〈生きていてくれたのね。たすかったのね〉 というつもりだったのにと思った。自分の今のことばが、心の底から、自然に深い息のようにこ みあげてきた時の感動を、もう一度捕え直し、確かめようとしたがだめだった。安澄は目の前に、 白光がきらめき、無数の鳩が羽ばたき、飛びたつような幻影を見て、研一の顔に思わずもう一度顔 を伏せた。 「心配したんたね。悪かったね」・ 研一が、安澄の髪のほっれ毛をかきあげながらいった。 「二時間ぐらいたつのかい ? 」 「手術が終わってどれくらい眠ったの ? 」 「まあ、何もわかっていないのね。もう、今は次の朝ですよ。あなたは、ずっと、眠り通しよ。今、 はじめて正気づいたのよ」 研一が笑おうとして、痛みが全身にこたえ、顔をしかめた。 「どうしたの ? 大丈夫 ? 」 「笑うと痛いんだね。何も覚えていないんだ。たた、手術をする前、はっきり、手術されるんだな と気づいた」 「あんまり喋らないで : : : 出来るだけ、目をつぶって、休んでた方がいいのよ。看護婦さんにそう いわれてるの」
が難儀してますわ」 「ご苦労さまのことね」 安澄はため息をついた。研一の病気さえなければ、とるものもとりあえす、とにかく京都へ見舞 ってやるべきだと思う。 「今、政之さんはどうしてらっしやるんですか ? 」 「へえ、若奥さんがお子たちつれて銀閣寺へ移らはって、若旦那はご本宅でひとりでいやはります。 もっと 尤もほとんど毎晩、私がお伴して気分をまぎらしてはおられますけど」 「前田さんの所へも行かないの ? 」 いいのがれ出来しまへん。実はそれで、今度私 「減相もない。今、そんなことしやはったら、もう が上京しましたのも、前田に事情説明して、因果ふくめようかというわけで」 「政之さんの指示ですか ? 」 「いや、これは私の一存です。若旦那は意地もあって、まさか、今、そうは・ 「で、しようよね」 安澄はまた、ため息をついた。 雪「全然、前田さんは気づいていないんですか ? 」 「さあ、どうでつしやろ。賢い娘ですさかい、勘づいてるんとちがいますやろか。尤も、必要なも のは、私の方からきちんと送ってはいますけど : : : 何しろ、若旦那がびたっと上京しやはらんよう になりましたさかい」 ノ 73
三十の時には想像も出来なかった五十のあたし、六十のあたしの顔がありありとのそいてくる。そ んなあたしが、若いあなたを愛して、喜びに酔うよりも、あなたの目が鏡のように正確にあたしの 老いを映す日の恥ずかしさ、怖さにおびえるのは当然じゃないかしら。卑屈といわれても、馬鹿だ といわれても、その怖さはあたしから四六時中消えてはくれない。時々、どう防ぎようもないあた しの老いをあなたの目にさらしたくないために、あなたの想い出の中にせめて今のあたしを閉じこ しいえ、あなたの方か めてしまいたくて、あなたと別れるか、死んでしまうかしたくなるんです。 ら捨ててくれても、今から十年も先にそうされるより、今、あなたが愛してくれた時のあたしの姿 かたちのこの今、捨ててほしいとさえ思うのよ」 ふと気づくと、研一はかすかないびきを洩らしていた。 安澄は聞きちがいかと思って、息をつめ、研一の顔をうかがった 研一の顔はさっきより赤く上気し、片方の耳を枕に押しあて唇は痛そうに見えるほど乾ききって いるのを薄くあけていた。 蒲団の外に投げ出された片手をとると、指先まで熱かった。注射で押えていた熱がまた出る時間 なのだろう。眠気は薬のせいにちがいなかった。安澄はさっきからの自分の真剣な訴えを、研一が どこまで聞いていたかわからないと思うと、自嘲がわいた。同時にほっとした想いもあった。 研一の枕元にある医者の薬は、六時間毎に服用することになっている。、安澄がさっきのませたそ のカプセルに入った薬を次にのむまでには、五時間ある。その間に、一度青山の家に帰っておく必 要があった。 ノ 66
フロントから電話がかかったのは、もう十二時を廻っていた。 「もし、もし : : : 」 「ああ、英子さん ? 今着いたの ? 」 「ええ、いらっしやるなんて知らなかったものですから」 「大変ね、弟さん ! 大丈夫 ? 」 「今、病院からの帰りなんですけど」 「とにかく、いらっしゃいよ。お部屋へ荷物だけ置いて」 「ええ、じゃ、後ほど」 入ってきた英子を見た時、耀子は、気の毒で、胸がつまった。身だしなみのいい英子が、髪も乱 れ、化粧は泣いたとみえ、すっかり落ちたままで、見るかげもなくなっている。 弟が死んだのかと思って、耀子は英子のことばを待った。 英子はさっき、政之が坐っていた椅子に、それと知らずに腰をおろした。 おお 今までこらえていたものをふきださせるように背を折って両手で顔を掩った。 うま しばらく泣くのをそのままにさせておいて、この頃ようやく美味さのわかってきた煙草を喫った。 「弟がどうにか命は助かったんですけれど : : : まだ : しいわけするようにいう。 英子は泣きやむと、 「大変ねえ。病院はどこ ? 」 「事故の現場の近所なんです。私がいったことはわかってるようなんですけど、まだよく話も出来 8
