好き - みる会図書館


検索対象: 妻と女の間〈下〉
72件見つかりました。

1. 妻と女の間〈下〉

ほんとに今夜、ご飯にでも私から誘えばよかったわ、お礼に。 0 、 トの地下食料品売場で、乃利子は予定の買物をした。ジンギスカンのすきな卓のために、 マトンを買い、これも卓の好物のビーナツのはかり売りを買った。マトンやはかり売り。ヒーナツは、 近所のマーケットで買うより、デ。ハート の・万、が . ロ明、刀しし 、し、安いのだった。 葉子の好きなキャンデーも、はかり売りの特安というのを買った。自分の好きな松の実を一袋と なつめ一袋もついでに買った。家の中で、乃利子の好きなものが一番高くついた。 エスカレーターで上りながら、ふと、電気スタンドの笠をいつも気にしながら、買い忘れること を思い出した。 もう、袋いつばいの買物は腕に重いけれど、思い出した時、買っておかないとまた忘れてしまい そうだった。 電気の笠というのは、軽いわりこ、 冫かさばるので、ついつい後まわしにしたくなる。 しかし、これもまた近所の電気器具屋には通り一ペんのものしかなく、デザインや色をとっくり 選べるのはデパート が一番買いやすいように思う。 乃利子は思いきって、エスカレーターを乗りついで五階の家庭用品売場へ上っていった。 他の物には一切わき見をしないことと、自分にいましめて、一直線に電気用品売場へすすむ。こ の階へ来ると、つい、風呂場用品とか、台所用品に目がはしって、どうでもいい物を買ってしまい 一カ月の予算をけろりと超過してしまうのだった。 2

2. 妻と女の間〈下〉

「ええ、何や、あの人、女優になるとかならんとかいうてはるけど、やつばり、女優さんには向か んのとちがいますか」 「ええ、好きなことは好きなんだけど、ああいう所へ出ると、やつばり内弁慶たから、なかなかう まくやれないのね」 「お嬢さんやもの。それにてんで子供のところあるし」 「そうみたいね。も少し、自分でもしつかりしてるつもりらしかったけど」 「それで、もういっそ、しつかりした男はんに預けてしまいはったらどうやろ」 「結婚もね : ・ : 何だか、頼りなくて」 「根が素直な子やから、自分で好きな男はんが出来れば、あれで結構いい奥さんになるのんとちが いますやろか」 「でも、あの子にそんなつもりが・ 「ないことおへんえ」 優子は安澄の顔色を見ながら意味ありげに笑った。 「そうかしら。それならいいんだけれど、また子供つぼくて」 「親の目からは、いつまでたってもそうなんとちがうかしらん。でも、たって、耀子ちゃんをと望 まはるお人がいたら、思いきって嫁っておしまいになりますか ? 」 「その人は、どういう人なの ? 」 「お姉さんと同じ商売のお人や」 や

3. 妻と女の間〈下〉

三谷を送りだしてしまってから、乃利子は窓ぎわへより、三谷の後ろ姿を見送った。こうして、 三谷の去っていく背を見送るのは二度めだと気づいた。 この前はたしか三谷の後ろ姿が猫背にうつむきこみ、だるそうに歩いていく姿を痛ましいと思 0 た。三谷の噂を聞いて間のない頃たった。 今日の三谷は、真っ直ぐ背筋をのばし、大股に、足早に去っていく。 いかにも忙しい仕事をかか えた活動的な男のようにそっけなく見えた。 たった今、アパート の一室で、夫の留守のすきに、人妻の唇を盗んで去る男のようには思えない。 好きだったんです : ・・逢った時から・ 三谷の声が耳の奥に囁きかえしてくる。 気がつくと、咽喉が乾きあが 0 ていた。乃利子は台所〈行き、たてつづけに 0 ツ。フから水を二杯 のみほした。 冷蔵庫の上に置いたままの郵便物を無意識に手にとり、食卓の椅子に腰をおろして、初めてそれ を目にいれた。いつもそうするように、まず最初に卓からの航空便を選りぬいた。 きわだ 卓の字は達筆で、毛筆を使うと、また一段と字の見事さが際立 0 てくる。外貌のおだやかさや、 平凡さに似合わず、卓の字はあふれるような精気をたたえた男らしい濶達さに満ちていた。ペ 字もこせこせしないで気持がよかった。 薄いレターベー , ーに、びっしり書きこまれた字は躍りかかるように乃利子の目に飛びこんでく おど

