「上場会社における不祥事対応の プリンシプル」対応上の留意点 はじめに 2016 年 2 月 24 日 , 日本取引所自主規制法人 ( 以下「自主規制法人」という ) は「上場会 社における不祥事対応のプリンシプル」 ( 以 下「本プリンシプル」という ) を公表し , 上 場会社が自社 ( グループ会社を含む ) の不祥 事対応に臨むに当たり , その「根底にあるべ き共通の行動原則」を示した。 本プリンシプルにおいて示された 4 つの行 動原則は , 上場審査および管理等を司る自主 規制法人が , 上場企業の不祥事対応のあるべ き姿についてその基本姿勢を明らかにした初 めての指針であり , あらゆる不祥事事案につ いての一律の対応基準 ( ルール・べース ) と して規則を設けるのではなく , 事案ごとに 定の解釈の幅を残す行動原則 ( プリンシプ ル・べース ) という形で , 不祥事対応に臨む 上場企業の判断の拠り所となる規範を定めた 点を特徴とする。 本プリンシプル策定の背景には , 近時にお ける上場会社の不祥事対応において「原因究 長島・大野・常松法律事務所 弁護士塩崎彰久 弁護士渡辺翼 明や再発防止策が不十分であるケース , 調査 体制に十分な客観性や中立性が備わっていな いケース , 情報開示が迅速かっ適切に行われ ていないケース」などが散見されることがあ げられている。企業の不祥事対応のあり方に 対する社会的な関心や問題意識が年々高まっ ており , また , 不祥事に適切に対応することが 取締役の善管注意義務の一内容として捉えら れるに至っている現状に鑑みれば , 本プリン シプルの内容を理解し , 適切な不祥事対応の 指針とすることはますます重要となっている 1 。 以下では , 本プリンシプルの各原則の内容 を解説するとともに , 各原則に対応する実務 上のポイントについて論じる。 原則①「不祥事の根本的な原因 の解明」 不祥事の原因究明に当たっては , 必要十 分な調査範囲を設定の上 , 表面的な現象や 因果関係の列挙にとどまることなく , その 背景等を明らかにしつつ事実認定を確実に 自主規制法人も . 本プリンシプルの策定に当たり実施されたバブリック・コメント手続 ( 「バブコメ」 ) において , 「本プリン シプルは上場企業の行動を一律に拘束するものでは」ないものの , 「上場会社が本プリンシプルに即して対応した場合には , 原因究明・再発防止等が適切に図られ実行されることにつながり , そのような状況が実現することによって , たとえば再発防 止の実施状況等が審査対象に含まれる場面 ( 特設注意市場銘柄の解除等 ) においてプラスに考慮されることになる」と考えら れるとの見解を表明している。 94 ビジネス法務 2016.6
「上場会社における不祥事対応のプリンシプル」対応上の留意点郞 1 解説 原則①は , 「表面的な現象や因果関係の列 挙」にとどまらない深度のある原因解明を要 請するものであり , その前提としてかかる原 因解明を可能ならしめる「最適な調査体制」 の構築を求めている。 不祥事の根本的な原因解明は , 実効性ある 再発防止策を策定する前提となるものである から , これは極めて当然の要請であるように も思われるが , 自主規制法人は , これを本プ リンシプルの冒頭に掲げることにより , 近時 の上場会社の不祥事調査における原因解明の 深度につき改めて警鐘を鳴らし , その重要性 を強調したものと察することができる。 2 実務上の留意点 原則①は , 原因解明においては「表面的な 現象や因果関係の列挙にとどまることなく , その背景等を明らかに」することを要請して おり , これに応えるためには深度のある重層 的な原因解明が求められる。 すなわち , 不祥事の発生原因を明らかにす るうえでは , その直接的な原因となった事情 ( 「一次要因」 ) だけでなく , 当該一次要因の 原因となった事情 ( 「二次要因」 ) や , さらに 二次要因の背景に存在する事情 ( 「三次要因」 ) なども重層的に分析することが望ましい。た とえば , 粉飾決算事案において , その一次要 因として「コンプライアンスを軽視する企業 風土」の存在が指摘できる場合 , そのような 一次要因のみを抽象的に原因として特定する 行い , 根本的な原因を解明するよう努める。 そのために , 必要十分な調査が尽くされ るよう , 最適な調査体制を構築するととも に , 社内体制についても適切な調査環境の 整備に努める。その際 , 独立役員を含め適 格な者が率先して自浄作用の発揮に努める。 だけでは , 原因解明として十分ではない。