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検索対象: 考える人 2015年冬号
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1. 考える人 2015年冬号

権法 (Voting Rights Act. 1965 年 ) は、同様な ハンディキャップをもっ成人に政治参茄を可能にす ることを目的とした立法措置である。この法律が元 来目的としたのは「識字テスト」によって投票行動 から遠ざけられていた南部の黒人に、実質的な投票 権を付与するという点にあった。それまでの南部諸 州では、「識字テスト」の名のもとに、事実上黒人 が投票することは不可能に近い状態であったからだ。 この「識字テスト」を廃止することによって、例え ばミシシッピ州では、 1964 年時点では黒人の有 権者登録率は 6 ・ 7 % にすぎなかったのに対し、 年にこの法律が実施された後の年には、実に・ 8 % の黒人が有権者登録したと報告されている 1975 年の法改正によって、メキシコ系アメリ カ人の一一一一呈問題をも含みうるかたちになった。投票 用紙が英語のみで書かれていることは、従来の「識 字テスト」を課していることと同じであるから、公 職選挙に際しては 2 カ国語の投票用紙が用意される ようになった。対象となった人種はスペイン系アメ リカ人の他、アラスカ原住民、アメリカン・インデ ィアン、アジア系アメリカ人である。これら 4 系統 の人種が、この法律では一一一口語的に不利な立場にある (the linguistically disadvantaged) アメリカ人少数派 と呼ばれている。 ここにあげた教育と政治に関する例は、自由を焦 点とする一一一呈と国家の関係の複雑さを示す。それは 一面では人種と国家の問題であり、さらに技術的に みれば、政治的、社会的、そして経済的な機会均等 や政治的な権利をいかに保証するかという題にか かわる。こうした問題は決して「移民国家」アメリ 1-0 公教育を受けない自由 人間の生活の原初的な形態の中に宗教的要素が認 められることは多い。現代の社会生活を象るのも、 形骸化したものが多いとはいえ宗教的な意味を持っ カ独自のものではない。その根本は、既存の社会の 中に外部から新たな政治的・宗教的なシステムを重 ね合わせるように持ち込まれた国家に共通してみら れる「思考する自由」の問題なのである。 7 一 ものが少なくないその意味でも、前回論じたよう 信仰の自由と国家統治の関係は無視できない。 宗教も政治も経済も重なり合う行為であり、「お金 とは別物ナ」 」ごというようには割り切れない場合 がある。アメリカ社会の中にも、社会的行為の規範 と宗教的規範が完全に重なり合った社会集団が現在 でも存在する。ユダヤ人、ハッタライト (Hutterites) 、 アーミッシュ (Amish) 、モルモン (Mormons) など かその例である。 ( 以下の説明は Harvard Encyclopedia グ Of American Ethnic Groups による ) ン キ ハッタライトは世紀のモラヴィア地方で生まれ る す たキリスト教的共産社会 ( 消費も生産も共同 ) に源を と持っ再洗礼派の一派であった。東ョ 1 ロッパで種々 の迫害を受けたためロシアに移住したが、徴兵忌避 ン を理由に 1870 年にロシアから現在のサウスダコ ソ ン タ州へ移民する。多くは第 1 次世界大戦時にカナダ へ移り住んだが、現在でも 6000 人余りが、サウ 名 スダコタ州とモンタナ州に居住している。子弟は一 署 般の公立学校へも通うが、基本的な教育は現在でも 年 伝統的な自分たち独自のドイツ語によるカリキュラ ムに従っている。英語も話すが、「母語」はドイツ = = なのた。彼らは公職選挙における投票権を原則と して行使せず、戦争目的のための徴税にも応じない ことを 9 日としている。 ア 1 ミッシュも世紀のスイスの再洗礼派の流れ をくむメノナイト (Mennonite) の一派で、ハッタ ライトに近いグル 1 プである。彼らの生活信条は、 自発的な共同体の維持、平和王義、世間からの隔離、 再洗礼、公職就任や兵役の拒否、質素な生活などで ある。現代のア 1 ミッシュの生活については、映画

