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検索対象: 吉川英治全集 第13巻 かんかん虫は唄う・あるぷす大将・青空士官・夜の司令官
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1. 吉川英治全集 第13巻 かんかん虫は唄う・あるぷす大将・青空士官・夜の司令官

けてありますから、どうか、御安心を』 将『とんだ、お手数でしたこと』 大 しいえ、夏季は、度々ある事です。それに、御身分がら、県 欣しがられて間の悪さ す ちょう ぶ庁でも、郡役所でも、特に心痛いたしました。・・・・ー併し、御無 る 事なお姿を見て、実際吾々も、ほっとしました。一体、何うし あ て ? 』 大人たちは、一斉に、俺を見て、 『奇蹟ですの、まったく』 『於兎、えらいそ』 『ま 俺は、真ッ紅になった。夫人は人が悪いや。何と云ッて、ほ 「私も一時は、死ぬものと、覚悟しましたが』 んとの事を話したらいいのか、まごっいた。 で、指の爪を うつむ 『そうでしたか。 じゃ、霧にまかれた後、昨夜のあの暴風噛んで俯向いてると、 雨に』 『大将、何をきまり悪がツてんだい』 『え』 『於兎ゃん。偉れえことやったぞ』 『何処で』 そろそろ、周りから押し合って来た級友のシオカラ虫が、俺 なだ 『鶴ケ池とかいう沢で』 の後から、雪崩れて、押すと、 『あ ! あんな方で。 『小英雄を、胴上げッ』と、何奴か、音頭をとった。 方角ちがいた』 『オーケイ ! 』 ちょぺい 『わッ 『恐かったわ』 』と、云うと、長ッ平だの、蜂公だの、秀ッびいだ せんきや 『そ , つでしょ , っとも。ー・ー・。殀しょノ、』 の、それにダッチョーの疝気屋久助までが、 一人前な顔をし 『あの子に、感謝してやって下さい。その暴風雨の中を、あのて、 於兎という少年が、私を、何処か知りませんが、小屋まで、連『大将、 ハンザーイ』 れて行って救ってくれましたの』 俺を空へかつぎ上げた。そして校舎の横に、五、六人でばん 笑いもしないで、夫人は云ッたもんだ。 やり立っている級長の桜内と、ほかのばかんとした連中へ向っ て、 『、わツ . ーよ、 、わツー ) よ、 俺の体を、お神輿にして、まず桜内の組へ、正面衝突を挑ん で行った。 マダム じゃ吾々の捜索隊とは、まるツきり あらし あら け グラス 728

2. 吉川英治全集 第13巻 かんかん虫は唄う・あるぷす大将・青空士官・夜の司令官

『奥さんに、、 しわんかい』 「じゃ、おばさん、パクダン夫人だ』 『ま、いやネ、この子は』 『奥さんて、この人けえ ? 』 『ホホホ、何云ってんの。二人の話、ちっとも分らないわ』 『一、つけ ? 』 しまちょうちょう 女の人は笑った。縞蝶々みたいに美しい登山服だ。リュッ 『違わないけれど、誰に聞いたの、そんなこと』 だて クサックは男に持たせて、自分はきッしゃなビッケルを伊達に 『お巡査さんから。 とても、島々からおらの方の村じゃ、 持っている 大騒ぎして、捜してるんだぜ』 『あんた何処の子 ? 』 『誰を』 『駒ヶ原』 『パクダン夫人をさ』 『何しに来たの』 『あら、何うして』 そうなんしゃ 『学校の先生にいいっかって、遭難者を救助にさ』 『お改めに遭ったと思って』 『救助に来た人が、救助されちゃ、あべこべじゃないの』 「お改めって、なあに ? 』 『しかたがねえや』 『山で死ぬことさ』 『一人 ? 』 『じやわたし、もう死んだと思われたの。ホホホホ。両方でい おおぜい たちごッこに騒いでんだわ。きっと、長生きしてよ私』 「多勢だったけれど、暴風雨で、みんな帰ソちまった』 『勇敢ね、あんた』 夫人の唇は、二枚の紅い花びらみたいに、びらびらうごく。 「おばさんは』 俺が立とうとすると、 らんぼう 『なあに』 「駄目よ、乱暴しちゃ』 あらし 『暴風雨に遭った ? 』 平湯の男を振り顧って、 『遭ったけれど、平湯の人に、助けられたのよ』 『この子、負ぶってあげてよ』 ほだか 『穂高へでも登るのけ ? そんな恰好して』 『お連れは』 - 一り 1 一り 巻「もう山登りは懲々。霧の中で、はぐれた連れを探してるの『生きてる事さえ分れば、かまわないわ。それより、平湯へ戻 なお ってこの子をすっかり癒してやりたいもの』 人よ』 夫『へ』 俺は、大きな赤ン坊にされ、男の背に負ぶさった。久助のや ダ『何が、へなの』 つが見たら、ゴム風船の仲間がふえたかと思うだろう。 「二人だんべ、男の人』 『変だなあ。きまりが悪いや』 『よく知ってるわね』 俺が、もじもじい、つと、 だめ あらたあ ノ 27

