から作る法務部 特集 1 2 契約書の条項への落とし込み 不具合への対応とあわせて作業時間がひど くとられてしまう」 【 9 】 A は , 市販の契約書のひな型や , シス A はこのようなトラブル事例を , 業務フ テム開発に関係する法務書の書籍から , ① ロー図をもとにして整理・検討してみるこ 「仕様の決定」の段階で , 何が仕様として決 ととした。 定されたのかを明確にする手続を定めるこ と , ②「検証」の段階で , クライアント側 【 7 】で A がヒアリングした内容によれば , に不具合の特定を義務付けることに関連す X 社の開発業務の問題点は , どこまでが契約 る契約条項の文言を探し当て , または内容 上対応の求められる業務かの切り分けができ が近いものを修正して , 対応する契約条項 ない結果 , クライアントの求めに応じるま を作成した。 ま , 修補対応業務を行わざるをえなくなり , 業務が肥大化している点にあるように思われ 業務フローのどの段階に必要な対応を定め る。そうすると , 対応が必要な業務を切り分 てあればよいかをつかめていれば , 市販の契 けるためにも , 「契約上求められている機能 約書のひな型等を参照しつつ , これを具体的 ( = 仕様 ) を明確にする」「修補対応の前提と に条項に落としこむことができる。多少契約 して , 不具合の内容や状況を特定してもら 書の文言としてこなれていない場合でも , 必 う」との内容を契約書に落としこむことがで 要なポイントをはずさない内容で作成できる きればよさそうである。 ものと思われる。 業務フローのどの段階に向けて上記の内容 本件で , A が具体的に作成した契約条項は を反映した条項を記載すればいいのか検討す 以下のとおりである。なお , 甲がクライアン ることで , 具体的な契約書の内容を検討する ト , 乙が X 社である。 ことができる。 【条項例 1 】 【 8 】 A は , ヒアリングの結果をふまえ , ト 第・条 ( 仕様の確定 ) ラブルの発生を予防するには , 1 . 仕様の作成は乙が行うものとし , 甲は ①「契約上求められている機能 ( = 仕様 ) 乙に対し , 仕様作成に必要な情報を提供 かを明確にする」 する。 ②「修補対応の前提として , 不具合の内容 2 . 乙は , 仕様が完成した場合 , これを甲 や状況を特定してもらう」 に提示するものとし , 甲は , 遅滞なくこ れを検査のうえ , その結果を乙に通知す との対応が必要であるように思われた。 これを業務フロー図と照らしあわせて検 るものとする。 3. 仕様の内容に異議のない場合 , 甲及び 討した結果 , ①については , 「仕様の決定」の段階で , 何 乙の責任者が , 仕様書に記名捺印するこ が仕様として決定されたのかを明確にする とにより仕様書を確定するものとする。 ②については「検証」の段階で , クライ アント側に不具合の内容を特定する 仕様の内容を X 社側で書面化することを明 という内容の定めをおけばよさそうに思わ 確にしたうえで , クライアントが仕様書の内 れた。 容を確認した場合には , X 社とクライアント 側の責任者の記名押印をすることにより , そ 特集 1 19 ビジネス法務 2016.6
大別できよう。 ①組織関係 ( 会社法等に基づく文書 ) ②人事関係 ( 労働法に基づく文書 ) ③会計・税務関係 ( 会社法・税法等に基 づく文書 ) ④証券関係 ( 金融商品取引法・上場規程 等に基づく文書 ) ⑤業法関係 ( 各種取締法規に基づく文書 ) なお , 法令上作成が必要な文書のうち , 定の場合に閲覧や謄写等を行う必要のあるも のが存在するが , このような文書を作成する にあたっては , 閲覧等がなされうることも想 定する必要がある。たとえば , 取締役会議事 録は , 株主が権利を行使するため必要がある とき等に一定の要件のもとで閲覧や謄写等を 行うことができるとされている ( 会社法 371 条 2 項・ 3 項 ) が , 閲覧・謄写の対象となる取 締役会議事録に企業秘密が記載されていた場 合には , 企業秘密の防衛が難しくなってしま 2 つ 2 任意に作成しておくべき文書 一方 , 上記のように法令上必要といえない 場合であっても , 文書を作成することが企業 活動において有益である場合には , 文書を作 成すべきである。 