2. 考える人 2015年冬号

一昜げる作業は、集中力と 根気を要する 家族総でらげ作に隹る たしかし星さんは、伝承されてきた栃尾の味に 磨きをかけていかなけれは先細りになるという恐 れを抱いている。笹団子と並ぶ地元の味を大切に したい、その熱心さが「毘沙門堂本舗」の人気を 支えているのだから、お客の舌は実に正直だ ある行政関係者に、こんな話を聞いた。 「栃尾のあぶらげは、県外からの問い合わせも多 、パンチカは大きいのです。ただ、自分たちの 素材となる豆乳の濃さが、豆腐の弾力を 生む。「皮が薄くジューシーなあぶらげ」 が毘沙門堂本舗の誇り。 手の届く範囲で商売が成立しているから、自分た ちからあぶらげの存在を発信しようという動きは 特にない。去年、有名サイトの食べ物ランキング で全国十位以内に入ったほどで、現状ではもった いないと思っているのですか : : : 」 しかし、こうも言えるだろう。個人商店が自分 の味を守ることで精一杯なのだ。星さんの言葉を 思い出す。栃尾のあぶらげは「いろんな奇跡が詰 まった」味。親から子へ代々手渡されてきた独特 の製法は、ひとたび気を抜けば崩れてしまう。み な今日一日の味を守ることに縣大叩で、それ以上の 余裕がなかなか持てないのた さて、かって織物や養蚕で栄えた栃尾には ) 昔 ながらの遺産クが多く残り、佇まいに風情を与え ている。雁木もそのひとつ。冬になれば一一階まで 雪が降り積もる豪雪地帯のこと、通りの上を庇状 に張り巡らせた雁木は、現在にいたるまで生活歩 道を確保するための重要な存在である。延々と続 く雁木の下を歩けば、あちこちで百年以上の歳月 189 日本のすごい味

3. 考える人 2015年冬号

核家族はつまらない ? 室 特集 山極寿一さんと考える 家族って なんた ? 取材協力 . zco 法人 コレクティブハウジング社 コレク一ブハウスという暮らし方 孤立したくはないが 三浦天紗子 大家族にもなれない そんな時代に text by Miura Asako つながりの強さとほどよい距離感が共存する、 佐藤慎吾・撮影 ℃h0~0g 「 aphs by SatO Shingo 「現代の長屋」で暮らす人々を取材した 7 コレクティカ、ウス聖蹟での「コモンミール」の様子。各々好きな場所に座り、食事をともにする。 内には、子供たちがにぎや かに遊ぶ声が響いている 「君たち、きようだい ? が返ってきた。 「違ーう」「僕、ひとりつ子」 仲のいい友達同士というより、き ようだいのじゃれ合いに近い近く で見守っていた高齢の女性もまた、 子供たちの祖母ではない。 白石幸子さん ( 爲 ) は、高齢者の 一人暮らしを心配したプラジル在住 の長女の勧めもあり、年住んだ大 阪から 3 年前に越してきた。 「息子夫婦は近隣に住んでいますが、 子供がないんです。だから孫の経験 は、ここでさせてもらっています。 本当に可愛い」 ここは、多世代がともに暮らす 「コレクティ。フハウス聖蹟」。現在、 生まれたばかりの 0 歳から爲歳まで、 ひとり住まい、海外赴任中の配偶者 がいるひとり親家族、子育て中の核 家族、事実婚夫婦等々、さまざまな 家族構成の % 人が、一つ屋根の下で 暮らしている。 コレクティブハウジングとは、各 世帯の独立した住戸に、生活上の共 有スペ 1 スを合体させた、北欧発祥 81 家族ってなんだ ?

