がわら 『おのれツ・ : て、屋根の青銅瓦に半身ほど乗りだしたところで、小文治のさ さや しだした槍をつかんでやる。 と片膝おりに、戒刀の鞘を横にはらった童太郎、銅の九輪も たつみ ふたい な 巽小文治は、もとより果心居士の門下でないから、浮体の息斬れろとばかり、呂宋兵衛の足もと目がけて薙ぎつけた。 どきよう を知らない。 同時に、波のごとき瓦のうえへ、ヒラリと飛びあがった巽小 したがってただ度胸のはや業。槍の一端を塔の角 かなぐ あかえ 金具にひっかけ、一方を童太郎につかんでいてもらって、スッ文冶は、いま童太郎が斬りつけたとたんに、朱柄の槍をさッと ようらくれいかん と瓔珞の鈴環へ足をかけると、ともに、二人の重みがかかってしごいて、呂宋兵衛がかわさば突かんと身がまえた。 は危いので、童太郎はすばやく上へはいあがった。 そらあい りん とたんに、雨とも見えぬ空合なのに、塔の先端九輪の根もと から、ザーツと滝のような水がながれてきて、塔の四面はさな すいしようれんじゅ がら、水晶の簾珠をかけつらねたごとく、童太郎の身も小文治 のからだも、水の勢いでおし流されそうにおばえた。 『呂宋兵衛の妖術だ、まことの水ではない、小文治どのひるむ かしんこじ 竜太郎は果心居士の手元 , にいただけに、幻術しのびの技など には多少の心得がある。いま、九輪の根元から吹いてきた水勢 すいりゅうがく もてつきり、呂宋兵衛の水童隠れの術とみたから、こう注意し下では、あッと、手に汗をにぎる諸軍の声。 がわら み、くや - - ばっか て、無二無三に青銅瓦の大屋根へ踏みあがった。 伊那丸をはじめ、幕下の面々、また竹童も咲耶子も、塔の一 ちゅうてん そして、気は宙天へ、声は、大地にひびくばかりに、 点に眸をあつめ、ハラハラしながら鳴りをしずめた。 『ゃあ、奸賊和田呂宋兵衛、この期になってはのがれぬとこ時こそあれ、 , ー・ , 大へん。 なわめ らいじゅう ろ、神妙に木隠童太郎の繩目をうけろ』 三重の屋根瓦から塔の九輪のまっ先へ、雷獣のごとくスルス なんじ 『だまれ、青二才、汝らごとき者の手にかかる呂宋兵衛ではな ルとはいあがった和田呂宋兵衛、 『お、つツ・ うかと、わが身にちかよると、このいただきから蹴落とし みじん て、木ッ葉微塵にしてくれるぞ』 なにやら叫んだかと思うと、片手をプンとふりまわした。 すいじゅっいん 呉水術の印を解くとひとしく、あきらかに姿をみせた和田呂宋と ! ー。またこそ、彼の幻術か、ふいに、さッと落ちてきた一 やしゃ 兵衛、九輪の銅柱をしつかと抱いて、夜叉のごとく突ッ立って陣の風鳴り。 あけがた すると明方の天空から、思いがけない人声がきこえた。 かんぞく わざ わざ かたひざ ひとみ 紅帆呉服船 こ、つはん 1 ) がわら 力いレにつ かわら あせ りん たつみ 799
こちょ・フ これなん、咲耶子の一指一揮に伏現する裾野馴らしの胡蝶の『木ッどもはどうでもよい、呂宋兵衛はどうした』 と、フ 『かくまで手をつくしながら、当の呂宋兵衛を取り逃がしたと めんばく 『しまったー・』 あっては、若君に対しても面目ない。者ども、余人には目をく 丹羽昌仙が絶叫した。 れず、呂宋兵衛を取りおさえろ』 しった とたんに、崖のうえから木隠童太郎が、 忍剣と童太郎が、ほとんど狂気のように叱咤してまわった ぞくと みやまざさ ったかずら 『戊・徒、、つごくなツ』 が、なにせよ、身を没するばかりな深山笹、杉の若木、蔦葛な と 力いと・フ、、や お んだずじようふ どが生いしげつているので、うごきも自由ならず、さがしだす と戒刀の鞘をはらって、銀蛇頭上に揮りかぶって跳びおり すき あなた る。