問 題となる企業風土が醸成されえたのは , 「過 去事案における不十分な懲戒処分」などの二 次要因によるものかもしれず , さらにかかる 二次要因の背景には , 「歴代経営トップによ るコンプライアンス軽視の言動」などといっ た三次要因が存在することも考えられるので ある。このように , 調査範囲・調査期間を適 切に設定したうえで , 顕在化した問題の背景 にある構造的要因にまで踏み込んだ分析を行 うことで , より実効性ある再発防止策の策定 が可能となるのである。 不祥事の表面的な事象のみに着目して対策 を講じた場合には根本的な原因に根ざした別 の不祥事が再発するリスクを残す懸念があ る。調査に携わる企業関係者においては , うしたプリンシプルの要請を念頭に , 深度あ る原因解明を実施し , 実効性ある再発防止策 の策定につなげていくことが期待される。 原則②「第三者委員会を設置する場合に おける独立性・中立性・専門性の確保」 内部統制の有効性や経営陣の信頼性に相 当の疑義が生じている場合 , 当該企業の企 業価値の毀損度合いが大きい場合 , 複雑な 事案あるいは社会的影響が重大な事案であ る場合などには , 調査の客観性・中立性・ 専門性を確保するため , 第三者委員会の設 置が有力な選択肢となる。そのような趣旨 から , 第三者委員会を設置する際には , 委 員の選定プロセスを含め , その独立性・中 立性・専門性を確保するために , 十分な配 慮を行う。 また , 第三者委員会という形式をもって , 安易で不十分な調査に , 客観性・中立性の 装いを持たせるような事態を招かないよう 留意する。 ビジネス法務 2016.6 95
さらには 2013 年バングラデシュで起こった 縫製工場ビルの崩壊という惨事を教訓に , 無 理な QCD ( 品質・コスト・納期 ) を求めが ちなアパレル繊維産業に言及し , 「我々は , 繊維及び既製衣類部門における産業全体のデ ・ディリジェンス基準を広めるため , 民 間部門によるインブットを含む国際的な努力 を歓迎する。我々は , 安全で持続可能なサプ ライチェーンを促進するため , デュー ・ディ リジェンス及び責任あるサプライチェーン管 理について中小企業が共通理解を形成するこ とを助けるための我々の支援を強化する」と している。 この宣言に表れているように , 「責任ある サプライチェーン」は , 世界の消費者 , 企 業 , 政府の関心事である。製品やサービスが どのような原材料からそのように生産されど のような流通過程をへたのか , そのチェーン のなかでどのような人権課題があるのか , 世 界の消費者 , 取引先 , 投資家が着目する先に もちろん日本企業がある。 2 指導原則の成り立ち ェルマウ宣言で言及された指導原則とは , いかなるものであろうか。 2011 年の国連人権 理事会において , 日本を含む参加国の全会一 致で承認された同原則の成立までには , 人権 規範をめぐる , 企業や先進国と市民社会や途 上国との長い間の対立がある。ビジネスが人 権に及ばす影響は大きい。ビジネスは製品や サービスの提供によって人々の生活水準を向 上させることができる一方 , 労働者に対する 搾取や環境破壊など負のインパクトを与えて しまうこともある。企業が直接人権侵害を引 き起こすこともあれば , 企業自身が直接手を くだしていなくても , たとえば進出先の土地 収用において投資受入国政府が住民に対して 強制立ち退きをさせるなどの人権侵害があ る。人権に関する国際条約は , 民間に対して 直接法的義務を課していない。その義務は締 約国である国にある。しかし , ビジネスが人 権に与える影響の大きさから , 人権に対して 企業はいかなる責任をもつのか , 人権規範を めぐり , 企業や先進国と市民社会や途上国と の間で長年にわたり議論がなされてきた。そ の対立を打破すべく , 2005 年国連事務総長特 別代表に任命されたハーバード大学教授ジョ ン・ラギーが主導し , 政府 , 企業や業界団体 や投資機関 , 労働組合 , 市民社会など幅広い ステークホルダーとの対話をへて , 草案さ れ , 支持されたのが , 2008 年の「保護 , 尊 重 , 救済」枠組み ( ラギーフレームワーク ) である。その枠組みを実行に移すべく作られ たのが , 「ビジネスと人権に関する国連指導 原則」である。 指導原則は , 国連グローバル・コンパクト (UNGC) , GRI ガイドライン , IS026000 など CSR に関する国際的なガイダンスに影響を与 えている。 OECD 多国籍企業ガイドラインは , 指導原則を受けて , 2011 年改訂において新た に人権の章を加えた。 Ⅱ人権デュー 1 指導原則が求める人権 DD 指導原則は , 人権保護という国家の国際法 上の義務を再度確認し , 規模やセクターにか かわらず , すべてのビジネスが人権を尊重す る責務を負うことを明確にしたものである。 同指導原則は 31 の規定から成り , その 3 つの 柱は , ①国家による人権保護の義務 ( 原則 1 -10 ) , ②企業による人権尊重の責任 ( 原則 11- 24 ) , ③救済へのアクセス ( 原則 25-31 ) である。 指導原則は , ②を第二の大きな柱として , 企業は人権を尊重する ( = 侵害しない ) 責任 を負うと規定している。企業が尊重すべき人 権の最低限の規準として世界人権宣言 , 自由 ・ディリシェンス 58 ビジネス法務 2016.6