法務的な観点からいえば , 具体的には , ①文書という「道具」を用いたほうが , 第三者に対する ( または第三者からの ) 意思表示や企業 , 団体内部における意思 決定などを適切に行うことができる場合 ②第三者との間の契約内容や企業 , 団体 内部における検討の過程や意思決定の内 容などの事実を , 文書という「証拠」で 後に証明することができるようにしてお くべき場合 という 2 つの場合が考えられる。 ①は , 文書を「道具」として用いることに よって , 意思表示や意思決定の内容を明確化 するという場合である。たとえば , 契約はロ 頭の約束によっても成立するが , 実際の契約 締結の場面において , さまざまな条件を交渉 し合意するためには , 契約書という文書を用 いなければ適切に行うことは困難である。ま た , 企業が重要な契約書を取引先との間で締 結しようとする場合 , 担当者が行った契約交 渉をふまえ , 企業や団体での意思決定のため に契約締結権限がある機関 ( 取締役会等 ) の 承認が必要になる。そして , このように機関 が意思決定を行うにあたっては , 稟議書など の文書を用いなければ , 具体的な意思決定の 内容を明確化することは困難である。 一方 , ②は , 文書を「証拠」として残して おくことによって , 後の紛争等を防止するこ とができるという場合である。たとえば , 企 業がいかなる内容の契約を締結したのかにつ いて , 後で紛争になる場合を考えれば , その 契約内容を契約書という「証拠」として作成 し , 保存しておくことが望ましいことは言う までもない。 これらの観点からすれば , たとえば , 最終 的な合意を契約書などの形式で作成する 3 とはもちろん , 契約締結過程の交渉内容など も , たとえば議事録 4 などを作成したり , 相 手方からの要求は文書でもらうようにするな 2 監査役設置会社等では閲覧・謄写に裁判所の許可が必要であるところ , 閲覧・謄写により著しい損害を及ぼすおそれがある場 合には許可をすることができないとされているが , 企業秘密の流出のリスクが払拭されるわけではない。 3 文書作成の目的に照らせば , 契約書という形式のみを整えても意味は乏しい。実際にどのような内容の合意に達したかを明確 に記載して初めて目的が達成される。 4 議事録の証明力を高めるためには . 相手方の押印をもらう , 相手方に電子メールで送付して内容を確認させる ( その旨の返信 メールを送らせる ) などの手法が考えられる。 24 ビジネス法務 2016.6
法務部には , ビジネスセンス以前の自社業界 のビジネス知識やビジネス理解が十分ではな い場合がある。 法務部には , 自社ビジネスについて , 会社 の内外の意見や利益を調整のうえ , 契約書の 作成その他の法務対応に落としこむことが求 められる。社内外の関係者と円滑にコミュニ ケーションをとるためにも , 自社が属する業 界や自社の取り扱うサービスまたは製品につ いて , 基礎的な知識や理解の習得を欠かすこ とはできない。 立上げ期の法務部は , 会社の事業部門にと ってなかなかコミュニケーションの取りづら い存在になりがちである。法務部側から , 自 社のビジネスや業界知識を吸収しようという 姿勢をみせて積極的にアプローチをはかり , ビジネス知識という「共通言語」を作り出す ことが重要である。 Ⅲ法務対応ーーー契約書整備 1 事業部門からのヒアリング 【 5 】自社ヒジネスの知識の吸収や理解に 定の目処がたった A は , 開発担当者に問題 となっている取引先とのトラブルの概要や 傾向を確認することにした。 A はヒアリングの事前準備として , あらか じめ確認していた X 社の開発工程の流れを , 業務フロー図にまとめてみることとした。 ( 1 ) 業務フロー図の作成 ヒアリングの事前準備としては , 業務フロ ー図を作成することが有益である。 業務フロー図の作成それ自体が , 自社ビジ ネスの理解に役立つうえ , ヒアリングに際し ては , 打ち合わせの案内図としても機能させ ビジネス法務 2016.6 ることができる。また , 業務フロー図に従い 18 順を追って検討してみると , 必ずしも事業部 門側で意識されていなかった法務対応のニ ズを掘り出すことができる場合がある。 【 6 】 A は , 以下のような業務フロー図を作 成し , これを見取り図に , 開発部門の担当 者からのヒアリングを実施した。 受注 システム内容確定に向けた協議 仕様の決定 開発 検証 修補対応 運用テスト 保守 ②ヒアリング結果の分析 【 7 】ヒアリングの結果 , 以下のような事情 が伺えた。 「納品後 , クライアントから想定した機能 が備わっておらず , また , 不具合もあるの で対応して欲しいとの要望を受けることが 多い」 ド想定した機能 " といっているが , 明確 に約束されていない機能を実装するよう要 望される場合が多い。なかなか断りきれず に作業対応している」 「不具合の内容が抽象的で , どの場面でど のような不具合が生じているのかよくわか らないことが多い。確認に時間がとられ ,