発矢、昌仙が、一太刀うけている隙に、呂宋兵衛とその影のも容易でなかった。すると、彼方にあって、 かいこままあ 和田 武者、蚕婆と早足の燕作、四人四方へ・ハラバラと逃げわかれ『ゃあやあ、巽小文治が和田呂宋兵衛を生けどったり ! 呂宋兵衛を生けどったり ! 』 たつみ あかえ と、ゆくてにまたあらわれた巽小文治、朱柄の槍をしご、 声、満山に鳴りわたった。 さかお 『ワーツ て、燕作を見るやいな、えいッと逆落としに突っかける。もと より武道の心得のない燕作、受ける気もなくかわす気もなく、 てがら と、手柄名乗りにおうずる味方の歓呼、谷間へ遠く山彦す ただ助かりたい一念で、神代川の水音めがけて飛びこんだ。 カ小文治はそれに目もくれず、ひたすら呂宋兵衛の姿をめざる。 きようあくむひ して駈けだした。 さしも、強悪無比な呂宋兵衛、いよいよここに天運つきた だんがい 一方では丹羽昌仙、童太郎の切ッ先をさけるとたんに、断崖か。 をすべり落ちて、伏兵の手にくくりあげられそうになったが、 必死に四、五人を斬りたおして、その陣笠と小具足をすばやく きよどう 身にまとい、同じ伏兵のような挙動をして、まんまと伊那丸方 の部下にばけ、逃げだす機会をねらっている。 女 もっとも足のよわい婆は、れいの針を口にふくんで、前の 少 抜け穴に舞いもどり、見つけられたら吹き針のおくの手をだそ 吹 笛うと、眼をとぎすましていたけれど、悪運まだっきず、穴の前 樺を加賀見忍剣と童太郎が駈け過ぎたにもかかわらず、とうとう 見つけられずに、なおも息を殺していた。 陣。 じん さくやこ ふくげん かんこ 785
て、ここにも、斬ッっ斬られっした血汐や槍の折れや、なまな 以上なでしやばりをやッたので、ついに、軍律をもって陣屋追 るそんべえ ましい片腕などがゆくところに目をそむけさせる。 族をうけたというから、そこで呂宋兵衛は、もちまえの盗賊化 さんび ちくてん すると、この酸鼻な戦場の地獄へ、血をなめずる山大のよう して、これから他国へ逐電するゆきがけの駄賃とでかけている ところであろう。 に、のそのそとウロついてくる人影がある ざんにん 『お、こいつの差している刀はすばらしい』 いくら捨て鋼になったにしろ、よくこんな、残忍な盗みがで 『しめた、ふところから金がでたそ』 きることと思うが、根を考えると、富士の人穴に巣をかまえて じんばおり 『ゃあ、この陣羽織は血にもよごれていねえ。ドレ、こっちへ いた時から、和田呂宋兵衛、このほうが本業なのだ。 かしら 召上げてやろうか』 『頭領、思いがけなく、金目なものがありましたぜ』 ざわざわと、こんなことをささやきながら、あなたこなたに と、二、三十人ほどの手下が、そこへ、剥ぎとった太刀や陣 ぐ ーおり 織や金をつんでみせると、呂宋兵衛は土手の上からニタリと たおれている武士の物の具や持ち物を剥ぎまわっているのだ。 はくちゅう ああ戦国の餓鬼 ! 戦場のあとに白昼の公盗をはたらく野武横目にながめて、 たき 『そうだろう。このへんに討死しているやつらは、おおかた滝 士の餓鬼 ! その一群であった。 がわかずます 一益の家来で、ツィきのうまでは、桑名城でぜいたく三昧な もう大がいにしておけ。あまりかせぎすぎると、こ : 、つ、そりやアとにか くらしをしていた者ばかりだからな。 