? どう すんのよ」 「バイト代でなんとか」 「学生バイトで、留学と生活費、丸々出せるわけないでしよ」 厳しくも現実的な意見に、千明はロを噤んでしまった。行けば何とかなるという、甘い考え も実はあったのだ。 「まったくーーー」 つぐ

9. 疾走する月の眩暈

・ 4 あんぎや 身を切るような風が吹く一月末から二月。受験生達が休みの度にあちこちの大学を行脚す もちろんちあき る、いわゆる受験シーズンである。勿論千明もその中のひとりだ。 もっとも、千明はそんなにたくさん受けるわけではなく、第一志望と第二志望の二校だけで ある。滑り止めに希望しない大学を受けても、千明にはあまり意味はなかったのだ。 「とりあえず、どこかに引っかかれま、、 さなだ くろだ 宣言した真田は、五校くらい受けると聞いている。黒田の方は、カ試しに二校くらい、だそ うだ。人それそれである。 だいじようぶ 「千明、大丈夫 ? 忘れ物ない ? 」 「平気」 あわ いつもと同じ調子で家を出ていこうとした千明に、母が慌てて玄関口まで飛んでくる。 「受験票持った ? 」 「持ってるって」

10. 疾走する月の眩暈

平瀬はしばらく黙っていた。不安になってチラリと平瀬を見ると、彼も同じように千明を見 返し、クスッと笑う。 「似合うかも」 「ほんとっ ? 」 「うん」 平瀬に伝えるまでは、今ひとっ彼の反応が心配だった千明だが、現金なもので、平瀬にそう とたん 言われた途端にバアッと表情が明るくなった。 「じゃあ、大学じゃなくて専門の学校があるだろ」 「うん、そうみたい。一応いろいろと調べてみた : : : でも、大学も行ってみたいと思ってる。 視野が広くなるかな、と思って 「まあ、広くはなるだろうな。それもありか」 うなず うんうん、と頷く平瀬に、千明が甘えるように体をすり寄せる。 「平瀬さんなら、俺の気持ちわかってくれるとは思ってたけどね」 「そりゃあ、な」 当然だろと言いながら、千明の背中に回した手で、その背中を撫でる。 「お前がどれだけ苦しんだかも知っているし、スポーツ選手の挫折もちゃんと理解してやれる ざせつ