断 をしたが、ロもとがどうしても締まらず、とうとう大きく笑いだしてしま 0 た。研一の不慮の災難 をむ配している最中、笑いだすという不謹慎に戸惑いながら、やはり、にやにやしている政之の日 と、目があうと、優子の笑いはいっそうおなかの奥からこみあげてくる。 「臨時休戦にしまひょ。ほんまに臨時ど 0 せ。乃利ちゃんが証人や。今は突発的非常事態やさか 「そんな証人ごめんこうむるわ。どうせ、こういうことだと思ってたのよ」 乃利子はほ 0 として、もう、この夫婦は別れ話をまたうやむやに流してしまうだろうと見くびつ 「とにかく、冗談い 0 てる時やない。研さんには女房がいないから、こんな際、何かと不便だよ。 いっ来たの ? これからどうする ? 」 それはそれとして乃利ちゃんよ、 政之は事務的にたたみこんで訊いてくる。 「た 0 た今よ。でも、あたしも、すぐ帰ります。それにしても、耀子ちゃんに知らせてやらなけれ 「うん、留守番の女が、安澄さんの伝言として、耀子ちゃんに知らせてくれということだ 0 たよ。 連絡つく 「それがね、今、電話したら、どこへいってるか、わからないところなのよ」 優子は答えながら、立って、もう次の部屋で身支度をはじめている。 「どこへいくの、お姉さん ? 」 し」
すると、今の幸福さに、改めて、目がくらみそうな気分を味わった。 研一のやさしさ、研一の頼もしさ、研一の誠実さ。今、そのどれひとつも疑うことのない有難さ が、かえ 0 て空恐ろしか 0 た。満つるものは欠ける。どうしようもない宇宙の法則だと、安澄は吐 息をつく。 今、この思いがけない研一との愛の幸福の最中に、身をひいておくことが、これほどの幸福を全 うさす唯一の方法と思えてくる。 もうとうから、そう自分の心には唐 0 ているくせに、身のひき方が思いもっかないし、いざとな ると、到底その勇気はなさそうに思えるのは、まだ、安澄自身、研一との愛に溺れき 0 ているせい なのだと、自分でもわかっていた。 研一は、この身の上相談の女の情人のような、むごい仕打ちには決して出ないだろう。けれども、 研一の心に、新しい恋が生まれないとは誰が保証出来よう。自分のことをふりかえ 0 てみたところ で、研一とこんな仲になり、これほどの情熱を燃やす日が来るなど、かって考えてみたことがある 。こ「つ、つ・、刀 恋は、いつでも、いきなり、何の予告もなしにふりかかってくる。 娘の頃愛誦したリルケの詩をこの頃ほど思い出すことはない。 愛はどのようにお前に訪れたか 日の照るように花吹雪のように 祈りのようにそれは訪れたのか話してごらん
ろう。肩のあたりと、首筋に、色町の女にしかない色気がこの年になってもほのかに匂っている。 「へえ、とんとしらしまへなんだ」 「ほら、今、嬢ちゃんの手ひいて焼香してはるお人、あのお方だけどすわ。東京へお嫁にいてはる んどっせ」 「ほなら、今の長男さんは外腹たっか ? 」 「そういうことたす」 「今の奥さんも ? 」 「いや、ちがいます。あの奥さんと、そのお姉さん、あの、すっきりした東京の奥さんは、今日の 仏さんの姉さんのお子たちどす」 「ああ、思い出した。お登波さんいうて、えろう発展家のお嬢さんがいやはりましたなあ。ほなら、 あのお二人は、あの絵かきさんの ? 」 「そうどす」 ふたりは目を見合わせてうなずきあった。 弔問客の目にも、三人の喪服の女たちは目にしみるように美しかった。喪服が一番似合うのは、 何といっても年のせいで、安澄だった。日頃の地味な縞や、斬新な自分の染めの着物を身につけて いる時よりも、安澄の静かな表面に包みこんだ、内部のさまざまな心の屈折や、押えこんである炎 の赤さが、黒一色の着物の中から、ちろちろ燃えだすようで、不思議ななまめかしさが真珠色の靄 になって安澄を包みこんでいるように見える。 てえ ざんしん もや
