声 - みる会図書館


検索対象: 疵を継ぐ者 前編
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1. 疵を継ぐ者 前編

「でも今日、〈真空管〉で会うぜ。学校帰りに来るって言ってたから」 「あいつ、今日学校来てないってよ , 携帯を離して、市井が京也の言葉を伝える。 フェンウェイはパンツのポケットから携帯を取り出し、電話をかけはじめた。しばらく耳を あてていたが一度電話を切り、またかけ直した。だが、結局何も喋らずに電話を切り、ゆっく り顔を上げた。 「つながらない。家にもいない 京也にその事を伝え、市井は電話を切った。 「まあ、待ってりやそのうち〈真空管〉に来るだろ」 かす うなず 微かな不安を覚えたフェンウェイだったが、楽観的な市井の意見に頷き、ストウールに腰を 下ろした。 だが、その日彼らの前に流が姿を見せることはなかった。 「木佐、そろそろ出かける時間だ」 ドアの隙間から島が声をかけた。 しま

2. 疵を継ぐ者 前編

たしかなのだ。 「だけどお前の余計なリアクションが火に油、そそいだんだぞ」 全面的にではないだろうが、京也の余計な「単細胞」発言とリアクションが比嘉の怒りをか いったんにな った一端を担ったのは間違いない。 「いやいや、君は僕が唯一親友に値すると認めた人間なんだ。それくらいの事、乗り越えてく れるぐらいでないと困るな」 「 : : : やつばりお前、日本語通しない : そっう 京也と意思の疎通をはかる努力を放棄して、流は頭をぐったりとソファーシートに乗せた 「流」 フェンウェイの声に、流は頭の角度を変えた。 のぞ ソファーに座っていたはずのフェンウェイが立っていた。そのうしろから長い黒髪が覗い メイチー 前 「梅姿 ? 」 者 フェンウェイの陰から梅姿があらわれた。 を「まだ帰ってなかったのか」 「遅いから帰れつつったんだけど、流と話したいって待ってたんだ。ほら、梅姿、 フェンウェイに背を押され、流の前に立たされた。

3. 疵を継ぐ者 前編

りレっ′」く 「あ、兄貴 ! あの。両国さんがお見えんなったんすけど : ・ ノックもそこそこに、転がるような勢いで組員が飛び込んできた。 予定外の、それも予想もしない人物の名に、木佐は話し中だった電話を切り上げ、立ち上が つ」 0 「ちょっ、ちょっとお待ちを」「両国さん ! 困りますよー ゅうゆう 廊下から複数の足音と押し止める組員達の声が聞こえる。それとは別に悠々と床を踏みしめ 編る足音。 前 ドアがしなる勢いで開き、足音の主が姿を見せた。がっしりした長身の男はドアの縁に片手 わず かが のぞ 者 をかけ僅かに上半身を屈め、室内を覗き込んだ。 を「おい、木佐。こいつらぎゃあぎゃあうるさくてたまらん。なんとかしてくれんか」 両国は自分のまわりにまとわりつく組員らを見下ろし、うるさそうに言った。 「下がってろ」 ろうか 八鬼火 ふち

4. 疵を継ぐ者 前編

かかった髪が流れてい 花の香りに包まれ、流はそっと目を閉じた。 不安はやがてゆっくりと夜の闇に溶けていった。 本棚の上の時計が五回ベルを鳴らした。 ベルの音に、教科書をばらばらとめくっていた梅姿が顔を上げた。広げていた本やノート を片付け、帽子をかぶる。 部屋を出て、階段を駆け降りる。鉄製の階段はカンカンと威勢いい音をたてた。 「梅姿ー 走りだそうとした梅姿を呼び止める声がした。フェンウェイだった。 「フェンウェイ」 久しぶりにフェンウェイの姿を見て、梅姿の顔は輝く。いつもは顔もみせに来ないのに。 「どうしたノ。梅姿に会いに来たノ ? 「あー、いや。これから流と会う約束してるんだ。まだ時間あるから、お前どうしてるかなっ て思って。最近、夜遅くまで帰ってこないって、母さん心配してたぞ」 メイチ 1

5. 疵を継ぐ者 前編

172 崩れ落ちた。 「比嘉あリ」 ようしゃ 「俺はガキだろうと容赦しねえ。一一度はないぞ。フェンウェイ、そいつをやれ」 ぎりぎりと、音がするほど歯ぎしりし、フェンウェイは比嘉の投げたナイフを拾った。 なじ 自分のものではない、持ち慣れないナイフは手に馴染まない。だが、フェンウェイは刃を起 こし、ジュラルミンの柄を握った。 しく。同し光の輪の中には 投光機の光を映すナイフに落としていた視線をゆっくりと上げて ) 流が立っている。 「お前・ : 俺を売ったのか : ・ 流の声はかすれていた。梅姿を人質にとられていたのは比嘉のロぶりからわかったが、それ でも流にはショックだったのだろう。青ざめた顔色は、なにもかもを真っ白に照らしだす照明 の中でもわかった。 「仕方なかったんだ : : : 」 「しゃあ、それも仕方ないって一一一一口うのかよ」 流が顎をしやくる。フェンウェイはもう一度、手の中のナイフを見、それから相棒の顔を見 暗闇を丸く切り取る光の中で流もフェンウェイを見つめ返す。後ろ手でポケットのナイフを た。

