著作権者の了解 により検印廃止 吉川英治全集・ 著者吉川英治 装幀者杉本健吉 発行者野間省一 東京都文京区音羽一一ー一二ー 発 ~ 所会講談社電話東京九四一一局一一二 ( 大代表 ) 振替東京三九三〇 製本所株式会社大進堂 印刷所凸版印刷株式会社 本文用紙日本バルプエ業賦特漉 3 第一刷発行昭和四十三年三月二十日 立 8 市妬定価六百八十円 ◎一九六八年吉川英治 かんかん虫は唄うあるぶす大将 青空士官 夜の司令官
: なかなか強情で居らっしやるな』 社会部のモサも、匙を投げたようにあぐねているのだった。 『お帰京はいつですか』 記者団 『東京から、唯今、電報が参りましたし、私の不行届きが、方 方へ御迷惑をかけたようですから、次の汽船ででも帰ろうと思 って居ります』 染尾伯夫人の静養している清楚な隠れ家へもどってみると、 案のじよう、せまい入口も庭のほうも、署から尾いて来た記者結局、こうして大勢で詰め寄ることは、先方の意地を強くさ せるばかりだと知って、一同は、 や通信員たちで理まっていた - 一きんしゅう 『じゃあ、汽船の中でも、又 , ーー』 夫人は、古今集の乗せてある例の小机の前にきちんと坐って と、コりき揚ガ 4 ) 。 そして、一人も室へ上げていないのである。 その後へ、銀子は、帰って来た。 強腰な記亠名が、 富吉の顔を見ると、 『どういうわけで、ここでは発表できないのですか』 『そうそう、あなたでしたわね』 縁がわに腰かけ込んで、根くらべをしていた。 と、夫人は、遠く過ぎた夜の事を思い出して、やさしく笑っ 『そういう理由は、私の都合でーーーと申しあげるほかありませ ん。東京へもどりましたら、良人と一緒に、何事でも、お話し 『 ! ーあの為に、とんでもない災難をおうけになったと聞し いたします』 『然しですね。吾々も、こうして、大島くんだりまで社から出て、お気の毒に思って居りました。東京へ帰ったら、何かでお 張を命じられて来て、漫然と、帰るわけにはゆかんです。従っ理め合せいたしましようね』 て、臆測で記事を書けば、あなたのほうに取っても、非常な不『夫人さん』 と、富吉は、頭を掻いて、 利だろうと思うんですが』 『臆測は、どこまで臆測でございますし、事実の記事でないん『僕に、理め合せして下さる気持があるならば、私の社のため 団 どういうわけで、三島芳樹に、あんなお金をやったのか、 ですから、私としては、かまいません。あなた方の御職業とし 又、あなたが失踪したりなんかしたのか、その事を話してくれ てお書きになるぶんには』 ませんか』 『そういっちまっちゃあ根も葉もないじゃありませんか』 己『何と仰っしゃいましても、良人のある身でございますから、 『今まで、方々の新聞社の方に責められておりましたの。けれ川 ども、何でもない事を、ああ物々しく襲しかけられると、恐く 主人と相談のうえでなければ申しあげられません』 1 三ロ しゅじん しゅじん か
一人が洒落る。 『私がですか』 新村は、椅子に余る大きな腰をそこへ下して、 『君だけじゃないよ、社会部の活動が、他社をあっといわせよ 『何か、事件があるのか』 うというんだ。つまりわが社の特ダネだ。何時ということはな 『ちょっと、面白そうなトクダネが入りかかってるんだがね 従って急に鳩をつかう場合もないとも限らないから、君 のほうも、そのつもりで、待機していてもらいた、 隅のほうを見ると、部長が一人の外交をつかまえて何かひそ『それだけですか』 ひそ囁いていた。