4. 考える人 2015年冬号

『刑事ジョン・ブック目撃者』 ( 原題 Witness) で記 億に焼き付いた人は多いはずだ。ヨーロッパでの迫 害と投獄で自由を奪われたのも、こうした彼らの堅 固な宗教的生活の信条が国家王権の命ずるところに 抵触したためである。現在でもペンダッチ ( ペンシ ルヴァニア・ジャーマン ) の方言を使い、農耕も役馬で 一丁い、服装も片 5 世紀頃のヨーロッパ人を模した ものを用いている。彼らの生活信条は、先にふれた ハッタライトのそれと類似しているが、文明の利器 ( 電気・電話・自動車など ) を使わないこと、初等教育 以外の公的教育を拒否する点で、ハッタライト以上 に現代社会に融合しないのが特徴である ア 1 ミッシュが初等教育以上の義務教育をうけな いことについて、 1972 年連邦最高裁で争われた ケ 1 スがある (Wisconsin v. Yoder) 。この件につし て連邦最高裁判所は、「ア 1 ミッシュの子弟に小学 校以上の義務教育を強制することは、彼らの宗教上 の権利を侵すことになる」という判決を下している 判決理由は、「ア 1 ミッシュは公の安寧、平和、秩 序に対する脅威とはなっていない。実際彼らの生活 が社会の福祉を減するということはない」というも のであった。 このようなアメリカ国内の宗教的少数派の教育に 対する姿勢は、何を物語っているのであろうかそ れは国家と教育の自由の問題を考える際のヒントを 与えてくれる。ひとつの国家にひとつの宗教という のは、統治の「効率性」からみて理論的には望まし いと考えられるかもしれない。しかし事実は逆で、 いくつかの ( 公序と良俗を乱さない ) 宗教が共存し相手 の存在を認め、それが互いに「宗教戦争」に至らな つまり、 いくつかの宗教が共存することは、過度 の宗教的熱狂から社会を守る方法となっていると言 える。さもないと、宗教は熱狂を生みひとびとの自 由を奪い去り、ときに権力機構の道具と化してしま うか、あるいは「国教」という形の宗教的無関心を 生むかのいずれかになりかねないスカンジナヴィ ア諸国の沈滞した「国教」ルタ 1 派教会は後者の典 型的な例なのかもしれない 現代の自由民主制社会の多くは、宗教的少数派を い程度で競合するというのが、理想的な状態なので オ。し、刀 宗教がいくつかあれば、自由な競争によって新し い信徒を引きつけ、その経済的な基盤を確かなもの にする必要が生じる。より多くの信徒を得るために は宗教の信仰箇条は穏健にならざるを得ない。アメ リカにおけるアーミッシュの教育問題のように、時 には国家王権による宗教的コンフリクトの裁定が必 要となる場合もあるだろうが、宗旨が穏健であれば 社会秩序の大きな脅威になりにくい。 6 誰が教えるのかーー・国家の関与 もうひとつの「教育の自由」に関わる大きなファ クターは、「国家の関与」から生ずる自由の問題で ある。この点で、はっきりとした見解が文書で読み 取れるひとつの例は、フランス美叩時の急進派によ ってしたためられた公教育についての計画書『美叩 天議会における教育計画』である。革命前のフランス の では教育を行う自由と教育を受ける自由はともに、 理 数 支配階級、とくに 王権と宗教権力 ( 特にジェズィット ) つか独占的に握っていた美叩議会がそのシステムを 7 相抜本的に改革しようとしたのは当然の理であった。 この『美叩議会における教育計画』を執筆したコン ドルセはその改革の先鋒に立ち、権威から教育を解 放し、理性のみに従う「自然的自由人」を育てると コ才 、う、ルソ 1 の考え ( 『エミール』 ) に強く影響された 理王義的な教育を追求した。 コンドルセは多方面でその才を発揮した熱烈なる 合理主義者であった。ふたつの点で彼は経済学説史 にその名をとどめている。ひとつは、イギリスの保 守主義政治経済学者マルサスにこっ酷く論難された断 の 人物として、もうひとつは、「投票のパラドックっ る ス」に関する先駆的な研究者としてである マルサスにどう批判されたのかマルサスか攻撃を 自 した人物はもちろんコンドルセだけではなかった。 9 5 マルサスを有名にした主著『人口の原理に関する一 最大限許容するという点で、宗教における「自然的 自由の制度」 ( アダム・スミス ) を取り入れているこ し J に + なる