いま求められる人権デュー・ティリシェンス 特集 2 日本企業に求められる 人権デュー・ティリジェンスと情報開示 アーンスト・アンド・ヤング 気候変動・サスティナビリティ・サービス日本エリアリーダー マネージング・ディレクター - 牛島慶一一 な角度で人権が捉えられるなど , 「指導原則」 I はじめに がより具体化 , さらには広がりを見せている。 このように , フェーズは「指導原則」の学 習・啓発から実行・評価へとシフトしはじめ 2015 年 11 月 16 ~ 18 日に , スイスのジュネー ており , さらには主要なアクターも一般の企 プで国連「ビジネスと人権に関するフォーラ 業から国家 , 国際的なイベント主催者へと広 ム」が開催された。参加者は , 政府 , 企業 , がりを見せている。 NGO, 学識者合わせて約 2 , 300 人と言われて いる。 2012 年の初回が約 1 , 000 人であったこ とを考えると , いかに関心が高まっているか 国連「ビジネスと人権に関する がわかる。また , 会合における関心事も徐々 指導原則」に対する企業の対応 に変化してきている。 2012 年当初は国連「ビ 1 グローバル先進企業の動向 ジネスと人権に関する指導原則」 ( 以下「指 導原則」という ) 1 が発表されて間もないと グローバルに先進的な取組みを行っている 一部の製品・サ ネスレやユニリーバなどは , いうこともあり , この合意になお不満を持つ ービスもしくは地域をパイロットとして人権 市民団体が , 強烈に企業を非難する場面もあ ・ディリジェンス ( 以下「人権 DD 」 った。一方 , 企業側は自社の人権尊重の取組 アユ という ) を先行実施させ , そのノウハウを社 みを発表し , 参加者の理解を求めた。 内に蓄積しながら , 横展開させている。こう 2015 年は , 「指導原則」が国連人権理事会 で承認されてから 4 年が経過したことを受 した企業に共通する点は , 本社の関与とグロ ーバルに共通した人権 DD の枠組みを持ち , け , 企業が人権に与える影響の特定 , 予防 , 全社で統合した取組みを実践していること 軽減 , 報告に関する成果をいかに評価するか だ。また , フェーズはレポーティングへと拡 が議論の焦点となった。また , 国別行動計画 の策定に関する議論も盛んになった ( 後述 ) 。 大させはじめている。 また , これらの企業は , 積極的に社外の人 この他 , フォーラムの期間中に開催された約 権専門家と協働しながらグッドプラクティス 60 のセッションでは , 持続可能な開発目標 をいち早く作り , 世の中に提案することで , (SDGs) と人権 , メガ・スポーツ・イベント " 原則べース " である人権活動において " 業 と人権 , ファッションと人権など , さまざま 1 http: 〃 www. 0目C目「 .0 「 g/Documents/Publications/GuidingP 「 inciplesBusinessHR—EN. pdf Ⅱ 62 ビジネス法務 2016.6
に対処する方法を説明する実行的な措置をと るための指針およびサポートの提供を加盟国 は講じるべきと勧告している。そして企業の 自主的サプライチェーン監査に対し , 政府に よる支援を求めている。 このように世界各地でサプライチェーンに おけるデュー・ディリジェンスの情報開示が 求められているなかで , 日本の企業は自社の ビジネスが関わるそれぞれの規制に対応する ことを迫られている。デュー・ディリジェン スに関する情報開示は , 企業にみずからを説 明する , 語ることを要請している。日本企業 はその「語る力」は向上させなければ , 国際 市場 , 外国の政府調達において不利な立場に 置かれる可能性がある。 ビジネスと人権に関する 国連指導原則をめぐる動向 指導原則が 2011 年に採択された翌年から毎 年 , この指導原則をいかに実行していくかを 議論する , 国連ビジネスと人権フォーラム (United Nations Forum on Business and Human Rights) が , 国連ジュネープ本部で 開催されている。