その外交の男が、 『それだけだ』 じようだん 『じゃあ』 冗戯もいわずに出てゆこうとすると、藤井が、 ゅうふん すねきち と、帽子を振って、指令された仕事へ勇奮して立ち去ると、 『おい、拗吉、ここへ来いよ。もっと事件の内容を知っておく す 必要があるじゃないか。こんどこそハマの名誉回復をやらない 部長はかたまっている椅子の中へ入ってきた。 『ホテルには、誰が行ってる ? 』 と、鴪班は、馘ものだぞ。社長ときたひには、駄目だと見る 『沢君だろう、あそこは』 と、猫の子を捨てるぐらいに人間を考えているのだからな』 それから藤井が特ダネの内容を部長にかわって予備知識とし 『東京湾汽船からまだ電話が来ないな』 『もう来る時間だ』 て授けた。部署はちがうが、新村はこういう社会事件を、一般 めいめい と、各 4 が、時計を見る の社会人より早く耳にしたり批判のできる新聞人だけの特権 そめおはくしやく 『染尾伯爵の談はどうしてもとれまいな』 を、やはり社会部の者と同じように優越感をもったり、他社を 『とってみせると豪語して、岡田が追っかけているけれど だしぬく功利心に燃えたりしているらしく、顔をつきだして熱 、いに聞いていた。 むずかしいだろう』 げ、ん、、い 夕刊までには、確証材料がそろわなかったので発表にならな 『無理に入らなくても紙面のうえじや少しも・ハリュウは減殺さ れないからいい。却って、染尾伯の隠れ廻っているほうが、こ カったが、今日、或方面からこういうヒントが編集へ入った。 たか の特ダネに対する読者の興味は昻まるだろう』 染尾伯爵夫人が失踪した。 ネ 気のない顔をして、そこへ富吉が入ってきた。ぶつきら棒 夫人の蔭に、提琴家として有名な某外人がある。また、 音楽会や、茶の会や、舞踏場などで、定評のある日本人のよく ダ いろいろうわさかも 『なんか用ですか』 ない仲間にも種々な噂を醸しつつある。 もちろん 特ポケットに手を沈ませていう。 失踪したのは、二日ほど前。勿論、絶対に秘密にしてい 『あ。すこし、いそがしくなるんだ』 たが、東京湾汽船へ、捜索を依頼したりその他、同族の親戚間 しゃれ ていきん
先生が答えた。然して、先生は洒落のつもりで言ったのじゃ 大 す ぶ追記謝辞 る この一篇は、他誌に執筆せる長篇に、加えて、高野の一部を蛇足せ たまたま あ るもの。僕、昨夏同山の僧房に行李を解き、稀亡友直木君の同山 夏季大に来るありて、一タを約さんとして果さず、行き交いて後、 がんえん 東京にて、雁燕の恨みを談ず。今また懐しき追憶の一つなりと雖も、 作中に亡友を借りて語れること、元より故人の言辞に非ず、僕の 戯作たり。風貌の描出、似せんとして似ざるの非、罪大なりといえ ど、故人又、常に地下の人を拉し、戯作弄弁するの癖あり、転縁今 日君にいたる。苦笑せられよ。 げざく せき いえど 都会のあるぶす 目高と田螺の巻 退屈病患者 れいなんざか 園伯爵未亡人は、霊南坂の大邸宅に一人で住んでいる。 ( む ガラス ) 金魚はいかに美しくとも硝子 ろん召使はたくさんいるが ダイヤ 鉢で事足りるし、金剛石はいかに高価でもサッグ一箇に納まる いれもの が、貴婦人というものは仰山な容器に入っているものだ。 前に亜米利加大使館、隣りは千万長者の実業家根木八右衛門 氏。 此邸へ来た時、俺も先生も、 『あっ、東京がのこらず見える』 と、絶叫したら、園未亡人の・ハグダン夫人は、 『ここから見えるのは、大東京の十分の一ぐらいなものよ』 と一一 = ロった。 貴婦人一人の生活図の豪壮さにも呆れたが、大東京の顔の大 その ′一うそう 798
