これ以上、両国の無駄話に付き合う気もなかった。 木佐はデスクの向こ、つにまわり、椅子の背にかけてあったジャケットを手にとった。 「ああ、それとな、面白い話をうちの下っぱが仕入れてきたんだ。昨日、ガキ共の大立ち回り うらしんじゅく があったらしいぜ。例の〈裏新宿〉とかのチーム争いだ」 〈裏新宿〉卩 袖に通しかけていた手を止め、木佐はソファーへ戻った。 「詳しく聞かせてくれ」 ほうなんちょう 「地下鉄の車内でタイマン張ってたそうだ。方南町あたりでもガキが何十人もなんかやらかし てたらしいが。詳しいことはわからん」 両国は興味なさそうに答えた。 それより、なぜ木佐がそんな事を気にするのかの方に少々興味をそそられた。 編両国の心中など知る由もない木佐はしばらくの間考え込んでいたが、おもむろに立ち上が 前 、部屋を横切った。 さえぎ 者 だが、ドアにたどり着く前に筋肉質の腕が行く手を遮った。 を「どけ」 よくよう 低く抑揚のない命令は、ドアをふさぐ両国の腕を下ろさせる事はできなかった。 「言っておくがな、田島ら一派は本気だ。こっちが及び腰じゃああいつらは付け上がるだろう そで
にも限度ってもんがある。それは俺自身も同しだ」 両国の背中からぎらぎらとした闘気が見えるようだった。 「これは戦争だ」 「だめだ。こっちから仕掛けるのは許さない」 顔色ひとっ変えず、木佐が答えた。 「 : : : おい、どうしちまったんだ。お前らしくもない。 ごくどう 『黒狼』と呼ばれた極道だろう」 言いながら、両国は右手をのばした。 指が木佐のシャツの左胸をとんと突いた。 「胸の狼、完成させてみちやどうだ ? 」 何気ない言葉だったが、二人の間の空気は凍りついた。 いや、そうしたのは木佐の方だったかもしれない。 「そのつもりはない」 胸を突く両国の手を払い、言い捨てた。 「まあ ) しいたが、俺が止めても若いのの中には聞かないやつもいる。全員に目が届くわけじ ゃないから、やつらが先走ったとしてもそれは仕方のない事だ。なあ、木佐」 確信犯的な宣言に、だが、木佐は何も返さなかった。 と、つき ここんとこおとなしいがお前はかって
りレっ′」く 「あ、兄貴 ! あの。両国さんがお見えんなったんすけど : ・ ノックもそこそこに、転がるような勢いで組員が飛び込んできた。 予定外の、それも予想もしない人物の名に、木佐は話し中だった電話を切り上げ、立ち上が つ」 0 「ちょっ、ちょっとお待ちを」「両国さん ! 困りますよー ゅうゆう 廊下から複数の足音と押し止める組員達の声が聞こえる。それとは別に悠々と床を踏みしめ 編る足音。 前 ドアがしなる勢いで開き、足音の主が姿を見せた。がっしりした長身の男はドアの縁に片手 わず かが のぞ 者 をかけ僅かに上半身を屈め、室内を覗き込んだ。 を「おい、木佐。こいつらぎゃあぎゃあうるさくてたまらん。なんとかしてくれんか」 両国は自分のまわりにまとわりつく組員らを見下ろし、うるさそうに言った。 「下がってろ」 ろうか 八鬼火 ふち
そな 所の扉はこうした事態に備えて鉄でできている。 「撃ち込まれたのは三発。組員にケがはなかったが、若いのが息巻いてな。押さえるのに一苦 労よ , 両国の向かいに腰を下ろした木佐は眉をひそめて聞いていた。 「田島か : : : 」 「おう ( 敵さんはやる気まんまんだぜ」 「しかし、なぜあんたの所を : : : 」 「日比野が俺ん所にいるとでも思ったんだろう。まさか喫茶店経営を始めようなんざ田島は思 ってもいないだろう」 「知っていたんですか」 両国は白い歯を見せて笑い、カりがりと頭をかいた しどうわかがしら 編「まったく信じられん事態だ「四堂の若頭まで上り詰めた男が組をやめて何をはしめるかと思 前 えば喫茶店だと ? あきれるね」 いあっ 者 そう言って両国はテープルから一本ずつ足を下ろし、人を威圧できる程に幅も厚みもある体 をを則に折った。 たけ くる そうぼう 猛り狂う嵐の色を映していた。 木佐を正面にとらえ、近づいた双眸はさっきまでとは違い「 おやじ 「総長がなんて言ってるか知らんがな。ここまでばかにされて、組員は爆発寸前だ。押さえる たじま ひびの