グローバルレベル , 地域レ ベル , 各国における動向や課題について , さ まざまなセクターやオペレーションにおける 具体例やベストプラクティスを交えながら , 政府 , 国際機関 , 企業 , NGO, 有識者・学 者など , マルチステークホルダーが参集し議 論を交わすフォーラムである。 2015 年 11 月 16 ~ 18 日に行われた第 4 回フォ ーラムにおいては , 指導原則が ISO, GRI, UNGC など他の国際的フレームワークや実務 に取り込まれている現状や , 指導原則がどの ように具体的な効果を発揮しているのか , そ れをどのように測るか , ILO の法制度指標に よる労働市場へのインパクト調査なども報告 された。さらには , 企業がそのサプライチェ Ⅲ ーンにおいて人権 DD に取り組む一方 , 政府 調達における人権 DD のあり方として , 米国 連邦政府の政府調達規則についての説明や , それに対する電子産業界の取組み , 英国現代 奴隷法 , 米国力リフォルニア州サプライチェ ーン透明性法などの影響も議論された。 当該フォーラムにおける最大の議論は , の指導原則よりも法的拘束力をもった国際条 約をつくるべきという主張にどう応えるかと いうことである。指導原則はあくまで原則に 過ぎず , 企業は法規制がなければ何もしよう としない , 多国籍企業の行動を規制するため に法的拘束力のある国際条約が必要であると の主張は , 途上国そして国際 NGO から根強 くある。 2014 年 6 月国連人権理事会において , ビジ ネスと人権に関し 2 つの決議が採択された。 1 つは , 工クアドル , 南アフリカ政府によっ て提出された , 多国籍企業を規制するために 法的拘束力をもっ文書の作成を目的とする政 府間ワーキンググループの新設を求めるも の , もう 1 つは , それに対して , ノルウェー によって提出された , 法的拘束力をもつ文書 の効果と限界について現在の国連ワーキング グループに調査報告を求めるものであった。 前者は賛成 20 , 反対 14 , 棄権 13 で可決 , 後者 は全会一致で可決された。国連理事会での前 者の決議を受けて 2015 年には法的拘束力のあ る国際文書案について議論されるワーキング グループの会合が開かれた。 多国籍企業を規制する法的拘束力をもつ新 たな国際条約が必要であるという主張に , ビ ジネス界は大きな懸念を抱いている。これ は , 幅広いステークホルダーとの対話を重ね 成立した指導原則以前 , すなわち人権規範を めぐる企業や先進国対市民社会や途上国とい う , かっての深い対立の構図への後戻りにな りかねないからである。 したがって , 当該フォーラムにおけるメイ 60 ビジネス法務 2016.6
いま求められる人権デュー・ティリジェンス 特集 2 権尊重責任を果たしていないと厳しい批判を I なぜ人権 DD が必要なのか 受け事業遂行に支障が生じるリスクがある 4 指導原則は , 企業に対し , 人権侵害に加担 1 旧来型のコンプライアンス思考の問題点 することのないように人権 DD を実施する人 法令に違反して処罰や責任追及を受けるか 権尊重責任を課しているところ , 原則 23 は , このような企業の人権取組みを , 「法令コン 否かのみを検討する旧来型のコンプライアン ス思考によれば , いずれの事例も法的な問題 プライアンスの課題」そのものとして位置付 はないとの結論にもなりえよう。 けることを明記している。指導原則は , 法的 事例 1 については , 「サプライチェーンの な拘束力のないソフトローであるものの , 国 連人権理事会の全会一致で採択された極めて 問題であり , 自社に法令違反はない」「サプ 影響力の強い国際基準である。指導原則が採 ライヤーにも在留資格や労働関連法規は最低 限遵守するように要請している」という判断 択された現在 , 企業による人権侵害への加担 もなされえる。また , 事例 2 についても , 「現 が問題となる場合に , 企業が「法令違反はな 地パートナーの問題であり , 自社に法令違反 い」「コンプライアンス上問題ない」という弁 はない」「現地パートナーにも開発・環境規 解を行うことが理論的にも困難となっている。 制等を最低限遵守するように要請している」 「多少の法令違反はあっても法の支配の確立 ( 2 ) 取引先・金融機関からの取引停止リスク 現在 , 多くの企業が取引条件として人権な していない新興国で摘発・制裁を受けるリス クは少ない」などといった評価も考えられる。 どの CSR 配慮を取引先に要求する , いわゆる しかし , 2011 年に国連ビジネスと人権指導 CSR 調達基準を導入するようになっており , 原則が採択され , 「ビジネスと人権」が重要 特に公共調達ではその傾向が顕著になってい る 5 。