先生は、満顔に喜色をかがやかせた。そして、六兵衛氏と俺 『雑誌の方で、度々、御やっかいになってますから、前からの 御懇意です』 あら かちひく わしも、東京の市場 『古きもの必ずしも価値低きに非ず。 『やはり、大阪へ、来ておったんかね』 へ出たら、一貫目ぐらいには通用するかな』 『一昨日の夜、宝塚ホテルで心中した婦人と、御縁故があるの は一にか が夫人は、なっかしさで、羞恥んでいる俺の手へ、何も書いて で、電報をうけとると、すぐ特急で来られたんです。ーー・所 しあわせ ない西洋封筒をそっと持たせて、 あのお湯の洪水が、僥倖になって、発見が早かった為、二人と も助かりました。その恩人が、先生と大将だというので、夫人『これ、ここの御主人に上げてよ』 『何』 もびつくりしました』 『お土産の代りよ。十三橋の交番の巡査に聞いて、すツかり、 『わしも、驚いとるんじゃ、恩人なんて、覚えがない』 感、いしちまったからーーー・』 夫人は、上り口から、 お目にかかったら 『おらも、感心していた所だよ。先生も、意見食ったよ。屑屋 先生、よほど御縁がありますのね。 の六兵衛さんでも、馬鹿にできないぜ』 私、改めて、お詫びしなければならない事がございますのよ』 『それをお渡しして、よく、お礼をいったら、私と一緒に行か 『は、何んじやろ』 ないこと ? 』 『私が、学校の建築費を寄附した為、先生は、馘におなりにな 『東京へか』 ったんでしよう』 『そ、つよ』 『挈」、つかの、つ』 『行くとも。それから夫人、あの東京へ槇子ちゃんも行ってる 俺はすぐ横から云った。 『そうだ。そうだ。県庁の役人は、夫人の気持を履き違えてしんだぜ。会ったことないかし』 『会いたいの ? 槇子ちゃんに』 まったんだ』 : , っ , つん』 『すみません』 俺が、赤くなって、かぶりを振ると、夫人は、ポチをからか 夫人は、しとやかに うように、俺の耳を引っ張った。 巻『好意の悪果です、社会の皮肉です。その代りに私、先生のた 伝めに、東京へ私塾を建ててさしあげますわ。この頃は、学校制『大将、嘘はいけないことよ。ほんとに会いたくない ? 』 : , つ、つん』 武度主義の教育が、漸く、その無力さを現わしてきたので、又、私 おうか 『それ御覧、何っ方 ? 』 断塾教育が、謳歌されてきたようですの。日本主義の時代ですわ』 『会いたし』 「帝都もそうなったかの』 マダム ノ 85
『高橋』 と、遂に、黒眼鏡もふるえながら言いだした。 『高橋 ? それから』 巾着ッ切 やすお 『高橋八寿雄』 すまい 『住居は』 ビストルが物を一言うように、冷たいことばだった。 「東京』 : ほんとの事を仰言いな』 「君』 『東京だから東京だって言うのに、信じなければしかたカな し』 黒眼鏡は、その黒い玻璃の奥で、お光さんの顔を、恐怖にみ 『うそ、うそ。柳田商会の伝票へ書いてあったのは、長者町八 ちた目で見つめた儘だった。 「君』 丁目、盛心館としてあったじゃないの』 『それは下宿先だ』 ・ : なんだ』 おっしゃ 『御職業は』 『名まえを仰言いな、名まえを』 『僕の姓名を貴様などに告げる必要はない。そんな物を人に向『木綿問屋ということも、きのう柳田の店で話していたはず 知っているならば、くどく聞き給うな』 けて、何をするんだ』 はず から 『お生憎様。君は、ますその黒眼鏡を外しては何う ? そんな 『素直にしなければ、撃つのよ。空弾だと思うならば、撃って こつけい もので、世間がごま化されていたら滑楕だわ。