んどは道中の荷やツかいになって、釜をかぶって歩くようなこ なんばんじ く、もう南蛮寺も秀吉のやつにとりあげられてしまったから、 とになるそ』 かしら すると、この野盗の頭とみえて、ふとい声が土手の上からひ京都へもどることはできねえ。いッたいこれからどこへ指して がりゅう びいた。ヒョイとそこをふり仰ぐと、臥竜にはった松の木のね落ちのびたものだろう ? 』 しようせん力い - 一ばばあ かせ と、昌仙と蚕婆のほうに相談をもちかけた。 ッこに、手下の稼ぐのをニャニヤとながめている者がある。 『また、富士の人穴へかえろうじゃないか』 『もうたくさんだ、たくさんだ。そう一ペんに慾ばらねえで かいこばばあ 鬼も、ちかごろは、ゆくさきざきに戦のある世の中だ。まごまご と、蚕婆は常に田 5 っていることを、このさいにもちだして、 す - 一うや あの曠野の棲みよいことや、安心なことを数えたてた。 るしているまに、秀吉の陣見まわりでもきた日には大へんだ』 たばこ 『そうよ、もうほとばりもさめたから、久しぶりで、富士のす げまた、こういって、そこにスパスパ煙草を吸っていたのは、 わしようせん わだるそんべえ がたも拝みてえな』 逃すなわち、和田呂宋兵衛、ほかの二人は蚕婆と丹羽昌仙だ。 子 たがーー・ーそれはまだよろしゅ、つギ、るまい』 これで事情はおよそわかった。 の わしようせん といったのは羽昌仙。野武士のなかにいても、軍師格なだ 蛛秀吉の御感にいって、出世の階段をとびあがるつもりでいた 蜘かつよりたんさく 勝頼探索の結果が、あの通りマズイはめとなったうえに、命令けに、この者はすこし厳めしくかまえこんでいる ちしお かいこばばあに 0 だちん 0 ぐんしかく じんやつい じん
いなまる 敵地に身をおいて、草木の音にも気をくばっている伊那丸主意外な口上をきいて、忍剣と童太郎が顔を見あわせている わだるそん・ヘえ 、ハッとして、和田呂宋兵衛がさかよせをと、井上大九郎が語をついで、 従は、それを見ると ひでよしこう ちよくめ、 ぜぜしろ 『それは、桑名のご陣にある、秀吉公からの、直命でござる。 してきたか、膳所の城にある徳川方の武士がきたかと、身がま じようらく きよか えをしていると、やがて、炬火の先駆となって、駒をとばして殿のおおせには、このたび伊那丸さまのご上洛こそよきおりな れば、ぜひ一度お目にかかったうえ、ながらくおあすかりいた きた一騎の武者。 『ゃあ、それにおいであるのは、武田伊那丸さまではございま している品を、手ずからお返し申したいとの御意、なにとそ、 ご同道のほどくださいますように』 せぬか』 おんじよう 『はて、不審なおおせではある ? 音声たからかに呼んで近づいてきた。 まゆ 『おお、いかにもこれに渡らせらるるは、伊那丸君でおわす伊那丸は優美な眉をひそめて、 『べつにこの方より、秀吉どのへおあすけいたした品もないが が、して、そこもとたちは何者でござる』 りゅうたろう にんけん まえにたって竜太郎と忍剣、きびしくこういって汕断をしす こ、つつ A 」、 『イヤ、たしかに、大事な品をおあずかりしているとおおせら くわなぜ れました•0 そのために、桑名攻めの陣から、われわれどもが、 「さては ! 』 とその騎武者三人、ヒラリ、ヒラリ、と鞍から飛びおり騎馬をとばしてお迎えにまいったわけ』 わかみ かがみ こうげん ぐそくじんだち というと、加賀見忍剣、もしゃ巧言をもって、若君を生どろ て、具足陣太刀の音をひびかせながら面前に立った。 