『え、これですのー : まあ、よかったわねえ、奈都子さん』 『ほんとにネ』 「はかに、まだ何か、あったように伺いましたが』 : でも、よ、つ、こさい十 6 すわ、こ 『え、書類と、粒の宝石が、 れさえ戻れば』 『宝石じゃ、ちょっと出ませんな。指輪ぐらいなものは、食っ てしまいますからな、こういう動物は』 と、亀田の頭へ、手をのせた。 『動物だ ? 』 亀田は、刑事の手をふり落しながら、わなわなふるえる声 で、 わがはい 『動物たあ何ですか。その品が、吾輩のポケットから出たか ら、吾輩が泥棒だというように言うが、全然、知らんこッて す。まったく、誰かそばにいた奴が』 『いかんよ、後で聞こ , っ』 『寃罪だ、動物とは、何ですか』 『よせ ! 興奮するな』 そこへ、会社の給仕が、扉を開けて、 「奥様、お馬車が参りました』 刑事や守衛は、いっせいに壁へひらいて、 『とんだ御迷惑をかけましたが、どうそ、御主人に、悪しから 月 海「じゃ、後はどうぞ・・・・ : 』 の トム公は、立ち塞がった。 陸『待ってくれ、オイ』 えんざい ふさ 奈都子は、まっ蒼になった。 『伯さん、こわいわ』 めめ 『人に濡れ衣を着せて、すまして、帰るのか、てめえッちは』 『こらー・』 『何がコラだ。もっと、調べろ』 『明白じゃないか』 『うそだい』 『君 ! このチビを追い出してくれんか』 守衛は、両方から、トム公の襟くびをつかんで、ズルズルと 引っ張った。トム公は、両方の手を、扉と壁に突ッ張って、木 靴でパタ・ハタと床をたたいた。 『こら、出んか』 『出ン』 「何 , っー ) きー ) よ、つ』 『よろしい』 刑事は立って来て、柔道何段かの実力を示すように、トム公 の喉首を壁際へ持って行った。 「さ : ・・ : 奥様、お通りください』 陸の海月 まり リこよ、トム公も毬のようだった。守衛たち 柔道何段かの前。。 は、さんざん転がった彼の体を、三人でかついで、門の外へ抛 り出した。 お さお えり
『ーーー遭難者は、つまり、これへ出るつもりで、硫黄の尾根を 『すてきだぞ』 かけわ 将通って来たんでしような』 『でも、宿帳の年齢じゃ懸値があるべえ』 『さあ ? 』 『二つや三つ、あってもいいわさ』 す ひと ぶ他人の事は判らないというように、一人は、首をひねる。 『助けて、聟になるべえか一つ』 まわり る さすがお巡査さんは明决に、 『先で、御免だろう』 あ いのち 『そうです、そうです』 『でもさ、生命の親なら』 ふう 地図の向う側から首を出してうなずいた。 山小屋だと思って、てんでに勝手な熱をふくものだ。俺が風 - 一ういん 序にとばかり、 紀係りなら、みんな一束に拘引しちまう。それ位な値打のある 『伺いますが』 ことを大人同志は平気な顔をして喋舌っている。 まわり 横から又、首が出た。 所が、お巡査さんも一緒になって、 『まったく、すばらしいモダン夫人だそうですよ。 まさっ 巡査は、どじよう髭を、頻繁に指で摩擦する こが諸君への懸賞ですな』 『遭難者は、だいぶいい所の婦人だって話ですが』 と云うんだから、呆れちまう。 おまけに、このお巡査さんなる者、よッばど、その夫人に興 『金持の令嬢で』 味を持っているとみえ、人の聞かない事まで、べらべら話し出 『いや、園伯爵の未亡人です』 『へ。お婆あさんですか』 『美人で、金持で、独身。そんなのは、何といっても、東京で がっかり ころ だいぶ、落胆したような声が出る なくっちゃ転がっていませんな。東京でも、 ハグダン夫人とい うと、社交界の花といわれているそうです。聟八人といいたい 「未亡人といえば、どうせもう : が、日本中に聟何万人か知れない。星の数はど彼女の観の希望 『若い末亡人だってありますからな』 者は多かろうって云うんです』 『成程』 『だめだあ』 しらほね 『前夜宿泊した白骨温泉へ照会しましたところ、年齢は二十四悲鳴のように、一人が、 歳となっていました』 『そんなんじゃ、手が届かな過ぎる ! 』 ばかに若いな』 『そう絶望したものでもないて』 青年団のカーキ色はどよめいた。 お巡査さんは、他をなぐさめ、同時に自分の本音を吹いちま ひんばん いおうおわ むこ マダム しゃべ ま、そ 〃 6
