182 た。 流はなにか嫌な感しを受けた。たしか前にもこんなやつがいた。自分の後を尾けて、楽しん でいたやつが : 「どういうつもりだ、市井」 比嘉はかって〈裏新宿〉で仲間だった男を憎しみをこめて睥睨した。 「君のお楽しみの時間を奪ってしまって悪いんだが、こっちとしてはそれも楽しみでね」 ひょうひょう 市井より先に別の声が飄々と答えた。 「こ、この声は : うなず 振り向くフェンウェイに、流は大きくため息をつきながら頷いた たからきようや 声の主は十分に間をおいてから、光のステージに登場した。もちろん、それは宝京也だっ えいせい 「君が比嘉英青か。はしめまして。思った通りの人物だなあ 「んだ。てめえは」 「市井一也の従弟で、宝京也とい、プ」 「知るか」 いっしゅう 京也の自己紹介を一蹴し、比嘉は市井に視線を戻した。 「前に言ったな。昔のよしみで一度は引くが、次はないってな。よもや忘れたとは言わせね え」 いや い AJ 」
赤の神紋 コバルト文庫 く好評発売中〉 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆ 「れかたい声だった .. 魔と出会った男は。ノ ま桑原水菜 ◆イラスト / 藤井咲耶 ◆新進作家・連城は悩み ◆を抱えていたある日、 ◆路上で歌っていた若者 の声に惹かれ、彼の中 に魔的なまでの役者の 才能を見る。そして 2 年後、ある舞台の上で 「彼」と再会するが・・・ ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
219 疵を継ぐ者前編 た。 声に日比野と流が振り向いた。 ろかた 路肩に白のメルセデスが停まっていた。声は、薄く下がったスモーク張りの窓から聞こえ 窓がゆっくりと降り、中から男が顔を出した。 たじま 「田島さん : ・ 日比野が田島を、田島が日比野を見づめた。 ごくどう 東日本最大の極道組織、四堂組の四代目を請われた侠と、捨てた侠の上に雨は降り続いてい つづく おとこ
くちもとほころ きびす 日比野のロ許が綻んでいた。木佐は踵を返すとビルへ向かって歩きだした。 も しようこうしゆかめ 店に入ると竹林を模した廊下が伸びていた。紹興酒の瓶がレイアウトされ、それをスポット ライトが照らしだしている。普通の中華料理屋とは一線を画す高級感が漂っていた。 「いらっしゃいませ。皆様お待ちです」 心得たマネージャーが先に立ち、一一人を特別個室に案内した。 「おおつ、日比野 ! 待ちかねたぞ 「一体どういう事だ ! 」 扉を開けたとたん、声が重なった。大きな丸テープル三つにそれぞれ五人程の幹部が着席し あ ていた。待ち構えていた面々は食いっかんばかりの勢いだ。面食らう日比野に野太い声が浴び せられた。 「日比野 ! 怪我はないんだな ! 」 ごうかい 編声のした方を見るとがっしりした筋肉質の男が豪快な笑顔を向けている。 りよ・つ′」く 前 「両国 ! 」 こうそう ひろみ 者 両国弘美。笋の抗争で、常に第一線で戦ってきた『四堂の暴れん坊』と呼ばれる剛直な性 じっこん を格の男だ。日比野とは五分の兄弟盃を交わしている昵懇の仲だ。 その体格となでつけても上を向いてしまう針金のような剛毛がそのまま彼の気性をあらわし ている。 ごぶ つね
「流 : : : 、わしの余命はあと半年だそうだ」 聞きたくなかった。流は首を何度も振った。 「今度の正月は一緒に過ごせそうもない 「何言ってんだよ ! そんな : : : 」 のど 荒らげた声はそこで途切れた。喉の奥からこみ上げるものをかみ殺したがそれが精一杯だっ こうしずく ひぎ た。目の奧が熱くなるのを止める事はできなかった。膝に乗せた手の甲に雫がこばれ落ちた。 後から後から落ちてい 「お、親父が死ぬわけ : ・ 絞り出した声はほとんど泣き声だった。肘で目のあたりを拭うが、涙は止まらない。 泣くな ! 泣くな ! 泣くな ! 位くな ! 泣くな ! おえっ ばかのように繰り返して、それでも嗚咽は、涙は止まらない。 正宗はそっと手を伸ばし、息子の髪をくしやくしやとかき回し、 「 : : : すまん」 そう、呟い ひじ ぬぐ