5. 考える人 2015年冬号

『非自己』の認識は、もともとは『自己』の認識の 副産物」なのであり、「まず『自己』に対しては反 応しないように認識の構造を設定し、それをそのま ま利用して、『自己』が『非自己』化したことを認 識させる」、つまり「『非自己』は常に『自己』とい うコンテキストの上で認識される」のである この章での私の興味は、抗原認識という防御反応 は、膜の内と外を絶妙に使い分けながらなされてい るというところにあるが、最後に多田富雄の、免疫 学そのものの新たな捉え方を紹介して、次の話題に 移るこし」にしょ , フ 「胸腺」を申とした免疫の研究は、改めて生物学的 「自己」とは何か、「非自己」とは何かを検証する機会 を与えてくれた。「非自己」の認識と排除のために発 達したと考えられてきた免疫が、実は「自己」の認識 をもとにして成立していたのである。免疫は、「非自 己」に対する反応系として捉えるよりは、「自己」の 全一性を保証するために存在するという考え方が出て くる。 ( 多田富雄『免疫の意味論 ]) カニバリズムと狂牛病 1950 年代以前のパプアニュ 1 ギニアには不思 議な風土病が蔓延していたク 1 ルー病と一言う。。、 プアニュ 1 ギニアのフォア族の人びとのあいだで流 行していた病気である。女性の患者が多く、子供に も発症していた この原因はまったくわかっていなかったが、たま たまオ 1 ストラリアからアメリカに帰ろ一フとする 1 人の医師が、パプアニュ 1 ギニアの首都ポートモレ スビ 1 に立ち寄ったのが、物語の始まりであった。 医師の名は、ダニエル・カールトン・ガジュセック。 オ 1 ストラリアでの研究を終えたばかりの歳の若 カジュセックは地元でフォア族の い医師であった。。 奇病について研究を続けている医師ヴィンセント・ ジガスに巡り合い、・一緒にこの奇妙な風土病の原因 脳 大 の 者 患 病 コ ャ 工 フ イ ロ ク 脳 大 常 正 図 大 な 常 正 究明に乗り出すことになった。ほんのちょっと立ち 寄っただけの地で巡り合った奇病に、その後年間 のめり込むことになったのである。 クール 1 病は、アルッハイマー病やパーキンソン 病に似た症状を見せ、震えが止まらなくなり、まる でダンスを踊っているようにも見える。進行は急激 で、 3 カ月ほどで運動機能が麻痺。食物を飲みこむ クロイッフェルト・ヤコブ病患者の大脳 こともできなくなり、多くの場合、 1 年以内に死ん 2 でし土フ ガジュセックはじめ、人類学者をも含めた多くの 研究者がかかわることになった。この病気が感染性 を持っことが明らかになり、ついにその感染の原因 が究明されたのは、本格的な研究が始まって十数年、 カその原 1960 年代半ば以降のことであった。。、、 因は驚くべきものであった。 フォア族では、身内が亡くなると遺体を家族はじ め、村の者たちが食べることによって、その死を庫 むという風習があった。カニバリズムである。ク 1 ルー病で死んだ遺体も同様に食され、そのことによ って次々に成したのである。この結論は状況証拠 に基づくものであったが、実際にカニバリズムが禁 止されると、その奇病は徐々にフォア族から消失し 食人の風習が咸を広けていたことは現在では 確実たとされている。 ノ 1 カョ 1 ロッパをはじめとする この奇病ク 1 レゞ、 文明国でも知られていたヒトのクロイッフェルト・ ヤコブ病ときわめてよく似ていることは、当時から 認哉されていた 一方で同様の症状を呈する病態は、 なにも人間たけに限らず、他の動物でも見られるこ とが徐々に明らかになっていった。羊のスクレイビ 1 という病気は、羊が痒そうに柵に身体をこすりつ ける ( スクレイプ ) ところからついた病名であるが、 羊だけでなく同様の病態は、ミンクやチ 1 ター、鹿 など野生動物でも見られる。何より牛の同種の病気 は重大な問題であり、関心事であった。牛ではこの 病態は狂牛病と呼ばれた。現在では牛海綿状脳症 (ncoæ) と呼ばれることが多い病気の牛あるい