3. 吉川英治全集 第13巻 かんかん虫は唄う・あるぷす大将・青空士官・夜の司令官

先生のような国粋主義者ばかりの日本だったらーーー日本助役さんは嘘ばかりついてる。俺なんぞはのべっ欠食だ。尤 は退化していますわ』 も、俺の欠食には、伯父貴の懲罰も加わっているが、シオカラ ていきあっふれんぞくせん せんきや そら始まった。この低気圧は不連続線だ。又、おとといのロ虫の仲間には、疝気屋久助をはじめ、午飯を食べずに来て、食 論の続きをやり始めるのかと思って、俺は、いつの間にか、教べた振をしてるのが沢山ある。唱歌の時間には、それがすぐ判 る。 室の隅ッこへ心配そうに入っていた。 松本、伊那、佐久、善光寺 六つの平地は肥沃の地 さらば穂高よ山の児よ あの、しなのの歌をうたって、ペコペコな腹から無理に声を 『ははは、あんたは、愉快な婦人じゃ , ーー大調和時代、なかな出してる時、俺たちは、なぜ肥沃の地になんそ生れたかと、悲 しくなることがよくあるんだ。 か、うまい理窟を仰しやる』 しじゅくてき 『先生も、愉央な方でいらっしゃいますわ。こういう、私塾的夫人は腕時計をのぞいて、立ちながら、 な教育も結構ですけれど、時代に役立つ人間を作るには、何う『学校も、これでは子供にかわいそうですわね。卵がよくて かえ ひょ - 一 でしよ、つか』 も、孵化箱が非衛生だったら、いい雛鳥は孵化りませんもの』 『確信をもってやっとります』 『何しろ、教育費というものは、どこの県でも、非常な無理を まじめ 『どうそ』夫人は、真面目に、頭をさげて、 やっとりますから』 『人間を作って下さい。野性だけでもいけませんし、繊細な文助役さんは、自分のせいじゃないように言った。 化だけでもいけません。ふたつが程よく調和された真の近代人『もう、お時間でしよう』 らしい近代人を。人物は、工場ではできません。先生の畠でな『十五分経ちましたか』 け・ . れ - 、は』 『え : ・・ : ちょうど、授業中を、お邪魔をしました』 先生は、ちょっと、萎んだ眼をしばたたいた。反対のない表『では』 の しよう - 一 生情の証拠である。 先生は立って、廊下の鐘を自分で鳴らした。 先夫人は助役さんにむかって、 夫人は、ちらと、俺を見つけて、 けっしよく 『この学校でも、欠食児童がありますか』 『あら、こんな所にいたの』 廃 『この辺は、まあ無い方ですな』 『帰るのけ ? 』 かた ゆかい せんさ、 うそ ひょく じゃま ひるめし