ね、トム公』 みましようか、見本にネ』 トム公は、さっきから、彼女の侍者のように又、今にもっか 彼女は、事もなげに、菩提樹のこずえに向って、一発、実弾 黙って、うなずいた。 みかかりそうに、、艮をしていたが、 を放した。 『君は、木綿問屋ではありません、ほかに本職があるでしょ 『まだ、五発あるわ』 ピストル う。言いにくければ、私が、代弁してあげても、 今の短銃の音に、墓場のあいだに、チイハの夢占をむさばっ ていた人間たちは、びつくりして飛び起きた。そしてコソコソ あしおと 『言わないのね、じゃ、私が高橋八寿雄に代って告白しましょ と逃げてゆく跫音を、黒眼鏡も、お光さんも、愚連隊たちも、 すり う。 ! ー諸君、わたくし、高橋はですね、実は掏摸でございま 着黙って、聞き過ごしていた。 ほりもの じゅばん す。うそだと思うなら、襦袢の袖をめくッて、二の腕の文身を 巾お光さんは、重ねて、 見てください』 『名まえは ? 君の』 まま ガラス ゅめうら
椅子をとった。 『お嫌いですか』 将『お飲みものは』 『新聞にも、いろいろ、弊害が、暴露されておる』 俺の背中からポーイかいった 『ですが す ダンス ぶ『先生は』 礼造君は、舞踊をやるとみえ、 る と、礼造君。 『弊害というようなことは、何にでもありますからな。いい方 あ 『ビールですか、それとも、日本酒』 もちっと、挙げてもらいたいですよ』 司じゃあ、日本酒を』 歌劇は認めるが、舞踊は認めないというように、先生は、 二人のグラスには、酒。俺のカップには、シトロンの泡が鳴 『あんな、ばかげたこと、何処がよくってーーー』 つ、 ) 0 『やってみなければ、分りません。折があったら、先生も、ち たが、このホテルの大食堂は、俺に驚異の眼は瞠らせるが、 と、踊ってみませんか。文壇の豊田秋水さんなんかも、老人で 俺に食慾は起させなかった。・ とんな物がやってくるかと、胃袋すが、よく踊ってるですよ』 は、むしろ、恐怖に駆られていた。 『、よかな』 礼造君は、俺の手つきをみて、 も少しすすめると、憤慨しそうなので、礼造君は、話題をか えた。 『ホークで食えないものは、手づかみで食ゃいいんだよ』 それから先生へも、 『先生、大阪におとどまりですか』 しかがです』 『うんにや、東京へ』 頻りと、酒をすすめた。 『じゃあ、東京の学校で』 先生の顔は、食堂の太陽になった。頭は、シャンデリヤと相『もう、教員には、年齢が年齢で、奉職できんから、一つ、東 たいせい しじゅく 対性にかがやいた。 京で私塾でも開こうと思うとるが』 尹ラス イプニング・ドレスマダム レディ 硝子越しに見える歩廊を、舞踊服の夫人や令嬢が大勢通っ しいでしよう、近頃、私塾のふえる傾向があります』 て行くと、やがて奥の方でジャズ・・ハンドの賑やかな奏楽が起『それとな、於兎の母親が、東京におるらしいで、それも、探 してやりたいし』 先生は、昼間からの調子で、今夜は酒のまわりがよかった。 『大将、お母さんを、探してるのかね』 『江川君、ここにも、歌劇の学校があるんじやろうか』 俺は、うなずいた。 『社交舞踊です。ここでは、毎晩』 『分らんのかね、居所が』 ダンス 『舞踊、あれやいかんなあ』 『 , つん』 ダンズ みは そう ダンス ノ 68
