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女たち 0 てわけ。裁判してでも金とれ 0 てすすめたら、その気になってる。でも、おれが調べたところ によれば、金のとれる女はいないのよねー 「お気の毒さま」 梓は思わず笑った。 「それで、考えたんだけど、反対に志村からとってやったらどうかしら」 「え ? 」 梓は坂口の薄い赤い唇を見つめた。 「あいつ、最近、親爺が死んで、遺産が入ったのよ。それに女房の方の里は金持だし、あの女は一人娘 ときてるでしよ。金はしぼればいくらでも出てくる」 「あんたは相当な悪人ね。ちんびらかと思ってたけど」 坂口は薄い唇の端を下げるような笑い方をした。 「あんたが志村を相手どって訴えるって脅して、金とってやったら。おれ、まかしてくれたら、みんな やってやるよ」 「ありがたいけど、気がすすまないわ。第一わたしはあの人にだまされたわけでもないし、何もお互い の立場を契約したわけでもないし、あの人から、お金なんてとれるわけないでしよ」 「そんなことないよ。何年間もただで、遊ばれてたんだもの、当然、とれるよ」 「遊ばれてたわけじゃないのよ。お互いさまだわ、こっちも結構愉しみましたからね。話はそれだ 梓は、てんぶらを持ってきた女中にいった。 「もうそれでお料理はいいわ。わたしは帰りますから、この方に、お好きなもの出しておいてちょうだ
波踊りのそめきにそっくりでないで」 「へええ、ほんま」 「ほんまの話。おかしいぞ、インドのこんな田舎で阿波踊りの音楽が聞えるとは思わなんだなあと、み なで話しおうて、・ハスを進めていたら、急に、向うの道の方にその一行が姿をあらわしたんじゃ」 「へえ、どんな」 「インド人で真黒の顔して、目えばっかりぎよろぎよろしとる。腰にごちやごちゃした色の派手な腰巻 や、みのみたいなもん巻きつけて、上半身は何やら絵具いつばい塗りたくって、頭にはインデアンみた いな飾りつけとった。その連中が十人くらいいたかな、年寄から子供まで、男ばっかりやったけど、踊 り踊りもって、こっちへ来るでないで」 「へええ、踊りながら歩くの、ほな、阿波踊りとそっくりゃないの」 「そうよ、ほの上、音楽が阿波踊りのそめきそっくりよ、踊り方も、男踊りと同じで勝手に手をふって 腰をおとして、おどけて、ひょっとこみたいな顔したりして見物を喜ばしとる」 「へええ、そんなことってあるのかしらん。ほんまに」 「ほんまやって、何でわしがほんなこと嘘いわんならんのや。あんまりびつくりしてバスとめてもろて 見てるうち、こっちまで浮いてきてしもてな、おっちょこちょいのわしのことや、。ハスからとびおり て、その踊りの連中へ踊りこんでいたんや」 「ほんまに」 「もちろん、こっちは阿波踊りや、ほたら向うの連中、びつくりしたような顔しとったけんど、すぐに おもっしょ こにこして、いっしょにこっちと同じように踊りよる。まわりのインド人の見物が面白がって、みるみ る人だかりが増してきた。バスの連中も、そのうちみなむずむずしてきて、次々バスから降りてきて踊 ー 68
ィッチをいれたのか、窓がばっと明るくなった。 先に入り、朔郎が梓を招じ入れた。 入ると、いきなり広いワンフロアになっていた。 アトリエ風の部屋は、画架やキャイハスや、粘土が乱雑にちらばっている。 「月の大方は奥多摩の窯場にいるので、ここはもうごみためみたいですよ。まあ、お坐り下さい」 朔郎は部屋の隅の籐のソファーを指していった。 キッチンから手製らしいワゴンをひつばってきて、ウイスキーをいれてくれる。 椅子と反対側の窓ぎわの棚に電話がのっていた。その受話器をとっている女の姿を想像し、梓はなぜ か胃のあたりが重苦しく感じた。 一枚、人形の首を描いたデッサンをみつけた。幽鬼のような俊寛の首であった。 ソファーの背の壁にその首がさしてあった。 「怖いですね」 「親父の傑作の一つです」 こともなげに朔郎はいった。 「この頃になって、人形を造らなくて、おやじに気の毒なことしたって思っていますー 「わたし、徳島へ取材に行って帰ったばかりなんですよ。椿岬へも行って、おとうさまにお目にかかっ てくるつもりでしたのに、ちょっと、急用で呼びもどされてだめでした」 「何だかこの頃、人嫌いになってしまってるようで : : : 年とったんでしようね」 「お帰りにならないんですか」 「気にはしてるんですけどね」 286
