った八噸の河船が、試験的にできてからも、次の二度目のがでみ上げたバケツを下に置いて、 - 一うてし 『何や ? 』 将きる迄に、二十年もかかッとった。人智が人智を肯定させるに 『その水、辛いのけ』 は、その通り時間がかかる ) す 『当り前や』 ぶ俺は、 , つつかり、 あたま る 『おらに一杯飲ませてくんねよ』 ( 先生の頭脳も ) あほう あ 『阿呆』 と、一 = ロった。 先生はむきになって、 しいだろ。おッさん』 あたま ゾ凶こよ、鉄は沈んでおらん ) 俺ま、く ( ばかな。わしの頭。 / ケツをのぞいた。海はあんなにも美しいのに、なぜ そか、 やつばり先生も、十九世紀末と思われるのは嫌なんだ。 汲まれた水は濁ってる。まず指を濡らして甜めてみた。 から れはそうと、先生といえば先生は一体何うしたんだい。俺をこ『辛い、辛い』 こに待たせて置いて、神一尸の街に沈んじまったんじゃないか ? 『ひえツ、気狂いやな、この餓鬼』 もう四時間半も俺はここに先生の帰るのを待ってるのだ。何赤帽がいうと、向う側で顔を上げた新聞売りが、 でも、先生の旧友とかいう人が山手通りに住んでるとかで、地『赤帽はん、そのカンカン虫、どこの子や』 図を買って、探しに行ったのだが、まだ判らないのかしら。迷『知らんがな』 子になってしまったんじゃないか。 『わての側へ寄りくさって、三時間も四時間も、好かん眼して んのや。かなやヘんがな。その水を、ぶつかけてやってくんな 俺は海が前にあるので飽きずに居るが、これが山だったら、 かげん はれ』 しい加減、怒り出すぜ。 そうだ、俺はこの間に、もう一つ海の疑問を解いておこう。海俺は、横ッ飛びに逃げた。 『大将』 信じられない。地球の上に塩水が の水は塩ッばいと聞、三、、 こんなにあるなら、砂糖水だってありそうなものじゃないか 振向くと、先生だった。まだ地図を固く持っている。行きも おや、バケツに紐をつけて、海の水を往来へ撒いてる奴があ帰りも、地図が唯一の頼りらしい るそ。塩は海水より製すとあるのに、そいつを撒くのは不経済汗と埈の間から眼を出して、 マッチ じゃないか。 『やっと判ったよ、ーーー所が生憎でな、友人は燐寸会社の重役 ありま 『おッさん』 と、新会社の創立の協議とかで、三日も前から、有馬温泉へ行 俺は、撒いてる側へ、歩いて行った。 っとるんじゃ。有馬へ訪ねてくれといって、奥さんが、。旅館の おッさんは、先刻、お客のトラングを担いでいた赤帽だ。汲名を書いてくれたが』 み、つき ひも じんち から ノ 52
俺も黙ったきりだ。 し 7 . し / 先生も、黙ったきりだ。 将『ホテルへ、置いてきたのずら』 おし 大 まるで、唖の旅。 『ちがう』 す 白いをかぶってーー黒い影法師をつれて。 ぶ『ちょっくら、見て来べえ』 る こうして一体、どこまで歩いて、どうなるんだろう。希望の 駈け出そうとすると、 あ 青空は、空つばの胃ぶくろへアイロンをかけたようだし、阪神 『有ッた有ッた』 国道の彼方に吐いてる煙突の煙り , ーー黒いの、黄いろいの、白 『あった ? 』 いの、ああ、みんな幻滅の踊りだ。 「いや、手帳じゃ。無い。やつばり無い』 きのうはホテルの客、きょ , つはルンペン さあ大変、死活問題だそ。 俺は、ホテルへ戻って、部屋を調べた。だが、手巾一つ、忘人生多岐。 れてはいない。空しく戻って来ると、先生は、踏切へでも飛び俺は、訂正する。失敗はするもんじゃない 込みそうに、しやがみ込んで、考えていた。 その頭のそばへ、青と赤と、二本の信号旗をぶら下げて立っ えきふ た駅夫が、 断食武勇伝の巻 『そいつですよ、その職人ていの男に違いありませんよ』 と、先生の話に、答えていた。 