かにさいぞう ふくしまいちまっ うとする秀吉の策ではないかと、わざと、鉄杖をズシーンと大 『それがしは、福島市松の家来、可児才蔵』 地へつき鳴らして、 こう名乗ると、つぎの武者が かとうとらのすけかしん いのうえだいくろう 『ではおうかがいいたすが、桑名攻めの戦場にあられたかたが 『拙者は、加藤虎之助の家臣、井上大九郎と申す』 きむらまたぞう たが、どうして、ここへ伊那丸さまがお通りあることを、かよ 『おなじく、木村又蔵でござる』 えしやく うに早く承知めされたのじゃ』 と、いずれもりつばな態度で会釈をした。 ふしん 『その不審はごもっともであるが、じつはきようの午の刻 足そしてふたたび、なかの可児才蔵が、一 . 歩すすんで、 わだるそんべえ なんばんじ まえに、南蛮寺の番人和田呂宋兵衛をはじめその他の者が、ち の『不意にかような戦場のすがたで、人数をひきいてまいりまし おどろ 火 ては、さだめしお驚きとぞんじますが、じつはこれお迎えの軍りぢりばらばらとなって、桑名のご陣へかけつけてまいりまし 月 卒、さっそく、あれへ用意いたしてまいった馬にお召をねがい 『ウム。勝頼公を差したてよとは、アレも、秀吉どのの指図で のます』 『なんといわれる。伊那丸さまをお迎えにまいられたとか ? 』あろうが』 そっ せんく くら ぐん ふしん くわな てつじよう よい
『わっしで。こギ、いますか : どい目にあわせなすったじやございませんか』 『おお、そうか』 と燕作はあたまに手をのせて 「やっと思いだしましたね』 『わっしはまだごゆるりとあとから出かけますつもりで』 ま わだるそん・ヘえ てしたはやあしえんさく しあい 『それではきさまは、和田呂宋兵衛の手下、早足の燕作だった 『そうゆうゆうと落ちついていると、もう試合の当日に間にあ 、刀』 わなくなるそ』 えんさく だんな だいじようぶ 『その燕作でございますよ、どうも旦那、お久しぶりで : : : む『なアに大丈夫、これでごンす』 ひざ かしは敵だの味方だのといっていましたが、いまはやっと、だ と、燕作は足の膝ぶしをビッシャリとたたいて、 ひとあなじよう えんさく いぶ天下もしずまりましたし、人穴城は焼けっちまうし、家康『孫悟空じやござんせんが、早足の燕作、一番あとからかけっ さまと秀吉さまも、仲よくつき合っているご時世ですから、こ けましても、こういう筋斗雲がございますから : : : へへへへこ うら ちとらなどは、なんの怨みもくそもありやしません』 とによると、あとからいって、いすれあちらでわっしの方がお : へい、じゃ そうだが、このさきはわからないが、とにかくいまのところ待ちするようなことになるかも知れませんて。 てんかへいせい みたけへいがくだいこうえ では天下平静、御岳の兵学大講会も、今年は定めしにぎわしかあ、ごきげんよろしゅう、さようなら』 上こちょう と、横町へかけこんだ。 ろ - 、つ』 だんながた 『お、じゃ、旦那方もおでかけですか』 のう 『なにも能はないが、見物にな』 いえやすりようち おだわらほう いまがわ 織田と今川のほろびた後は、家康の領地ざかいは小田原の北 『」じよ、つだんで。こざんしよ、つ』 ぶしゅうこう じよううじなお えんさく 条氏直ととなり合って、碁盤の石の目をあさるように武州甲 燕作はイヤな笑いかたをして、 あきち しゅうじようしゅう るそんべえ 州上州あたりの空地をたがいに競りあっている。 『おととい、呂宋兵衛もあちらへでかけましたよ』 みたけ おだわら その小田原でも、御岳のうわさはたいへんなものだ。 