1 から作る法務部 特集 1 ョンができあがっていない段階では , いきな 階で開発担当者から A に問い合わせがくるよ り仕組みに落としこむよりも , 事業部門と法 うになった。 A が作成したシステム開発契約 務部門とのコミュニケーションの機会を増や 書の各条項とあわせて , トラブルの芽の段階 すことのほうが適切である。 でこれを未然に防ぐことも多くなってきた。 A は , このような法務対応を続けるうち 2 社内研修の実施 トラブルの発生予防のポイントが各段 階で見えてくるようになり , そのポイント 【 12 】 A は , 事業部門に法務の役割や意義を に関する問い合わせに対しても類型的に対 知ってもらうため , 社内研修を行うことと 応できるようになった。 した。社内研修では , 契約書作成時のヒア A は , 自社の開発業務の各段階における リング内容や , 作成した契約書によるトラ ポイントとその対応をチェックリストにま ブル対応例を中心に , 他社事例を交えなが とめ , その内容を開発部門と共有した。ま ら , 「どのようなタイミングで法務部門に問 た , そのチェックリストの内容の解説や意 い合わせをすればいいか」を自分なりに表 義についても再度社内研修を図ることとした。 現して共有をはかった。 事業部門からの問い合わせを効果的に喚起 法務対応の経験が蓄積すると , 自社ビジネ するためには , 社内研修で法務の役割や法務 スのチェックポイントや必要な対応が見えて に確認することのメリットを研修形式で伝え くるようになる。個々の法務担当の知見か ら , 組織的な法務体制として発展させるため ることが適切である。 社内研修の内容としては , 抽象的な法務解 には , チェックリストのような形で文書化 説を行うのはなく , 「トラブル発生のポイン し , 必要な対応を類型化し , これを伝達する トはどの部分にあるか」「適切なタイミング ことが有用である。 で問い合わせをすればどのような法務解決が このようなチェックリストの作成を通じ て , 事業部門からさらに意見や状況を吸い上 ありうるのか」「逆に法務確認をしなかった ことでどのようなトラブルに巻き込まれるこ げ , またこれを反映することを通じて , 単に 自社の法務リスクを軽減するのみならず , 法 とがあるのか」といった具体的なものとする 務と事業部門の情報交換を密にし , 法務に情 ことが重要であろう。 報が集まる体制構築の一助とできる。 また , 自社で実際にあった事例のみなら 本件で A が作成したチェックリストの抜粋 ず , 近時の他社事例を用いることができれば なおよい。取り上げた事案や具体例とまった は以下のようなものである。 X 社のビジネス である , システム開発の入り口と出口の部分 く同じような事態は起きなかったとしても , 何がトラブルになりうるかの感覚を一部でも についての定めである。 事業部門と共有できるよう工夫し , 「お問い 合わせ」につなげることが重要である。 V おわりに 3 チェックリストの作成 【 14 】開発部門と密なコミュニケーシコンを 【 13 】社内研修の成果からか , 法務の役割へ とっている A には , 開発部門から適時に問 の理解が深まったからか , 開発業務の各段 特集 1 21 ビジネス法務 2016.6