6. 考える人 2015年冬号

は来只で暮らす私の携帯に電話をか けてきた。 世話を焼きつつ、母は、ピアノの 稽古で失敗する幼い私を感情的に叱 りつけた。子どものときも、大人に なってからも私が何かプレゼントす ると、嫌そうな顔をして受け取る 未だにそうだが、私の言い分はほば スル 1 する。 感情の行き違い、と言ってしまえ ば簡単に片付きそうな些細な積み重 ねだ。母は感情表現が不器用な人な のだ子育てに手一杯だったのだろ : 母の側に立った客観的な意見 を述べる人は多い。しかし、なぜ人は 娘の側には立とうとしないのたろう。 子どもにとって親は、生きる術を 教えてくれた絶対の権力者だ。その 影響力は絶大である。 私は未だに人がキレるのを見ると、 それがテレビの中であっても耐えら れない。 怒られると、思考停止する 自分は軽く扱われて当然と思ってい たせいで、 いくつかの深刻なトラブ ルにも遭ってきた。 母にとって私は、永遠に完成しな い作品らしい。電話や会う機会を捕 まえては、私のあら探しをして直さ せようとする。次第に私は電話を受 ( 写真の人物は本文と関係ありません ) ◎ amanaimages けると不機嫌になり、体調を崩し、 実家に帰った後は疲れ果てて寝こむ よ , フになった。 八年ほど則か、ら私は親に土 6 し J* もに 電話もしない送っ 会っていない。 てきたものは受け取らない接触し なくなって影響力が小さくなったの か、他人は敵でないことに気づいて、 人付き合いが面白くなった。自分が 生きていていいのか悩むことがなく なった。親と離れて、初めて人生が 楽しくなった。 母から離れて分かったことは、母 ハラの怖さである。娘の自己決定力 を奪って誇りを失わせ、ときには自 らの存在意義すら見失わせてしまう。 親は子どもを産み、さらに子育て することで子に決定的な恩を与える その恩を返すことは不可能たたカ らこそ親は子にだけ窈で絶対的な 権力を持っている。ありがたいと感 じているからこそ、娘は親の干渉を 無視できないで苦しむ。 現在、私の最大の悩みは、七十五 歳の母に、今後どう向き合えばよい のかだ。そのために私は母のことを 日々考え続けている。これも一つの 愛情の形なのか。私には分からない。 75 家族ってなんだ ?

7. 考える人 2015年冬号

家族小説から おしなべていえるのは 「家族の絆」がいかに 危ういか、であろう。 母であることをやめ、ようやく悩み苦しむ等身大 の姿を取り戻したのかもしれない 元気な母子家庭を描いた長嶋有『猛スビードで 母は』 ( 二〇〇一一年 ) 。妻は家出し、息子は不登校 という最悪の状況から父が自らを見つめ直す重松 清『流星ワゴン』 ( 二〇〇一一年 ) 。元過激派の過激 な両親に子どもたちが振り回される奥田英朗『サ ウスパウンド』 ( 二〇〇五年 ) 。一二世紀の家族小 説は、近代家族が家族のモデルケースとして通用 て匂を子 な。れ 長、猛 しなくなりつつあることを示している。 現代の格差社会を背景に、不出来な息子に母が 手を焼く林真理子『下流の宴』三〇一〇年 ) は 「猛母の系譜」がもろくも崩れる物語だし、明治 \ ◆ 人雄 ) の、晉 ) の「家庭小説」を意識した水村美苗『母の遺産 ー新聞小説』 ( 二〇一二年 ) で描かれるのは、 中年をすぎたが老母の介護に手を焼く「猛母 の末路」の姿である。 一〇〇りの間に家族の形は大きく変わった。 戦前の船場が舞台の谷崎潤一郎「細雪』 ( 一九四 八年 ) と、八〇年代を舞台にした金艾恵子『恋 愛太平記』 ( 一九九五年 ) を読み比べれば、その 差が歴然とわかるはず。ともに四の物語であ り、ある意味、婚活小説でありながら、人々の結 婚観や家族観の差に改めて驚く しかし、家族小説からおしなべていえるのは 「家族の絆」がいかに危ういか、であろう。明治 末期の「家庭小説」の時代から、家族は常に対立 の場であり、トラブルの源であり続けたのである そうした中、新しい活路が見えるのは血縁に依 拠しない家族の姿だ。佐川光晴『おれのおばさ ん』三〇一〇年 ) は親と離れた子どもたちがひ とつの家族のように暮らす成長譚。原田ひ香毎 親ウエスタン』 ( 二〇一二年 ) は用心棒よろしく 父子家はかりを渡り歩く、母親代行業のような 家政婦の物語である。 人類が続く限り家族は続き、家族の物語も書き 続けられるだろう。だが、何をもって「家族」と するかは、時代によっても人によっても異なる 現在の家族像が永遠に続くとは限らないのだ。 69 家族ってなんだ ?