『ほう、あれもまいったか』 は・一ね とくがわけ わだるそんべえ なんばんりゅうげんじゅっこうか、 の『家康さまのおさしずで、当日は、南蛮流の幻術を公開してみ徳川家からでる和田呂宋兵衛がきのう箱根をとおった。おト しよう ぎようれつね 姓とんば組の連中がうつくしい行列で練りこんでいった。菊池 たせるそうで』 はんすけ 半助がいった。やれだれがとおった。なんのなにがしもくりこ 「あの、蚕婆はその後いかがいたしたな』 子 『あいかわらず、達者なもんでございますよ、ただ裾野にいたんでいったと、小田原城の若ざむらいは血をわかしていた。 す うじなお りんきよせい イル るそん・ヘえ 探ころとすこしちがってきたのは、呂宋兵衛にかぶれて、女修道なんにつけても氏直は、いま四隣へ虚勢を張っているところ と者のくろい着物をきているぐらいなもンでげす』 と - つけぶアい 『当家の武芸のほどをしめしてやれ』 「おまえはゆかないのか』 力い - 一ばばあ たっしゃ じせい すその そんごくう ぐみ きんとうん 0 きくち 479
しゆら きんだち これがつい 、今しがた、今宮の境内を修羅にして暴れまわっ とあとから大股に、笠の公達と六部のす く駈けぬける。 た男とは、思えぬような、弱音である。 カたか、つづいていった。 馬 いうのをおさえつけて、伊那丸は、ハッタとにらんだ。 『ここらでよかろ、つ』 天 ひきよう 『卑法なやつではある。むだ口を申さずと、ただこのかたがた 州立ちどまったのは、舟岡山のすそ。 あたご きぬがさみね 神高からぬこの山にのばるとすれば、西に愛宕や、衣笠の峰のずねることに答えればよいのじゃ』 ひえい かも : は、、命さえ、おたすけくださるぶんには、斧大九 影、東はとおく、加茂の松原ごしに、比叡をのぞんでいる。さ ちくどう くらまやますいらん らに北をあおぐと、竹童の故郷鞍馬山の翠巒が、よべば答えん郎、なんなりとぞんじよりを申しあげます』 『そのロを忘れまいそ』 ばかりに近い。 なまるしんようじゅこもび はんしん きッと、半身をつきだした伊那丸、針葉樹の木洩れ陽を、藺 『若君ここへおかけなさりませ』 おもざし が * 、 笠としろい面貌へうつくしくうけて、 たかだかとそびえた杉林の下 わだるそんべえ きりかぶちり 『なんじはさいぜん、和田呂宋兵衛の家来じゃというていばっ 一つの切株の塵をはらって、六部はわきへ片膝をついた。 ていたの ? 』 『あ : : : あれは』 目でうなすいて、藺笠の美少年は、それへ腰をおろした。こ かつより とりで きんだち 『いや申したー たしかに聞いた』 の公達こそ、甲州小太郎山の雪の砦から、はるばる、父勝頼の たけだ、なまる しようそく 『 . いいましたに挈、、つい・こさいき ( せんがじつは、こ、、いにもな 消息を都へたすねにきた武田伊那丸であった。 こがくれりゅうたろう かがみにんけん いでたらめごと』 そのわきに、頭を下げたのは木隠童太郎で、加賀見忍剣は、 あな にんけん おのだいくろう しいかけるとあとから、忍剣の鉄杖のさきが背中へ穴があく ひツかかえてきた芹大九郎をそこへほうりだして、 かとばかりドンとついて、 『若君、いざ、おしらべなさいませ』 るそんべえ 『このうそっきめが、呂宋兵衛の部下なるがゆえに、ことわり と、少しさがったところで、れいの鉄杖を、持ちなおしてい かけあ なしに祭をもよおした神主をこらしめるとか、懸合うとか、 すんげん げろう ざいていたではないか。若君のおしらべにたいして、寸言たり 『下郎、おもてを見せい』 りゅうたろう にんけん なまる ともあいまいなことを申すと、いちいちこれだぞ』 伊那丸はいった。