消費者契約法改正法案の概要 清和法律事務所 弁護士山本健司 平成 28 年 3 月 4 日 , 消費者契約法の実体法部分の改正を内容とする「消費者契約法の一 部を改正する法律案」 ( 以下「改正法案」という ) が閣議決定され , 第 190 回国会に提出さ れた 1 。上記改正法案は早ければ本年 5 月にも可決成立する見通しである。 本稿では , 上記改正法案の概要と実務上の要点を紹介する。なお , 意見に及ぶ部分は筆 者の私見である。 12 月 25 日に第 1 次の報告書が「消費者契約法 朝改正法案の国会提出に至る経緯 専門調査会報告書」 ( 以下「専門調査会報告 書」という ) としてとりまとめられた 2 。 消費者契約法 ( 以下「消契法」という ) 今回の改正法案は , 専門調査会報告書にお は , 消費者・事業者間の情報・交渉カ格差を いて「速やかに法改正を行うべき内容」とさ ふまえて消費者の利益を擁護すべく , 平成 れた 7 事由を , 具体的な法案として条文化し 12 年に消費者契約に関する民法の特別法とし たものである。 て制定された法律である。 同法については , 制定後の情報通信技術の 改正法案の概要 発達 , 高齢化の進展 , 民法 ( 債権法 ) 改正論 議の進展といった社会経済状況の変化を受け 1 不実告知取消しに関する重要事項の拡大 て法改正の必要性が議論されるようになり , 改正法案における 7 つの改正点の第 1 は , 不 平成 26 年 8 月の内閣総理大臣からの諮問のも 実告知取消しに関する重要事項の拡大である。 と , 同年 11 月から内閣府消費者委員会の消費 具体的には , 不実告知を理由とした誤認取 者契約法専門調査会においてあるべき法改正 消しの対象である「重要事項」に , 「物品 , 権 の内容に関する議論が重ねられ , 平成 27 年 1 「消費者契約法の一部を改正する法律案」の詳細な内容は , 消費者庁のウェブサイトをこ参照いただきたい (http://WWW. caa. go.jp/soshiki/houan/index. html)o 2 「消費者契約法専門調査会報告書」の概要については , 本誌 2016 年 4 月号 60 頁以下でこ紹介したとおりである。同報告書の 詳細および同専門調査会における議論の経緯については , 内閣府消費者委員会のウェブサイトをこ参照いただきたい (http: 〃 www.cao.go.jp/consume 「 /kabusoshiki/othe 「 /meeting5/index. html)o 90 ビジネス法務 2016.6
1 解説 原則③は , 不祥事調査を通じて策定された 再発防止策を「迅速かっ着実に実行」するこ との重要性を説くものである。不正調査から 導かれる再発防止策には , 組織の変更や社内 規則の改定等 , 制度面の改変に関連する項目 こうした変革には時 が少なくない。しかし , 間がかかることも多く , また , 制度面の改革 を実行したとしても , その後の運用において 不祥事の反省に基づく着実な運用がなされな ければ , 早晩こうした努力も形骸化しかねな い。本原則は「喉元過ぎれば熱さを忘れる」 ということがないよう , 自主規制法人として 再発防止策の迅速かっ着実な実行を要請し , 特にその「運用」と「定着」の重要性を強調 したものと言える。 2 実務上の留意点 一般に , 不祥事調査の終了直後の段階で は , 多くの経営陣は真摯な反省と危機感から 再発防止策の迅速かっ着実な実行への強い意 志を持っている。しかし , 調査完了と関係者 の処分などを契機に不祥事に対する社会的関 心も一段落することが多く , それに伴い再発 防止策の実行に対する経営陣の関心・危機感 が低下し , その導入の遅延や形骸化を招いて しまうことは珍しくない。再発防止策の内容 が , 従前の組織体制や作業慣行の変更を強い るなど実効性と痛みを伴うものであればなお さらである。 こうしたリスクを事前に予防するための方 策として , 近時は , 再発防止策の運用・定着 状況を継続的に監視するための外部監視機関 の設置など , モニタリングの仕組みを導入す る事例が増えている。再発防止策の運用や定 着の度合いについて , 定期的に社外からのチ ェックが入るということになれば , 担当部署 や現場の従業員としてもこれに対して安易に 反発することはできず , また , 経営陣として も再発防止策の不十分な運用を放置すること が難しくなる。また , 最近はさらに一歩進ん で , 再発防止策導入の進捗状況を定期的に社 外に公表することを約束することにより , 社 内における再発防止策の運用・定着に一定の 強制力を持たせようとする事例も確認されて いる。 再発防止策にあたっては , これらの事例を 参考にしつつ , 不祥事の重大性や会社の内部 状況に応じて , 適切な継続監視の仕組みを導 入することが望ましい。 