「親切だけならいいが、気前がいいのが怪しいじゃありません か。つまり、一銭銅貨で、大金を釣られたんですよ。あの宝塚 いなか には、よくそんな手がありましてね、田舎の人が、どれ程、掏 牛の草鞋とビフカツは 摸やばん引にひっかかるかわかりません』 轟っーーーと、電車がホームに着いた。そして、走り去った。 もう、電車にも乗れないのだ。先生は、歩く気か、地図を見猿にアスファルトの上ばかりを半日も歩かせたら、屹度、ヘ たばッてしまって、 て、爪を噛んでいる。 ホテルへ戻って、礼造君が帰ってきたら、汽車賃を借りたら ( やめた ! 足じや人間にかなわねえ ) と、悲鳴をあげるに違いな、。 しいと俺は考えたが、先生は、黙々と踏切をわたって、歩いて 俺も、山出しのほやほゃなので、山道ならいくら歩いても平 ゆく。何里でも歩いてゆく。 ハンケチ さる たき わらじ きっと 774
ある人間はみんな帰って、家のない人間の浅草になってきた。 前さん家は、保険がたくさんかかっているツても、あんまり、 将ペンチに寝ていると、巡査が来て、片っ端から、追っ払う。物騒すぎるじゃないか。風でも吹いたら、八百屋お七だよ、は やく、・ハケツに水を汲んで出ておいで ! 』 俺は、怖くなって、公園の裏へ出た。 す ぶこの裏町は、まだ少し明るい。三味線というものが、ペンペ しき つま るン鳴って、頻りと、美麗な女が褄をとって歩いてゆく。 『や、火事だ』 わけうめや 人間神社 俺は、分梅の家と軒燈に書いてある家の狭い横丁で、火事の ′一みばこ 卵を発見した。そこの芥箱の中から白い煙が立ちのばっている ぞうきん 。きっと家の者が火の気を捨てて知らずにいるのだろう。 豆ちゃんだの、ゝ子ちゃんだの、びつくりして、雑巾バケッ 一風ふけば、すぐ火事になる。山でさえ焼けだしたら十日も焼を下げて来た。人間は、誰だって、悪い事をする時はこそこそ マッチばこ けるのだから、こんな燐寸箱の街は、一堪りもあるもんか。 するし、善行には、勇敢になる。 ねえ 俺は、四ッ角へ飛び出した。。 へつな横丁から褄をとった姐さ 『おらが、消してやろう』 んが、男の人と、ふざけながら手を繋いだり、離したり、肩と ハケツを、引っ奪くって、芥箱の側へ駈け寄ると、中から、 よろ 肩をすり合ったりして、踰けて来た。 のそりと、汚ないお釜帽子を被った男が、熊みたいな顔を持ち 『火事ンなるよッ』 上げて、 いきなり、俺がい、フと、 『 : : : 何だい ? 』 『あらツ、びッくりしたじゃよ、 『ほんとだよ』 俺は、バケツを下に置いた 『何だい ? この子は』 お釜帽子は、煙草を咥えてにやにや笑いながら、みんなを見 男も女も、酔ってるんだ。 廻している。俺は間がわるくなったので、一目散に駈け出した。 ゆえん そこで俺は、すこし誇張して、事の急なる所以を指していう東京ッて所は、芥箱の中にまで、人間がいる。こう人間が多 とて と、 くッちゃあ、迚も、おらのおっ母あなどは、何処にいるのか、 『アラアラ、ほんとだ、芥箱から煙が出ている』 分りつこないわけだ。先生とも、もう廻り会えないのかしら ? げいしゃ わけうめや すりがね 芸妓さんは、分梅の家の表へ廻って、窓から、急鐘のような そうだ、先生の健在を祈ろう。おっ母あとも早く会えるよう 早ロで、 に神様へ頼んでおこう。昼間だと神様へ掌をあわすのは、何だ 『ーーー豆ちゃんか、ゝ子ちゃんか、誰かいないの。いくら、おか少しきまりが悪いが、真夜中だ、誰も見ちゃ居ない。 ちょんこ きれし - 一みばこ つま ひ ちょんこ た かまばうし ′一みば - 一 て