今のような受験勉強して、大学に入って、銘柄のいい会社に就職して、ホワイトカラーになって、ヨ 6 メさん貰って、二人くらい男の子と女の子を産んで、また、その子供を大学にいれるため、働き蜂に なって麻雀や飲み屋で自分をなぐさめごまかすという生活、つまり、うちのおやじのような平均的サラ リーマンの暮しにおれは全然魅力がないんです。 だからといって、親のせいか誰のせいかしらないけど、芸術家になってフリーな立場で、自分の可能 性を試すという一応力ッコいい生き方も、才能がないのは自分で誰よりもよくわかっちまってるから、 やれつこない。ほんとはおれ、今年は試験に受かりたかったんだ。自分のためより、かあさんのために ね。だって、かあさんはおれが落ちると、すごく世間に肩身のせまい想いして、虚勢はってみたり卑屈 になったりして、おどおどぐじぐじしていたでしよ。かあさんが落ちたんじゃないんだから、平気でい ればいいのにと、不思議に思ったけど、原因が・ほくで、かあさんが苦しんでいるのをみるのはやつばり 辛いから、何とか受かってあげなければと、思ったものの、やりきれないんだな。大体、今の受験勉 強って、まちがってるよ、人生の一番大切な時期に、あんなつめこみ暗記主義の勉強して、ほんとに大 切なものを見失っている。あの勉強は不毛だよ。浪人のひがみなんかでいってるんじゃないよ。ああい うやり方にどうしてもついていけない人間が何人かいたっていいんだよ。かあさんはおれみたいな子供 を持って肩身のせまい想いなんかしないでいいんだよ、ほんとに。兄貴はかあさんにおよそ勉強で心配 かけない金無垢の優等生だったけど、兄貴よりおれの方がかあさん断然好きでしよ。かくさないでいし んだ。わかってるもの。 しいョメさんもらって、きっとヨメ おれはかあさんと暮すよ。兄貴はアメリカから帰っても、毛並の、 さんはかあさんと住みたがらないだろうと思うよ。それは当然だしね。かあさんや啓子おばさんは気が 若いし、インテリだし、かあさんくらいの年の女の中じや物わかりはいいけど、兄貴やおれの世代とは
由香里は爽やかに笑った。 「それよか、うち、やつばり和美さんにお目にかかってよかったわ」 和美は返事の仕様がなく、はりのある由香里の大きな目が、どうかした拍子に父の目とそっくりに光 るのに気がついてきた。母親似の自分より、父に似ていることを認めないわけにはい、 「うちのおかあさんは、気の小さい人で、奥さんにすまんことしたといつもいうてました。ほんまはう ち、何でおかあさんが小いそうなんのやいって憤ってたんどす。愛人かて、対等ゃないのと思うて、腹 たててました。でも、今はちがいます。後で、和美さんのおかあさんが病院へ入らはるほど、そのこと で気病まはったと聞いて、お気の毒なことしたと思うてました。母は気の小さい人どしたさかい、ずつ と、和美さんのおかあさんに相すまないいうて、別れさせられた後でも、肩すぼめるようにして生きて ました」 「悪かったわね」 和美は素直にいった。 「こんなことって、誰も悪うないのかしらん、一番いかんのはおとうちゃんでしよう」 和美はどきんとして、はじめて、まじまじ由香里の顔をみつめた。父と母と加代の三角関係は、頭の 中では認めていても、由香里から、いきなりおとうちゃんと、父を呼ばれたことに思いがけない強い違 和感があった。 「そいでも、あの人はあれでどこか憎めん人のように思えるし」 「由香里さんはうちの父に、可愛がってもらえたの」 「そりや、たまにしか逢えんし、逢うた時くらいは、甘やかしてもろてたんとちがうかしらん、帰って しつでも波止場で泣きわめくもんやから、知らんまに帰るようしやはってました」 いかはる時は、、 や 231 向日葵
