「この通り、ここからそとを写していました」 ここでカメラをいじ と一言うことができれば、疑いは晴れるにちがいない。 っていながら、べつな場所で犯罪がおこなえるはずがない。 じげんそうち かんたん ここまで思いついたら、あとは簡単だった。カメラに時限装置をとりつけ ればいいのだ。ふつうのセルフタイマーでは、あまり長い時間にわたっては ぎじゅっ 使えない。しかし、おれは時計の技術を身につけているため、時計とシャッ ターをうまく連絡させるぐらいのことはできそうな気がした。 ねっちゅう じげん てせい それから二日ほどは、手製の時限シャッターを作るのに熱中した。やっと けつか しけん かんせい 完成し、試験をしてみると結果は上々だった。三十分たっと、ばちりとシャ ッターが押される。 うつ そこで、いよいよ計画を実行に移すことにした。いったんアパ 1 トに帰り、 まど 夜になるのを待って、窓のそとにカメラをむけて二、三回シャッターを押し お れんらく うたが はんざい お
じん しんよう 人のことが頭に浮かんだ。ひとり暮しであり、銀行を信用せず、現金をため 。も / 、ひょう こんでいるといううわさだった。手ごろな目標といえそうだ。 ひつよう 「となると、必要な道具はなんだろう」 し くろめがね じゅんび エヌ氏は準備にとりかかった。会社を休み、刃物をみがき、黒眼鏡を買い じしん ナワやバッグを用意した。それらが進行するにつれ、からだじゅうに自信が かわ みなぎってきた。きのうまでの自分とくらべると、まるで別人のような変り ふく 方だった。古い血が流れ去り、かわって、期待と興奮とを含んだ新しいのが ゆけっ 輸血されたような気分だった。 夜のふけるのを待ち、いよいよ実行にとりかかった。へいを乗り越える。 ろうじん 電話線を切る。雨戸をこじあける。老人をたたき起こす。しばりあげ、金庫 じゅんちょう のあけ方をしゃべらせる。ことごとく順調に進行した。 しもん 金庫のなかの札束を、バッグに移す。指紋を消す。老人はしばってあるか さったば ぐら うつ はもの こうふん ろうじん べつじん げんきん こ 9 けちな願い
ることに成功した。相当な金額だった。それから、人目につくことなく、こ こにかくれることができたのだった。 「早く気楽に落ち着きたい」 もど 「そうあわてるな。証拠となるようなものは残してない。家に戻ってこの商 品さえかくせば、大丈夫だ」 二人はささやきあい、時のたつのを待った。 その時。遠くで人声がした。 「おおい。そっちのようすはどうだ」 それに対し、べつな方角で声が答えた。 いじよう 「異状なしだ。だが、もう一回、なおよく調べてみよう」 これを聞いて、二人は青ざめた顔をみつめあった。 はんこう 「なんでしよう。もしかしたら、犯行がばれたのじゃないでしようか」 せいこ、つ だいじようぶ しようこ きんがく のこ 0
追いつめたところだった。もはや逃げ場はない。スピーカーの声は、とどめ さ じしん を刺すような自信にあふれていた。 しず しばらくの静かな時間が流れ、木の茂みから声がかえってきた。 「待ってくれ。うたないでくれ」 「では、手をあげて出てきて、おとなしくつかまれ」 「それはいやだ」 しやげきさいかい 「なにを勝手なことを一一一一口う。死にたいのか。それなら、射撃を再開するぞ」 「うてるわけがない」 「なぜだ。なにか理由でもあるのか」 「あるとも。教えてやろう。こっちには人質がある」 けいかんがわい 警官側は一瞬、だれもが息をのんだ。せつかくここまで追いつめたのに、 すがた よそう じたい 予想もしなかった事態となった。相手は姿をあらわし、勝ちほこった声をあ っしゅん ひとじち 17 人質
せつめい ものなのか説明しろ」 ごうとうかたて 強盗は片手でビンを取り、片手では銃口を博士の胸にさらに近づけた。 え 「アラプ地方に旅行した時に手に入れた、古い文献にヒントを得て研究しは かっきてき じめたのだ。まさに、画期的な分野といえるだろう。金銭に関する人間の脳 しゅうちゅうてき さいぼ、つしんけい えいびん 細胞と神経に集中的に作用し、それを鋭敏にする。すなわち : : : 」 きちょう 「わかった。学術的な解説はどうでもいい。要するに、貴重なものなのだな。 よし、これをもらって帰ることにする」 「それは困る」 「だめだ。どうしても返してもらいたいのなら、三日以内に身代金を用意し、 れんらく 法 おれからの連絡を待て」 用 と きんさく 「とんでもない。金策のあてはない。それは、わたしが飲むために作ったも藤 -4 のだ。持っていかないでくれ」 こま がくじゅってきかいせつ かたて じゅうこう はかせむね ぶんけん きんせんかん みのしろきん のう