194 べこりと一礼し下がっていった。 木佐の一言に組員達は一様におとなしくなり、 つるひとこえ 「鶴の一声だな」 両国は満足げに言って、ソファーにどっかりと座り、足をテープルに投げ出した。 「今は時期が時期ですんで組員もびりびりしてるんですよ。来る時は連絡をもらえるとうれし いんですが」 「まあ、 いしゃねえか。近くまで来たんでついでだよ。お前がいなかったらその辺のイメク ちかん ラで痴漢プレイでもして帰るつもりだった」 はず 青紫のダブルのスーツのボタンを外しながら両国は冗談めかして言った。 短く刈り込んだ髪をかきあげた左手首に金のチェーンプレスレットが光った。イタリアンメ イドの派手な柄物ネクタイに一カラットはあるダイヤのピンが刺さっている。身につけている 全てのものが自己主張しあっている。 木佐とは逆で、外見でいえばこれほどやくざらしいやくざはいなかった。 「何の用ですか ? これから出る用があるんですが」 「つれねえなあ。一一枚目が台無しだぜ。 ' いや、なにね。昨夜、うちの組事務所がカチコミされ たんだ」 こわね まるで世間話をするようなのんびりした声音だが内容は限りなく物騒だった。 カチコミーーー銃弾を撃ち込まれたのは両国の組事務所の扉だった。概してやくざの組事務 いちょう ぶっそう がい
198 し、四堂組の名折れだ。狙われるのは組事務所だけに止まらん」 「わかってる」 木佐は両国の腕をはね上げきドアノブに手をかけた。 「あいつらを許しはしない」 感情を殺した声だったが断固とした調子だつだ。 視線を合わせることなく木佐は部屋を出ていった。 ほとばし 普段感情を高ぶらせない木佐の、激情の迸りを両国はかいま見た気がした。 しんくうかん フロアが盛り上がりを見 ^ 真空管〉にたどり着いたのは日付が変わって少し経った頃 せる時間だった。 ひやっきやこう ながれ 流が姿を現すと奧のポックス席にたむろしていた〈百鬼夜行〉のメンバーが声を上げた。 彼らは比嘉をやりこめた事で浮かれ、酒を酌み交わしていた。 きようや その中にはフェンウェイ、市井、京也の姿もあった。 「流 ! お前、無事か卩」 「・・・・・・なんとか・ : って言いたいけど、もう限界だ : ・・ : 」 ひが いちし くか
くちもとほころ きびす 日比野のロ許が綻んでいた。木佐は踵を返すとビルへ向かって歩きだした。 も しようこうしゆかめ 店に入ると竹林を模した廊下が伸びていた。紹興酒の瓶がレイアウトされ、それをスポット ライトが照らしだしている。普通の中華料理屋とは一線を画す高級感が漂っていた。 「いらっしゃいませ。皆様お待ちです」 心得たマネージャーが先に立ち、一一人を特別個室に案内した。 「おおつ、日比野 ! 待ちかねたぞ 「一体どういう事だ ! 」 扉を開けたとたん、声が重なった。大きな丸テープル三つにそれぞれ五人程の幹部が着席し あ ていた。待ち構えていた面々は食いっかんばかりの勢いだ。面食らう日比野に野太い声が浴び せられた。 「日比野 ! 怪我はないんだな ! 」 ごうかい 編声のした方を見るとがっしりした筋肉質の男が豪快な笑顔を向けている。 りよ・つ′」く 前 「両国 ! 」 こうそう ひろみ 者 両国弘美。笋の抗争で、常に第一線で戦ってきた『四堂の暴れん坊』と呼ばれる剛直な性 じっこん を格の男だ。日比野とは五分の兄弟盃を交わしている昵懇の仲だ。 その体格となでつけても上を向いてしまう針金のような剛毛がそのまま彼の気性をあらわし ている。 ごぶ つね