これはまた、忍剣の鉄杖より、童太郎のは げろう べつきりん ドンと食わせる。 や技より、一種別な気稟というもの。下郎大九郎は、すでに面も一つ、 『ウーム、フフフ、痛 , つ、ごギ、る、】痛 , つござる』 色もなく、ふるえあがって両手をついた。 でいすい 『ま、まったく持ちまして、さいぜんのことは泥酔のあまりで『痛かったら申しあげろ』 わだるそんべえ 『も、申しあげます。まったく和田呂宋兵衛の手のものにそう ござる。ど、つぞ、ひらにひらに、おゆるしのほどを : : : 』 る。 わざ 0 てつじよう かたひざ おの 2 イ 0
よう ! う なまる 『えツ、ここがあの小太郎山で、伊那丸さまの立てこもる根城うなこの怪常な容貌にも、呂宋兵衛の名のほうがふさわしか 0 となるのでございますか』 ひとあな ちくどう 呂宋兵衛は富士の人穴へきてから、たちまち小角の無二の者 ふかいわけはわからないが、竹童はそう聞いて、なんとなく なんばんじん いげんじ 胸おどり血沸いて、自分も、甲斐源氏の旗上げにくみする一人となった。彼の父が、南蛮人のキリシタンであったから、呂宋 キリシダン げんじゅっ イルマン 兵衛もはやくから修道者となり、いわゆる、切支丹流の幻術を であるように勇みたった。 きわめていた。小角はそこを見込んで重用した。 じゃあく しかし根が邪悪な呂宋兵衛は、たちまちそれにつけあがって はいか 、んーう 謀をたくらみ、策をもって、小角を殺し、配下の野武士を手 なづけ、人穴の殿堂を完全に乗っ取ってしまった。 * 、くや - 一 小角のひとり娘の咲耶子は、あやうく父とともに、かれの毒 手にかかるところだった、節を変えぬ七、八十人の野武士もあ すその って、ともに裾野へかくれた。そしていかなる苦しみをなめて も、呂宋兵衛をうちとり、小角の霊をなぐさめなければならぬ たねん - 一うや と、毎日広野へでて、武技をねり、陣法の工夫に他念がなかっ やまだいみようね すその 富士の裾野に、数千人の野武士をやしなっていた山大名の根 ひとあなでんどう 1 一ろしようかくほろ その健気な乙女ごころを天もあわれんだものか、彼女は 来小角は亡びてしまった。しかし、野盗の巣である人穴の殿堂 しようかく いぜん ゆくりなくも、今日伊那丸と一党の人々に落ちあうことができ は依然として、小角の滅亡後にも、かわっている者があった。 わだるそんべえ すなわち、和田呂宋兵衛という怪人である。 ほろば かって、伊那丸が人穴の殿堂にとらわれたときに、咲耶子の あれほどしたたかな小角が、どうして亡されたかといえば、 るそん・ヘえ やさしい手にすくわれたことがある。いや、そんなことがなく 自分の腹心とたのんでいた呂宋兵衛にうらぎられたがため、 きようゆうばつばっ っても、思いやりのふかい伊那丸と、侠勇勃々たる一党の勇士 つまり飼犬に手をかまれたのと同じことだ。 いみよう るそんべえ たちは、かならずや、咲耶子の味方となることを辞せぬであろ 答呂宋兵衛というのは、仲間の異名である。 もんべえ ロ かれは、和田門兵衛という、長崎からこの土地へ流れてきた じか るそんも なんばんあいのこ 一方、山大名の呂宋兵衛は裾野へかくれた咲耶子の行動にゆ 怪南蛮の混血児であった。右の腕には十字架、左の腕には呂宋文 ちょうじゃ 童字のいれずみをしているところから、野武士の仲間では門兵衛だんせず、毎日十数人の諜者をはなっている。 へきどう - 一うも・つきんぐも 今日も、途中雷雨にあって、ズプぬれとなりながら野馬をと を呂宋兵衛とよびならわしていた。また碧瞳紅毛、金蜘蛛のよ きど、つ ( かい挈、′、・も・ん」、つ 奇童と怪賊問答 0 十・よ洋 おとめ