4. 吉川英治全集 第13巻 かんかん虫は唄う・あるぷす大将・青空士官・夜の司令官

んも、あんまり物を言わないから、神様の罰だいー 『このグリル、まだ開業したてだから、とても、馴れないの』 夫人は、エプロンをかけ、。、 / ン・ポックスやフライ鍋を火に / しし自大いかドしゅ、フド ) ゅ、つ かけて、大汗ど しい初める。 夜の先生みんな好き たくさん 『みなさん、沢山召上がって下さい』 『いただいてます』 郡役所と青年団は、宴会にでも来たつもりでいる。槇子ちゃ桜内が、軽蔑しきった苦笑で、俺を見やがった。俺は、後の んは、あんまり、桜内とも話をしない代りに、俺にも何にも言オムレツを見た時、算術の難問題を出されたように、考えこん ってくれない 「さ、大将の分よ。 お待ち遠さま』 食事がすむと、夫人は、 うつわ アルミの器に、スープが来た。何うして食べるんだろう。郡『どなたか、踊りません。踊り月夜よ、今夜は』 役所の人が向う側で、麦藁で白いものを飲んでいる。洋食で汁レコードをかけて、タンゴとやら、ワルッとやらをすすめた のものは、何でも麦藁で吸うのかと思ったから、俺は、コップ が、盆踊りなら自信のある連中も、みんな、顔だけ見合せて、 に挿してある麦ワラを一本取って、スープを、ちゅッと吸っ帰ッちまった。 大供は、そう来ないが、子供は、毎晩キャンプに集った。星 の下の女王は、俺も桜内も槇子ちゃんも、平等に、可愛がって 艮を白くれる。 喉をこえて、熱い汁が、食道まで一気に飛びこんだ。目 ちょぺい そのうちに又、長ッ平だの、久助だののシオカラ虫や、女生 くして、俺が椅子から飛び上ると、 なす 『ぶツ・ 徒のちょうちん茄子やヘポ胡瓜までが、みんないつの間にか、 槇子ちゃんが、ロン中のパンを、紙鉄砲みたいに発射しちま 『ワン・ステップは、こうなのよ』 ツ、 ) 0 ・ステップ、こうだい ! 』なんて、覚え出して、 『馬鹿。ツー 夫人の教育に、芽が生えかかって来た。 尺向う側でも立っ しなのの月は、名物だ。 ズ『ごめんなさい』 夜は穂高に霧あおく、星はむらさき色、高山植物の香がほの ャ 槇子ちゃんは、真ッ紅になって、ナプキンで、あわててパン かに野を流れる。 ジ 粉を掃きよせた。俺の為にだ。気の毒だ。 けれど槇子ちゃ踊れよ ! 子供。 まか ストロー にお かみでつばう けいべっ にお、 733

5. 吉川英治全集 第13巻 かんかん虫は唄う・あるぷす大将・青空士官・夜の司令官

『一何一 : っ』 「幾人 ? 』 将難遭者の救助よりも、カーキ色の連中は、この方が心配らし腿ン中で云って、小屋を飛び出すと、 『あれ、鎌蔵ンちの於兎野郎めが出て行ったぜ』 うしろで大きい声が聞えた。 ぶ『男の連れは、二名です。一人は大学生、一人は中年の紳士』 あれ る『そいっ等は、無事なんか知ら ? 』 『馬鹿ようツ。暴風が来るツてえにひとりで何処へ行くだあ 男となると、そいっ等だ。 まわり お巡査さんも、そいっ等仲間のくせに、・ へつに、不審な顔も俺は、わざと憎たれ口を叩いてやった。 あらし 『あんでえ、暴風雨なぞ何処が恐わいでえ、太ッけえ尻ならべ のむ 『山で霧にまかれたんでしような、一名は野麦で発見され、一て、火にくべてたら、人の命が助かると思ってけツかるのかい』 ながわ 『このカビッたかり奴』 名は、奈川へ降りて来ました。しかし二人共、ひどく疲労しと るんで、すぐ島々へ送って手当中ですが』 カーキ色が二、三人とび出して来て一俺を追いかけた。俺に は、ちゃんと逃げるだけの自信があったから、思うさま、憎た しい加減、懶くなったように、 れ口を叩いてやったんだが、運が悪い時はしかたがねえもの 「おい、天気は何うだい』 恐 だ。ひょっこりと、伯父貴の鎌蔵が登って来て、俺の前に、 『霽ったさ』 ろしい眼をして突っ立った。 「やんだら、出掛けようぜ』 へびあ 蛇に遭った蛙だ。もう駄目だ。 『待たんかい まだもう一吹き暴れるだって、強力が云うだに 俺は、首をちぢめた儘、俺の首根ッこへゆっくりとやって来 「そんな事している間に、東京の女が、お改めに遭う ( 死ぬ事 ) る鬼みたいな腕を、額越しに見ていた。 「野郎。きようこそ、どたまを打っ欠いてくれツから、見てけ たら何うする』 ツか、れ』 『バグダンだから、雨にや、大丈夫さ』 俺は、大人たちの股ぐらの間から、着物を乾かしていた。槇とうとう、お出でなすった。 子ちゃんのお父っさんは、久助を連れて、村へ帰ッちまった。 だんだん日が暮れるのに、一体ここにいる捜索隊は、何をばや ビッケル たて いているんだろう。女の話ばかりしてるじゃないか。 伊達の氷斧ロ笛に ふん こんな大人こそ、やくなし野郎だ。俺は、義憤に燃えざるを 得ない。 あが だる また あらた まき おと 〃 8