1 解説 原則④は , 不祥事に関する迅速かっ的確な 情報開示を要請するものである。そもそも上 場会社においては , 事業に重大な影響を与え る不祥事に際して , 金融商品取引法に基づく 臨時報告書の提出や , 取引所の上場規程に基 づく適時開示など , 一定の情報開示が義務付 けられている。さらに , 未公表の不祥事につ き報道等が先行した場合には , 上場規程に基 づき取引所から報道内容の真偽照会が行わ れ , 取引所の要請に基づき回答内容の開示を 求められることも増えている。同原則は , れら法令または取引所規則等により開示が求 められる場合に限らず , 上場会社に対し , 透 明性確保と説明責任の観点から任意での情報 開示についても検討を促すものである。他方 原則④「迅速かっ的確な情報開 不祥事に関する情報開示は , その必要に 即し , 把握の段階から再発防止策実施の段 階に至るまで迅速かっ的確に行う。 この際 , 経緯や事案の内容 , 会社の見解 等を丁寧に説明するなど , 透明性の確保に 努める。 98 ビジネス法務 2016.6
「上場会社における不祥事対応の プリンシプル」対応上の留意点 はじめに 2016 年 2 月 24 日 , 日本取引所自主規制法人 ( 以下「自主規制法人」という ) は「上場会 社における不祥事対応のプリンシプル」 ( 以 下「本プリンシプル」という ) を公表し , 上 場会社が自社 ( グループ会社を含む ) の不祥 事対応に臨むに当たり , その「根底にあるべ き共通の行動原則」を示した。 本プリンシプルにおいて示された 4 つの行 動原則は , 上場審査および管理等を司る自主 規制法人が , 上場企業の不祥事対応のあるべ き姿についてその基本姿勢を明らかにした初 めての指針であり , あらゆる不祥事事案につ いての一律の対応基準 ( ルール・べース ) と して規則を設けるのではなく , 事案ごとに 定の解釈の幅を残す行動原則 ( プリンシプ ル・べース ) という形で , 不祥事対応に臨む 上場企業の判断の拠り所となる規範を定めた 点を特徴とする。 本プリンシプル策定の背景には , 近時にお ける上場会社の不祥事対応において「原因究 長島・大野・常松法律事務所 弁護士塩崎彰久 弁護士渡辺翼 明や再発防止策が不十分であるケース , 調査 体制に十分な客観性や中立性が備わっていな いケース , 情報開示が迅速かっ適切に行われ ていないケース」などが散見されることがあ げられている。企業の不祥事対応のあり方に 対する社会的な関心や問題意識が年々高まっ ており , また , 不祥事に適切に対応することが 取締役の善管注意義務の一内容として捉えら れるに至っている現状に鑑みれば , 本プリン シプルの内容を理解し , 適切な不祥事対応の 指針とすることはますます重要となっている 1 。 以下では , 本プリンシプルの各原則の内容 を解説するとともに , 各原則に対応する実務 上のポイントについて論じる。 原則①「不祥事の根本的な原因 の解明」 不祥事の原因究明に当たっては , 必要十 分な調査範囲を設定の上 , 表面的な現象や 因果関係の列挙にとどまることなく , その 背景等を明らかにしつつ事実認定を確実に 自主規制法人も . 本プリンシプルの策定に当たり実施されたバブリック・コメント手続 ( 「バブコメ」 ) において , 「本プリン シプルは上場企業の行動を一律に拘束するものでは」ないものの , 「上場会社が本プリンシプルに即して対応した場合には , 原因究明・再発防止等が適切に図られ実行されることにつながり , そのような状況が実現することによって , たとえば再発防 止の実施状況等が審査対象に含まれる場面 ( 特設注意市場銘柄の解除等 ) においてプラスに考慮されることになる」と考えら れるとの見解を表明している。 94 ビジネス法務 2016.6