8. 考える人 2015年冬号

- 、数学の一言葉 考える人 plain living & high thinking. 次号 [ 2015 年 4 月 4 日発売 ] 予告 1 photog 「 aph by Sugano Kenji 数学というと、高校数学の苦い思い出しかない そんな方には、これからの愉しみかあるというもの。 独立研究者として、数学の楽しさを伝えたいという、 若き森田真生さんと、ヨ 1 ロツ。ハに その起源を追う旅に出かけてきました。 旅は、ローマに始まり、フィレンツェ、シエナ、ピサ、 ゲッティンゲン、ハノーヴァ 1 、そして最後には ロンドン、オクスフォ 1 ド、ケンプリッジ、プライトンへ・ そもそも、計算よりも論証を重視したギリシャの数学が、 アラビア世界を経て、再びョ 1 ロッパで開花したとき、 MAI'HESISÄ 「計算」に新たな命が吹きこまれました。 ドイツで生まれたライプニツツの計算機は、 第一一次大戦時に、アラン・チュ 1 リングの 暗号解読機を経て、現在私たちが 手にしているコンピュータに連なる 数学は、現在の社会にどのようにつながっているのか 出会った数学者のほとんどが、黒板や 白画用紙を用意し、「数学」という言葉で 語ろうと待ち構えていました。国境を越えた 大きなうねりに身を任せる特集です。 「考える人」 メールマガジンのご案内 小誌編集長が、雑誌には登場しない編集の舞台裏や こばれ話を紹介します。また、編集長が個人的に疑 間に思っていること、出会った出来事など、日々の 雑感もお伝えするメールマガジンです。通常版のほ かに、お薦めの本を紹介する「考える本棚」や「考え る人」執筆者の新刊案内なども掲載した HTMI が ございます。「考える人」のホームページ (http://www.shinchosha.co.jp/kangaeruhito/) でご登録ください。また、ツィッターも始めました。 アカウント名は @KangaeruS です。

9. 考える人 2015年冬号

THE ANATOMICAL TOUR OF EUROPEAN GRAVES よ、フろ、フたけし 一九三七年、鎌倉市生まれ。啝皋人 学医学部卒業後、解剖学教室に入る 現在は、同大学名誉教授。著書に 『からだの見方』 ( サントリーム賞 受賞 ) 一形を読む』一・解剖学教室へよ うこそ』『日本人の身体観』『唯脳 論一「ハ力の壁』『養老十皿司の大言論 , 、・Ⅲ』など最新刊に『「自分」 の擘『身体巡礼』がある「身体の 喪失」から来る社会の変化について 田示を続けている