6. 吉川英治全集 第13巻 かんかん虫は唄う・あるぷす大将・青空士官・夜の司令官

俺は、寝床の中に入ってから、わけもなく涙がながれた。勿それに、おっ母あとも、はやく巡り会いたい。おっ母あに会 うには、裏街を探さなければだめだ。おっ母あだって、山ノ手 将体なくて、済まなくって、何うしたらいいのか分らなかった。 学校は神田の私立補習中学だ。あくる日、俺は申込書を持つのあんなお邸にいる気遣いはない。 す ( よそう。学校も、給仕も ) ぶて出かけてみたが、途中まで来て考えちまった。 る 故の分教場でさえ、落第ばかりして、卒業免状すらもらえ夫人へは、郵便局の窓口で、鉛筆でハガキを書いて出した。 あ 今に、一人前になったら、謝りに行きますと書い なかったのに、東京の中学へなんか、入れるもんか それを、ポストに投げ込むと、俺は急に、、いばそいような、 ( てめえは、学問なんかしても、無駄だ、呆に生れついてい るのだ、馬車屋の小僧になれ、呆には、呆の仕事がいい ) 籠の鳥が放たれたような、そして又、アルプス育ちの野性が、 もた あたま 山の伯父貴は、よく言った。俺の頭脳を、不作の西瓜だとロむくむくと頭を抬げて、大東京の豁や尾根やのぞきや絶壁や雪 に言った。そうかも知れない。夫人が可愛がってくれるの崩や危険場を、思うさま、歩いてみたいような気持にも駆られ は、俺の頭脳が、ポンチと同じ程度だからだ。 み、っそう 一高、帝大、明治、第一中などの学生達が、颯爽と、神保町 や錦町の学府の街にあふれているのを見て、俺は、よけいに怯 気てしまった。 るんべん天国 ( 駄目だあ、俺なんぞ : : : ) それに 先生も言ったが、俺のような山出しでは、一尾十二円もする俺は青・ハスに跳び乗った。何処行きだか、そんな事は知らな 目高を飼うような山ノ手階級には、とても、辛抱がつづきそう もない。居ても、損ばかりかけるし、役には立たないし、そし夫人が、俺と先生とを連れて、宮城、明治神宮、その他を一 しみじみ 日見物させてくれたことはあるが、沁々と、自分の意志で、東 て、俺はよけ、こ、 呆痴になる気がする。 せんきや 京を歩くのは、初めてだ。 まだまだ、疝気屋の久助の方が羨ましい。あいつは、あいっ 『何方まで ? 』 らしい仕事をしている。シオカラ虫が、メッセンジャー イになるのは不臥議はない。だが、アルプス大将たる俺が、あ女車掌に訊かれてから、俺は考えた。 ′一うしゃ 学校へ通うなん『このパス、何処行きけ』 あいう豪奢なお邸から、坊ちゃんみたいに、 『須田町から上野ーー浅草』 て、何う考えても、イタにつかない。 『浅草・』 先生が慕しい。何処へ行っちまったろう俺の先生は なっか うらや びき どちら マダム 274