『ばかにしてやがら ! わけのわからない女なんて嫌いだ』 して人を呼んだ。 官『嫌いなら、来なければいいのに』 駅の改札から富吉はあわてて省線の客のなかへ交じりこんで 士『鳩を取りに来たんだ、銀子のとこに、五、六羽あずけてある いた電車のうごき出すまでおばさんの声がうしろでしそうで ならなかった。爽やかな疾風が窓からながれこんでその不安を 空やつを』 しやく 『鴪の顔を見ても癪にさわるっていってたわ。鳩の背中にエナ洗われると、彼は初めて落着いて、まだ赤くなっている自分の なぐちん メルで馬鹿と書いて空へ撒いてやるんだっていっていたけれ拳をながめた。そして撲り賃を払わずにおばさんを撲ったこと せっとう ど、どうしたかしら』 が窃盗でも犯したように良、いにとがめられた。 『そんな事をいったか、よし、みていろ』 『みていろったって、もう駄目じゃないの。東京にあんたが居 ると思うと、東京までが嫌になったから、自分で運動して、大 流行失踪 阪の局へ勤めるようにしたんですとさ。よほどあんた何かひど い目にあわしたのね。弱い女を騙したりすると、あんただって 今にろくなことはないわよ』 東京の屋根の下にもこんな流動性のない空気とこんな老夫婦 このおばさんは、銀子の誤解から来ている恨みつらみを女同 があったかと、富吉は久しぶりに訪ねて来て門ロでそう思っ センチメント 士の立場で聞いて、すっかり彼女の感傷に同感を寄せると共 きゅうくっ に、富吉をも悪人か何かのように、ひどく憎んでいるらしいの 窓と塀の間から窮屈に伸びている八ツでの樹の陰気なことも である。 変らない。乾いた玄関のたたきに訪客の下駄のないことも変ら ぜんそく せき 富吉は、おばさんの顔へ、憤っとした顔を寄せて、 ない。冷えこんでいるように静かな奥で喘息らしい咳息のきこ 『俺が、何をしたって。おいっ』 えることも曾っての日の通りである。 『あら、喧嘩をふつかけちゃ困るわ。わたしは、銀子さんに聞『こんちわ、高木ですが』 いただけの事をいったに過ぎないんだから』 と上って行くと、めずらしく、叔父の久馬老人も叔母もいっ ふすま 『いっ俺が、女をだましたか』 しょに襖から顔をだして、 『知りませんよ、そんなうるさいこと』 『おう、よく来てくれた』 『知らなけりゃあ黙っていろっ』 と、有難がる ばかっと空気の打撃するような音がおばさんの横顔の皮膚か『那香子を呼んで来さっしや、 ね ! ばたけ ら発した。おばさんは葱畑に倒れながら殺されたような声をだ と叔父はすぐいっこ。 だま ひふ しつぶう し』 ろうじん
ほっと、息をついた時は、俺は、大きな鉄橋を渡って、大き のみならす、スウと、静かな瓦斯体を発して、異様な悪臭が 鼻をついたので、俺は、 将な川のある公園地の向う河岸まで、一息に駈けて来ていた。 ・人ごみばこ 芥箱から、神様の家まで、人間だらけだ。なる程、これじゃ 『又、人間だ』と、鼻をつまんだ。 す こんどは、酔っぱらいだ。何ういう形式をもって這入りこん ぶあ、東京市も、職業紹介所も、警察も、内務大臣も、手を焼く る だのか、土管の中へ、畳み込んだように丸まって寝ている。悪 筈だと思った。 ガス あ だが、河を越えて来たら、この辺は、人間臭くない。桜があ臭瓦斯が散滅すると、次には、この男の鼾と酒のにおいで、俺 るし、ポプラがあるし、深夜でも点いている紅い灯、青い灯、は、うだってしまった。だが、こう人間だらけな東京で人間を そして、繋いであるポートは、油絵のべニスの都に似ている 忌避していたら、居る所も寝るところもありやしない。俺は、 『水の公園というのは、ここだな』 観念して、酔っぱらいの脚を枕に伸びて寝た。 だが、公園は、もう懲りた。ほかの静かな所で、夜を明かそ それからは、何にも知らない あした 気がついたのは、大きな工場の汽笛が耳もとで鳴ったから う。