並木さんは、一人で、ペンチに残っている。螽が脚を挾まれ『そんなに、足が早くないわ』 た時のように、細い両方の腕をベンチへ突っ張って、腰を上げ夫人はお腹をかかえて笑った。そして、急に、 る努力をしているのだった。 『ケープルの時間、何時かしら ? 』 足立さんが戻ってきて、 『帰るのけ ? 』 『おっかれ ? 』 俺が、訊くと、 あした 手を貸そうとすると、待っている人々の眼を感じているらし 明日も、帰れないわ』 、並木さんは唇をむすんで、すくっと、独りで立った。 『なぜ』 あさって そうして、俺たちの前を、俺たちへ一瞥もくれずに、真っ直『高野の翌々日』 に、あるいて、 『なアんだ』 しゃれ 『帰ったら、昼寝だ』 俺は、軽蔑してやった。夫人の洒落なんて、およそ人がらと みそしる 呟いたのが、聞えた。 反している、 ーストに味噌汁オ 夫人は見送って、 『そんな洒落なら、俺だって、考えられらあ』 『強情そうね : ・・ : 』 『じゃ、一一一一口って、こらん』 だいしきゅう 今まで、「先生」のお株をとられたように、黙っていた先生『弘法見たから大師急、帰る』 『下手下手、駄の字だわ』 は何か、感心した時にやる癖である首をさかんに振って、 えん かん 『生きてる人間という感じじゃ。あの弱い体ですらーーこ 先生は、洒落関せず焉、というような顔をして、奥の院へ向 『だから、先生も、悲観したものじゃありませんわ。やって下って礼拝していたが、いきなり俺の首根っこをつかまえて同じ 方へ、お辞儀をさせた。 さいね。東京へ行ったら』 『小説は書けんが』 俺は、掌をあわせた。 『おっ母さんに会わせて下さい』 『何で働きかけても、社会的に、結果は同じですもの』 それから、 『やる、やる』 歩き『槇子ちゃんにも : 並木さんが、のりうつッたように、先生は棒みたいに、 きまり と、胸のなかで思ったが、やめてしまった。羞恥がわるい こずえ 野『むかし、叡山、根来を焼いたものは、信長じゃ。今、高野を夫人は、梢の鳥の音を仰いで、 『あれ仏法僧じゃないの』 高攻むる者、資本主義ーー・』 まわ ロ真似すると、 『鷽です』 くち ばったあし うそ 797
シオカラ虫の巻 あぶ 授業は初まっていた。教室はしんとしている。歴史のお時間 俺は、返辞どころじゃない。餅網の上で焙られてるように、 ふく 顔も手も、見るまに膨れ上って来るし、呼吸は苦しい こつけい 俺の顔が、どんな滑楕なものに変「たか、手で抑えてみても槇子ちゃんは、遅刻を恥るように、そ 0 と入「て、教室の とだる 分った。まるで四斗樽だ。仮面を付けてるようだ。桜内はクス隅ッこに立った。俺も、鉛の仮面を被ったように顔が重たくっ うつむ て俯向いていた。 リと笑って、 ち 陽洋先生は、こっ方を見もしない。歴史というと夢中だから 『遅刻するから失ーー』 えり だ。ばろ洋服の襟を正し、謹厳そのものの如き焼ヶ岳をばつば と、学校の方へ行ってしまやがった。 びん アンモニヤの瓶をかかえて、槇子ちゃんは息をきって帰ってとさせて、 すつばだか 「ーーーむべきは奢れる藤原氏、道長、頼通の越権でありまし 来た。俺は、素裸体になって、お釈迦さまみたいに凝としてい まぶた へそ た。槇子ちゃんは、綿に臭い水を浸して、俺の臉から臍から爪た』 の先まで親切に塗布してくれた。俺は、お下髪のリポンを見惚と、やっている。 せんおう 『その、藤原氏の専横を極めた永い間、後三条天皇の御忍苦は れていた。 何んなでありましたろうか』 『於兎ちゃん、鞄は』 で、どすんと、焼ヶ岳から拳骨が落ちて前の机を叩く。 『鞄はきのう学校へ置いたままさ』 どすんくらいならいいか、いっか、課外講話として、維新 『きっと、遅刻になったかも知れなくってよ』 ごすいび 前の朝廷の御衰微を話した時なんかは、まるで、自分が頼山陽 『おらの為に、遅刻になって、悪いなあ』 かんちくむち か、三条大橋の彦九郎にでもなったように、寒竹の鞭で、黒板 『でも屹度、先生は叱らないわ』 おみなえし ふたりは、うすゆき草や、はくさん女郎花を踏んで歩きだしを打ち、自分の膝を打ち、しまいに机の上の土瓶を、下へころ がして割ってしまった。 