本 - みる会図書館


検索対象: ダ・ヴィンチ 2015年9月号
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1. ダ・ヴィンチ 2015年9月号

思い至るのが遅すぎるのを自覚しながら、詩織は作業を始め 好きに買える家庭ではなかったため、それが反動となったのだ た。元々部屋の掃除は得意でなかったし、惰性で生きる癖は昔 それでも、社会人になってから三年ほどは、まだ常識的な範 囲でしか本を買ってはいなかった。部屋に一つだけある小さな からだ。いつも転機は人が持ってきてくれた。今回の、史章の よ - フ」一 0 本棚に収まるだけの本しかなかった。 「多分、もらったのは一ヶ月前だから、あの辺にある気がする 加速したのは、詩織が四年前に作家になってからだ。本が買 んだけど : えなかった詩織は、代わりに子供の頃から小説を書いていたの 目測をつけて、本を確認していく。話題だったベストセラ 1 たか、その趣味が幸運なことに仕事になったのだ。主に大人の 小説、装丁ゃあらすじに惹かれて買った小説、好きな作家の本、 女性向け恋愛小説を手がけているが、今は O*-Äも辞めて完全に 風景や小物など表紙を素敵だと思った写真集、ちょっと読みた 作家一本で生計を立てている。 くなった詩集、さまざまな趣味の本、小説を書く際に考証で使っ 本を書いて得たそのお金で、本を買う。経費に計上できるの た科学や歴史に関する書籍などなど で、資料と称して本を買い漁ることに罪悪感がなくなっていっ 献本という形で、出版社や他の作家から本をもらうことも 「ー・ーあ、ここにあったのか」 あったが、 ほとんどは自分で買ったもの。ショッピングをする それはお菓子の作り方の本だった。バレンタインに、史章へ 手作りチョコでもあげようかと思って買った本。結局、バレン と脳内から快楽物質が出るというが、詩織の場合、本を買うと タインの時に見つけることができず、読むことができなかった。 いう行為がまさにそれだった。本を買うたびに、胸が満たされ 表紙には、宝石のような果物がぎっしり敷き詰められたタル ていく気がしたのだ。その頃は恋人もいなくて、寂しい心の隙 。べらっと光沢のあるべ 1 ジをめくっていけば、中にはクッ 間を埋めていくように本棚を本で埋めていった。 小さな本棚がいつばいになると、本棚から溢れた本は床に平キ 1 にチョコ菓子、マフィンにケーキなど、香ばしいにおいか 漂ってきそうな、おいしそうなものに溢れていた。 積みにした。平積みの山が一つ、二つと増え、高さもどんどん 増えていく。 当然、部屋もどんどん狭くなっていった。 「そもそもあの状態のキッチンじゃ、作るのも難しかったんだ 読んでいないものを手放すなどもったいなくてできなかった よね : : : この部屋にいる限り使わない本かもなあ」 が、読み終えれば売ることも考えられたし、実際読んでもいた。 じゃあなせ重った、と思わないでもないが、その時は必要だ たが、それよりも買うスピ 1 ドの方が圧倒的に速かったのだ と詩織は思ったのだ。結局、バレンタインにあげたのは百貨店 で買った既成品になってしまったが。 今ではもう、どれが読んだ本かも分からない始末。 : さすがに貸し倉 見ているだけでロの中が甘さでとろけそうになる表紙を眺め 「本に囲まれて超幸せ 1 って思ってたけど : 庫でも考えなきやだめだな」 て、 タ・・ウ・インチー 1 04