『いや、あいかわらず小気味のいいやっ、ではわかり次第にそ『ちくしようめ、人穴城でやけ死んだかと思ったら、またこん のろし の場所から、この狼煙を三度うちあげてくれ、こちらでも、そなところで悪事をはたらいていやがるな : : : ウヌ、いまに一あ わふかせてやるからおばえていろ』 の用意をして待っことにいたしているから』 空にあって、竹童は、おもわず歯がみをしたことである。そ ハイ。きっとお合図申します。じゃ蔦之助さま、小文治さ じようきよう して、一刻もはやく、この状況を、伊那丸の本陣へ知らせよ ま、これでごめんこうむりますよ』 のろしづっ うと、大空ななめに翔けおりる 竹童、童太郎から受けとった狼煙筒を、ふところに納める おうだっ おおじようやこまけ み、さむら するとその前から、法師野の大庄屋狛家の屋敷を横奪し と、また前にでてきた笹叢のなかへ、ガサガサと熊の子のよう かいこばばあ て、わがもの顔にすんでいた和田呂宋兵衛は、腹心の蚕婆や に姿をかくしてしまった。 たほうとう せむい しようせん おや ? あんな大言を吐いておいて、どこへもぐりこんでゆ昌仙をつれて、庭どなりの施無畏寺へでかけて、三重の多宝塔 かねめ きんめい くのかと、こなたに三人がながめていると、折こそあれ、金明へのばり、なにか金目な宝物でもないかと、しきりにあっちこ せんぶう せん っちを芒らしていた 泉のほとりから、一陣の旋風をおこして、天空たかく舞いあが おおわし 吹針の蚕婆は、ちょうどその時、三重の塔のいただきへのば った大鷲のすがた しゆらんかん って、朱の欄干から向こうをみると、今しも、竹童ののった大 地上にあっても小粒の竹童、空へのばると、鷲の一毛にもた つばイ、 らず、かれの姿は、翼のかげにありとも見え、なしとも思われ鷲が、しきりにこの部落の上をめぐって、あなたへ飛びさらん すずめ ンー ) ていっ 0 と一キ、 つつ、鷲そのものも、たちまち鳩のごとく小さくなり、雀はど ・一くえし がんかい にうすらぎ、やがて、一点の黒影となって、眼界から消えてゆ「あツ、たいへん』 ようさん 0 顔色をかえて、蚕婆が仰山にさわぎだしたので、塔のなかの じゃ 雲にきえた鷲と竹童。甲駿二国のさかいを、蛇の目まわり宝物をかきまわしていた呂宋兵衛と昌仙なにごとかとあわてふ ほそかいろうらんかん ほうしの に、ゆうゆうと見てまわって、とうとう、ここ法師野の部落ためいて、細廻廊の欄干へ立ちあらわれた つばみ、 くろわし るそんべえ 見ると空の黒鷲、その翼にひそんでいるのは、呂宋兵衛がう に、和田呂宋兵衛一族の焼けだされどもが、よわい村民をしい こわっぱ こつずい らみ骨髄にてっしている鞍馬の小童。丹羽昌仙はきッと見て、 たげている様子を、とくと見さだめた。 ものみ けむり このあたり、野火の煙がないので、竹童が鷲の背から小手を『ウーム、きやっ奴、伊那丸がたの斥候にきおったな』 こぶし 争 かざしてみると、法師野の山村、手にとるごとしだ。部落の家と拳をにぎったが、彼の軍学も空へはおよばず、蚕婆の吹針 の ざんとう ぜんりよう も、ここからはとどかず、ただ唇をかんでいるまに、鷲は一散 月には、みな人穴鹹の残党がおしこみ、衣食をうばわれた善良な ろうようなんによ はだか 術村人は、老幼男女、のこらず裸体にされて、森のなかに押しこめに裾野をさしてななめに遠のく。 しん み一んじよ・フ だい - - うとう 『呂宋兵衛さま、もうこうはしておられませぬ』 られている。真にこれ、白昼の大公盗、目もあてられぬ惨状だ。 こきみ こうすん しだい おさ め か