また , 事例 2 のような新興国プロジェ 課題として急浮上している現在 , そのような クトに対するファイナンスに関しては , 金融 思考方法では , 企業が直面するリスク・課題 機関が環境社会配慮ガイドラインなどの遵守 に十分に対処できないおそれがある。 を融資の条件としていることが多い 6 。その 2 企業が直面しうるリスク・課題 ため , 企業による人権侵害の加担が問題とな ( 1 ) 指導原則違反として批判を受けるリスク 3 った場合には , 取引先や金融機関から取引を 打ち切られ , 事業遂行や資金調達が困難とな いずれの事例についても , NGO ・メディ アから人権侵害に加担し指導原則に基づく人 るリスクもある。 1 本論稿の執筆にあたっては , 企業の社会的責任 (CSR) と内部統制に関するプロジェクトチーム座長として日弁連人権 DD ガ イダンスの取りまとめを担当した齊藤誠弁護士から貴重な助言・指導をいただいた。また , 本稿で取り上げた事例について は , グローバルコンバクトネットワークジャパンに加盟する多くの日本企業とも意見交換の機会をいただいた。深く感謝申し 上げる。もっとも本稿の誤りは言うまでもなくすべて筆者の責に帰するものである。 2 http: 〃 www.nichiben 「 en. O 「 .jp/activity/document/opinion/yea 「 /2015 / 1 50107ー2. html 3 指導原則の採択の意義や企業の人権尊重の必要性については , 日弁連 H 日 DD ガイダンス第 1 章参照。 4 実際 . 事例 1 ・ 2 に類似した事例について海外メディアが厳しい批判を行っている。「「スパル」快走の陰で軽視される外国人 労働者」 ( ロイター 2015 年 7 月 28 日 ) , 「日本がミャンマーで犯す過ち」 ( WSJ2015 年 1 月 7 日 ) 参照。 5 東京五輪組織委員会も , 2016 年 1 月 , 「持続可能性に配慮した調達コード基本原則」を発表し五輪関連事業・商品の調 達先にサプライチェーンを通した人権尊重などを具体的に要求している。 6 多くの開発金融機関は新興国・途上国における開発プロジェクトへの融資にあたり環境社会配慮ガイドラインの遵守を義務付 けている。民間金融機関も , 赤道原則に署名したうえ , プロジェクトファイナンスにあたり開発プロジェクトの環境社会への 影響に関する審査を実施している。 特集 2 69 ビジネス法務 2016.6
いま求められる人権デュー・ディリジェンス 特集 2 改めて条約化に振れる可能性がある。我々先 でいる。 進国や企業は , みずから「指導原則」の実効 こうした動きは , 業界にも広がっている。 IPIECA ( 石油・ガス ) , A 4 ID ( 法律 ) , 性を示せるかが試されている。 UNEP FI ( 金融 ) なども , 「指導原則」を適 用するための業界向けガイドを発行した。ま V 日本がとるべき対応 た , 欧州委員会は , 石油・ガス , 人材と雇 用 , 情報通信技術の業界向けに , 企業が「指 日本が今後 , 国際社会で先進国としての責 導原則」を導入するうえでのセクター別ガイ 任を果たしていくうえで , 人権に対する正し ダンスを提供している。 い理解と人権尊重への率先した取組みが必要 一方 , 国家レベルでは , 「指導原則」推進 不可欠だ。人権は , 成熟した民主国家ならび のための「国別行動計画 (National Action に健全で持続可能な経済活動の基本となる。 PIan) 」の策定が始まっている。 2013 年の英 また , 基本的価値観に基づく外交や経済政策 国を皮切りに , オランダ , イタリア , デンマ においても , 人権は欠かせない要素となる。 ーク , スペイン , フィンランド , リトアニア , このことは , 企業の , 特に海外でのビジネス スウェーデン , ノルウェー , コロンビア等 10 の にも影響する。日本の国家の姿勢 , 日本企業 国や地域がすでに策定しており , マレーシ の対応 , 日本人 1 人ひとりの行動や言動が , ア , 米国 , ドイツなどが策定中もしくは策定 日本全体の人権意識を反映する。今後 , 日本 をコミットしている ( 2016 年 3 月現在 ) 。ま や日本企業が国際社会から尊敬されるか否か た , 2015 年 7 月に開催された G 7 サミット首 脳宣言においても , 先進 7 カ国の首脳が「指 は , 私たちの人権に対する取組みにかかって 導原則への強い支持 , および国家行動計画策 いる。 同時に , 今後の日本社会は少子高齢化に伴 定に向けた取組みを歓迎する」と述べている。 