4. 妻と女の間〈下〉

流 耀子はコーヒーのスプーンで鼻の頭を叩きながら、目はうっとりとあらぬ方を見つめている。 ふたりの間に運ばれてきたケーキを英子はいつのまにかフォークで粉々につき崩していた。 耀子がいっ逢っても、英子を政之の二号という扱いをしないで、自分の友だちとして扱ってくれ るのが英子には嬉しかった。耀子の前に出ると、日頃、ふりかえるまいとしている自分の立場も心 から忘れていられた。 「好きな人は好いてくれないし、何とも思っていない人から猛烈に好かれちゃって : : : 人間って料 , ) よ ) っこ 冫い力ないわね」 耀子はため息をついてみせる。 「好きな人は、耀子さんの気持を知ってるの ? 」 「ううん、たぶん、知らないのね。彼は恋人がいるのよ」 「戦えばいいじゃないの」 英子の語気は煽動的になる。 「それがねえ」 耀子はスプーンで、今度はおでこを。ほんぼん叩き、目を大きくまたたかせて英子を見つめた。 「ねえ、英子さん、うちの母どう思って ? 」 「どうって ? 」 「魅力ある ? 」 「ええ、すてきな方ですわ。女でも惚れ惚れするわ」 215

5. 妻と女の間〈下〉

こっちょ。ずいぶんわがままして、ひどいことしてごめんなさい」 「耀子ちゃん」 安澄はもう、なりふりかまわない泣き方をしてしまう。耀子は、そんな母の泣き方を見つめなが ら、改めて母の若さを見直したように思った。考えてみると、母がこんなに取り乱して泣くのをこ れまで一度も見たことがなかったのに気づいた。いつでも安澄は誰に対しても機嫌よくおだやかな 表情しか見せなかった。そうしつづけるためには、あのおだやかな表情の下にどれだけたくさんの 涙をのみ下してきたことだろうかと、耀子ははじめて思いやった。 しいの。すっかり終わったのよ。それは信 「今でもそりや、研一さんは好きよ。でも本当に、もう、 じて」 耀子は母を励ますようにいナ 「どんな形でもいいわ、好きなようにしてふたりが、結ばれてくれる方が、安心だわ」 「あたしも、そのうちたぶん結婚するでしようし」 安澄ははっとしたように、涙に濡れたままの顔をあげた。 「あなた、まさか、その方が、あたしが安心するとでも思って、結婚を急ぐっもりじゃないでしょ うね。優子さんから、京都の人の話聞いたけれど、よく考えてからのことなんでしようね」 「あたしたちの世代は、おかあさんの時代みたいにウェットじゃないのよ。自分で厭なことは何も

6. 妻と女の間〈下〉

祈 願 そうよ・ 優子のとぎれとぎれのことばが耳によみがえってくる。 研一さん ! 死なないでー 耀子は座席の膝の上に掌をきつく握りしめた。母が研一につきそっているだろうと思ったが、い つものように嫌悪感がわかない 。この場合、誰でも、研一を看とってくれる人に感謝したい気持だ けが強かった。 あんなに憎んでいたつもりなのに、研一の死生に関する危機を知らされると、ひたすら無事しか 祈れない自分に耀子はようやく気づいてきた。考えてみれば、家を飛びだして以来も、研一を心か ら憎んだことがあっただろうか。憎しみや恨みの矛先はすべて母に向けられていたのではなかった のか。もしかしたら、京都にいる間じゅう、研一が迎えに来て、叱りつけ、東京へ連れ帰ってくれ る日を、まだひそかに期待しつづけていたのではなかったか。 研一さんがそんなにかあさんを好きなら、いっしょに暮らしたっていいわ。それで心が安ら ぐなら、そうすべきなのよ。あなたを好きだったら、あなたが幸福になれるのを喜ばないわけはな いわ。死んじゃうなら、せめて、三日でも、一日でも、かあさんといっしょに暮らしたらいいのよ。 元気になってそうすればいいのよ。 耀子は自分が心につぶやいている声に耳をすました。思いがけない声に、自分自身で愕かされる。 そう自分の口から研一に告げるまで、せめて、研一の命が何かに守られていますように。 今日ほど、列車が遅いと感じたことはなかった。Ⅱ 歹車の外はいつのまにか雨になっているらしい。