た。俺は急に幸福だそ。美しいアルプス蝶が、ふたりのつない やきもち いなぜなら、朝廷の きようの講義も何うやらそんな所らし で居る手にとまる。嫉妬ゃいて肩にもとまる。 ぶしよう お話をしようという日は、きっとあの不精な先生が、洗った ああ、学校の道が短い。 あご きゅうくっ 洋襟を首に巻いて、窮屈そうに顎を吊っているからだ。 まさ ばんじよう 『天皇は正しく、万乗の御正統にお生れ遊ばしながら、単に、 藤原氏の御母系でないばかりに』 美人だそうで、貴婦人は と、先生は、ここで又、拳骨を宙に挙げて、 おか 『ーー事毎に藤原氏の忌む所となり、悪臣の冒し奉るにまかせ きっと へんじ かばん とふ もちあみ しやか ひた 、よ ) 0 カラー きんげん えつけん しん ル 7
ぜんらんちき 『そう思って見ていると、何だか、此の世が変な気がして来ま 乱痴気なジャズ騒ぎに変る。 毒々しい照明は、一段と狂躁の群れへ、眼まぐるったい光りすね』 の斑を旋回し、黒ン坊のサキソホンが飛出すやら、テープを投『そんなこたアねえ。真っ昼間、太陽の下でここのステージを まあ見てみろ。この照明、安つばいデザイン、何とみんな眼や げ合うやら、ポンポンとシャンパンを沸騰させるやら ものの七、八町も先へ行けば、そこには戦争が行われている耳の錯覚だけを狙ったインチキばかりかが分るだろう。それと よく似た文化的錯覚で英国を視、欧米を見、ソ聯を見ているや のだ。い くら彼等コスモポリタンの眼からすれば、 ダンス つが、舞踏ならまあいいが、四億の人間に鉄砲を持たせようつ ( おれ達の血を流しているんじゃない ) とは云え、これが人類の地上にある景色かと疑われる程だってんだから腹の皮がよれるようなもんさ』 . かきけ わめ た。そして、ここに踊っている人類は、彼処で戦争している人二人の話しは、乱舞の群れの喚きとジャズが掻消してくれる。 ぎんにん けれど、 ・ステージの黒ン坊や楽器が、発狂した 間よりも平常に於て、むしろ残忍な人間と云える。 ときおり ように体を振り廻しても、時折、ダアーン ! と床や壁を圧し 『盟長。何をひとりでにやにや笑っているんです ? 』 とどろ ステージの傍らにあるスタンドへ頬杖をついて、羅はさっきてくる砲弾の轟きは、打消すことができなかった。 『それはそうと盟長。いっ迄居たってプラックレイも、仏蘭西 から、踊りを見ているのであった。 ひじ その肱の間に空になっているグラスを見て乾児の張は、ウィ女のエリゼも見えねえじゃありませんか』 『来ねえなあ。ーーー何時だ今 ? 』 スキーを注ぎながら、又訊いた。 『午前二時ですぜ、もう』 『何がおかしいんですか。 ひとりおか 『じゃあ帰ろう。だが、それとなく誰かにちょっと訊いてみね 『何だか知らねえが、自でに可笑しくなって来たよ、おらあ』 一ん。か』 と、羅はぐっと干して、『此処にはしゃいでいる奴等が今に 羅文旦は一足先にカルトンを出て待っていた。もう帰り足の どんな顔をして半年後に上海を通るだろうと想像してさ』 ま 客に交じって、張は後から出て来た。 『あははは。まったく』 びらん 『どうだ張、この糜爛した物の美しさってえ奴は。末期相の頽『エリゼは、もうここ一月余りも、ずっと来ねえそうですぜ』 『プラッグレイは』 発美ってえのが恐らくこれだろうよ。ーーー奴等にゃあこれが る いたち 見又、魅力なんだろうが、汝たちの足の下から、次の健康な破壊『あいつも、戦争になってからは、鼬の道だって云ってまし たまたま やけっち で た。お絹さんの居た頃見かけたのが、きっと稀な事だったん が始まって、焦土に芽をふいてくる力がもう盛り上って来てい さもなければ、あの仏蘭西系の会社の女スパイ 燐ても、まだ眼がさめねえで、踊 0 てるんだから、おめでたい限でしよう。 ウアア・トレイグー と英国会社の戦争商人の巨頭が、一緒に遊んでいるってえわけ りき」』 ほおづえ ふっとう かしこ こぶん 0