う労働力不足 , 内需縮小 , 介護など , さまざ また , 新たな国際的な法的枠組みの可能性 まな社会課題に直面する。経営の持続可能性 も議論されている。「指導原則」誕生から 3 においても , 女性のみならず国籍を問わない 年後の 2014 年 , 国連人権理事会は「国際的法 人材の活用や新興国の成長の取り込みが必要 的文書策定 ( 条約起案 ) 」を前提とした協議 になる。こうした多様性を活かす前提には , の開始を , 途上国理事の賛成多数 ( 先進国の 理事は反対 ) 」で決定した。依然として , 多 人権尊重がある。 人権尊重は , 違いを超えたところにある新 国籍企業による人権侵害の防止には , 法的規 しい世界を築く , いわばイノベーションの機 制が必要とする意見が途上国を中心に根強く 会を与える。改めて人権尊重を見直し , 今後 ある。 2015 年 7 月 , 日本は米国や EU と協調 の日本社会や日本企業のイノベーションに活 し , 条約起草の協議には参加しなかった。ま かすことを期待したい。 ずは , 「指導原則」を実効性あるものにして いくことが重要と考えているからである。し かし , 条約案に関する国際向上は , 先進国の 牛島慶ー ( うしじまけいいち ) 大学卒業後 . 大手生命保険会社を経て , 2002 年 1 0 月 参加がなくても進む。最終的に条約化するか に株式会社日立製作所に入社。業務改革コンサルタント こうした動きは「指導 否かは定かでないが , や CS 日戦略に従事。 1 3 年 9 月に EY 総合研究所株式会 社に入社し . 14 年ロ月より現職。持続可能な経宮や 原則」の実効性を問うものである。もし「指 サステナビリティに関するアドバイスを行っている。 導原則」が機能しないとなれば , 国際世論は 特集 2 67 ビジネス法務 2016.6
委員会が設置されるが , これらは取締役会の 下部機構である。伝統的に取締役会議長を CEO が兼ねることが一般的であるが , 次第 に英国的な考え方が浸透しつつある。 この問題が注目を集めたのは , 2008 年のェ クソン = モービル社の株主総会である。同社 の創業者株主であるロックフェラー家のメン バーは , 分離原則の採用を訴えた。その趣旨 は , 同社のような世界的なエネルギー企業 は , 当面する経営課題のほかに中・長期的な エネルギー問題について取締役会レベルで考 えていくことが必要であり , それが株主の 中・長期的な利益に合致するというものであ る。そのために取締役会の運営を , 日常の業 務運営に責任をもつ CEO とは異なる者に委 ねることが望ましいと主張した。コーポレー ト・ガバナンスに問題があるからというので はなく , 株主の中・長期的な利益という観点 から分離原則が提唱されたことが注目され る。この提案は 40 % 弱の支持を集めたもの の , 多数意見は CEO の議長兼任の継続を支 持した。米国では「船を指揮するのは 1 人の 船長」という考え方が強く , 会社の業績が順 調である限り分離原則の採用に対して株主は 総じて慎重であるといわれる。 一方 , バンク・オプ・アメリカでは , 金融 危機時の対応のあり方が批判され , 2009 年の 株主総会で分離原則の採用を求める提案がわ ずかの差で可決された。独立取締役のなかか ら取締役会議長が選任された ( 当時の CEO は CEO の職務を行うのみとなり , その後退 任 ) 。しかし , 昨年 9 月の同社の株主総会で は従前の方式への復帰を認める提案が支持さ れ , 議長と CEO の兼任が承認された。 米国では業績不振や企業不祥事などの後に 分離に踏み切る場合が多いようである。た だ , バンク・オプ・アメリカやウォルト・デ ィズニ ・カンパニーのように兼任制に復帰 する例もあり , 分離原則へのシフトが傾向的 に明確になっているとまではいえない。分離 P Ⅱ 9 工 制は不祥事等の問題を減らすかもしれない が , ダイナミックな戦略の策定・実施の面で は兼任制のほうが優れるという見解もある。 本年に入っての動きとして , ノルウェーの ソプリン・ウェルス・ファンドが , 米国の大 銀行は分離原則の採用に踏み切るべきである と提唱したことが注目される ( 2 月 8 日 , フ イナンシャル・タイムズ紙 ) 。 わが国の上場会社でも , 工ーザイのように , かねてより社外取締役が取締役会議長を務め ることを原則とする会社がある。近時 , 同様 に社外取締役が議長を務める会社が出始めて いる。先般の「スチュワードシップ・コード 及びコーポレートガバナンス・コードのフォ ローアップ会議」 ( 2015 年 12 月 ) では , 花王 の取締役会議長 ( 独立社外取締役 ) から取締 役会運営の実情についての説明が行われた。 