そな 所の扉はこうした事態に備えて鉄でできている。 「撃ち込まれたのは三発。組員にケがはなかったが、若いのが息巻いてな。押さえるのに一苦 労よ , 両国の向かいに腰を下ろした木佐は眉をひそめて聞いていた。 「田島か : : : 」 「おう ( 敵さんはやる気まんまんだぜ」 「しかし、なぜあんたの所を : : : 」 「日比野が俺ん所にいるとでも思ったんだろう。まさか喫茶店経営を始めようなんざ田島は思 ってもいないだろう」 「知っていたんですか」 両国は白い歯を見せて笑い、カりがりと頭をかいた しどうわかがしら 編「まったく信じられん事態だ「四堂の若頭まで上り詰めた男が組をやめて何をはしめるかと思 前 えば喫茶店だと ? あきれるね」 いあっ 者 そう言って両国はテープルから一本ずつ足を下ろし、人を威圧できる程に幅も厚みもある体 をを則に折った。 たけ くる そうぼう 猛り狂う嵐の色を映していた。 木佐を正面にとらえ、近づいた双眸はさっきまでとは違い「 おやじ 「総長がなんて言ってるか知らんがな。ここまでばかにされて、組員は爆発寸前だ。押さえる たじま ひびの
194 べこりと一礼し下がっていった。 木佐の一言に組員達は一様におとなしくなり、 つるひとこえ 「鶴の一声だな」 両国は満足げに言って、ソファーにどっかりと座り、足をテープルに投げ出した。 「今は時期が時期ですんで組員もびりびりしてるんですよ。来る時は連絡をもらえるとうれし いんですが」 「まあ、 いしゃねえか。近くまで来たんでついでだよ。お前がいなかったらその辺のイメク ちかん ラで痴漢プレイでもして帰るつもりだった」 はず 青紫のダブルのスーツのボタンを外しながら両国は冗談めかして言った。 短く刈り込んだ髪をかきあげた左手首に金のチェーンプレスレットが光った。イタリアンメ イドの派手な柄物ネクタイに一カラットはあるダイヤのピンが刺さっている。身につけている 全てのものが自己主張しあっている。 木佐とは逆で、外見でいえばこれほどやくざらしいやくざはいなかった。 「何の用ですか ? これから出る用があるんですが」 「つれねえなあ。一一枚目が台無しだぜ。 ' いや、なにね。昨夜、うちの組事務所がカチコミされ たんだ」 こわね まるで世間話をするようなのんびりした声音だが内容は限りなく物騒だった。 カチコミーーー銃弾を撃ち込まれたのは両国の組事務所の扉だった。概してやくざの組事務 いちょう ぶっそう がい
りレっ′」く 「あ、兄貴 ! あの。両国さんがお見えんなったんすけど : ・ ノックもそこそこに、転がるような勢いで組員が飛び込んできた。 予定外の、それも予想もしない人物の名に、木佐は話し中だった電話を切り上げ、立ち上が つ」 0 「ちょっ、ちょっとお待ちを」「両国さん ! 困りますよー ゅうゆう 廊下から複数の足音と押し止める組員達の声が聞こえる。それとは別に悠々と床を踏みしめ 編る足音。 前 ドアがしなる勢いで開き、足音の主が姿を見せた。がっしりした長身の男はドアの縁に片手 わず かが のぞ 者 をかけ僅かに上半身を屈め、室内を覗き込んだ。 を「おい、木佐。こいつらぎゃあぎゃあうるさくてたまらん。なんとかしてくれんか」 両国は自分のまわりにまとわりつく組員らを見下ろし、うるさそうに言った。 「下がってろ」 ろうか 八鬼火 ふち