くす 『ううん』首を振って、勘平みたいに、腹の皮を撫で廻して見 何たかぐッたい気がするそ。アルプスの大将が、これんべ えしの事にヘコたれて、平湯のおッさんなどに負ぶさって居せながら キ一まり 『あるいたせえじゃねえよ。ここン所が、ペコペコなんだい』 ちゃ、羞恥がわるい なか 『おッ六、ん、も、つ いいだから、下ろしてくんねゃ。独りで、歩『ホホホホ、お腹が減ってるの』 『だって、きのうからだもの』 けるだッてに』 俺は、おッさんの猪首を突っ張づて、無理に背中から下りち『早く言えま、、 俺の泣きッ面を、おばさんの麗眸はニコッと美しく睨んだ。 まッた。両手を振って、歩いてみたが、何ともありやしねえ 早速、平湯のおッさんは、リュッグサックを下ろした。出る おら、もう健康だぞ。 あらし ノンだの、氷砂糖だの、ビスケットだ 槍でも、鉄砲でも、持ッて来い。きのうの暴風雨なんて、一わ出るわ、罐詰だの、。、 体、何処へケシ飛んでしまったんだい。出るなら、もう一度出の てみやがれ。 『さ。お食べ』 喰いつけない物、見つけない物だらけで、俺は、眼をみはっ お天気のサーカス野郎め。 、ノこ肉を挾んで、おばさんは、俺にくれた。 巻雲の道化師め。 まほうびん コンピーフ 見ろ ! お前たちの居ない日の平和さを 塩漬肉も美味い。桃の罐詰も美味い。魔法壜のお茶まで、う 太陽のコロンは紅色に燃えてら ! 植物の花の息は、噴霧器まい からふく香水みてえだー 俺は、暫らくの間「食う」ことのほか天地を忘れていた。お 俺はすっかり、気分が快くなってしまった。その代りに、少ばさんも、唇の小ッちゃい癖によく食べる。平湯のおッさんな あかぼ し別ン所に故障が起ってきた。肚ン中が、欧州戦争の独逸みてんて来たひには、嬰ン坊の頭ぐらいある握り飯を、両手に抱え えに空ッばを感じて来た。何だか、眼の皮がうすくなったと思て、もそり、もそり、土方が山を崩すようにばくついている。 まじめ ったら、その影響だった。 人間は、「ものを喰う時」がいちばん真面目な顔をするツて、 巻そう判ると、胃ぶくろは、急に、主人公の俺に向って、ゼネ誰かいったが、ほんとだなあ。 の くうぐう訴え出した。 ストの群集が、が鳴るように、・ 荘厳な、儀式みてえだ。 尺待てよ胃袋氏。資本家は、俺じゃない。 所が ズ『おばさん : : : 歩けね工だい』 こんな事もあったぜ。 俺は、哀声で、急を告げた。 ジ 何時だ 0 たか、二、三日学校へ来て泊 0 ていた松本師範の生 『だから、云わない事じゃないのに』 理の先生が、陽洋先生を相手に ( イヤ、人間にはも一つ、もっ どうけし ふんむき そう′一ん くち れいばう と - 一
道は二人の幸福の為にあるもののようだった。 官 羅は警戒しなければならなかった。馭者の腰のそ 令まに、常にサックを外した短銃が寄せつけてあ「た。 一口 陽がのばると、今日も暑い。大地は百度以上にも灼けてい の る。けれど二つの顔だけは、絶えず涼風にふかれていた。 夜 寒山寺街道へ近づくと、ここはもう蘇州の城内からもそう遠 しゃべ それに くないので、二人は好きなことも喋舌れなかった。 馬車を降りて、羅は、道ばたに露店を並べている支那人に訊 又、蘇州の市民は、戦争など知らない顔して、この附近の寺院き始めた。