7. 妻と女の間〈下〉

赤い絅笠 らと、ひつばって来られたのたった。 「四、五日、好きなように遊んでいなよ。退屈した頃、相手してあげるから」 優子には逢いたくないという耀子を政之はホテルに入れた。その方が、自分の英子の件のばれる ことを未然に防ぐことにもなって好都合だと考えているらしいのが、耀子にはおかしかった。 耀子は優子がとりわけ嫌いというわけでもない。少々、うるさいところもあるけれど、結局は人 のいい優子は、文句をひとつつけながらも、耀子の好きなようにしてくれるし、いざとなると、気 前よく物を買ってくれる時などは、母などよりはるかに金放れがいいと耀子はみていた。 もし、優子が、あの家を継がず、あれだけの美貌をいかして、ひとりで世の中に出ていっていれ ば、どんなちがった運命がひらけていたかもしれない。そう思うと、あんな不実な夫を頼りにして 度々泣かされながら、結局は心の中で夫の実力や才能を世間には自慢に思って、従っている優子が 可哀そうに思えてくる。 もし、優子が母と研一の秘密を知った時、どんな反応を示すだろうか。 耀子は、そこまで考えて、まだ、母と研一に逢う心の用意が出来ていない自分をふりかえった。 二人の秘密を知ってから、もう日もずいぶんすぎているのに、また耀子はそのことを思うと、内 臓に、かっと火がついたような気持におそわれる。 明日は友四郎に逢うつもりだったのに、こんなことになってしまった。 今日は名古屋に出かけている友四郎が明日は午前中に帰洛して、二人で神戸へ遊びにゆく予定が 立っていたのだった。

8. 妻と女の間〈下〉

草 安澄の顔がさっと染まった。それでもまだことばで、 「何のこと ? 」 と訊きかえした。 「おふたりのこと、彼から、聞いちゃった」 「ばかな人ね。どうしたっていうのかしら」 安澄の、湯呑みを持つ手がかすかにわなないている。 「怒らないでよ。思いあまってなのよ、あれで」 安澄はもう覚悟したという表情で、悪びれはしなかったが、やはり、浮き立っ表情にはならない。 「恥ずかしいわ」 本気でそれをい 「どうして ? それじゃ、研さんが可哀そうよ。そんなこといっちゃあんまりよ。誰に恥ずかしが ることがあるのよ。二人とも独り者ですもの、誰にも遠慮いらないじゃない」 「乃利ちゃんだから、いえるけど、耀子が研一さんをほんとに好きなのよ。あたしはそれを知って 「だって仕方がないわ、そんなこと。耀子ちゃんはまだ若いんだもの、未来にいくらだって、可能 性があるしゃないの。そういっちゃあれだけど、お姉さまの場合は 「最後の恋だっていうんでしょ ? あたしも、そう思うの。でもね、だから迷うのよ。今になって しいって気持には : : : そりや、瞬間瞬間 も、まだあたし、心から、何もかも忘れて、どうなっても、 ひと

9. 妻と女の間〈下〉

陽の道 「何を見てるの ? 」 研一が背後に来て安澄の胴に手を廻した。 「雀よ、あんなにたくさん」 安澄はさりげなくいって、 「散歩にいってみましようか」 と話題をそらす。あんな若々しい結婚の朝を研一にも味わわせてやりたいと思う。 「散歩はあとで、その前に」 研一は、軽く安澄の驅を両腕にすくいあげると、足で縁側の障子を閉めた。こわれたものを置く ように、安澄を寝床に置いて、じっとその上から覗きこんだ。 まぶしい目をして、安澄は顔を横にそらせた。 「いやよ、見ないで」 まだ洗ってもいない寝起きの醜い顔を、研一の目にさらすのは耐えがたかった。 「きれいたよ」 研一が囁いた。 「化粧をしていない時の顔も好きだよ。かえって、子供つ。ほくなるんだ」 「いやよ」 両手を顔にあてようとすると、研一がその手を一度にとりおさえて、安澄の上にまたがった。 「真っ直ぐ、ぼくの目を見てごらん」

10. 妻と女の間〈下〉

「まさか」 「いや、ほんとの話」 「あなた、経験があるの ? 」 「友だちの話っていったでしよ」 みち 車は林の中の径からそれて雑草の中にとめられた。雑木林の奥は、乃利子の名も知らない灌木や 雑草が生い茂り、カーテンのように車をとり囲んでしまった。 「どうしたの ? 」 乃利子は、鈴木まかせの運転に安心しきっていたので、急にある空気を感じて、身を固くした。 「ねえ、 しいたろう ? 」 鈴木は、ハンドルからはなした腕を乃利子の肩に廻して、顔を近づけてきた。 「いやよ。何するのよ」 「軽くつきあってよ。 しゃなしか。前よりもっと乃利を好きなんたよ。ほんとはおれ、乃利と 結婚するつもりたったんだ」 「冗談はよしてよ」 乃利子は、鈴木の手を払ったつもりだったが、近づいた唇を首筋に押しあてられてしまっていた。 同時に、男の片腕はしつかりと乃利子の胴を巻いていた。 「後くされないように遊・ほうよ。ふたりだけの秘密にすればいいんた」 「まちがわないでよ」