192 ゆいいっ 駅員が叫んだ。流は舌打ちして、まわりを見回した。ホームはどん詰まり。唯一の逃げ道、 改札からは警官が迫る。 「お前 ! 凶器を持ってるな ! 」 どな けいま 6 、つ 腰の警棒に手をあて、警官が怒鳴った。流は何も言わない。業を煮やした警官が警棒を片手 にじりしりと流に近つく ばあああああああん。 轟音が響いた。反対のホームに列車が近づいてきている。 警官が手を伸ばす直前、流は線路に飛び下りた。逆側の線路に走る。線路上の流を光が襲っ た。構内に列車が滑り込んで来た。 「わああああっー 「きゃああ いくつもの悲鳴が重なる。 間一髪、流は反対側のホームに転がり上がった。そして、わき目もふらすにホームを走り、 改札を飛び越え逃亡した。 「 : : : な、なんてガキだ : : : 」 警官はあっけにとられ、ただ呆然と階段を駆け登っていく流を見送った。 かんいつばっ ぼうぜん ごう
やってみるか ? 発車のベルが鳴った。 列車のドアが閉まりはしめる。 「うわああああ こんしん 渾身のカで流は比嘉に体当たりを食らわせた。 比嘉の体は車内に吹っ飛び、反対側のドアにぶつかり崩れ落ちた。 「てめえっリ」 一げ・つこ、つ 激昂した比嘉が一歩踏み出した瞬間、目の前でドアが閉まった。 ドアにとりつくが、遅かった。窓ガラスを割らん勢いで叩いている。 列車が動きだした。ガラスの向こう、走りだす列車の中で、比嘉は流から視線を外さない。 そうぼう 編その双眸が燃え上がっていた。 たた 轟音が遠のき、流は背中を壁に預けた。荒い息の下、ナイフの刃を畳みポケットにしまっ 者 ん、ネ / をしんと静まり返ったホームには客や駅員が流を遠巻きにしている。 さっさと退散しようと考えた時、改札から警官が二人走ってくるのが見えた。 「こっちですー
186 比嘉の手に握られたナイフが大きく弧を描いた。間一髪流は路上を転がり、難を避けた。 再度の攻撃を予想して、流はそのまま走り出した。通行人を縫い、走りながら後ろを見ると へい」、フ 比嘉が追ってくるのが見えた。比嘉の執念深さに閉ロしながら、流は前方に地下鉄の入り口を 見つけた。 考える暇もなかった。 地下への階段を駆け降り、自動改札を飛び越えた。見とがめた駅員が事務室から体を乗り出 すべこ し、なにか叫んだが、ちょうどホームへ滑り込んできた列車の音にかき消された。 まだ比嘉は来ない。もしかしたら、地下へ逃げ込んだことに気づかなかったのかもしれな たいじ だが、比嘉のかわりに駅員が二人、ホームに走り込んできた。流はホームの端で駅員に対峙 した。 「こらつ、お前なにやってんだ ! 無賃乗車は犯罪なんだぞ ! 」 むね 電車のドアが閉まる旨のアナウンスが流れた。ドアが閉まりはしめた。駅員が近づく ドアが閉まる寸前、流は列車の中に滑り込んだ。直後、列車が動きはしめた。 ドアの外で駅員達が窓ガラスを叩いて、何か言っていた。だがスピードが上がり、列車はす ぐに暗い地下道にはいっこ。 とりあえす、逃げきれたか : かんいつばっ ぬ さ
「忘れちゃいねえさ」 「それよりもー 一一人の会話に京也が口を挟んだ。 「目先の楽しみだけしゃなく、少しまわりを気にした方がいいんじゃないか比嘉くん」 人をばかにした京也の物言いは気に入らないが、比嘉はあたりの気配を探った。 「比嘉さんー 流とフェンウェイを取り囲んでいた仲間が差し迫った声を上げた。比嘉は光の輪に目をやっ たが、変わったところは見受けられなかった。 が、次の瞬間、目を見張った。 仲間の後ろに誰かいる。一人ではない。仲間一人一人の背後にナイフを突きつけている。 編自分の背後にも気配を感じ振り向く。 前 三階の闇の中から数人の少年が現れた。一一階からも少年達がこちらを睨み付けていた。 者 いつの間に忍び込んだのか、いや、忍び込んでいたのか、工事現場のあちこちから〈百鬼夜 を行〉のメンバーだろう少年達が姿を現した。人数は軽く比嘉側を超えている。 けいせいぎやくてん かしん 「形勢逆転だね。あんまり自分の力を過信していると寝首を掻かれるよ 今や、比嘉を見上げる京也の立場は、立っ位置とは逆だった