2. ダ・ヴィンチ 2015年9月号

つんどく トの一階で、六畳の部屋とダイニングキッチン、風呂、トイレ 積読の山には宝が眠っている。 という 1 六畳の部屋にはクロ 1 ゼットがあり、机とべッ 否、山を構成する一冊一冊すべてが宝となる可能性を秘めて ドと小さな本棚が置かれている。 今年三十二歳になる詩織は彼氏こそいるが、まだ独身で一人 読まれれば、という前提ではあるのだが。 そして読まれなかったからこそ、これらの本は、ここで積読暮らしだ。この部屋は、単身で生活するには十分な広さ。 の山となっているのだ。 そのはずだった。本さえなければ。 今はその本のせいで、移動することすらままならないほどだ。 積読ーーーそれは読者のもとに来たものの、読まずに積まれた ちょっと歩けば本の山にすぐぶつかってしまう ( 主に足の小指 本のことなのだから。 が犠牲になった ) 。六畳間は、クロ 1 ゼットの中と机回りの椅 子を動かすわずかな空閒と、べッドの上を除いては、本の山が = ・我ながら、なんでこんなになるまで積んじゃ 0 た 占領していたし ( べッドの上には本がないとは言っていない ) 、 んだろうなあ」 山を作った張本人である高山詩織は、四方八方にうず高く積ダイニングキッチンはというと流しと冷蔵庫の前にはスペ 1 ス があるが、人が一人通れるわずかな面積を残して、それ以外の み上、ガった本の山に囲まれて、腕を組み、唸った。 ・ : 以下略。この家で本が積まれていないの 積読の山は丁寧に積まれたからか、ちょっとやそっとでは崩場所には本の山が : は、本の大敵である湿気が多いトイレと風呂場くらいなもの れたりはしなそうだ。何度か小さい地震があったが、これまで だった。窓すら見えない状態なので、部屋の中は電気をつけな は大丈夫だった。 ければ真っ暗である。 が、連峰とも呼べるほどに連なる本の山のてつ。へんはどれ ここまでの本を置いてよく床が抜けないものだと、詩織は他 も、それほど低くない詩織の背丈を超えている。天井に届きそ うな山もあった。 人事のように感心していた。この部屋の床の強度は、大家のお 墨付き。本をたくさん置くことになるかもしれないが大丈夫だ ここは詩織の部屋だ。築十五年の鉄筋コンクリ 1 ト製アパ たかやましおり タ・・ウ・インチー 100

3. ダ・ヴィンチ 2015年9月号

や ん せ 萩 山 の 士冗 積 : 引っ越したら使おう」 そう言って、確認済みの本の山に積み上げた。なお、引っ越 しの予定など当分ない。 ひとり言が多いのは、いつものことだ。この部屋に一人で住 むようになってからついた癖だった。別に本の山が返事をして くれるというわけでもないのたか、ひとり者にはありがちな行 動なのかもしれない。近くに住む友人もよくひとり言を言って しまうと嘆いていたことを、詩織は思い出す。そしてその友人 は、多分最近はひとり言など言っていないだろうと思った。彼 女は、二ヶ月ほど前に結婚していた。 「ん 1 。この山がバレンタイン頃に買った本だとすると、こっ ち一かなあ」 今度は、崩していたのと反対側の山を崩していく詩織。史章 からもらったのは、一ヶ月前のホワイトデーなのだ。そんなに 奥には行っていないはず。 カラフルな本、モノクロの本、つやつやした本、ばさばさし た本、エトセトラ。 次に詩織の手を止めたのは、絵本だった。 「クリスマス頃に買ったんだったかな 1 」 硬くて厚みの割に軽い本の表紙を開く。 森が、せりだすように飛び出してきた。しかけ絵本だ。精巧 な作りで、よくもまあこんな本の中に収まづていたと思えるほ どの迫力だった。奥行きがあって、森の中に進めそうな錯覚に 陥り一そ - フになる 「このしかけ絵本は一目惚れだったんだよね 1 」 見つけた瞬間の興奮は今でも覚えている。自分へのクリスマ スプレゼントだった。本当は史章にあげたいくらいだったが、 彼はこういうものに興味がないので、自分へのご褒美として 買ったのだ。 購入の際、部屋の惨状を知っている史章には「今の部屋じゃ 置く場所ないだろ。また積読になるだけだ」と苦言を呈された のだが、果たしてそのとおりになってしまったな、と詩織は本 を見て苦々しく思いながらペ 1 ジをめくる。予言者でなくとも、 誰にでも分かることだった : : : 当時の詩織を除いて。 本から抜けださんばかりに飛び出してくる、虹色の花が咲き 誇る花畑。しんとした湖に臨んで佇む豪奢で荘厳な城、雪山を 背景に舞う美しい青い鳥の群れに、群青の夜空にきらきら輝く 尾を引く流星群 そこまで見て、詩織は美麗な本の世界に没頭していたこ とに気づいた。夢中でペ 1 ジを繰っていた手を止める。 「いかんいかん : : : 次いこ、次」 名残惜しかったが堪能している場合ではない。詩織はその本 を確認済みの山の上に置く 今度は真ん中の山を崩していくことにした。本を手にとって は「これじゃない」「これでもない」と確認済みの山へ載せて 詩織の作業の手が再び止まった。 「あ。これ、読みたかったやっ ! 」 【第一章星人の降る丘】 その丘には、人が降ってきた。 ほし・ひし J 1 05 ータ・・ウ・インチ