着、ドタ靴をはいて、毎日通った。 『於兎やが、馬車屋の小僧になったずら』 馬車はばろぼろ涙撒く 俺が通ると、みんなが見るような気がした。誰に、指さされ ても、平気だい。ヘッポコ級長だの、わからず屋先生に、落第 坊主あっかいにされるより、この方がよッばど俺はほがらか 先生は、何処へゆくのか、風呂敷を持っていた。襟のすり切 れた背広の裏隠しから、ガマロを出して、 俺が、 ビーポー 『島々まで切ってくれ』 ビポー 喇叭をふいて、ガタ馬車のけつに取ッ付いて走ってる時、槇『往復』 子ちゃんに、顔を見られるのが、一番恥しかった。道で、槇子『うんにや、片道』 『先生、往復の方が五銭得ですよ』 ちゃんの姿を見ると、俺は、ビポーが吹けなかった。 いや、もうこの穂高の高原へは帰らんのだから』 それと、桜内だ。 『へ、どうして』 桜内は、スマートな中学校の制服をつけ、毎日、大町の県立 めんしよく へ通っているので、嫌でも、馬車のお客さんだ。俺は、その時『わしは、免職になった。新しい校舎が竣工ると共に』 『ほんと ? ほんと先生』 憂鬱というものになるようだった。 すると。 俺が、馬車屋の小僧を開業して、二カ月はど後、たいへんな先生は、ガタ馬車の窓から、駒ヶ原の方をじっと見ていた。 かす しよばしよばした艮に、一戻か目やにか、千収んでいる。ど、つも、 お客さんが、俺の馬車に乗った。 嘘じゃないらしい 『ゃあツ。お前は、馬車屋になったんか』 嘘でないとすると、世の中って変てこなもんだそ。山岳美談 陽洋先生だ。先生は、眼をまろくして、 と新聞がデコデコ書いたバグダン夫人の好意は、先生の身 『いっから ? 』 には、仇になった事になる。校舎が現代式になったから、先生 俺は顔を赤くして、 の も師範出のホャホヤにでもしようというんだろうが、これが美 生『落第日から』 先 談か 少し、恨んで答えた。 ふるみ、と 業 『二十余年の故郷じゃ』 ふとい息をついて、先生はつぶやいている。 ゅううつ あだ 、つ・らか′、 でき えり 7
前進座では、そのいくつかを上演させていただいておりますが、 とくに昭和三十六年上演した「新・平家物語」は、座で脚色したも のに先生自らが筆を加えられ、さらに幕を書きたして下さったもの です。それも明日初日があくという前の晩に、完全徹夜で書きあげ て、それを原稿のできたところから稽古して初日をあけるという想 い出深い舞台でした。 昨年上演しました「かんかん虫は唄う」は先生がお若い時分、横 浜で体験されたことを小説化されたもので、座も意欲をもやして劇 化上演いたしました。 これは団伊玖磨先生が以前から暖めつづけて来られた企画で、は じめオペレッタ化を考えられていた様子でしたが、前進座の若手の ためにどうかというお話で、従って上演された舞台も団先生の音楽 が豊かに使われた、楽しいものにしあがりました。 背景になる場所がはっきりしているものの上演の際には、座では いつも現地を調査見学して舞台化するのが例になっていますが、こ のときも出演者全員が、お作に出てくる場所をグマなく見て歩きま した。私にとっても、私が横浜に永年住んでいる関係もあって、心 に残ることが多々ありました。 ト説に出てくるハンケチ女ーーー今では恐らくおばあさんになって いることでしようーーのことですが、当時女学校へ行くのは大金持 の子女だけで、ちょっと余裕のある家庭の娘は、賃銀のとれるハン ケチ工場へ通っていたものです。