明日から、仕事を見つけて働くんだ。 川蒸気の機関の音が、時計の機械みたいに何処かで刻んで ( パンのない所に、はんとの人生の味がある ) それを噛みしめよう。 『オイ大将。大将』 どこか、寝どこはないか。山育ちだ。こんな時には、驚かな どろと 山の絶壁の下や、渓流のそばで野宿することを思えば、東ゅうべの酔っぱらいが俺を揺り起している。 ぜいたく 何うして俺の大将という綽名を此男は知っているのかしら ? 京市は東京市全体が贅沢な寝床でないところはない。 少し曲がると、大きな麦酒会社がある。倉庫のトタン塀の外『ゃあ、おはよう』 『こんちわ』 に、ちょうど恰好な土管がころがしてあった。 『こ、つよ、、、 起上るとたんに、どかんと、硬質の天井に頭を打った。そう 雨の心配がない』 むしろ 、土管の中だった。 俺は、そこらにあった莚を一枚かかえて、土管の中へ這いこ ちょうどきゅう んだ。最近米国で三万噸級の戦闘艦にすえつけたという超弩級『ゅうべはねえ、大将、浅草まで伸しちゃってさ、ジャンジャ ンと、飲んじゃったのさ。帰えるのは面倒くさいから、ノーチ 速射砲の砲ロは、これくらいあるんじゃないかなどと考えなが ップ・ホテルへ一宿に及んじゃった。洗面所へ行かねえか』 ら、ゴソ、ゴソと、這って行くと、何か、ふつくらしたもの 『へ。洗面所』 が、頭にぶつかった。 ガス 俺は彼氏の瓦斯を怖れながら、彼氏のお尻に尾いて、這い出 『おや』 撫でまわすと、暖たかい あっ べッド きひ 、 4 ) 0 エンジン ニックネームこの ガスたい - 一うしつ きてき いびき 刀 8
で、両手を上着のかくしに突っこみ、少し、猫背になって、て こてこと歩きだした。 外へ出ようとすると、帳場にいたホテルのマネージャー : 、 つかっか側まで来て、 『ゃあ、お帰りですか』 『ゃあ』 失敗もするもんだ 先生は、見つけられたように、首をすくめた。浴室一件で、 ゅうべから今朝の悄れ方ってなかったが、先生は、急に明る ばいしようきん 壁紙の賠償金でも要求されるのかと、どぎまぎして、 い顔になった。 ゅう・ヘ 『どうも昨夜は、ど、つも』 『よかったな』 謝るとも、誤魔化すとも、つかない事をいって、テレた顔を ロ笛をふいたりして、 撫でると、 『於兎、東京へ行こう』 『まった / 、、 しい事をなさいましたよ』 『東京へ行って ? 』 マネージャーは、償金でなく、握手を求めた。 『わしは私塾をひらく』 先生は、重々、恐縮のていで、 『おらは』 『いやはや』 『おまえは、働く口をさがせ』 と、 ーし学 / 希望の青空の下に、電車の停留所が、からんと空いていた。 『お蔭で』 『大阪までーーー』 と、マネージャーは、冗談でもなさそうに、感謝の意を表し駅の窓口へ寄って、先生は上着のかくしへ手を入れた。 て、 『はてな ? 』 『、い中した二人は、どっちも、助かりそうですよ。アダリン 右のポケット、左のポケット、腰、チョッキ、おそろしく あわ を、かなり多量飲んだらしいですが、あなた方のお蔭で、はや慌てた手が、体じゅうを探り出した。 く気がっきましたからね。 『ど一 , っー ) た ) のけ・』 。今朝になったら、もう駄目だっ のたかも知れません、実際、天佑ですな、若いお二人に代って、 『ないそ ? 』 塚お礼申し上げます』 『何が』 がまぐち 『蟇ロ』 宝 俺も、一緒になって、さがした。先生は、上着を脱いで、は あやま てんゅう ねこぜ 黒いの・白いの・黄色いの しお 773