1 から 作る法務部 顧問弁護士と どう連携するか AZX 総合法律事務所 弁護士高橋知洋 これまでは会社の成長のスピードに柔軟に対応にできるよう顧問弁護士にすべての法務 業務をアウトソースしていたような会社が , 落ち着いたところで社内弁護士を雇い , 社内 での情報の集積と内製化を図っていくようなケースも多い。特に , 株式上場 ( 以下「 IPO 」 という ) を目指すべンチャー企業などにおいては , IPO 後の落ち着いたところで社内弁護 士を雇用するようなケースが見られる。他方で , 一部を内製化したあとでも , 引き続き顧 問弁護士との連携が必要な場面も多くあると思われるため , 本稿では , どのように顧問弁 護士との業務引継ぎを行い , その後の連携を図っていくかについて解説する。 ( 2 ) ひな型作成の流れと注意点 I 引継ぎについて ひな型が作成済みであれば , その内容をプ ラッシュアップすべく , これまで相手方企業 からどのような修正を要望されることが多か 1 契約書のひな型の整備 ったかを , 顧問弁護士 , 企業の現場担当者の ( 1 ) ひな型作成の有用性 企業間の取引では日々数多くの契約書が交 双方からヒアリングし , より完成度の高いも のを作成する。ひな型が作成済みでない場合 わされているが , ビジネス上のリスクへッジ は , 顧問弁護士と法務部で打ち合わせの機会 を安定的に図るためには , 日常的に取り交わ を持ち , どのような契約書の形態が多く , そ す契約書の類型については社内のひな型を整 のうちどの契約書を , どのような形でひな型 備しておくことが有用である。どのような類 型の契約書をひな型化すべきかは事業内容に 化するとよいかをヒアリングし , 会社の現場 担当者の意見もあわせてひな型化する。 よって異なるが , おおむねどの企業でも秘密 ある程度完成した段階で , 顧問弁護士と現 保持契約書と業務委託契約書は日常的に取り 場担当者の双方同席のもと , ひな型のプラッ 交わされているのではないだろうか。これに シュアップのための勉強会を行い , 現場にお 加えて , 広告業であれば , 広告主 , 媒体との いて使いやすく , かっ法的にもリスクへッジ それぞれの基本契約 , 代理店契約など , 会社 ができている契約書のひな型の作成を目指す の事業内容にあわせていくつかの類型が考 のも有用であろう。 えられる。 また , ひな型の作成にあたり重要なのは次 特集 1 特集 1 0 35 ビジネス法務 2016.6
の仕様書を確定するとの内容を定めている。 これで , 仕様書の記載を確認すれば , 何が仕 様であったかの認識の齟齬の発生を相当に限 定することができる。 【条項例 2 】 第・条 ( 検収 ) 3 第 1 項の検査により , 成果物に仕様の 不一致その他不具合 ( 以下単に「不具合」 という。 ) が発見された場合には , 甲は , 当該不具合の具体的な内容及び発生状況 その他乙が指定する事項を記載のうえ , 書面によりこれを乙に通知するものとす る。乙は , 当該書面の記載により不具合 が特定された場合につき , 当該不具合の 修補を行うものとする。 クライアントに , 不具合の内容と発生状況 を書面により通知してもらうとの定めをお き , 書面の記載から不具合の特定がなされた 場合に , X 社が修補対応を行うとの記載にな っている。抽象的な不具合の通知により , X 社側で対応に苦慮する , という事態の軽減が 図れる。 【 10 】 A は , 丁寧なヒアリングとその対応策 の検討により , 各契約条項の作成と検討を 繰り返し , 自社のメインのビジネスである , 「受注側のシステム開発契約書」を , 自社の 法務ニーズをふまえたものとして完成させ ることができた。 しかしながら , 今度は開発の外注先との 間で発生しているトラブルを解決したいと して , 次の契約書の作成が A に持ち込まれ るのだった。 立上げ期の法務部が , 優先順位の最も高い 契約書を作成した場合の流れを追った。この ようなビジネスフロー図と業務フロー図の作 成・分析による検討の方法によれば , 以後さ まざまな契約書の作成またはレビューの依頼 が持ち込まれても , 重要なポイントを外さず に対応することができるだろう。 Ⅳ法務体制の構築 1 情報の集まる仕組み 【 11 】 A は , システム開発契約書やその他の 契約書の作成におけるヒアリングを通じて , 「実は疑問に思っていた」「そのような対応が 可能ならば早く聞いておけばよかった」など といった声を多く聞き , 法務ニーズが潜在的 には社内に多く存在していることがわかった。 A は , そのような法務から見えていなか ったニーズを拾い上げ , 自社内で何が起こ っているのかを法務担当である自分が把握 できる仕組みを作れないか , 取り組んでみ ることとした。 立上げ期の法務部が , 「法務ニーズがあれ ば問い合わせてください」と他の部門に周知 したとしても , なかなか問い合わせは来ない のが通常であろう。