4. ダ・ヴィンチ 2015年9月号

あとに手放すことも難しいし、積読は本好きの性みたいなもの 『本の数は減らせよ。読まないんだったら宝の持ち腐れだ』 3 んえ、ん : いや、そんなこと言ってる場合じゃない。、、 . - フ、つ - む 『あのな、俺は本と結婚したいわけじゃないの』 タクシ 1 の窓の外に見える雲ひとつない青空を眺めつつ、詩 ク結婚という言葉を史章の口から聞くのが初めてだった詩織 織は考える。すると、悩んでいるのがだんだん馬鹿らしくなっ は、ばかんとした。 てきて。 『じゃあな』 : なるよ - フに、なるか」 史章の言葉に、呆然としていた詩織は「うん」と頷いて、通 今後のことは、新しい部屋に、本棚に合わせて考えていこう。 話を終えた。しばらくして我に返る。 今度の生活は一人じゃないのだ。きっと、あれだけの本に囲ま 「これ、結婚の話だったのか : れなくとも、寂しくはないはずだから。 本当になんてまどろっこしい、と詩織は膝の上に置いた本と そう思った詩織は、史章がくれた本の、気に入った書斎写真 メッセ 1 ジカードを見下ろす。そんな大切な話が飛び出してく が載ったペ 1 ジにメッセ 1 ジカ 1 ドを挟む。この部屋みたいな るなんて、考えてもいなかったのに。幸子にも昨晩「当分ない の一カしし 。部屋の三面が本棚の書斎。最高だ。 と思う」なんて言ったばかりなのに、結婚。 とりあえず、より大きな本棚のある部屋に引っ越せるように。 積読、やめるか、と詩織は思った。 帰ったらあの本の海を片付けて、この本を一緒に見ながら史 宝の持ち腐れ、史章の言うとおりかもしれないと思った。必 要だった本、一目惚れした本、予約してまで待ち遠しかった本章と相談しようと詩織は思った。 も然ることながら、人生を変えるかもしれないこんな大切な本 まで、一緒くたに積んでしまっていたのだから。下手したら、 今も見つかっていなかったかもしれない。ずっと見つからな かったかもしれない。 これからは、手にした本は積まずにちゃんと読もう : : : 詩織 は膝上の本にそっと誓ってみる。だが、それが簡単にできてい そもそも読んだ たら、あの部屋はあんなことになっていない。 みはぎ・せんや・ 19 8 5 年、宮城県生まれ、東京農業大学卒業。 2014 年、「錠紋抜器ノ秘鍵使イ」で第 7 回文庫大賞 ( 前期 ) 〈奨励賞〉 を、「 Sha 一一 we ダンス部 ? 」で第回スニ 1 カ 1 大賞〈特別賞〉を受賞。「裏 道通り三番地、幻想まほろば屋書店」 ( 改題『神さまのいる書店ーーーまほ ろばの夏ーー』 ) . で第 2 回ダ・ヴィンチ「本の物語」大賞〈大賞〉を受賞。 さカ し」、フしよ、フ 〈了〉 タ・・ウ・インチー 114