こども 「さあ、それでもうつ気か。同時に、この子供にも命中するぞ」 だ おさな 子供とはいっても、抱きかかえていると , 、ろを見ると、まだ幼いらしい あどけない声で悲しそうに訴えている。 「ねえ、助けて。おうちへ帰りたい」 けいかんたい それを耳にしては、警官隊も進むに進めなかった。あわただしく打ち合せ がおこなわれ、ふたたび、呼びかけが開始された。 ひきよう 「わかった。しかし、なんという卑怯なやつだ : 「卑怯かもしれないが、こうでもしないとっかまってしまう」 こども 「さあ。早く、その子供をかえせ。悪いようにはしない」 じようだん に 「冗談じゃない。それはできない。おれは逃げたいんだ」 こども 「よし。この場は見のがしてやる。だが、まずその子供をはなせ」 ひきよう うった よ
うすぐら ゅうこく あたりが薄暗くなりかけたタ刻。人通りの少ない道を歩いている男から、 ふしん けいかん どことなく不審なけはいを感じとった警官は、ちょっと声をかけてみた。 「もしもし : ひょうじよう すると、ふりむいた男は、なぜか非常にあわてた表情でまっ青になり、や か にわに駆けだした。 あや 「蚤しいやつだ。待て」 けいかん こ、つぎ 警官は追いかけ、やがて男をつかまえた。男は身をもがきながら抗議をし 紙片 し ひじよう 129 紙片
「飲む、とか言ったな。うむ。考えてみれば、三日間あずかったりする必要 ・」、つとう これでもう、強盗のような手数のかかる はないわけだ。おれが飲めばいい。 仕事をしなくても : とめるひまもなかった。ビンの液体は、一瞬のうちに強盗のロに入ってし おどろ はかせ まった。エヌ博士はそれを見て、あわてて驚きの叫びをあげた。 「や、飲んでしまったな。とんでもないことをするやつだ」 「悪く思うなよ。もう手おくれだ」 「悪くは思わないが、手おくれの点だけはたしかだ」 「どういう意味だ、それは」 えき こうかはっき 「いまのは第一液。効果を発揮させるには、つぎに第二液を飲まなければな らない。第一液だけだと、ききめがないばかりか、感心しない症状があらわ れる」 えき えきたい いっしゅん ・」、つと、つ えき しようじよう ひつよう
まりくわしくお聞きするわけにもいかないでしよう。あなただって、それを きようかっ たねに恐喝されるのではないかと気になるでしよう。わたしはあくまで、お 客さまの立場に立ち、ご協力するというのが方針なのです」 ねが 「わかりました。では、半金。よろしくお願いいたします。午前三時ごろ、 またお寄りしますから」 「それでは、ご成功を祈っております」 なかま エム氏に送られ、男は元気に出ていった。エム氏は二人の仲間を呼び、ト トランプに ランプをはじめた。だが、なにもやりつづけている必要はない。 ざっだん あきれば、酒を飲みながら雑談をしていても、テレビをながめていてもいし のんびりと時間をつぶし、お客の帰りを待てばいいのだ。世の中に、こん な楽な仕事はないだろう。退屈を感じることもあるが、それはぜいたくとい うべきだ。 せいこう きようりよく たいくっ ほうしん ひつよう
「どんなことだ」 じよじよ ふくさよう 「副作用のため、徐々に頭がばけ、二年ほどたっと命を失う」 ・」うとう それを聞いて、強盗は顔色を変えた。声までいらいらした調子になった。 「そうか。では、その第二液とやらを早くよこせ。さもないと、この拳銃の 引金をひくぞ」 「しかし、まあ、落ち着いて考えなさい。わたしを殺しては第二液が手に入 らない。そうなったら困るだろう」 「それはそうだ。たのむ、ぜひ、その第二液とやらをわけてくれ」 ごうとうたいど あいがん 強盗は態度をあらため、哀願した。だが、博士はそっけなく答えた。 「せつかくだが、それはできない」 ごろ 「なんだと。おれを見殺しにする気か。それなら、こっちもやけだ。おまえ薬 ころ てっていてき を殺して道づれにする。それから、この室内を徹底的にさがせば、第二液が こま えき えき はかせ ころ うしな えき けんじゅう えき