地を裂く雷火 おお、みるまに下界は遠くなるーー遠くなる なんばんじ 南蛮寺の屋根、天ガ止一帯、さらに四方の山川まで、たちま てんかい ち箱庭を見るように、すぐ目の下へ展開されて、それが、ゆる うすまき い渦巻のように巻いてながれる : ・かじろう 蹴おとされては大へんと、泣虫の蛾次郎は、歯を食いしばっ わしえりげ て、鷲の頸毛にしがみついた とーーー同じように、地上とちがって、大空の風をきっていく ちくどう 鷲の背なかにいては、さすがの竹童も、手がはなせないので、 がじろう みすみすそばに乗りあっている蛾次郎をどうすることもできな いのである。 。ししか、ここに、なおなお困ったことは、一人ならば 自由な方角をさして飛ばすこともできるが、こうして蛾次郎と 相乗りになってしまったために、クロはただクロ自身の意志 なまる で、勝手なほうへ颯々として飛んでいく。それでは、伊那丸た ちへ、合図をするたよりがないので、かかるまも、竹童の腹の よ . かま、 引っくり返るような心配である ッと顔をかすッていく風の絶えまにはるか わだるそん・ヘえ あり に下をみてあれば、もう和田呂宋兵衛一族の列は蟻のように小 さく見えながら、天ガ丘の石段を降りきっている。 『かならず , ーー合図をまちがえてくれるなよ りゅうたろう くれぐれもことわられた竜太郎のことばが、空の上なる竹童 」一・の耳に、いまもありありと聞える心地がする ました とそのせつなである。竹童は、すぐ真下の地上に一点の 三 - を . ・ - ひかたまり 火の塊を見いだした。 のび 枯草をやく百姓の野火か、あるいは、きこりのたいた焚火で あろうか、とある原のなかほどに、チラチラと赤くもえている さっさっ
こわね 意外なところに、やさしい女の声音がひびいたので、 おもわず足を踏みとどめて、ギョロッと両眼をふり向けたの わんじゅ ばんい は、蛮衣に十字の念珠を頸にかけた怪人、まさしく、これそ、 しようしんしようめし 正真正銘の和田呂宋兵衛その者だ。 わごろしようかく 『や、汝は根来小角の娘だな』 かたき 『おお、仇たるそちとは、ともに天をいただかぬ咲耶子じゃ。 かせい 伊那丸さまや、その余のかたがたのお加勢で、ここに汝をとり かこみ得たうれしさ、悪人 ! もう八方のがれる途はないぞ え』 『わはははは、おのれや伊那丸づれの女子供に、この呂宋兵衛 ふじみ が自由になってたまるものか。斬るも突くも不死身のおれだ。 五尺とそばへ近よって見ろ、汝の黒髪は火となって焼きただれ るぞ』 じやほうげんじゅっ 『やわか、邪法の幻術などにまどわされようそ』 『ふふウ : : : その幻術にこりてみたいか』 ・一うげん 『笑止や、その広一一一一口、咲耶子には、胡蝶の陣の守りがある』 こちょうじん 『胡蝶陣 ? あのいたずらごとがなんになる』 わなお 『オオ、そういうじぶんが、すでに胡蝶陣の罠に墜ちているの : ホホホホ、曳かれ者の小唄は聞きにくいもの も知らずに : めろう 『女郎 ! おばえていろッ』 くわッと、両眼をいからして、呂宋兵衛はふいに咲耶子の咽 首をしめつけてきた。充分、彼女にも用意があったところなの で、ツイと、振りもぎって、帯の笛を抜くよりはやく、例の合 図、さッと打ち振ろうとすると、呂宋兵衛が強力をかけて奪い こちょうじん さくや - 一 みち のど