7. 吉川英治全集 第13巻 かんかん虫は唄う・あるぷす大将・青空士官・夜の司令官

まあ、一時間ばかりですから、お互いに忍耐しま 「ほう、今日は、三十二度に昇っとるぞ。新聞が、殺人的な夏うが と、書きよるはずじゃ』 めいめい 如才なく、各 4 に、椅子を引きだして、 と、感に堪えている。 『そうそう、故郷へ、寄せ書をやろうと思って、忘れていた』 そして、駅の寒暖計へ、脱帽したから、発狂しない水銀へ、 大阪の絵ハガキを出し、礼造君は、それへ先に何か書いた 敬意を表してるのかと思うと、先生御自身の焼ヶ岳を、頂きか あせふき ふもと 万年筆を、次に、俺の前へおいて、 ら麓まで、タオルの汗拭で、丹念にこすった。 『大将、君も何か書かないか』 『江川さん、どこか、涼しい所ない ? 』 「どこへ、やるのけ ? 』 『あります』 ふもと いなか ひやしビール 『信州の僕等の故郷へさ。アルプスの麓に生れてアルプスの麓 礼造君は、あわてて、冷麦酒の紙コップを捨て、夫人の側へ よりほか知らない、村の友達に』 戻ってきた。 あずみ 俺は、南安曇の澄んだ空や、馬車屋の喇火や、白樺の学校 そして、大阪の名誉を、一身に担ったように、 や、シオカラ虫や、疝気屋の久助や、槇子ちゃんや、種んなこ 『あり士すとも』 とを、一遍に想いだしながら、 と、もいちど強調した。 レール や 『じゃ、案内してよ。鉄軌は焦けつくし、ホームは陽が射す ざっとう 大坂はすてきだ。 し、待合室は汗くさいし : : : 雑閙しない所ないの』 今、バグダン夫人と、礼造さんと、先生と四人して氷菓子 『わかりました』 を喰べている。 四人の切符をまとめて、礼造君は、改札に示した。尾いて行 アルプスの天然氷とは、ちがうそ。 ( 串本於兎 ) くと、駅のすぐ近くの停車場食堂の二階へあがった。 『どうです、すいてるでしよう』 先生は、横からのぞいて、 『ここなの』 うそじ 『嘘字を書いてはいかん。大阪のサカの字が違っとる』 しくらでも、もっと一冴しい所もありますが』 『時間があれば、、 俺は、俺の字を見直した。そしてから、自信をもって、肩を 巻『お客はすいているけれど、蠅が多いわね』 そびやかした。 の『蠅も、雑閙のうちですか』 『先生、何処が違ってるのけ ? 』 野『油の煙が来るし、カレーか何か、ここの匂い、とても暑いの 『一っとる』 高ね』 『違ッてない。違ってたら、首やる』 『人間に、鼻、目、耳が無かったら、さそ、夏も涼しいでしょ オイル ステーンヨン っ アイス せんきや アイスグリーム いろ 7