5. ダ・ヴィンチ 2015年9月号

しょん その本が自分と繋がる気がし 金色の髪を持っ青年・サク 『神さまのいる書店まほろばの夏』 , ヤは。まほろ本。。心優しいの . 三 店主・ナラブのことを。天然を 腹黒店主クと呼ぶ、どこか荒 三萩せんやインタビュー んだ彼とヨミとの出会いは最、 2 回を迎えたダ・ヴィンチ「本の物語」大賞において、読者 & 書店員審査員から 悪だ「た。不器用なョミが必・ーま〔 ( 圧倒的な支持を受けて決定した〈大賞〉受賞作か、 7 月日、単行本化され発売された。 死で習得する本の修復作業に もケチをつけ : ここではその刊行を記念し、書店を舞台にした青春あり、恋愛ありの瑞々しいファンタジーに、 : だが一生 イ年あほ中” 懸命なョミに対し、次 著者の三萩さんが込めた思いについて、お話を聞いた。 バ 2 にまの恋掬 ル - 也 第に、いを開いてい アの番はい襞 チ歩発 き生ミ想の へ 「私、ストーリーのなかにシンポルを 「サクヤは、ツンデ = 」、・ , 第、《「「「・一入院しないとね。 9 書 回ン語賃作 9 とか、まるで人やレなそのキャラクタ 忍びこませるのが好きなんです」 2 明物び賃 よおく気をつけてみると、装画のな 動物のように本と ーより先に設定の方が し』 の受 円ららはなう【フ かにもこっそりと。主人公が身につけ 向き合うその姿か出てきました。、いこ の夏 " め。店議会・ 掲 るものとして、物語のなかに顔を出す ら、この物語の原え持つ、ある何かを表す設 のや冖 時 まよんノゅ訪ばうヤなブ そのモチ 1 フには、三萩さんが彼女 型が生まれてきま定がストーリ 1 の軸ともなっていきま 同 さろせ諭なミほをサ逃か も 紙山ョミを連れて行きたかった方 、温 本人情る 神ほ萩教し = ! 山 向が示されている。ク自分には居場所 頭に豆本を載せそれはひとつの大きなミステリー。 ま三司トるろの友取 の かない % そう思っている高校二年生 た豆柴大・豆太がそんなサクヤがくれたのは、ヨミがず 読 のヨミが逃げ込んでいるのは、いつも 走り回り、鳥や蝶っと欲しかった言葉ーーーそこから物語人との関係は対等なのではないかと思 本の中の世界だ。 が飛び交う。足元には、ほのかな恋のスパイスが振りか ったんです。それはこの物語を書いて 作 「私自身もつらいなあとか、もうダメ や天井からは様々けられて、 ( くたがある日、書店にと私自身気付いたこと。読んだ方にもそ な植物が蔓を伸ばって大事件が起こる。それはヨミにとう感じていただければうれしいです」 短 ・ = と思。た時、物語のなかに逃本に対して、恩返しがしたかった。 してーー・アンリ・ げ込んでいました。本を読んでいる時 っても、サクヤにとってもク逃げると 本に親しむ人の心にフィットする温の スタート地点に立った今、目指すべきは、 間だけは自分の時間。嫌なこともすべ ルソ 1 の絵画を彷 いうことに真っ向から対峙することでかな物語。それは三萩さんの想いが込 さ 自分を救ってくれたような てシャットアウトできる。リアリティ 萩 められているからかもしれない 彿とさせるクまほもあった。 0 ろば屋書店 % そ 「自分にとってつらいことがあったら、「本に対して恩返しがしたかったんで 0 て突き詰めると人によ 0 て違うので、物玉を圭日くこし 3 どれが本当かわからないんですけど、 こで売られている逃げても、 しいと思うんです。でもそれす。本を書くことでそれができたら、 私のなかのリアリティは、本に助けら休みの間、バイトをすることになった クまほろ本ツは魂を持っ本。目に見えは何かを置き去りにしてもいい時。一 と。そのスタ 1 ト地点に立った今、目 れ、そして本に恩返しをしたいと思っのだが : : : 現実世界のエアポケットにているのはそれらの魂が本来形作るは番大事なものがあれば逃げない。逃げ指すべきは自分を救ってくれたような ているヨミそのものでした」 あるようなその店は、本がク生きていずだった姿。本好きには堪らないファても戻ってくると思うんです」 物語を書くこと。そして少しでも読ん 中学の時に起きた痛みある出来ごとるちょっと不思議な書店だった。 ンタジックな世界が広がる。 一気読み必至のクライマックス。後でくださる方の助けになることなんで史 田 から、居ることを躊躇してしまう教室、「その設定が浮かんできたのは、勤め「はじめは異世界の図書館を舞台に書に残るのは何とも言えない充実感とす」 顔を合わせれば喧嘩する姉がいる家ている大学の図書館で、本の修復作業こうと思っていたんです。でも読む方ク本に対する新たな視点だ みはぎ・せんや・ 1985 年宮城県生まれ。東京真 いつも図書室でひとり本を読むョを教えてくれた上司が、本に対してにとってわかりやすく身近な方がいい 「本って無機物で、意思は持っていな農業大学卒業。現在埼玉県在住、大学図書館勤務。写 ク本へ恩返し、してこない ? ッと、 クこの子って言い方をしているとこかなと。そして何より書店で自分のた いけれど、いろんなものを与えてくれ裏道通り三番地、幻想まほろば屋書店」にて第 2 子 回ダ・ヴィンチ「本の物語」大賞〈大賞〉を受賞し、 司書教諭のノリコ先生が紹介してくれろからでした。ク この子、ばろばろに . めに買う本に、私はとても思い入れがる。そこに人格を付与してみたら、読改題した本作でデビ、ー。近著に、『たま高社交ダ 河 たのは、とある書店。ョミはそこで夏なって帰ってきたねッとかクこの子、あるものですから。特別な一冊としてむ人の方が上ということはなく、本とンス部へようこそ』 ( 角川スニーカー文庫 ) がある。 文 朝川山山川 せ 萩 イ . 外ウ・インチ」 6