6. 疵を継ぐ者 前編

142 うらしんじゅく 久しぶりの〈裏新宿〉だった。 厳密に一言えば、〈裏新宿〉を離れていたのは数日の事でしかなかったが、気持ち的には一年 にも相当する気がした。 しんくうかん 〈真空管〉の開け放ったドアからドンドンと音楽の低音部が響いている。階段の途中でフロア いちい を見下ろすとフェンウェイと市井の姿が見えた。 「フェンヴェイ ! 市井ー ながれ 大声で呼んだが、鳴り響く音楽に二人は気づかない。流は二人の背後から肩に腕をまわし 「流 ! 、「まだ準備中だろ。こんなに音楽かけてていいのかよ、 のんき えり 呑気なセリフが終わらないうちに、フェンウェイが流の襟を締め上げる。 「お前、ここんとこどこ行ってたんだよっ ! ケ 1 タイ鳴らしても出やしないしー 会わなくとも必す連絡は取り合って声を聞いていた。それが〈裏新宿〉で相手の無事を確認 する一一人の方法だったのだ。 げんみつ

7. 疵を継ぐ者 前編

130 声が聞こえる。何度か来ているが、このドアを開ける時は緊張する。梅姿は大きく息を吸って ノブを回した。 開けた途端、それまで聞こえていた話し声が止んだ。 ク 1 ニャン 「おう、来たな。こっち来いよ、枯娘」 びがえいせい 狭い店内で四、五人がカウンターを囲んでいた。輪の中心は比嘉英青だった。 「どうした。ガッコ始まったか ? 「うん」 「友達できたか ? 」 言いながら比嘉が手近のイスを引き寄せた。梅姿はそこに座り、首をふった。 「あんまり。ガッコウ面白くないし : : : 」 「それだけ日本語ができりゃあガッコなんか行く必要ないだろう。どこで覚えたんだ ? 」 「自分で。アメリカいた時に自分で本読んで、ケープルテレビ見て勉強シタ」 「へえつ、すげえなあ。俺なんか金もらっても勉強なんかしたかねえけどな。えらいな、枯 娘ー 頭をばんばんと叩き、比嘉が笑った。 「ほら、これ飲めよ。」 仲間の一人がカウンター内でなにやらソーダのようなものを作って出してくれた。青いソー

8. 疵を継ぐ者 前編

く、つきょ 空虚だった。 何を見ても、何を聞いても、胸に迫るものは何一つない。何も響いてはこない。 ざっとう 雑踏に身を置きながら孤独を感していた。 ながれ 流は自分を追い越していくサラリーマンを学生を、通り過ぎる女を男を見た。いつもと変わ らす、いつもと同し顔をしている。 なぜ世界はいつも通りなんだろう。 前 自分だけが世界に取り残されている気がした。人波に体をまかせていても孤独だった。 亠名こくち 告知を聞いて、一晩中泣いた。声を上げて泣いた。そうして涙が涸れても起き上がる気力は いえい をなく、倒れ込んだ恰好でしっとしていた。暗闇の中の母と兄の遺影がやがて朝日にばんやりと ようよ 見えはしめた時、流は漸う体を起こした。誰もいないただ広いだけの屋敷にいたくはなかっ とどろ 長きに渡ってその名を轟かせた四堂組の『一枚岩の団結』はここに至ってついに真っ二つに 割れたのだった。

9. 疵を継ぐ者 前編

いる。他の墓と比べてみてもかなり立派な造りで手入れも行き届いていた。 たむ ひしやく 木佐は東から花を受取り、花差しに飾り、杓で墓に水をかけた。横から日比野が線香を手向 がっしようめいもく 日比野は墓前でしやがみこみ、、合掌暝目した。 かす 真っ直ぐに立ちのばる煙は微かに吹く風にたなびいて消えた。 「 : ・・ : 日比野さん」 日比野が両手を離した時、木佐が声をかけた。 「また話してない事があるんですー もったい らしくない勿体ぶった言い方に日比野は顔を上げた。 : ・なんだ ? だが、後ろからは返事がない。振り向くと木佐の目は日比野を通り越し、墓に向いていた。 その翳りを帯びた表情が、日比野のなかの不安をかき立てた。 「その墓に : : : 」 木佐の目は墓から離れすにいる。視線をたどり、日比野も墓を見た。 「晃様が眠っていますー きようちゅう ざわりと、胸中が波立った。 亠め医らさまが ねむっています。 あきら

10. 疵を継ぐ者 前編

えた。 「あ、あんだあ ! お前、こんガキの知り合いかあ卩 酔っぱらいの胸ぐらに腕が伸びた。 一一一一口うや、プラチナの髪の男は膝をはね上げた。膝蹴りは的確に男の下腹部に突き刺さった。 ほおふく うめ 男はうっと呻きよろめいた。酔いで赤らんでいた顔色は蒼白に変わり、頬が膨らんだ。 「ぶふつ ! 」 と一しゃぶつ 堪えきれずロと鼻から胃の中のものがまき散らされた。ねばついた吐瀉物で男の腹から足元 までがまみれた。 「きったねえなあ。ああ、でもシミもわかんなくなっちまったから丁度よかったな」 吐瀉物の匂いに顔をしかめ、男が言った。一部始終を見物していた野次馬達はあっけにとら れ、周囲はしんと静まり返った。 編 前「来いよ」 堵男は少女に声をかけた。が、少女は身動きひとっしない。 「来いよ . 疵振り向いた少女に男がにやりと笑う。少女は立ち上がろうとするが、腰がぬけていたのかよ ろける。 こら そうはく