とい ) っ 0 文子は梓の手際のよさにあっけにとられるようだった。今は引越屋が、荷造りから、新しい部屋への 物の配置までやってくれるとは、噂には聞いていたが、文子はそれを目の当りにみてすっかり感心して しまった。 男たちは用がすむとさっさと引きあげてしまった。後には紙屑ひとつ、紐の切れはしひとっ残されて いず、きれいに掃除が出来ていた。 文子は茶の間にあったトルコ桔梗をカットグラスの花瓶ごと、梓の部屋に持ってきて、机の上に置い 何となく純二の部屋から梓の部屋に変った変り様がなごやかで心がうるおってくる。 純二が帰ったら、客用にとってある六畳を使わせてやろう。文子はとっさに考えて、自分でその日が もうすぐ来るように、心が弾んできた。 梓と純一一がもどってきたら、この家がまた明るく賑やかになるだろう。純二が大学がいやならいや で、それもいいように度胸が坐ってきている。 好きなことをやらせて、自分と、家族のロぐらい養えればそれでいいと思う。いわゆる世間的に出世 してくれても、人と争ったり、世の中に不正だと折紙つけられたりしてはやりきれないだろう。親は 親、子供は子供だ。子供に対する責任は、産んで成人になるまで見てやれば充分なのではあるまいか。 大学に向かない子供をむりやり受験強勉させたってはじまらない。職業に貴賤はないのだし、純二の なりたいものにならせ、進みたい道にすすませてみよう。改めてそう思えば、肩がすっと軽くなった。 梓も世間から見れば、嫁入り前に道ならぬ恋愛をし、ぐれた娘と折紙がつくだろう。それだっていい じゃないか。梓がそれで何か得たものがあるなら、結婚をし、平凡な家庭を守り、こっこっ金を貯め、 こ 0 ー螢川
「男っていうものは、やつばり、家庭では一番気がゆるんでるのよね。少くとも情事の対象の前では気 どってなきゃならないんじゃないの、思いきって大きなおならなんてしないんじゃないかしら」 「そうかなあ、二年もっきあえば、男にとっては女房も情婦も同じようになるんじゃないの」 「少くとも世の中の女房というのは、亭主の一番みつともないところを握っているという自信だけはあ るんじゃないの。とにかく、亭主というのはつまらないところでしつ。ほをだすものよ。女といったレス トランの受取りをポケットにくしやくしやにつつこんでいて、汚れたハンカチといっしょに出して女房 に渡したり、買ってくれたこともないプローチを、あれ、つけないのかとロ走ってみたり」 「おとうさんがそんなまぬけだとは知らなかった」 「おとうさんじゃないのよ、一般の亭主族の話よ」 「女房のカンっていうのを、よく婦人雑誌なんかで力説してるじゃないの、外でなにしてきた時と、そ うでない時は、玄関に出迎えたとたん、ばっとわかるとか」 「負けおしみじゃないの、そりや、何ともいえないもやっとした霧のようなものは感じるけど、そんな に百発百中、カンが当るなら、世の中もっと平和でしようよ」 「裏切られた時、妻って人種は自分も裏切ってやろうとは思わないの」 「それほど馬鹿はそんなにいないんじゃないの、何の得があって、そんなことして」 51 水脈
「だって、結婚した人もいるじゃないの」 「それは帰ってからのつきあいがそうさせたのよ」 「帰ってきて全然、お逢いしないの」 「はい、お逢いいたしておりません」 梓はふざけたように馬鹿丁寧な口調でいった。 「彼のおとうさんの方にだって、あたし逢ってるのよ」 「まあ、それはいつ」 「仕事でインタビューして、恥かいちゃった」 「恥って」 「何も文楽のこと知らないのを見ぬかれちゃったのよ、でもいい人よ。そうね、息子よりやつばり、長 く一筋のことしてきた人だけに魅力的ね」 文子はようやく落着いた。今日は純二の話をしようと思っただけで、橘朔郎の写真も何も持って来て いないのが残念だと思ったが、そんな必要がないとわかると、また急に思いもかけなかった不安が胸に ひろがっていく。 「朔郎さんて、もう三十こしてる人なのよ、ひとりのように見えた ? 」 「そんなのわかるもんですか。今時の男って、早い人はみんな大学時代に結婚しちゃうかと思ったら、 三十のなかばになったって一向結婚したがらない人もいるし、独身かと思うと、独身以上に深い仲の女樹 のいる人もいるし、それにホモだって多いからね」 新 文子は、梓がまるで他人事のようにべらべら喋るのが次第に癪に障ってきた。 「それじゃ、もう結婚のことは関わりませんからね」