女の人が働く場の少ない時代で、 しかも収入は生活費にまわす必要のない娘たちですから、もらった 賃銀は、パラまくように使ったものでした。だから顔は広くなる。 お互い同志グループをつくって自由奔放に遊ぶといった具合で、不 良ではないが、姐御風になって遊び人も一目おくといったふうにな ったと聞きました。先生の描かれたこうしたハンケチ女のいきいき とした姿を、どう舞台に出して現代の観客にわかってもらうか、さ 昭稲 2 年 6 月新橋演舞場上演の舞台中央筆者、左上トム公 ( 嵐芳夫 ) 7
間に、戦争で日本人はいられなくなってしまったでしよう。今 『二人 ? 』 官羅はわらった。 でも惜しい気がするんですの。もし何でしたら、貴方が知らん 顔して、明夜カルトンへ行って張っていらっしゃれば、ひょい 令『四億の幸福ですよ』 「円 と見えるかも知れませんわ』 『そう : : : 女はやはりつい自分だけを考えてしまうんですね の オしか』と、吐き出 この戦争中に踊りでもあるまいじゃよ、 けれど、わたしももうこの間うちから、日本の軍病院へ行って『 夜 すように云ったが、又すぐ考え直して、 働いていますのよ』 『いや戦争である為に、あのジョン・プラックレイは監視する 『やって下さい。尊い犠牲者の為にーーーああ忘れていた、あな 必要が大いにあるんだ。後で行ってみよう』 たに会ったら訊こうとっていたことを』 と云った。 『なんですか』 『では、わたしは、これでお暇します。ご機嫌よう』 『僕が南京へ行っていた留守中、カルトンのホールへ、エリゼ 『君も : ・・ : 』と、羅は別れを惜しむもののように、暗い階段の は現われませんでしたか』 『エリゼさん ? 』と考えて『そうでした、まだ貴方に話降り口まで送って行った。 こぶん よびりん してありませんでしたね。英国人のプラッグレイと二度ほど連呼鈴を鳴らして立ったとみえて、その時、階下から乾児の張 : 駈け上って来た。 れ立って見えたことがありましたが』 ひと : じゃ 『おいっ張、頼むからこの女を、間違いのないように送って行 『プラッグレイと ? 彼奴には南京でも出くわしたが : ってくれよ。・ハ リケードよりも便衣隊を気をつけろ。間違った あその前だな』 てめえ、、、、 『エリゼさんの行動については、いっかお報らせした位しかわら汝のこめかみへ短銃だぞ』 かりませんけれど、とにかく凡のタイビストなんそでない事 ハンドの店へ一緒に勤めていた時分から薄々分っていた通 りです』 燐寸で見る顔 『いっか君が報らせてくれたところによると、そのエリゼは、 仏蘭西系の武器会社の、シュナイダーか、ホッチキスか、何っ ウアア・トレイダー 方かのスパイらしいという事だったが、それと英国の戦争商人 の巨頭ジョン・プラックレイが何うして一緒に踊りに来るはど 競馬場附近のキャ・ハレーは、十時を過ぎると、お上品ぶった いわば商売仇との仲じゃよ、 親密なのだろう ? 『そこが面白いと臥って、気をつけていたんですけれど、そのタンゴやワルツは犬に喰われてしまえと云わないばかりに、俄 ナンキン ただ ・ハチンコ べんいたい した