隙間を走り抜け、タックルした。 助走でついた勢いは止まらなかった。体の小さな尾行者はたまらず、飛びついた流と共に地 に転がった。 「うつリ」 体の下からくぐもった声が聞こえた。そして 「きや 「うわっ 思わぬ悲鳴と、まわした手の平に感じた胸のふくらみに、流は慌てて腕を解き、あとずさっ 「いったー なにすんノ ! 」 思いもよらない高い、女の声が響き渡った。駆けつけたフェンウェイと京也もぎよっとして 目を丸くした。 「アンタ ! 今胸アタシの、触ったリ」 どき さらに怒気を増した尾行者が立ち上がり、目深にかぶっていたニット帽をとった。く い長い黒髪が滝のように流れ落ちていった。 あぜん 流はあらわれた顔を唖然として見つめた。まだ幼さの残る少女だった。 メイチー 「梅姿リ」・ まか せのな
198 し、四堂組の名折れだ。狙われるのは組事務所だけに止まらん」 「わかってる」 木佐は両国の腕をはね上げきドアノブに手をかけた。 「あいつらを許しはしない」 感情を殺した声だったが断固とした調子だつだ。 視線を合わせることなく木佐は部屋を出ていった。 ほとばし 普段感情を高ぶらせない木佐の、激情の迸りを両国はかいま見た気がした。 しんくうかん フロアが盛り上がりを見 ^ 真空管〉にたどり着いたのは日付が変わって少し経った頃 せる時間だった。 ひやっきやこう ながれ 流が姿を現すと奧のポックス席にたむろしていた〈百鬼夜行〉のメンバーが声を上げた。 彼らは比嘉をやりこめた事で浮かれ、酒を酌み交わしていた。 きようや その中にはフェンウェイ、市井、京也の姿もあった。 「流 ! お前、無事か卩」 「・・・・・・なんとか・ : って言いたいけど、もう限界だ : ・・ : 」 ひが いちし くか
「それがお父さんにはこたえたんだろう。再入院して、検査してみてわかったんだが : : : ガン は転移していたんだ」 転移 頭から足先へ冷たいものが駆け抜けていった。 転移、ガンの転移。 さつかくと ガン細胞はなくなってはいなかったのか。瞬間、流は視界が狭くなっていく錯覚に捕らわれ た。 かしょ せき 「リンパ節に赤くなっている箇所がありーーーーーー、体がだるくなり、そのうち痛みも : ・・ : 咳が 出て 一 = 明かとぎれとぎれにしか聞こえない。言葉は耳に入るが内容は頭を素通りしていく。 「・ : : ・死ぬんですか。親父・ : ようやく絞り出した声は震えていたかもしれない。医者は説明を止め、蒼白になった流を見 前つめた。 緒「一番大切な事は本人の心の持ち方なんだ。体力を維持し、前向きの気持ちで自分が信した治 療を : : : 」 疵 「死ぬのかよ卩」 き。よら・がく 張り上げた声の大きさに、流自身が驚いた。だが、驚愕の表情を張りつかせている医者を気 そうはく
う」と言っていた事を思い出した。 こんり。・ 0 ) 金輪際占いなんか信しるものか、フェンウェイは固く決心した。 「紹介するよ。従妹の梅姿、 「従妹お卩 ノ ~ イメイリン 流の声が〈白梅林〉の店内に響きわたり、客が流達のテープルを振り返った。 「ばか、声でけえよ ばつが悪そうに片手を上げ、流はフェンウェイの左腕にしがみついている少女をましましと メイチー たいこう 見つめた。気づいた梅姿は流の視線に対抗するように睨み付けた。 「叔母さんが : 、かあちゃんの妹なんだけどアメリカから来てるんだ。俺も十一一まであっち にいて、ほとんど兄妹みたいなもんだな」 「フェンウェイ、君、アメリカにいたのか」 前京也には初めて聞く話だった。 緒「ああ、ポストンのチャイナタウン 「東海岸か」 メイチー 疵 梅姿のたどたどしい喋り方とイントネーションはそのせいだったのだ。 すぐにその場所を理解した京也に流は感心していた。初めてその地名を聞いた時、自分はそ いとこメイチー
168 「フェンウェイー 今度は少し声を大きくしてみた。 がらん。 突然、マンションの方からなにかが倒れる音がした。どきんと心臓が高鳴った。建築中のマ ンションの奥は真っ暗で何も見えない。 と、強烈な光が流の両目を射った。 「うつ ! 」 まるで真昼のような光があたりを照らしだした。流の後ろに濃い影が伸びる。 そむ まぶた 瞼の裏で、ちかちかと残像が踊っている。目を開けようにも開けられない。流は顔を背け、 ふらふらと後すさり、後ろに積まれていた資材に腰をぶつけた。資材がガラガラと音をたてて 崩れ、寄り掛かっていた流もつられてその場に倒れた。 「いいかっこうだなあ。流ちゃん」 笑いを含んだ声が響きわたった。 自分を射る光に手をかざし、流は光の向こうに必死に目をこらした。光はマンションの二階 の踊り場あたりから流を照らしている。 とろら」ら′強、 少し目が慣れ、その光が投光機によるものである事がわかった。その側に人影がいくつか見 えた。 ふく