8. 吉川英治全集 第13巻 かんかん虫は唄う・あるぷす大将・青空士官・夜の司令官

しい科学美と組織化にす 0 かり酔 0 てしま 0 た。シャッポを脱返事をしないと思「たら、この売子は、喰べちらした・ ( ナナ おび の皮と、南京豆の殻を、そこらへいつばいにして、居眠りをし 将いで怯えちまったんだ。汽車から汽車へ、都市から都市へ しんししゆくじよ あまた 大 ているんだ。 そして数多の紳士淑女の群れをながめては、 す すぐ頭の先を、貨物自動車がばッばと通る。起重機がグワラ 派だなあ。 けんか る グワラ唸る。汽船のボウが鳴る。大が喧嘩する。 礼儀が正しいなあ。 あ 『よく眼が醒めないなあ』 みんな学問があって、お金が有り余って、姿の美しいと 俺は、感、いした。 おりに、、いも美しい人ばかりだろうなあ まじめ 麦で考えると、口惜しいやら馬鹿それから、何気なく、陽なたくさい女の子の髪の毛を見てい 真面目にそう思ったんだ。彳 げて居て、お話にならない感想だが、ま 0 たく、俺が始めて踏ると、鳥の巣みたいな髪の根から、何処かで見たことのある奴 んだ都会というものは、それ程に、敬虔な眼を瞠らせたもんが、ひょ「こり、陽なたへ顔をだした。 けんそん だ。そして、極端な謙遜が、自分を犬ころみたいに卑下させて『オヤ』 俺は都会へ来て、初めて自分の知ってる奴に会った。 虫た だが、よく見ると、そうでもないそ。 俺よりも洒落てるぞ。彼氏、夏めいた、白茶の合着にコュア 今、俺と並んで、何とか汽船会社の待合所の外に倚つかかっ て、陽向の海鼠みたいにげんなりしてる新聞売りの女の子なそ色の際飾をつけ、瀟洒として耳のそばに垂れている髪の毛をテ せんきや クテク降りてきた。そして、耳の襟へ移り、肩へ出て来た」 は「余り金持の子でもないようだ。都会にも、疝気屋久助や、 『よう、今日は。散歩かね』 、乍の子も居るに違いない。俺ばかりポロ服を 長ッ平みたいなイ 俺は、彼氏をつまんで、掌にのせた。 着て学問がないわけでもないらしい 可愛らしい小紳士。 ポロ服といえば、先刻、先生と一緒に道を訊いた、メリケン 君もアルプス産の胡麻色な奴とちがって、教養ある顔をして 波Ⅱ場だの新波場だのの桟橋にうようよしている、真っ黒な / ンス 人間は、何だろう。ペンキを塗「たり、変な金づちで船の横ッるそ。一つ、舞踊でもや「てくんないか。きのう汽車ん中で見 た新聞によると、ジャズはもう下火で、流行はタンゴだそう ばらを叩いている。 しんぶんや だ。タンゴというのは笹山踊りとは違うのか 『新聞屋さん』 あっ、、けねえ 俺は、横歩きに、新聞箱のそばにしやがんでる女の子の顔を 彼氏は、饂み屋だ。指の股から手の甲へぬけてしまった。 のそいた。 ふろす ええ面倒くせえ、元の古巣へ返してやれ。 『なお、おい、新聞屋さん』 けいけん みは しらみ ネクタイ しゃれ しようしゃ きじゅうき

9. 吉川英治全集 第13巻 かんかん虫は唄う・あるぷす大将・青空士官・夜の司令官

おとこう だの、於兎公なんて呼ぶ奴には、俺は制裁を加える。大将さん『おいつ、長ッ平。先生は何うしてる』 将と呼ばしているんだ。先生と、家の伯父さんと、級長だけは仕『そこで、洋灯掃除をしてるよ。蜂公のお「母が来て、お米をⅧ す方がないが、ほかの奴は、みんな俺の手下だ。手下に泣きっ面磨いでら』 、ーん ぶを見せちゃ、威厳にかかわる。 『じゃ、俺が逃げたら分るか』 こう る『ゃいつ、留ン公』 『分るとも、こっちを、じろじろ見てるんだもの。あっ、来た 留ン公は、顔を出して、 来た』 ランプ 『なんだい』 俺を残して、みんな逃げ出した。先生は、洋灯のホヤをポロ まき - 一 『槇子ちゃんは、何うしてる ? 』 布で拭き拭き歩いてきた。俺は、石の地蔵様みたいに真っ直だ 『遊んでるだろう』 『誰と』 何か言ってくれるかと思ったら、先生は、黙って、校舎にく すまい 『旅館の芳ッちゃんと』 ッ付いてる住居の中を這入ッちまった。洋服を着物に着かえた へ こおび 『けツ。桜内の奴と遊んでるって。うそいうと、のすそ』 。ししが、兵児帯が、チョン髷むすびになってやがる。いつも た 『ふたりで、月見草を採ってるよ。ねえ、為ア坊』 着物になるとやさしい筈だが、きよ、つは、どうかしてるそ。 ちょぺい 為ア坊も、長ッ平も、蜂公も、久助も、 一体、俺の先生は、やさしいのか、恐い人なのか、わけが分 らない。 『ほんとだよ。ほんとだよ』 この分教場へ就任してから、もう十七年にもなるが、貴様ほ と、異ロ同音だ。 、よ、曽よなかったぞ、と先生は何日か言ったが、俺 俺は、むしやくしやして来た。槇子ちゃんは、やつばり、俺どやっかしオイ。 よりも桜内の方が好きなのかしら ? にしたって、先生くらい、扱い難いおやじはない 陽洋先生、陽洋先生、と村ではいってるが、ほんとの名は、 槇子ちゃんも、女生組の級長だし、桜内も級長だからなあ。 が′一う それに、あいつの家には、土蔵があって、豚が十三匹も居る。須山熊市というんだ。俺にいわぜれば雅号は太陽先生と直した れいすいまさっ 勉強でも、豚でも敵わない。又、あいつの家には、時々、アル方がいいと思う。毎朝冷水摩擦の後では極って太陽を拝んでい しゃれ るし、お陰で太陽にあやかって頭もさんらんたる熊市さんだ。 プス登りの東京のお客が泊るがら、あいつも、お洒落だ。 だけれどや、槇子ちゃんはゆうべ俺に言ったじゃないか。 だがその熊市さんが嫌なので、陽洋なんてごま化したものに違 ( , ーー男のお洒落、あたし、嫌いだわ ) いない。本名よりも、陽洋先生とよばれた方が、御本人はお得 よろこ だのに今日は遊んでやがら。女の子って、嘘つきなものかし意で、欣ばしいんだそうだ。つまり俺の大将さんと同じこと ら ? 畜生、とにかく俺は黙っちゃ居られないそ。 さ。稀に、よそ村の者に、須山先生とよばれると、 ど きら うそ う ようよ、つ ランプ