6. ダ・ヴィンチ 2015年9月号

『気になるなら、早いとこ探してくれ』 「ちょっと。ちょっと待ってよ」 素っ気なく探せと言われて、詩織はかちんときた。人からの もらい物を読まずに積んでしまった自分も確かに悪いナカ 急ぐ理由も言ってくれず、ただ探せとはこれ如何に 「史章、明日仕事休みだよね。暇でしよ、探すの手伝いに来て」 『ええ ? やだよ、面倒くさい』 「あたしの部屋がどんな状態なのか、分かってるでしよ。一人 じや無理だよ。それに、下手に動かして雪崩起こしたら、あた し生き埋めになって死ぬって」 『そこは気をつけてやれよ』と史章。 「気をつけたって、そうなる時はなるってば。、い配なら、ちゃ んと手伝いに来て」 『まあ、気が向いたらな』 曖味に返事を濁した史章は、それ以上話すことがなくなった のか『じゃあな』と通話を切ってしまった。念を押すタイミン グを失い、詩織は不完全燃焼のようなもやもやした気持ちで携 帯電話をポケットに押し込んだ。 「まったくも , フ : : はいはい、気をつけて探しますよーーーあ」 崩し進んできた本の山と再び向き合った時だ。 「あった」 史章がホワイトデ 1 のお返しにとプレゼントしてくれた本。 詩織は目の前にそびえる山の合間に、目的のそれを見つけた。 詩織はそれが本当に目的のものかと、思わずまじまじと見る : が、間違いない、 探していた本だ。こんな大量の本の中か ら見つかりつこないと諦めかけてすらいたのに、見つかる時は 随分あっけないものだと、詩織は肩をかくんと脱力させた 探していた『文豪たちの書斎』も、他の本の例に漏れず、本 の山の一部だった。そしてその本は詩織の目に、きらきら輝い て見えた。もちろん錯覚なのだけれど、まるで岩盤に挟まるよ こ、、、こっこ。場一所よ、 うに埋まった宝石が顔を覗かせているみナしナナ ちょうど詩織の肩の位置ほどの高さ。上に何冊か積まれている か、引っこ抜けそ , フでもある 上の本を退けてからの方が当然確実なのだが、長時間の作業 によって疲弊した思考は、その確実な方法を選ばうとしなかっ 。直接『文豪たちの書斎』を掴み、上に積まれた数冊のバラ ンスを崩さないように引っ張る。 詩織は普段、同じように本を積み上がった山の中から引っこ 抜いていた。いつも大丈夫だったのだ、今日も大丈夫だろう そ , フ田 5 ってい一 4 へ「 それが油断だったと詩織が気づいたのは、目的の本を引っこ 抜いた瞬間のこと。 「あっ」 だるま落としのように一部を抜かれた本の山。それが大きく ぐらついたのだ。本を握ったまま、詩織は慌ててそれを支えよ うとする。だが、それは複数の積み上げられただけの本。詩織 の手から零れ落ちるようにして、一冊一冊バラバラになって落 下する。その落下した本が、他の山にぶつかって刺激を与えた。 「やっ、えつ、待つ、ちょっ : : きゃああっ ! 」 ぐらついた本の山々が、岩盤の崩落を連鎖させ、詩織の上に 雪崩落ちてきた。津波のようにあっという間に詩織を飲み込ん で、真っ暗闇の中に閉じ込める。 タ・・ウ・インチー 110