182 た。 流はなにか嫌な感しを受けた。たしか前にもこんなやつがいた。自分の後を尾けて、楽しん でいたやつが : 「どういうつもりだ、市井」 比嘉はかって〈裏新宿〉で仲間だった男を憎しみをこめて睥睨した。 「君のお楽しみの時間を奪ってしまって悪いんだが、こっちとしてはそれも楽しみでね」 ひょうひょう 市井より先に別の声が飄々と答えた。 「こ、この声は : うなず 振り向くフェンウェイに、流は大きくため息をつきながら頷いた たからきようや 声の主は十分に間をおいてから、光のステージに登場した。もちろん、それは宝京也だっ えいせい 「君が比嘉英青か。はしめまして。思った通りの人物だなあ 「んだ。てめえは」 「市井一也の従弟で、宝京也とい、プ」 「知るか」 いっしゅう 京也の自己紹介を一蹴し、比嘉は市井に視線を戻した。 「前に言ったな。昔のよしみで一度は引くが、次はないってな。よもや忘れたとは言わせね え」 いや い AJ 」
「比嘉 : : : か」 「おう、ご苦労だったな。わざわざ来てもらってよ まぶ 言いながら、投光機の向きを変え、前に進み出た。ようやく眩しさから開放され立ち上がっ た流を、一一階の足場に立っ比嘉が見下ろした。一一人の視線が真正面からぶつかった。 「フェンウェイは、ど、フした ? 」 ゆが 声を殺して聞く。比嘉はさもおかしそうに顔を歪めた。 「ばかやろう。人の心配してる場合か。てめえの方を心配した方がいいんしゃないか」 周囲の闇から人の気配がした。一人、一一人、三人 : : : 四人が用心深く流を囲んだ。 「 : : : フェンウェイはどこだ ? 弾かれたように比嘉が笑いだした。 誰がお前をここに呼び出した ? 「まだそんな事言ってやがるのか ? 編流の目が見開かれた。 前 「そいつはなんて言ってお前をここに呼んだ ? 」 者 流の顔色が変わった。 を「フェンウェイはどこだ 「吠えんな。おい、フェンウェイ出てこい」 流を取り囲む少年達の間から靴音がした。暗闇の中から足が、胸が、最後に顔が現れた。 はじ ひが
168 「フェンウェイー 今度は少し声を大きくしてみた。 がらん。 突然、マンションの方からなにかが倒れる音がした。どきんと心臓が高鳴った。建築中のマ ンションの奥は真っ暗で何も見えない。 と、強烈な光が流の両目を射った。 「うつ ! 」 まるで真昼のような光があたりを照らしだした。流の後ろに濃い影が伸びる。 そむ まぶた 瞼の裏で、ちかちかと残像が踊っている。目を開けようにも開けられない。流は顔を背け、 ふらふらと後すさり、後ろに積まれていた資材に腰をぶつけた。資材がガラガラと音をたてて 崩れ、寄り掛かっていた流もつられてその場に倒れた。 「いいかっこうだなあ。流ちゃん」 笑いを含んだ声が響きわたった。 自分を射る光に手をかざし、流は光の向こうに必死に目をこらした。光はマンションの二階 の踊り場あたりから流を照らしている。 とろら」ら′強、 少し目が慣れ、その光が投光機によるものである事がわかった。その側に人影がいくつか見 えた。 ふく