10. 吉川英治全集 第13巻 かんかん虫は唄う・あるぷす大将・青空士官・夜の司令官

っ於兎、於兎』 首をひねって、 将『おい』 『はてな』 種々こ、、。 『水のはうも出さんじゃ熱かろう』 ししくってみるが、とまるどころか、益、天然の す ぶ『熱い熱い』 温泉みたいに、 噴き出してくる。そして、滝の如くあふれ、室 ウォーターボタン る 水の釦を押したが、出なかった。先生は、こつをのみこん内は、湯の河になってしまった。 あ でいた。 『おかしい これや、おかしい』 ろうばい 「こうするんじゃ』 先生は、狼狽して、 『こんなはずはない』 成程、先生がどうかすると、水のパイプからも、すばらし、 勢のやつが、ざあッと注ぎだした。湯や水の盈るすがたは、何湯に入らないうちに、ばッばとしちまった。いや、慌てたの となく、人間を無邪気にさせるものだ。 は、俺も同じで、浴室ばかりかと思ったら、湯は、寝室の方へ ほんりゅう 先生はガンジーのような細っこい裸体になって、タオルを腰も、奔流している。便所も湯だ、寝床の下も湯だ。電気も硝子 窓も、真っ白だ。今に、ホテルは湯の洪水に沈没する。 に巻〕き、 『大変大変』俺は、絶叫した。 『、もッ」、ーもッと一』 ためし いたずらはんぶん 火事なら消す方法もあるが、古来、湯は消えた例がない 悪戯半分に、掻き廻していた。 湯が湯ぶねから、あふれだした。 先生は、俺を、三助あっかいにし さめぬ二人は水の部屋 『よしつ、止めろ』 と、手をあげた。 『止まらねえよ』 『だれか来てくれつ』 算術の難問題みたいに、俺とパイプの釦とは、よっぱど、割 たま 堪らなくなって、俺は、廊下へとびだした。 りきれない仲だとみえる。 葉巻を咥えて、エレベーターの前に立っている紳士が、こっ 『先生、どうやったらいいのけ』 方を向いた。 『頭がわるいやつじゃ』 ボタン 『君、何うかしたのか』 先生は、ここ、お得意だ。釦を逆にうごかした。だが、湯は 『湯が、湯が』 とまらないで、浴槽は、満々と床へ湯を吐いた。 急を告げたつもりだが、紳士は、変な顔をして、ゆっくり、 『おや』 ボタン みつ ーろいろ ガラス 770