てんかん に、馬が癲細を起したみてえに頭ばかり、ペコつかせて、何う いう算盤か、その中の七枚を奥さんに返そうとした。 『パクダンだけ余計よ。夫人か、奥さんだけで、結構』 『いいのよ』 『じゃ、これから、奥さんか、夫人と極めた』 けいりゆ・つ、、 しまみち おばさんは、貴婦人だった。 渓流のどう ( 落合 ) から、樹林道へはいって、だんだんに登 『あんとも、はあ』 って行ったら、きのうの、のそきの下へ出た。 くび おッさんは、左の手を、猪首へやって、涙でもこばしそうな ( あの上で、伯父貴に : : : ) くどくど てんぐ ぜっぺき 顔をした。そして、諄々、礼を言ったり、道すじを教えたりし俺は、天狗の鼻みたいな絶壁の尖ッ先を仰いで、きのうの怖 すね て、平湯の方へ、テクテグ帰って行った。 さを思い出した。脛から、ぶるぶると、ふるえが這った。 今度は、俺が強力だ。 槇子ちゃんが居るし、先生が居るし、早く、駒ヶ原へ行き着 道を変えて、鶴ケ池の上の沢から、山へ取ッついた。 きたいのは、胸いッばいだったが、俺は、伯父貴の顔を思い出 おばさんは又、鼻で花ばかり嗅いでる。 すと、足がすすまなくなった。 『遅いな、おばさん、此っ方 , ーー此っ方』 『どうしたの、大将』 すると、追いついて、不平そうに、 奥さんは、俺の肩に手を乗ッけた。太陽の見えない暗緑色の しまみち 『大将。あたしにも、名があんのよ。おばさんなんて、も少し樹林道だった。奥さんの白い指に、不思議な光のする宝石が取 ッついていた。 で、おばアさんに成りそうだわ、可哀そうじゃない』 『そうそう、 ハクダン夫人』 『なんでもねえに』 『それは、姓じゃないわ』 俺がい、つと、 ふさ 『じゃ、何てンだい』 『だって、鬱いでるじゃないの。つけ元気が消えて、草臥れ出 『園銀子』 したんじゃない ? 』 『ギンコ ー。だから、金持なんだな』 『ううん。あに、草臥れるで』 巻『銀 : ・・ : 子よ』 『じゃ、何考えてンの』 『じゃ、銀子ちゃん』 『何も : : : 』 尺『子供じゃないわ。わたし』 『学校のこと』 そのはくしやく ズ『園伯爵』 『、つん』 ャ 『それじゃ、男になっちゃう』 ジ 『休んだから、心配なの』 『難しいな。・ : ・ : 園 : ・・ : 呼び難いや。やつばりパクダン夫人が 『、つ・ん』 そろばん くたび 725
かわすな てんらく 穴だらけな黒い河砂の上に頑落すると、樫井と西村もすぐとび手をかけながら、彼女の前へ屈みこんで来て 降りた。トム公もとび乗った。 『火を一つ』 唄 はそして黒眼鏡の四肢を、ぎりぎりと隅へしばりつけるとポー と、一度吸って消してある両切の先ッばを、ぶしつけに、出 すべ ん トは、オールの唄のどかに、鉄の橋の下を辷るように潜って行して来たのである 『火ですか』 ん かびつくりして、色を失った豆菊や若い妓はその橋の上を、今 『恐縮ですが』 にもわっと泣き出しそうな顔をして、関内の街へ、走ってい お光さんは、わざと火のついている煙草はそのまま指に置い て、ポケットから、香港出来の蝦マッチを探って、黙って貸し てやる 男は、人間の小骨みたいな蝦の棒から、硫黄色の火を出 . し て、すばっと、いやしい音をさせて吸った。 頓馬 それを、戻しながら、 『いい日曜ですな』 火を放ければ、ばっと、海が燃えそうだ。重汕船からにじみ もんよう 出る油の皮膜が、マープルペー パの紋様みたいに薄くひろがっ お光さんは、道理で港内が静かなわけだったとうなずいたけ ている。 れど、男の顔へは、一べつも向けなかった 赤い帆の央走船、白い帆の快走船。また、猫背なャンコの鉄『御散歩ですか』 う 1 ず 骨の上には、秋の午後の陽がとろりと舂いて、 O 字形の築港に と、田刀は , つるき、い ラッコ 抱かれた港内の海はまるで思春期の猟虎の肌みたいに滑らか 『どこかでお見うけしたように思いますが : : : 貴女を』 岬の十二天へ登って、お光さんは、港内を見下ろしなが 『そうですか』 ひざ ら、広東服の膝を組んで、その上へ、巻煙草を挾んだ指を放心 『御近所ですか』 的に乗せていた。 『え』 『—ー失敬ですが』 『山手でしたろうか、さあ : : : 何処でお目にかかったでしよう 、つキ、 先刻から、森のうしろへはいったり、社の絵馬を仰向いたり ハンチング ひみし していた洋服屋の職人みたいな鳥打帽が、その廂へ、ちょっと お光さんは、とうとう、持ち前のかんしやくが起きてしまっ みイ、き っ やしろ ろう おう