112 あいさっ 総長には手紙を送ってある。明日にでも直接挨拶に行く」 重大な決意をあまりにもあっさりと言ってのける日比野に幹部達は声もなかった。 「どういう事だ、兄貴 ! そんな話聞いてないぞ ! 」 ぶと - つは 武闘派としてならした青山がいきり立った。 「この大変な時に四堂を見捨てるって一一一一口うのかソ どうなってもいいんかッ卩」 詰め寄る青山を浅井が制した。 「まあ待て、青山。知ってるだろう。日比野はムショ行ってる間にかみさん亡くしてるんだ」 「だからなんだ ! それでいちいち引退してたら極道なんかやってられんー せ 日比野の目に一瞬、青白い炎が燃えた。長い前髪の所為で、それに気づく者はいなかった。 答えない日比野に青山が迫る。まあ、待てと浅井が割って入り、執り成した。 「ここは祝いの場だ。とりあえす今日のところは日比野の出所を祝おうしゃないか」 しぶしぶ 青山は渋々席についた。 いけぶくろ ししいオンナが入ったそうだ。 「日比野、俺のコレが池袋で店やってるのは知ってるな。えら ) どうだ、久しぶりに。俺からの出所祝いだ」 浅井が小指を上げて見せる。日比野は小さくかぶりを振った。 じんとう 木佐は同しテープルに座る両国を見やった。反対意見の陣頭に立っと思われた両国が意外に も何も言わず、その表情にも何も現れていない。 あおやま
110 あさい 肩をたたきあい、再会を喜ぶ一一人に浅井が声をかけた。 「とりあえず座ってくれ」 丸いテ 1 プルの示された椅子の横まで行くと日比野は幹部達に向かった。 ちょう・えき 「今日、懲役から戻って来た「皆にはいろいろと迷惑をかけたが、こうして集まってくれて感 謝している」 「おっとめご苦労だったな。務めの垢をゆっくり落としてくれ : : : 、と言いたいところなんだ が。本当だったらな」 ねぎら 浅井のお決まりの労いに日比野は腰を降ろした。木佐もその隣に座る。浅井が音頭をとり、 とりあえずビールで乾杯した。頃合いを見計らって、ウェイター達があらかしめオーダーされ ていた料理を運んできた。 「銃撃されたって事だが、鉄砲玉はどこの野郎なんだ ? ウェイタョが出ていくのを待って浅井が聞いた。 「逃げられましたし、それはわかりませんでしたが : : : 」 「何言ってる ! 日比野を狙ったんだ。田島の一派に決まってる ! 」・ じんぎ 「仁義知らすが、絶対に許せん ! やつは組織を割る覚悟だ。なめられてたまるか ! 」 両国がテープルを叩いて立ち上がった。続いていきり立っ面々を静まらせながら浅井が言っ、 た。 あか たじま
いいかげん観念して、腰、据えようかな。 さて、今回新キャラクターが登場してます。 ′」くどう ひびのたかゆき 日比野孝之。ナイスミドル ( 笑 ) の元極道。ムショ帰りのやもめだあ。もう、どうよって感 しですが、石堂的にはおススメ。なにがだ : 彼が立派な喫茶店のマスターになれる日は果たしていっか ? それはヒミツ。日比野の淹れ るコーヒー飲んでみたいけどね。 メイチーみき 梅姿。美貴以外ャローばっかの『夜光街』でようやくあらわれた待望の女のコ。イラスト描 ながれ ヒロインにはまだまだだな。流は天 くのも女のコだと楽しいぞ。だけどちょっと色気が : 敵、と彼女は思っているらしい りようごくひろみ 両国弘美。出番は今回少ないが、印象は強いミスターやくざ。久我とは違った意味でハデ なヒト。 ( いや、趣味が悪いとは言ってないが : : : ) 木佐とは対照的な豪央野郎。書いててちょっと楽しかったぞ。望む読者がいなかろうと多分 カ後編で活躍するはず。 もうおやしワールド全開で、ただでさえ高い『夜光街』キャラの平均年齢が上がる上がる。 あ 。おやし共の活躍を喜ぶ読者 少女小説でこのおやしさ加減はますいんしゃないだろうか : 盟は一体何人、いるんだろう ? いないな、多分。ははは。 が