然し誰も知る者はなかった。 りようお み - んけい へ参詣に登ったり、涼を趁って、そろぞろと歩いていた。 馬車の上で待っている絹子も、気が気ではない。羅の顔は、 : この道だ、この道だ』 失望するごとく、泣き出したいような筋に刻まれて来た。 虎丘山のふもとへ近づくにつれて、二人は馬車の上から、往すると、虎丘山のもう登り口に近い辺で、訊ね歩いていた羅 よしやだい 来の露店へばかり眼をつけて、驢の脚をゆるめて行った。 、勢い込んで、馭者台へ駆けもどって米た。 真っ白な埃をかぶって、そこには、雑多な露店だの、行商人『わかった ! 』 かご ぞうひ ひお たちが、籠をならべていた。象皮のように汚れた陽覆いの陰に 「えツ、わかりましたか』 は、この辺に住む貧しい支那人の顔が幾らも見えた。 絹子も思わず跳び立つように叫んだ。 『おれの母は、誰がどう見たって、日本人たあ見えないほど、 羅の鞭には、再ひ希望が鳴った。そこから約半里ほども行く 支那人になりきっているんだからね、そのつもりで見つけてく と、山陰の南へ向いた桃林の中に、人が住むとも見えない一軒 どばち れ』 の小屋があった。土蜂の巣が、地の上にもり上っている位にし と羅は振向いて、小声で云った、 か見えない貧しい小さい家だった。 ンヤンハイげいしゃ でも : : : 昔は、上海芸妓の五人組で玉菊さんと云われた程で「あれだ』 すから、いくらお年をとっても、またどこかお綺麗でしよう羅は、山の下の流れの側に、馬車を捨てて桃林の中に駆けこ ね』 んだ。絹子も後について、息を喘っていたが、今は、それすら 絹子が云うと、 顧みていない彼であった。 「それや、肌は白いしな、それにどこか上品なひとだけれど、 「お母さんは、あの家にいらっしやるんですか』 こんな田舎の貧乏人の中にかくれて、苦労をしていちゃ何うだ 「そうだとさ。この桃林の桃を採って売りに出たり、桃がなく み一物 - ほ・と かなあ。 : ああ、その苦労をさせたのも、おれが悪かったのなると、菓子を売ったりして、先刻、僕が訊ね歩いたーー = あの きれし にナ・・ . れレ」』 そうして、同じ道を、一一度三度も、馬車を繰返して歩いてみ たがーー遂に、何うしたのか、阿杏小母さんの話は間違いなの その人の姿は見出せなかった。 報 2
そうめい ても、叔父叔母の古い頭では、彼女の聡明な、将来を見越した 『じゃあ、待ってます』 もっと 行き方に、共鳴ができないのは尤もだと思った。 『部屋を、お開けするわけにはゆきませんが』 『じゃあ、祝福されたもんだ、つまらない心配して、損した』 『その辺にいますから、帰ったら、呼んでくれませんか』 第、・つキ、 立ちかけると、彼女も立った。ゴルフ場の中で、愛人の三島雑木の並んでいる畑の畦へ行って、暖い草の中に埋まってい が、何か気をまわしているとみえて、遂に、此っ方へ向って、 手を振っているのである。 夕方でなければ帰るまいと思っていた銀子は、アパー 静子は、駈けて行った。 変な男の人が来てるという電話をうけて、誰かに、半日代って もらったとみえて、すぐ帰って来た。 そして、富吉の姿を見ると、 『あら』 駈けて来ていきなり、 『ひどいわ』 だだ と、彼の帽子を取りあげて、それで、駄々っ子のように、背 鳩の・ハスケットを提げて、富吉はむッつりと省線の駅の方へ 中を二つほど打った。 戻って行った。 六郷から放翔そうと思ったのであるが、急に、この辺に居辛『なぜ、手紙くれなかったの』 『だって、君だって : : : くれないじゃないか い気がして来たのと、同じことなら、なぜ初めから、吉祥寺へ でも行かなかったろうという後悔とに追われて、省電に乗り直『女から、先にあげられないわ』 『どうして』 ほとん この一夏、鳩と住み、鳩への愛に、殆ど熱中しきっていた彼『男から先にくれるのが、ほんとと思うわ』 うつろ も、今日は急に、自分のどこかに、空虚を感じだして、銀子の『俺も、君がよこしたら、出そうと思ってたが、男が先に、手 顔を見ずにいられないような気もちに駈られていた。 