『ありがと、だけど、姉さんだって、見ているのよ。お父さん 『そんな事いったら、分っちゃうじゃないの』 にも、お母さんにも、会わせた事だってあるんだわ』 官薄々、得意らしくもあるような静子の顔つきに、富吉は、自 『然し、叔父さんにも叔母さんにも、気に入らないんだろう』 士分の阿杲らしさを感じて、問うのをやめた。 そんな事が、子どもの選定した 「余りに、現代的だって。 空すると今度は、静子の方から、すこし顔を寄せて来て、囁い きょひ 良人を拒否する理由になるかしら』 ハウスペランダ 『ならないね。なってないやつだな』 『彼の人よ。ーーー家の露台に腰かけて、時々、わたしの方を、 ーーーでしよう、だから私、わざと、この頃は、現代的になっ 見てるでしよう』 て見せてやってるのよ、姉さんも、嫌がってるけれど』 『薄茶の背広かい』 かんじん 『肝腎な所を、ちっとも話さないね、そこで、暮しはどうして 『そう。とても、おとなしい方なの』 るんだい』 富吉は、面白くない顔をした。 どうせい 『同棲してるわ』 一体あの男は』 『何を為てるんだい、 『それは分ってるよ。生活費は』 『よしてよ、職業なんかないわ』 『今のとこ、わたしが、働いてるの』 『じゃ、ルンペンか』 『失礼ね、職業なんか無くっても、ちゃんと生活してゆける紳『何をして ? 』 はに 静子はすこし譱恥んで、 士よ』 『マネキン : : 』と、小さな声でいった。 『それが、君のお母さんの貯金帳から、百円ばかしのお金を、 みしまよしき むじゅん それから、愛人の名は、三島芳樹ということだの、ずっと以 せびり取ってゆくなんて、矛眉しているんじゃないか』 はくしやくおじ よらないかく すうみついん 前の県内閣時代に枢密院議長をしていた某伯爵は伯父さんにあ 『あの当座だけ、困ったからよ。そんな事まで富さん知ってい たるという事だの、その伯爵から金の出次第に、満州に病院を るの』 建てる計画中だということだの、今、提出してある論文が通れ 『何だって、知ってるさ』 ば、医博になる人だというような事どもを、さかんに、それか 『家に黙っていてね』 しゃ・ヘ けちばう だけど、結局、君らそれへと喋舌って、吝ン坊で疑ぐりぶかい両親たちを、そう 『俺は、中立してるよ、馬鹿馬鹿しい。 まじめ たしか して後に、見返してやるんだと真面目にいうのであった。 はどういう方針でいるのさ。相手は、確呼かい』 うらや おんな 富吉は聞いているうちに、羨ましくなった 『わたしだってもう女性よ』 おんな ふうん・ : : ・』 『そんな人か : 『女性であり過ぎるさ。だから、騙されてるんじゃないかと、 改めて、敬意をもっと同時に、静子の賢いのに感、いした。と 従兄妺だから、僕だって、ほんの少し、心配してみるわけだ』 あ 256
「何してんの ? 何してんの ? 』 『まあ、いっ東京へ来たのーー』 と引ッ張った。 将アルプスの麓、駒ヶ原分教場にいた、ちょうちん茄子の槇子 ちゃんも、俺が見違えないのが不思議なほど美しくなり、都会忽ち、サグラは俺を見つけてしまった。 す 俺は、好きな槇子ちゃんの前で、サグラに蹴とばされたり撲 ぶ化していた。 る 槇子ちゃんは、反対に、銀座で栗鼠でも見つけたように、俺られるところの実演を見せるわけにゆかない。 っと あ 当然、脱兎の如く、駈けだした。 をぐんぐん引っ張って、 うな 『お母様、お父様、大将がいたわ、アルプスの分教場にいた大蕎麦だの、洋食だの、お茶だの、鰻めしだの、俺のぶつかっ テープル た卓と人間は、みんな引ッくりかえって、肉声と金属の音と 将よ、ね、知ってんでしよう』 オーケストラ くろもんっき 営林区署の木村さんと、黒紋付の奥さんは、じろりと、俺の石材質の交響楽を起した。 