立上げ期の法務部と同様 に , 事業部門側でも法務部門は初めての存在 であるため , 「どのようなタイミングで / 何 について問い合わせればいいのか」という組 織的な経験知がなく , その仕組みが構築でき ていないからである。 実力ある法務担当がいるという段階から , 法務体制が立ち上がる段階まで発展させるた めには , 事業部門からの問い合わせが適切な タイミングで届き , 法務に必要な情報が自然 と集まる仕組みの構築が必要不可欠となる。 そのための方策としては , 日々の業務フロ ーに逐一法務チェックを入れる稟議フローを 導入してしまう方法が最もわりやすい。しか しながら , 法務部門と事業部門とのリレーシ 20 ビジネス法務 2016.6
から作る法務部 構築していくという観点から , 特に「証拠」 ど , 文書として作成しておくことを心がける べきである 5 として残しておく必要性がいつまであるの か , といった点を考慮して定める必要がある。 保存期間の 1 つの目安としては , 少なくと 3 体制を整えるために も紛争の対象となる請求権の消滅時効期間を 文書の作成について , 社内規程などで基準 カバーできる期間とすることが考えられる。 を一律に設けることは事実上難しい。しか いわゆる商事消滅時効の時効期間は 5 年間と し , 交渉内容を文書で残すことの重要性を啓 されているため ( 商法 522 条 ) , 軽易な文書を 発するなど , どのような文書を作成すべきか 除き ( 契約期間がある契約に関しては契約期 という点について社内の認識を共通化してい 間の終了から ) 5 年間保存を行うことが考え くことが重要である。 られる。とはいえ , たとえば , 債務不履行が 不法行為とされた場合には , 時効期間 ( 除斥 Ⅲ文書の保存 期間 ) は知ったときから 3 年間または不法行 為時から 20 年間となるし ( 民法 724 条 ) , 取締 役の任務懈怠による第三者に対する損害賠償 文書の保存については , 主に , いかなる文 責任 ( 会社法 429 条 ) が生じるとされた場合に 書をどの程度の期間保存するか , 保存方法 は , 時効期間は 10 年となると解される ( 民法 ( とりわけ , 企業秘密を含んだ情報をどのよ 167 条 1 項 ) ため , 消滅時効の期間を目安とし うに管理するか ) の 2 点が問題となる。 て保存期間を設定する際には , 法律構成によ って , 時効期間が異なってくる可能性がある 1 保存期間 文書の作成と同様に , 法令上 , 文書の保存 ことにも注意が必要となる。 情報管理規程や文書管理規程といった社内 が必要である ( 義務づけられている ) とされ 規程を策定するにあたっては , 上記の考え方 ているものが存在し , 企業としては , 当然 , をふまえ , 保存期間の設定を行うべきもので これらの書面を保存しておく必要がある。文 書の保存期間についても , 法令の定めを遵守 ある。 一例として , 保存期間については , 次のよ する必要がある 6 うなカテゴリーを設けることが考えられる。 一方で , 法令上の保存期間が定められてい 具体的には , 各社の特質をふまえ , より細か ない文書を保存するのは , 文書に表された事 い分類を設けたり , 保存期間の伸長短縮 7 を 実 ( 第三者との間の契約内容や企業 , 団体内 検討すべきである。 部における検討の過程や意思決定の内容など の事実 ) を「証拠」として利用できるように するためといえる。したがって , その保存期 間は , 企業において適切なリスク管理体制を 5 紛争となった場合 , 電子メールも重要な証拠となることが多い。企業において電子メールが一定期間経過後に自動的に削除さ れてしまう設定であったり , 容量が十分でなく削除せざるをえない場合には , 電子メールをプリントアウトして保存しておく ことも検討されるべきである。 6 法令上の保存期間を経過した後に . その文書を継続して保存しておくべき場合も存在する。具体的な考え方については , 法令 上の保存期間が定められていない文書と同様となろう。 7 漏えいのリスクを除けば , 保存期間は長いほうが望ましい。しかし , 保存のためにはコストの発生が不可避であるから . 文書 の重要性などを勘案のうえ , どこかで割り切るほかない。 特集 1 特集 1 25 ビジネス法務 2016.6