紙なんか出しちゃ、沽券にさわると思ったからね』 あれつきり、手紙もくれないし、此っ方から訪問もしなかっ『我慢してたの』 ためら たので、また新しい羞恥と躊躇いを感じながら井之頭アパート 『そ , っ六、』 の彼女の部屋を訪問してみると、 『やつばり、あなた、つむじ曲りよ。会わないうちの印象が、 あた だんだん中ってくる気がするわ。 あら、これ何』 窓「まだ、帰りませんが』 と、そこの女主人がいった。 『鳩のパスケット』 そん あぜ トから、 257
『エリゼが何うしたかね』 『張などに騙されて口惜しいと云っていた。羅の事は、ロにも フランスじん 官出さんがね』 『仏蘭西人のてえのは、確か、エリゼさんの前の亭主で 令『へへへへ、あれ程、羅のことを思ってるんだから、可哀そう 一口 『さあ ? 何うかね』 : だが、途中で急に、金が欲しくな だとは思いましたがね の ー此家の場所 『そいつが、羅の手元に監禁されていますぜ。 ったんで、旦那の所へ、売り込みに来たんだが、考えてみる 夜 が羅に知れたのも、其奴の口からなんで』 と、ゆうべの取引は、少し安かった』 『あんな吹けば飛ぶような男、誰に監禁されようと関わんさ。 『否 ! 』 ずる プラッグレイは、支那人のもっと狡い高級な貪慾者をいくら僕にとっても、無価値な存在に過ぎぬ』 だんな 『ですが、エリゼを旦那に奪られたのを意恨に田 5 って、旦那の も手がけている。頭からこう一喝した。 ナンキンろ パチンコや たか 『五百元、飛んでもなく高値いものだ。君はこう云ったろう弟様とかを、南京路の裏で短銃で殺ったじやございませんか。 かたき この日本の女と、羅とは恋愛しているから、この女を通じ無価値かも知れねえが、仇にゃあなりますぜ』 あれ 『あははは僕によく似ている彼男かい。あれは弟でも何でもな て、羅は何かきっと日本の軍隊にも聯絡があるに違いないと』 ど単こ、顔が似ている為に抱えておいた出張員の下ッ 『あっしは、そう睨んでいるんで』 『いくら調べても、お絹はそう云いません。断じて、無いとい端だよ。われわれ武器会社の現地出張員となると、われわれの 売品をいじる兵隊よりも、遙かに身辺の危険が多いからね。女 います』 あんさっしそうしゃ ねら 讐などで狙われるのはまだよいが、沢山なスパイと暗殺使嗾者 『それやあ、調べ方が手温いんでさ』 がおるからね』 『もっとも、まだ厳しい訊問はしていないし、今朝、一応脅し てみただけで、もっと先になったら、帰りたさに、自白するか 『外国の商売仇の会社から憎まれてですか』 『憎まれる程でなければ、実績はあがらんしな。ーー実際、戦 もしれないが』 「根気よくやってごらんなさいよ。そればかりでなく、彼奴争以上の戦争を今やっとるのは、各国の武器会社だ』 『もうあっしは、秘密結社の裏切り者ですから、羅の側 あ、羅の事なら、あっしよりも、詳しいんですから、それだけ にゃあ帰れませんや。ひとっ旦那の会社で、何かに使ってくれ だったってよほど旦那の方にゃあ、参考になるってえもんでご ませんか』 ギ、いよー ) よ、つ』 ついしようわら 『お断りする』 張は、追従笑いをして、 プラック . レイは、笑いながら、顔の前で手を振った。 『そうそう、ゆうべ云い忘れましたが、旦那の愛人のエリゼさ もう 『それよりも、君には、もっといい金儲けを教えよう』 だま や てめる どんよくしゃ はる かか かま