7. ダ・ヴィンチ 2015年9月号

れたら、喜んで受けようと田 5 う。けれど、そんな流れには、史 章の様子を見ている限り、残念ながら当分はならなそうだった。 自分で書く恋愛小説の男女は、もっとお互い盛り上がっている のに : : : 現実はなかなかに単調で平坦だ。ロマンス、なにそれ おいしいの ? 結婚すれば、こんな風に一人でご飯を食べに外に出ることも 一人は嫌いではないし、 減るだろうか、と詩織はふと田 5 った。 時々無性に人恋しくなるから、本当 一人飯くらいできるけど、 わたしってば勝手、と自分に苦笑い それにしても。 結婚か、と考える。結婚ーーー・となると、同棲 「そうなったら、あの本もいよいよどうにかしないとだな 現在絶賛切り崩し中の積読の山を思い浮かべ、詩織は唸った。 : けれど、本に囲まれていた やつばり貸し倉庫が妥当だろう : いという欲求もある : いつの間にか空は完全な夜の色になっていた。街灯に照らさ れた桜が白くて綺麗で、まるでウェディングドレスみたいたな んて思いながら、詩織はお腹の虫の鳴き声を聞く。 結婚に、ドレス。どちらも自分には当分縁がなさそうなシロ モノだと思い、少し切なくなった。 「腹ごしらえも済んだし、再開しますかっと」 駅の近くにあるファミレスでタ食を済ませ帰宅した詩織は、 お決まりのひとり言を呟くと、早速先ほどまでやっていた作業 の続きに取りかかった。 一冊、また一冊と確認しては別の場所 に積み直すというのを、再び単調に繰り返す。 最初はここ数ヶ月のうちに買った本ばかりだった。だが、そ のうち数年前に買った本がひょっこり現れたりもした。詩織が 無闇矢鱈と積んできた結果なのだが、この積読の山はまるで生 きているように取り留めがない。 だが、その取り留めのない自分の買ってきた本の山を一冊一 冊眺めているうちに、詩織はまるで客観的に自分を見ているよ うな気分になってきた。どれも自分が食指を動かされ、購入し た本が大半で。自分という者がどんなものに惹かれるのか、そ れをこの本の山が表している気がした。 多分、自分は本そのものに惹かれているのだろう。これまで もこれからも、きっと本なしで生きていくことなんて、できっ こないだろう、と詩織は思う。 形も、中身も。この紙やインクのにおいも。これだけの冊数 が醸し出す圧倒的な充足感も。図書館もいいが、あそこにある 本はみんなのもの。やつばり、自分だけの本というのがミソだ。 しいよねえ、やつばり : ほう、と本の山を見上げ、詩織はため息をついた やつばり貸し倉庫に預けるなんて、と詩織は思い直す。これ らの本は、詩織を形成する一部のようなものなのだ。そばに置 いておきたいし、離れるなんて無理じゃないか。そうなると、 史章との同棲も無理 : 「まあ、史章はプロポ 1 ズなんて、当分してこないだろうしな」 彼のプロポ 1 ズする姿なんて、これつばっちも想像もできず にいる現在。無理して貸し倉庫にと考える必要も、まだなさそ タ・・ウ・インチー 1 08