、乃 小利 か利 子 校 の 、長 い当 四 、生 、本 、旅 五 年 . 生 に も な 了 . れ ば 、考 も う は 自 た利 の の 中 、考 不必 密残 の 部 屋 を つ て て 母 親 子 自 身 も 母 の 死 な と・ 夢 に も え て い な か っ か ら ツじ、 い す と が 多 た 考 て み 卓 の と な ら 気 う 田 て い た の ナど ろ う と 乃 子 0 よ え た さ ん に し、 し ン ド ノ、 ッ グ か 財 も 買 っ て て あ げ る つ も り た っ た ク ) も 少 し て く れ る と ・つ て た 力、 ら 何 も し て あ げ ら れ な か 今 度 で お か あ と い っ て る ク ) ばど 力、 で 低 い 尸 カ : た た が 罰ち た の 頃 の と を 思 っ た 胸 、を・ 針 で っ れ る よ う な 痛 が 乃 利 子 は 卓 の 胸 の 中 で ロ も た 卓 何 か 話 を し よ と 的 な 気 持 カ : ま る で な く な て ん と あ な た カ : 忙 し か ・つ た か ら ー 1 そ ん な と も 聞 し て い オよ い ね あ な た の 今 度 の 行 の と は し ら て お た の よ と て も ん で た の よ ぼ く も お か あ さ ん を と て も 好 き だ っ た よ そ れ に 敬 し て た お あ さ ん は ほ ん と う に あ な た を 好 き だ た わ 乃 子 は 子 供 の よ う に 卓 の 胸 に 濡 れ た 顔 を 押 し あ て な が ら や く た 卓 の 声 は あ く ま で や し か た る の が 辛 し、 か ら い ・つ そ 今 し て お た が し、 よ 58
ない。大が一匹、砂場の中で、しきりに何かを足で掘っている。 風がおこったのか、どこからか紙ぎれや木の葉が飛ばされて、くるくる舞いながら、公園を横切 っていく。 公園の脇に立っている公衆電話のポックスの中で、乃利子はそんな風景を見ながら、受話器の中 に聞こえてくる家の気配に耳を澄まそうと身構えていた。あわてて、出がけに留守を頼んできた近 所の年寄りの声が聞こえるものと思ったのに、いきなり受話器の中に流れてきたのは卓の声だった。 「もしもし、あ、乃利子か」 「あら、帰ってらしたの ? 今日はおそいといってたでしよ」 「うん、招待が明日にのびたんだ。今、どこにいるの ? 」 え、今はもう 「すみません、ちょっと、急な取材で遠くへいってしまって。ええ、赤羽なの。 新宿よ。はい、すぐ帰ります。ちょっと心配になったから電話したんです」 乃利子は卓にほとんど喋らせないで、ひとりまくしたて、受話器を置いた。冷汗が腋の下と乳房 の渓に冷たく滲んでいた。 倒れそうな驅を公衆電話のポックスの壁にもたせかけた。町公園にはやはりつむし風が舞い、寝 ている男の顔からも新聞紙を払い飛ばしていた。 若い女に窓を叩かれて、乃利子はあわてて外へ出た。 卓は何ひとっ疑っていなかった。自分の今の、浮き浮きした華やかな声が、耳によみがえってく る。いつもの、高飛車な、華やかな声の調子は、強められてこそいたが、一向に曇らされも弱まり たに
風もないのに 人 て ー 1 ・一 1 ー 1 ー 1 い教 へ 野 む優 お 里予 いそ ん 野 へ も れ ぇ イ本 け 子 ん ロ ん う ん ん 力、 ち を ぇ ロ つ な あ そ 受 か は な て は は 0 よ の て く う 冗 い 、真 さ ほ 服 う 取 ん と 茶 談 げ 、れ ち ま 音 な ん で い ノーン、 の 、碗 桑 と う た み ま た を ら ん い か ま て 村 よ 人 お を カ : ち の た で で の りカ : 暉 の う っ 両ょ い ま寺 た 服 か 頂 0 よ で し の み 身 掌宅い 店 な 。野 む戴 す し 冫こ た い ・つ 代 も 養 や で ま ロ ま は い 今 ん っす の で た い つ 急 今 儿夜 方 で に て は し 、つ 来 も ん 本 談 に た 傾 た 気 も 茶 突 押 も し て さ す く う 碗 ほ 然 ま や か で し か ろ ら ま す ど よ ち を の 県 政 す わ ほ な あ う を 野 ど 人 わ 之 と な が ず が ん ち ロ に の 原頁ノ 急膝 死 今 は と た ん に の は 、店 ん 度 だ い 死 ん か に お う は ぎ の 仕 優 ち 自 イ三 . ま ど っ た る の 事 子 根 ど 分 せ と と し の、 ん ノ、 の し、 見 れ 定 の ロ 冫こ . 調 や り た た て つ て て 人 に 答 ろ て つ し、 す け え て で る く と 店 い つ く は て も に 、つ る と な け は 気き 野 ど 魄 ロ ほ は ん ん は手 は しり 111