10. 考える人 2015年冬号

一・五万円、米国人が約一一十一一万円と十五倍近い差 がある 米国で寄付が盛んな理由の一つに税制上の優遇措 置があるのは確かだが、忘れてはならないのは、米 国の財団や慈善団体が誕生したのは所得税が導入さ れる前である点だ ( 戦費捻出のため南北戦争中の一 八六一一年に一度導入されたが、戦後すぐに廃止。本 格的に復活したのは第一次世界大戦直削の一九一三 とりわけ個人救済を重んじる 年 ) 。キリスト教 プロテスタント の教えに基づく奉仕や寄付の奨 励、自治精神、社会的地位との結びつき ( いわゆる 「ノ。フレス・オブリ 1 ジュⅡ高貴なる者に伴う義 務」 ) なども看過できない要因た。「立派に実行する 方が、立派にしゃべるよりも良い」と述べたのはべ ンジャミン・フランクリンだが、学問知や形而上的 知を軽蔑し、実践知や身体知を重視するのは米国の 知的伝統でもある。 現在、米国には非政〉示の市民社会組織が約八千 存在しており、国際ロ 1 タリ 1 からライオンズクラ 。フ国際協会、国際キワニスといった奉仕クラブはそ の一例に過ぎない ライオンズは地域社会の向上を目的に、一九一七 年、当時三十八歳の青年実業家メルビン・ジョーン ズによりシカゴで設立された。ロ 1 タリ 1 よりも後 発ながら、今日では世界一一百九以上の国・地域に約 四万亠ハ千のクラブと約百一一一十五万人の会員を擁する 世界最大の奉仕クラブに成長している ( ちなみに本 部のあるシカゴ郊外のオ 1 ク。フルックにはマクドナ ルドの本社もあり、同社の世界的訓練施設であるハ ン、ハーガー大学が附設されている ) 。各クラブ・地 区よりもライオンズ全体としての活動を重視し、例 会が隔週で、失明予防に力を入れている点などロー タリ 1 とは異なるが、会員の背景や組織体制は似て いる。どちらもほば同時代のシカゴを発祥の地とし ているが、ハリスとジョ 1 ンズの関係は定かではな したた、ハリスの兄弟はライオンズに勤務したこ し」か亠のるよ一フた。 一九一五年にデトロイトに設立されたキワニス ( 現在、本部はインディアナ州インディアナポリ それでも世界約八十の国の ス ) はやや小規模たが、 約八千のクラブに約六十万人の会員を有する。ョ 1 ド欠乏症 (IDD) や母子破傷風の撲滅をスロ 1 ガ ンに掲げている。ロ 1 タリ 1 やライオンズ同様、中 西部を拠点としている点が興味深い。ポストンやニ 0 F REEz 2 れ d SO ⅱ Be-A-Lio Be ュし ( ) 11 、 0 、 ~ e 長 ューヨ 1 クなど東部のクラブに比べるとエリ 1 ト主 義的色彩が弱く、かっ米国のハ ートランド ( 中心 部 ) ゆえの一般性や普遍性を有している点が全米展 開を利したのかも知れない このようにアメリカが奉仕・寄付大国であること に疑いはないが、興味深いデ 1 タもある。米国市民 外交センター (). S. center for Citizen Diploma- (y) の名誉会長アン・オルセン・ ショッデ氏は米国人の〇・一一七パ 1 セントしか海外ボランティアに 参加せず、米国内の国際団体での ボランティアも〇・一バ 1 セント 著 に留まっている現状を憂える。パ 告 広 スポートの保持率も一一十一一バ 1 セ の 一フ ントと低く、第一一一一一一口語の話者率も ク ズ九パ 1 セントしかないという オ (Ann OIsen Schodde. "Citizen DipIo- イ macy: Building a Nation 0f G10bal る あ Citizen Diplomats," in PD 」、 02 ぎ こ , フした Winter 2 日 2 ) 。確か一 デ 割合だけを見て、米国人が「内向 ュ き」だと称することも可能かもし れないしかし、仮に自らが直接 海外に赴くことはなくとも、親睦と奉仕の精神をモ ジュ 1 ル化し、海外の人々が自ら進んでそれを受容 するようなシステムやメカニズムを編み出してきた それはまさにソフトパワ 1 と呼ぶに相応しい 時々の米国の政権の施策には異論があろうと、それ を必ずしも平板な反米王義に変換させない米国社会 246