8. ダ・ヴィンチ 2015年9月号

ダウインチ レコメノド 09 600 本が好きなひとならきっと覚えのある、そんな経験を、『ダ・ヴィンチ』誌上で再現できたら それは本屋さんが、あれこれ考えて選び出した本だからこそ。 「これは面白い ! 」という新鮮な出会いが得られる占 立ち読みの醍醐味は、自分が探していたわけでもない本を次々に読むうち、 本屋さんの店頭には、その本屋さんがセレクトした本がずらりと並んでいます。 そのコンセプトは「立ち読み」です。 本とコミックの情報誌『ダ・ヴィンチ』が、読者の皆さんに本の面白さを伝える大好評企画 ! そう願ってセレクトした書籍から、内容の一部をそのまま転載。 新たな本との出会いを楽しみにしつつ、立ち読みしてみてください。 文 = あっしな・るせ、立花もも このコーナーを『ダ・ヴィンチ』電子版でも立ち読みできます ! しかも増ページ ! この「立ち読み ! ダ・ヴィンチレコメンド」コーナーの電子書籍版を、「ダ・ヴィンチ』電子版でもお楽しみいただけます。現在、「ダ・ヴィンチ』電子版を配信し ている電子書店は、「紀伊國屋書店 Kinoppy 」「 KindIe ストア」「 d マガジン@」「 Newsstand 」「 BOOK±WALKER 」「ブックパス」「 BookLive! 」「 honto 」「楽天 Kobo 」「 Reader Store 」です。いつでもどこでも、お持ちの電子書籍端末で、立ち読みを楽しめます。 、「ダ・ヴィンチ』本誌では本の内容の一部を一冊につき 2 ページご紹介、電子版では 6 ページご紹介しています。 199 ーダ・ウ・インチ

9. ダ・ヴィンチ 2015年9月号

や ん せ 萩 山 の 士冗 積 どうやら史章が詩織を掘りだしてくれたらしい 「ごめん : : : ありかとう」 「、、こか、ら いや、急かした俺も悪かった」 項垂れる詩織に、「大丈夫か ? 」と史章が気遣うように尋ねた 「ちょっと頭痛いけど大丈夫 : : : それより、ごめん。結局あの : おり : 詩織 ! 」 埋まっちゃった、と言いかけて、詩織は自分がずっと抱きし 眩い光にまぶたを打たれ、詩織は静かに目を開けた。 めていた一冊の本に気づいナ ばんやりとしていた目の前の輪郭がはっきりしてくる。光の それは、探していた『文豪たちの書斎』だった。 中に、人がいる 「ー。ーあ。あった。あったよ、史章。ほら」 「分かった。分かったから。今はそれよりも、お前の身体だ 史章が、詩織を見下ろしていた。心配そうに顔を歪めて。 頭痛いんだろ ? 悪いところ打ってるかもしれないから、病院 詩織は身体を起こす。頭に鈍い痛みが走った。 行け。タクシ 1 呼ぶから」 辺りを見渡す。 興奮気味に本を見せる詩織を横目に、史章は冷静に携帯電話 積み上げていた積読の本が、すべて崩れていた。まるで爆破を耳に当て、タクシ 1 会社に電話した。 さんたん でもされたような惨憺たる状態だった。山々は平地のように 爿詩織。タクシー、十分くらいで来てくれるって」 なっていて、本で塞がっていた窓から何年ぶりかの朝日が差し 「あ、うん。でも、 , 」の本 : : : 」 込んでいる。どうやら崩れた山が隣の山を崩し、その山がまた 「感想は、あとでいいから。まあ : : : 読んだらどれかいいか教 さらに隣の山を崩して : : : と、面白いほどに連鎖して部屋中の えて」 山を崩してしまったようだ。いや、部屋の主である詩織として 詩織の言葉を制して、史章は手を差しだした。どれがって、 はまったく面白くないのだが 何が ? と思いながら詩織はその手を取って立ち上がった。何 あー、やっちゃった : か選ぶようなものが書かれているのだろうか : と詩織は目の前の惨状に頭を抱えて 嘆息した。 「病院、一人で行けるか ? 俺、ここ片付けておくから」 「だからこの本の山、危ないって言っただろ。俺が手伝いに来 「よ、よろしくお願いします : : : 」 なかったら、お前、冗談でもなく生き埋めのままだったんだぞ」 足場のない部屋の中を、詩織は見つけた本を持ったまま移動 詩織の様子に、史章が怒りながらもほっとしたように言った。 する。散らばった本を踏みつけなくてはならなくて、それがと ああ、やつばり。この本の山だもん。 いっかは、こんなことになるとってたんだよね。 そんな風に不思議と冷静に省みて、詩織の意識は本の海の中 で途切れた 111 ータ・・ウ・インチ