今後のコーポレートガバナンス・コードの見 直しの際に検討項目とされる可能性もある。 このテーマについては , 社外取締役の設置 やその人数という問題以上に各社の実情を勘 案することが必要である。企業規模や業種特 性 , 当該企業の組織運営の沿革と実情など , 考慮すべき要素は少なくない。 また , ①議長と CEO の分離のみを定める , ②原則として社外取締役が議長を務める , の いすれとするかによってかなり異なる。②の 場合は , 当該会社の経営の実情 ( 業界事情を 含む ) についての知識が不可欠であるととも に , 取締役会の準備のために相当の時間を割 くことが必要になる。これらの条件を満たす 人材を継続的に確保しうるのかという問題が ある。私見では , 取締役会の実効性向上の観 点から , 上場会社で規模が大きく株主構成の 分散が進んでいる場合には , 基本的に分離原 則の採用が望ましいと考える。 企業の実情に応して選択 ビジネス法務 2016.6 5
いま求められる人権デュー・ディリジェンス 特集 2 (contribute), ③人権侵害企業と取引関係を 評価する前提としても有効である。 有している場合 (linkage) に分類される。 指導原則は , 企業が , ②人権侵害を助長して 人権リスクをどう探知・評価す いる場合は , 「人権侵害の加担」と評価し , るか 当該助長行為をみずから是正する責任を企業 に負わせている。また , ③人権侵害企業と取 1 国際人権基準からの検討の必要性 引関係を有している場合にも , 人権侵害企業 指導原則において企業が尊重すべき人権の 内容は国際人権が基準となる 1 。。日本では , に影響力 (leverage) を行使して人権への負 の影響を軽減するべきとしている。なお , 指 人権は差別・セクハラなどの関連で問題にな 導原則 17 の解説は , 人権侵害の加担を , 法的 ることがほとんどで , 狭い概念としてとらえ に加担と評価される場合のみならず , 他社が られがちである。しかし , 国際人権は , 環境・ 犯した侵害から利益を得ている場合も含まれ 労働・腐敗・消費者・サプライチェーンなど ると規定している 12 さまざまな問題に関連した非常に広い概念と して理解されていることに留意が必要である 11 事例 1 では , 人権侵害への関与が疑われる サプライヤーと直接・間接の取引関係がある 事例 1 では , 在留資格の有無や労働法規の ことは明白といえる。サプライヤーによる移 遵守のみならず , 移民労働者の「人間らしい 民労働者の人権侵害を伴う使用によって自社 仕事」が確保されているか , 事実上の強制労 が利益を得ていると評価される危険性をさら 働が存在しないかなども問題となりうる。事 に検討する必要がある。事例 2 でも , 人権侵 例 2 では , 開発・環境規制の遵守のみなら 害への関与が疑われる現地パートナー Y 社と ず , 現地住民の生活環境の著しい悪化を生じ 直接の取引関係があることは明白といえる。 ていないか , 先住民族としての権利を侵害し Y 社による現地住民の人権侵害を伴う土地収 ていないか , 土地収用の手続に腐敗が介在し 用によって B 社が利益を得ていると評価され ていないかなども問題となりうる。 る危険性がないかを検討する必要がある。 2 人権侵害の加担の有無の判断の必要性 3 外部専門家やステークホルダーとの対話 各事例では , 自社が直接人権侵害に関与す の必要性 るというより , むしろサプライヤーや現地パ 指導原則 18 も明記する通り , 人権リスクの ートナーによる人権侵害の有無が問題となり 評価にあたっては , 外部専門家の助言やステ うる。このような場合にも自社が人権侵害に ークホルダーとの対話をふまえて実施する必 加担していないか否かの検討が必要である。 要がある。人権は抽象的・相対的な概念であ 指導原則において , 人権侵害と企業の関係 り , かつ人権リスクは人権侵害を受ける側の は , ①人権侵害を引き起こしている場合 リスクを評価するものであるから , 自社のみ (cause), ②人権侵害を助長している場合 1 。原則 12 は指導原則の基準となる国際人権の内容を規定しまた原則 23 は国際人権基準が国内関連法令に優先することを明 記している。国際人権基準の内容や国内法令との優先関係などについては , 日弁連人権 DD ガイダンス第 2 章を参照。 11 企業と人権の多様な接点を理解するにあたっては , 実際に「ビジネスと人権」のリスクが顕在化した事例 , 国際機関・ NGO ・メディアなどが重点的に問題提起を行っている人権課題 , 旧 026000 などの国際規範・規格における企業に対する 要求事項などを参照することが有益である。日弁連人権 DD ガイダンス第 4 章で取り上げている「子どもの権利とビジネス原 則」を通じても企業と人権の多様な広がりが理解できる。 12 バウンダリーの設定の方法 , 人権侵害の加担の問題 , 影響力の行使の方法については , 日弁連人権 DD ガイダンス 3 い 42 頁 参照。 Ⅱ 特集 2 71 ビジネス法務 2016.6