顔をながめていたが、 『おやおや、あの子かい』 と、レモン・ティを飲んでいる 鳩は仕事あり 槇子ちゃんは、椅子に並んで、 『大将も、東京の学校へ入ったの』 振り顧って、 『どこの学校 ? 』 『もう来ない』 『彼ッ方』 俺は、足をゆるめた。 ほりばたどて 『あっちなんて学校ないわ。神田 ? 』 宮城前の広場や、お濠端の堤に、サラリー 俺にもレモン・ティとお菓子が来た。そのお菓子をつまんでていた。 む・一う 早速胃ぶくろへ発送しかけると、彼方の大理石の階段を、万年事務服を着た職業婦人も交っている。 たとえば、池から上って日向ばっこをしている亀の子の群み 筆屋のサクラの二人組が、大股に降りて此ッ方へやって来るの が見えた。 草と太陽があるところに、寝ころんだり、腕を拱んだ り、煙草をのんだり、キャッチ・ポールをしたり、考えこんだ 俺は、驚いて、卓の下にしやがんだ。槇子ちゃんの両親はり、欠伸をしたりしている。 びつくりして反対に立ち上ってしまった。もっと不可ないのは 『小父さん、何かあるのけ』 槇子ちゃんで、俺の襟をつかんで、 退屈そうな顔をしている初老のサラリー テープル マンにたずねてみる マンがたくさん出 22 イ
『蚤はすっかり脱れたろうね』 愈ミ馘首だなと、観念した。 将『はい、太鼓の皮みたいにきれいです』 しつもと変らない。外出着を着て、腕時計を取り出 夫人は、、 『御苦労でした』 す しながら、 ぶ『どういたしまして』 マダム る すると、夫人の後へ、何処からか、黒いものがのこのこと這『電話で、千匹屋へ註文して置いた物がありますから、それが あ 届いたら、その品物を持って、お隣りへ行って、謝罪していら って来て、いきなり、大きな声で三つばかり吠えた。 し』 『おやっ ? 』 あやま 『へ。謝るんですか』 何とい、つこった。 、いけれど、お嬢様には、済まないでしよう。 ポンチの奴、何処に潜っていたのか、飛んでもない時に現わ『雁美堂なそはし だから、よく謝罪して、粗品ですけれど、お嬢様のお慰みに差 れやがった。夫人は、ポッグスの中と外と、二匹のポンチを見 くら あぜん し上げてくださいと言うのです。わかって ? 』 較べたまま唖然としていたが、 『わかりました』 『大将、おまえも、雁美堂をやったね ? 』 げしゅにん 『おまえが下手人だから、おまえ自身で行くんですよ』 美しい眼で睨んだ。美しい眼は、どんな男の眼より怖い 言い残して夫人はお出かけになった。 『は、、すみません』 のらいめ はや俺は、ほっとした。だが、叱言を言われる筈の時に、言われ 『何処の野良大、それは。ポンチの首環などさせて。 ないのも、気持がわるい く脱って。追い出しておしまい』 それに、隣りの金持の邸へあやまりに行くなんて、面白くな ポンチは、猛然と、自分の寝床を占領しているシロへ向って いそ。何んなものを持って行くのか、千匹屋からはなかなか来 挑戦しだした。シロも負けていない。双方の権利と言い分を、 主張して吠え合った。 暫くすると、呼鈴が鳴る。 それは、まだ、よかったが、翌日になると、大使館の外人が、 昼間見ると一層悲惨な顔をしているシロを引っ張って来て、夫軽快なメッセンジャー 人に会見を求めて来た。愈、ゝ国際抗議である。雁美堂のようにて来たのが見えた。 すぐ尻尾を巻いて帰るような使臣では大使館が勤まるまい。何『千匹屋かい』 う、協定がついたろうか、大使館の人が帰ると、夫人は、俺を俺が、顔を出すと、 『ひやあ、大将でねえか』 自分の部屋に呼びつけた。 とんきよう 素ッ頓狂な信州ことばで、いきなり其奴が俺の腕をつかまえ 『大将』 のみ ・ポーイの自転車が門の内へ紲に入 0 270