10. ダ・ヴィンチ 2015年9月号

や ん せ 萩 山 の +IP 積 さて、それではこれらの本。できれば、本棚にきちんとしまっ てあげたいところだが と詩織が本を積み替えつつ、考えて 時だっこ。 ビリリッピリリッピリリッ、と甲高い電子音。詩織はポケッ トから携帯電話を取り出す。史章からだった。通話にして耳に 押し当てる。 もしもし。ど - フしたの ? ・」 『ん。あの本、見つかった ? 』 「感想聞きたいって言ってたやつだよね : : : ごめん、まだ捜索 蔵書の十分の一ほどは確認しただろうか。だが、目的の本は 見つかっていなかった。見つかる当ても、気配もない。 そもそも、この部屋の有り様を知っていれば、要求が無茶な ことは自明の理。そして史章はここを知っているのだ。だから 詩織は、彼から「別にも - フ 『ちゃんと探してくれよ。あの本じゃなきやだめなんだから』 史章はすねたような口調でそう言った。 詩織はその言葉に疑問を覚え、眉間にしわを寄せる。 「うん「探すよ : : けど、何で ? 」 『何でって、何が』 「あの本じゃなきやって : : : あの、例えば、例えばだけどさ。 怒らないで聞いてね ? 」 『怒るかどうかは聞いてから決める』 つれない、 返事に、詩織は言おうかどうか迷いーー結局それを いいよ」と言われることを期待した。 口にすることにした。 「えっとね : : : 最悪見つからなかった場合、買い直すってこと も考えたん、だけど : 『、だめた』 まるで迷いのない即答に、詩織は思わずぎゅっと目を瞑った。 彼の怒りに着火してしまったのではないかと思い、胃がすくみ 上がる。 だが、違和感があったのだ 詩織にだって、彼にも、プレゼントとして選んだあの本への 思い入れがあるのは理解できる。しかし、こうも催促されるの そん には、思い入れだけではない何かがあるのではないか な小さな引っかかりか頭の片隅でちらちらと明滅し、どうにも 確認したくなってしまった。 『まあ、俺が初めてプレゼントしようと思った本だしさ』 詩織が違和感について考えていると、史章が電話の向こうで 軽い調子で言った。どうやら詩織の提案に怒ってはいないらし 詩織はほっとして謝罪する。 「ん、ヤなこと言ってごめんね。やけに本の感想、急いでるみ たいたったから、どうかなって、ちょっと田 5 っただけなんだ 『まあ、急いでるっちゃあ急いでるんだけど』 史章が、『ん 1 』と電話の向こうで言いよどんだ 「 : ・・ : ねえ、史章。何か隠しごとしてる ? 」 『リこ、そ , フい - フわけじゃ』 じゃあ何、と詩織が問えば、史章は『読んだら分かる』とだ け答えた。 109 ータ・・ウ・インチ