特集 2 いま求められる人権デュー・ディリシェンス ンテーマのもう 1 つは , 指導原則に従って , るビジネス行動に関する国家行動計画」を作 各国政府が立案し執行する政策文書である 成すると宣言した。米国内で企業 , 市民組織 「ビジネスと人権に関する政府行動計画」 団体 , 学術関係者などとのマルチステークホ (NationaI Action PIan: NAP) である。各国 ルダーとのダイアログが行われ , 草案された における NAP によって指導原則の有効性が 行動計画はこの 2016 年 4 月に公表される予定 明らかになれば , 法的拘束力をもった条約起 である。またドイツも 2016 年 6 月までに計画 草の動きを牽制できるからである。 2013 年に を公表する予定である。 英国が世界に先駆けて NAP を公表し , EU 加 翻って日本においては , 2016 年 1 月に東京 盟国は CSR に関する EU 新戦略で示されたよ オリンピック・パラリンピック競技大会組織 うに , オランダ , デンマーク , フィンランド 委員会が公表した「持続可能性に配慮した調 などが発表している。 2014 年の人権理事会で 達コード」が , 4 つの原則をあげている。重 上記の決議直後に米国が , そしてドイツが政 視される点は , 資源の有効活用はもとより , 府行動計画作成のコミットメントを表明した どのように供給されているのか , どこから採 ことは , 指導原則の有効性を支持する意味が り , 何を使って作られているのか , そしてサ ある。 プライチェーンへどう働きかけるかである。 米国国務省はすでに 2013 年に「ビジネスと 製造・流通過程において , 適正な労務管理や 人権に対する米国政府のアプローチ」を公表 労働環境に配慮し , 強制労働や児童労働がな しており , そのアプローチは , 「米国企業の く , 贈賄などの腐敗行為を排除し , 地域住民 利益をサポートし , この課題に取り組んでい の悪影響を及ばす原材料の使用を回避し , 人 る国際機関の効率性を強化し , 世界中の人々 権侵害のない物品・サービスが求められてい の人権を促進することにある」と謳ってい る。そしてサプライチェーンにおいても , 同調 る。そこでは , ビジネスと人権双方に関わる 達コードの遵守と透明性の確保を求めている。 米国の法律 ( ドッド・フランク法や人身取引 指導原則が求める人権 DD のあり方の 1 つ 被害者保護法など ) , 規則 ( 責任ある投資の ここで試行されようとしている。 が , ためのビルマに関する報告義務や政府調達に おける児童労働 , 強制労働によらない製品の 調達を定めた Executive Order 13126 など ) , 政策の例を紹介しながら , 米国政府がどのよ うにビジネスと人権にアプローチしている か , そして米国企業がグローバルな展開にお いて人権を尊重するために知るべきことを示 している。米国政府は , 関係者に対して指導 原則をビジネスと人権の課題に対処するため の最高ではなく最低限の基準として扱うよ う , そして同原則を実行することは継続的な プロセスであることを認識するよう奨励して いる。このアプローチをふまえて , 2014 年 9 月にオバマ大統領は , さらに指導原則および OECD 多国籍企業指針に合致する , 「責任あ 特集 2 山田美和 ( やまだみわ ) 独立行政法人日本貿易振興機構 ( ジェトロ ) アジア経 済研究所新領域研究センター法・制度研究グループ 長。 Georgetown Unive 「 sity Law Cente 「 (LL. M. ) K i n g ' s C 0 Ⅱ e g e L 0 n d 0 n ( L L. M . L a w a n d Development) 法律事務所勤務を経て , アジア経済研 究所入所。海外派遣員 ( バンコク ) などを経て 201 1 年 より現職。「「人身取引」問題の学際的研究」 ( 編著 , ア ジア経済研究所 , 2016 ) , 「東アジアにおける移民労 働者の法制度」 ( 編著 , アジア経済研究所 , 2014 ) , 「ア ジアにおける人権とビジネスーータイのミャンマー人 移民労働者問題を中心に一一」アジ研ワールド・トレ ンド 2014 年 5 月号など。